勝手に人魚を捨てないでください
@Rene
第1話
「まだこの辺に不法投棄された人魚がいるって知ってる?」
友人のゆーじはそう言って、釣り針を投げた。
「人魚?」
「最近多いらしいよ。不法投棄された人魚」
「初耳なんだけど……」
「増やし過ぎて困った闇業者が相次いで捨てたことで、一時期社会問題にもなったじゃん。ホントに知らないの?」
「んー……知らない」
別に今日日珍しいわけでないが変な情報を頭に入れたくないからテレビもネットも新聞も見ないタイプだ。
「人魚はカタツムリみたく雌雄同体。しかも自分だけで生める個体もいるらしくって…勝手に増えていくらしいよ。ねずみ算みたくバンバン増えるって話も聞いた」
「ふいーん……」
得意そうなゆーじの顔を見たくなくて視線を釣り針がぷっつり刺さった水面に向ける。池の水は澄んでいる。この辺りで一番透き通った水。穏やかな水面を見ていると人魚がいても違和感は無い。
無いけれど…。
「何で人魚の話をした?釣りたいの?」
「うん。釣って食べたい」
「えー……」
昔から食い意地が張っていたが、まさかだろ。
目が真剣だ。このような目をしたゆーじを止めることはこれまでの経験上無理だと分かっている。
「それにさ、人魚食べたら不老不死になれるらしいよ」
「不老不死かぁ…」
またもやファンタジーなワードが飛び出してきた。
人魚に不老不死。異世界染みてる組み合わせ。日常にはあまり持ってこられたくない。
「まあ、除去されちゃうんだけどね」
「除去できるもんなんだ、不老不死って」
「不老不死になれるのは許可されただけだよ。当たり前じゃん」
こんなことも知らないのかと言わんばかりの目で見られる。
「そういうもんなの…」
夢があるんだか、ないんだか。
そんな話をしながら、結局、釣り針に何も引っかからないまま数時間が過ぎた。
それから中々釣れないので針を直して出直すことにした。
「まだいるらしいけど早く人魚を見つけ出さないと、駆除される前に」
「駆除?」
穏やかじゃないな。
「政府が珍しく早く本腰で動き出したからねー。といってもまだ根絶まではいってないらしいけど」
「本腰を入れてねえ…」
「愛護団体の意見を無視し除去するなんて、よっぽど何かあるんだろうね……」
そう言って意味深に笑った。
ゆーじは陰謀論が好きだった。ぼくはそういうのは別にどうでもいい派だ。
陰謀があろうが無かろうがぼくに何かできるわけないし、興味がない。
人魚に関しても言いたいことはたった一つくらいだ。
「人魚ってさ。上半身は人間なんだよね」
「人っぽいらしいよ。ただ知能はそんなに無いってさ」
「やっぱり人間っぽいのか……」
そんなのを食べるなんてやっぱりどうかしてると思う。昔の人もなんで食べようとしたんだろう。
もしかして昔の人は同種である人も食べ物の内と見做していたんだろうか。くわばらくわばら。
「肉は魚っぽいんだよ、人魚って。全体的に。白身魚っぽいとか」
「だからって人型っぽいのを食べちゃうの……?」
白身魚と聞くとフライなんかが思い浮かぶ。しかし、人魚の白身は正直食べたいとは思わない。
「それを踏まえた上でなお、旨いのかもしれないな。旨さは全部を黙らせるから。人間の食欲を舐めない方が良いぜ。一種族絶滅まで追い込めるんだからな」
「そうなんだろうけどさあ……」
「お前なんでそんなこと気にしてんだ? ニュースとか見れば人間なんて人間を当たり前のように食い物にしてるだろ。弱肉強食社会だ」
「ええー……意味が違うと思うけど……」
そんな世紀末みたいな世界だったの、ここ。
「とにかく明日、人魚を取りに行こうよ。出かけよう」
「そんな何かの歌みたいに言われても……」
お弁当を持って行くようなキャラでもないし歌も歌いたくない。歌は苦手なんだ。
「罠も仕掛けたし、一匹は必ず分けてやるから」
「要らないよ。……罠ってどういうのを仕掛けたの?」
「ペットボトルに餌を入れた簡単な仕掛け」
「それで来るの?」
「人魚が好きそうな餌を付けたから普通の魚は絶対来ないって……」
結局無理矢理に約束されて、明日行く羽目になった。
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