ライナーノーツ① 野々ちえ様

 皆様こんにちは! ゆあんです。


 こちらは拝読履歴を兼ねた作品紹介をするコーナーです。

 さっそく一作目をご紹介したいと思います。


 ■野々ちえ様

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054897934591



 今回、企画開始から作品投稿ラッシュがかなり早い段階で訪れており、作品によっては強烈なスタートダッシュを決めていたりと、温度感が高い状態が続きました。


 そんな状態でしたので、一作目に何を読むか、実際は迷っていた所もあったのですよね。

 特に企画主として、いきなり素晴らしいアイディアをぶつけられると、感性がいい意味で歪んでしまい、普通の作品を楽しめなくなってしまうことを危惧したのです。

(高速道路を降りた後の一般道が物足りなくなるアレと同じ)


 都合、沢山のレビューとコメントを巡回し、本作から読み始めることにいたしました。

 理由は、本作が本企画のテーマにまっすぐ挑んでいる作品だということが、レビューからわかったからです。



 野々ちえ様と言えば、とても柔らかく優しい文章と作風をお持ちの方だと思っています。

 今回もまさにそんな作品で、十分に配慮の行き届いた表現、漢字をひらく所を多めにして、優しい読み口を提供しています。そして場面展開のマークを❆にしてあったり、きめ細かい所まで良く行き届いていると思います。

(ちなみに葉桜の時は❀だったのですよ)


 本作で特にドラマを感じたのは、主人公美冬の「想いの扱い」です。

 それは、秋人は「幼馴染」なのか、「家族」なのか、「恋人」なのか。



 相手は秋人。秋人は年下の幼馴染であり、しかもお互いの家族模様すら知っている(と思い込んでいた)ような間柄です。

 大切な存在ではある。だけれどそれを恋というには、あまりにも事情が複雑だった。


 この複雑な関係をどう描写するか、ということが本自主企画の狙いでもあった訳なのですが、本作では家族関係まで付与されたことによって、より複雑化しています。美冬と秋人の間には年齢差があり、それは若い頃には致命的とすら言える溝を生んでいます。しかし、あの日のことは脳裏に焼き付いて離れないほど。


 その理由を、美冬はどう気づいていくか、という内面にフォーカスされています。


 その上で、美冬は自身でこの結果を出すことができませんでした。結論を出すというのは大変にエネルギーが必要なことです。人は時に多くの決断を求められますが、人間関係に一つの結論を求めるのは、その中でも相当なものです。したくてもできるものじゃありません。


 そこで彼女はある賭けにでます。


(以下、作品を抜粋します。ネタバレ注意)




 ――見送りはする。だけど、ホームには行かない。


 もしも、秋人が歩道橋にいるあたしに気がついてくれたなら、そのときは幼なじみとしてではなく、ひとりの女性として彼と向きあってみようと。気がつかなかったのなら、秋人との関係はすべてそこでおわりにしようと。そう、きめた。



 そう、彼女は自分で結論を出すことでなく、相手と事実にその結論を委ねることにしたのです。


 この設定がとても上手い! と思いました。

 見送りはするけれどその場に居ない理由を明確にした上で、単なる決め事ではなく美冬側の心理も表現可能な設定で、私は思わず唸りました。


 これを見た瞬間、私は「紅の豚」を思い出しました。

 自分の愛を、賭けに任せる。

 最高にロマンチックじゃあありませんか。


 そして、この賭けの結果をまっている美冬の描写がまた素晴らしいです。

 こんなロマンチックがあって良いのでしょうか。いやぁ、良かったです。本当に。


 個人的に、こんな恋をしてしまったら、こんな愛を知ってしまったら、もう戻れないのではないかと思います。それを知らなかった頃の自分には戻れない。そんな感じがします。


 そして表現についてですが、雪の降る夜をしっかりと描写しています。特に冒頭、「音」から入ってくるのが良いアイディアだと思いました。

 雪=音を連想する人は多くないと思いますが、しかし雪のある景色というのはやはりそれにふさわしい音を持っています。これにより美冬の置かれた状況を質感をもって伝えることに成功しています。


 小説は状況の説明は容易ですが、その質感や感覚を伝えようとすると途端に難しくなります。詳細な描写を挿入すればそれで済むかと言われれば必ずしもそうではないのです。如何にシンプルなワードで読者の感性を刺激して呼び起こさせるか、というのはやはりテクニックです。


 例えば同じ水の中でも、海とプール、または泥水の中ではやっぱり異なる訳ですよね。そんな時、色覚だけはなく嗅覚や触感を混ぜるのは非常に効果的です。

 夏、学校の近くを通ると塩素の匂いでプール授業を思い出したりしませんか? アレですね。特に嗅覚と聴覚は記憶を呼び起こしやすいと言われています。


 本作はその「音」から入り、その後主人公の行動を描くことで、不思議で優しい、女性的な雰囲気を演出することに成功しています。このふわふわ感が良いですよね。


 そして、◯◯◯――。


 これに胸キュンした人は多いのではないでしょうか。



 本作は、「想い」というものにまっすぐに向かいあった、恋物語だと思います。

 短編映像化してもとても良い出来栄えになるのではないでしょうか。



 それでは、また。

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