創作世界とスノードロップ

リア

創造世界とリアルの私



 私は、ハッピーエンドが大嫌いだ。最初は不幸だった主人公が、どんどん幸せをつかんで、いつかは幸せな結末(エンドロール)を迎える。ある主人公は、恋をした人物と結ばれたり、ある主人公は、世界を救って英雄になったり。


 そんなご都合主義な展開なんて、あるはずがない。そんな、幸せな結末などこの世には存在しない。誰もが死ぬときはひとりぼっちで、誰もが必ず死という不幸なendを迎える。


 主人公だけが幸せになれる世界、主人公が愛されて当たり前な世界。私はそんな甘ったるいチョコレートみたいな世界は嫌いだ。


 それに比べて、悲劇は素晴らしい。流星のように儚い命を最後の最後まで燃やし尽くす人間の美しさ、リアルに描き出される人間の醜さ。そして、それらの人間の最期。


 私の望む物語がある。そこには、美しい物語が存在する。誰も救われなくたって、幸せになれなくても、そこには最後までもがき続けた主人公が存在する。


 かつて、学生だった私と同じ境遇にある主人公、それよりもっとひどい主人公が存在する。救いがない、彼らに感情を移入するのはすぐだった。


 いじめられていたとき、だれも私を助けようとはしなかった。みんなみんな見て見ぬふり。先輩からの理不尽な叱責、私を嘲笑う声。相手は忘れても、頭のなかでずっと木霊しつづける。


 迷惑、いらない、下手、うざい。私が嫌いなことばたちが、私を襲ってくる。もう、正直生きているのも嫌だった。いっそのことここから飛び降りれば、楽になれるんじゃないか?ずっと、そんなことを考えていた。


 けど、現実の私にはそんな勇気はない。物語の世界では、何回も、何千回も人を殺しているというのに、いざ自分が死ぬとなったら怖いだなんてどうかしている。


 私は、正真正銘のクズだ。人間として、人の不幸を願う人物なんて終わっている。しかも、そんなクズが筆を持って、綺麗事や御託を並べた薄っぺらい小説を書くだなんて、おかしいにもほどがあるだろう。


 しかし、物語の中の私は違った。どんなに不幸でも、どんなに危険な状態でも、絶対に諦めないし、誰からも尊敬される主人公。そう、あの大嫌いなハッピーエンドの主人公なのである。


 現実では、ハッピーエンドになれない自分が、擬似的でもいいから幸せになって見たいという反吐が出るほどご都合主義な考え。自分では分かっていても、止められない。


 私の想い描く自分の像と、現実(リアル)の私は、便座カバーとおにぎりくらいの共通点しかない。現実の私は、自分だけの幸せを望む愚かな人間でしかない。


 だから私は、私の世界で彼女という不幸な人間を作った。その存在は、どの世界でも不幸な結末を終える。どの世界でも、救いがない。主人公という存在を引き立たせるためだけにいる、ただの脇役だ。


 彼女には名前もないし、キャラクターとしての容姿も存在しない。ただ、薄っぺらい文字の砂漠に存在する蜃気楼である。


 ある日、いつものように物語の世界で私は彼女にスノードロップという美しい花を渡した。彼女はとても喜んで、部屋に飾りながら、私に色々な話をしてくれた。


 彼女は、どの世界でも、英雄はみんな不幸だと思うという。ただただ何か特別な力を生まれ持ったせいで、危険なことに巻き込まれる運命が決まってしまっている。本人がどんなにその運命を呪ったとしても、周りの人間はその感情を知らずに、英雄という世界を救う人物にすがり続ける。


 どんなに辛くても、どんなに嫌でも、どんなに逃げ出したくても、英雄は逃げてはいけない。守らなければいけないものがあるのだ。その守らなければならないものを捨てて、逃げ出してしまえばそれは英雄じゃない。それは……ただのくそったれだ。


 と。その世界を創造した私がただ、彼女で人形劇をやっているだけということに気がつかずに、彼女は自分の考えをすべて私に話し続ける。


 私は、過去に英雄と呼ばれた人間だった。戦争のときには自国を守るため、ただひたすらに敵国の人間を×し続けた。勿論、罪悪感がない訳じゃない。どんなに怖くても、辛くても、私は自国の人間を守らなければならないという信念のもとに戦い続けた。


