ライナーノーツ① 蜜柑桜様

さて、ライナーノーツの二回目です。


作品に対する各々の感想は大切にすべきだと思います。

最後に信じるべきは己の感性です。


そういう訳で、私はこういう場でご紹介差し上げる作品は、そういった感性を持ちながらも、しかし客観的に「◯◯はここが◯◯だ」と言える作品、作者様の作品をご紹介しようと心がけております。


その方が、後で振り返った際にわかりやすいと思うのですよね。

〇〇を参考にしたい時は、◯◯を読みに行けばいいんだ! みたいな。


そういう意味で言うなら、やはりこの方をご紹介差し上げない訳には参らないのであります。



■蜜柑桜 様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898630086



蜜柑桜さんの持ち味と言えば、やはり「五感に響く美しい情景描写」でしょう。


情景描写に求められる大切な要素の一つとして、「どの情報を選択するか」があると私は考えています。

目前に広がる環境の、「どこを切り取って」文章に起こすか。

それはある意味でコピーライター的なセンスが求められることなのではないか、と最近感じています。


絵画を見ながらまるで評論家のようにあげつらうことが美しいものを語ることではありません。


『◯◯は◯◯だから美しいのだ。』

と言っても、共感できない人はいると思います。

共感できない人には概念の提供があります。

『◯◯は◯◯だから美しいとされている。』

これは世界観の説明だったり、主に男性読者を納得させるのに便利な方法です。

しかし、こちらから

『これは美しいものである』

と伝えることなく、

『なんて美しいのだろう』

と思わせるというのは、概念や言葉選びにフォーカスを絞ってしまうと、かえって実現が難しくなってしまうかもしれません。それらは「美しいものを表現するための手段の一つ」であって、核心ではないと私は思っています。

必要なのは「己の感性が美しいと思った瞬間を覚えておくこと」と、共感性だと思います。


蜜柑桜さんの作品には、いくつもの魅力的な舞台が登場します。

本作では老舗の旅館が登場します。

大正ロマンよろしく、和洋折衷の「和」としての艶やかさと、「洋」としての鮮やかさが共存しているような、そんな世界が舞台となっています。

蜜柑桜さんの作品には、こうした情景が登場人物の一人のように、多彩な表情を見せてくれるのです。


その「荘厳な舞台装置(情景描写)」の中を、登場人物達は生きていくということになります。


舞台装置のスケールは、登場人物の行動に対し、ときに意味を付加します。


例えば、

①新入社員の村田が上司にたてついていた。

②新入社員の村田(社長の息子)が上司(取締役員)にたてついていた。

では、ことの重大さが異なりますよね。①は生意気かつしかし正義感があるのか、あるいはなんとなくドラマがありそうですが、②になると、「ああ、ボンボンなんだなこいつ」という感がでてしまいます。


さらに進めまして、

①新入社員(今年の唯一の新卒)の村田が上司(社長)にたてついていた。

②新入社員(今年は例年に比べ大幅増員された新卒だが、その中で一番だと期待されている)村田が(業界では名を知らぬ者はいないとさえ言われる当社の中でも、メディア露出や成果という意味でまた頭ひとつ抜けて有名な敏腕部長の)上司(の机には数字的根拠を示したと思われる表計算シートと膨大なイラストの山があり、それをぞんざいに扱う身振り素振り)にたてついていた。


では、「同じ上司にたてついた」でも意味が大分変わってきます。この村田という人物がどれほどの覚悟をもってそうしたのか、そういう背景が透けて見える訳です。

今回はかっこを用いて背景を説明していますが、これは別のシーンで「しっかりと舞台装置」を描いてさえおけば、ここで登場させる必要はない訳です。


現実世界で生き物を殺すことと

ゲームの世界で生き物を殺すことの意味がまるで異なるのはわかりやすい例かと思います。


本作においてもこの舞台装置の効果は絶大で、この舞台装置の意味を理解できるかできないかで、美冬という人物の行動や思想の意味が大きく変わってくるのです。


美冬はこの舞台装置によって「そう生きるしかない」と思わされてしまっています。それほどこの老舗の旅館という舞台装置の存在は、美冬自身の存在と比べて強大なものであったのです。


その舞台装置を、巧みな情景描写によって美しく描き、読者をその世界に引き込む。そして読者にすら、その強大な相手の存在を印象づける。これにより、読者は美冬に対して高い共感を得ることができるのです。


「自分の人生なんだし、好きにしなよ」

「いやいや、話はそう簡単ではないのだ」

という部分を、違和感なく落とし込むということができる訳ですね。


また私も言葉を借りて表現しましたけれども、本作では(たしか)、具体的な時代には言及していません。下手したら、ファンタジーかもしれません!(←)

確かにそういう時代があったかもしれない、と思わせるだけのリアルさがそこにあるのは、それだけ質の高い情報が添えられているからでしょう。


とは仰々しくいったものの、恐らく書き手の蜜柑桜様は、そういう意図で情景描写をされている訳ではないと私は勝手に思っています。

様々な経験をされた作者様が、そういう世界を思い描いた時に、自ずと出てくるのだと思っています。

それが、描写の自然さ(これは過去にも述べましたが、視点を追うような順番で描写されていたり、五感に伝わる部分)につながっているのだと思います。

(違ってたらごめんなさい)



ともあれ、

「情景描写を強化したいぜ!」

と考えるのであれば、蜜柑桜様の作品からは実に多くのことを学べると思います。



また個人的に嬉しかったのは、「雪を溶く『熱』とは何か」ということを真摯に考察し、答えを導きだして頂いていることでした。



そういえばコロナショックで旅館に行けていません。

温泉、いきたいなぁ。



それでは、また。



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