彼女は一輪の花になる

プル・メープル

第1話 彼

『3日間だけ彼氏になって』


 彼女がそう言ったのは、すごく前のことのようにも感じるし、つい先程のことのようにも感じる。

 実際には、時計の秒針がやっと一周した頃だから、それくらいの時間だろう。


「答えを聞かせてもらえる?」


 彼女に急かされるも、まだ心の中でなんと言えばいいのか決まっていない。


『少し返事を待って貰えないか』


 そう口にしようとして、彼女の首あたりに落としていた視線を目の高さまで上げると、同時に彼女はこう言った。


「私には時間が無いの」


 どうして時間が無いのかと問い返すと、彼女は理由を喉に詰まらせたような顔をする。


「言いたくないなら別にいい」


「……」


 気まずそうに俯く彼女。左耳にかけていた黒髪がたらんと垂れた。僕は思わずそれを目で追ってしまう。


「3日間だけでいいんだね?」


 気がつくと彼女にそう聞いていた。


「ええ、3日間だけ」


 小さく頷く彼女。僕は初めて見る正面からの彼女に、魅力を感じたのかもしれない。


 それとも、『知らない』というモヤのその向こうに、形のない何かを見たのかもしれない。


 今からあなたは、私の彼氏。


 頭の中に直接語りかけるような混ざりっけのない声に、僕は背骨を掴まれたような気持ちだった。

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