 何年も、何年も、人を×し続け、自分の手を真っ赤に染めた。その血はどんどん私をむしばみ、やがて心の楔へと形を変えていく。私はその心の楔に縛られながら、何年も何年も戦い続けた。もう、何が正しくて何が悪なのか、判断はつかなくなっていた。


 数年後、無事に戦争が終わり、国に平和がもたらされた。その頃になると、私は誰よりも戦果をあげていたため、英雄と呼ばれるようになった。ようやく、戦争から解放された普通の暮らし、もう人を×しなくて良い、私はその事に安堵をした。けれど、本当の苦労はここからだったのだ。


 ここで一つ問う。みなさんは、本当の英雄というものを知っているだろうか?多分、大体の人が国を守る格好いいヒーローだとか、みんなを救う人物、どんなにおそろしい巨大生物にも立ち向かう、勇敢な人とかそう思うだろう。


 けど、その答えはきっと間違っていると私は思う。何故かって?、英雄は全員穢れているからだ。もうすでに、彼らの手にはたくさんの血がついている。それはなんの罪もない人間であったり、なにか悪事を働いた人間かは分からないが、‘人を×した’という事実はなにも変わらない。


 じゃあ、質問を変えてみよう。もし、あなたの近くに殺人犯がいたら一体どう思う?きっと、気味悪がったり、怖がったり、もしかしたら心にもない言葉をそいつに投げ掛けたりするだろう。


 そして、さっきの話を思い出して欲しい。英雄は、人を殺している。心のなかでは、国を守るためだと正当化しながらもなにも罪のない敵国の人間を容赦なく殺める。そんな人間が近くにいて、あなたは素直に感謝できる?


 少なくとも、私の周りの人間にそんな人物はいなかった。全員、口では感謝しながらも、裏では殺人犯だとか、人殺しだとか、言われたくもない言葉を言われなければならない。


 私は、悪口を言われるためにこの国を守ったわけではない。国民のみんなや、顔も知らない誰かを守るため、そして自分の存在意義を全うするためにただ戦い続けただけである。


 だけど、現実はヒトゴロシの私を受け入れてはくれない。みんな、みんな敵に見える。あの戦場で体験した経験よりももっと恐ろしい、黒いなにかが私を縛り付けて、離さない。


 どんなに戦場から離れようと、どんなに英雄という言葉から逃げ続けてきても、絶対に捕まえて──心を蝕んでいく。


 黒い泥が沢山心にたまった。それは、心の中だけじゃあ収まりきらなくてポロポロと溢れていき、闇へと引きずり込まれる。


 もがいて、苦しんで、逃げて、吐き出して。何をしたところでこの呪縛はなくならない。私を追い詰めていく。私は、この国にいるのが嫌になった。ヒトゴロシなんて言われたくない。こんな私なんて捨ててしまいたい。


 心のそこからそう思った。汚く黒い自分を捨てて、新しい私として知らない町で暮らす。その妄想の中にいるのは、英雄でもヒトゴロシでもない、ただ普通の町娘だった。


 私は、英雄なんてなりたくない。私は、ただの村娘になりたい。普通の娘として、普通に暮らして、天寿を全うしたい。誰かを殺して得られる称賛じゃなくて、誰かの役に立てることをしたい。


 そう寂しそうに語る彼女の横顔は、綺麗だった。そして、私は少しの罪の意識を覚える。


 だって、本当なら私が彼女が幸せになれるように物語を紡ぐことができる。そうすれば、彼女を不幸な運命から解放してあげられるはずなのに……。


 けど、私はそれを絶対にしなかった。理由は簡単、自分以外の人間が幸せになり、不幸な人間がいなくなってしまえば、自分だけが幸せという優越感に浸れなくなるからだ。


 何度も言うが、私はクズだ。自分以外の人物の幸せを望むことのできない、倫理観や良心が欠如した欠陥品である。


 きっと、これから先も私は物語のなかで沢山の人物を殺していくであろう。けど、私はきっと変わることはない。これから、何年先も、何十年先も、このまま突き進んでいくだろう。


 それが良いのか悪いのか私にはもうわからないけど……決めたことをただ突き進んでいくだけだ。もう、回り道はしない。自分の決めた世界観、キャラクターを書き続ける。


 だって、私は小説家。自分の物語を紡ぎ続ける存在だから……


ーーー

スノードロップの花言葉


→死

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