第15話 思惑

「もう、耐えられない!! あのライオンの半獣人、何度光を危険な目に遭わせれば気が済むの!!! 光、あなたもあの半獣人にはなるべく関わらないで!!」

「母さん、ライオンのおじさんに関わってるのは俺の意志だよ!! それに、悪いのはライオンのおじさんじゃなくて獣人達じゃないか。おじさんは悪くないよ!!」


 なんで、わかってくれないの?

 自宅アパートのリビング。私はそこにあるテーブルに向かい合う形で光の目を見つめながら言い聞かせていた。テレビから獣人達の被害に関するニュースが流れていたけど、正直なところ、まったく耳に入ってこない。頭の中はブレイブレオへの憤りと、光が殺されるのではないかという不安でいっぱいだった。

 そんな私の気持ちがわからないはずもないのに、光は迷いのない目でまっすぐに私を見返してくる。


「確かに私達を守っている間は、あの半獣人はヒーロー扱いされるかもしれない!! でも、獣人達との戦いが無くなったら、あなたはあの半獣人と同じように迫害されるかもしれないの! あの半獣人と関わるようになってから、あなたは確かに明るくなった。でも、あなたがあの半獣人と友達でいる必要は無いの!! あの半獣人がいなくなっても、今のあなたならほかの友達だってきっと作れるから」


 私の言葉に、光は怒りを滲ませた声色で意見をぶつけてくる。


「母さんは、ライオンのおじさんがいなくなってもいいと思ってるの? 俺にとって、ライオンのおじさんの代わりなんて誰もいないのに!! 俺が獣人達に何度襲われても、ライオンのおじさんは虎のおじさんと一緒に絶対助けてくれた。怪我をして痛くても、疲れてても。守ってもらってばっかりの俺を、ライオンのおじさんは支えだって言ってくれたんだ!! 俺はおじさんを少しでも助けたいし、友達でいたいんだよ!!!」

「母さんは、怖いの……。あなたが獣人に襲われたって聞くたびに、怖くてたまらないの。お父さんが交通事故でいなくなってから、私の支えはあなただけなんだから……」

「……」


 私達のやり取りをよそに、それまで聞き流していたテレビの緊急ニュース速報から、ブレイブレオが私達の住むアパートから程近い街で獣人達と戦っている情報が流れてきた。

 気づけば眉間に皺を寄せていた私は、椅子が倒れそうになるほどの勢いで立ち上がる。


「光、母さんはあのライオンの半獣人に言いたい事があるの。あなたは、早く安全な場所に避難しなさい!」

「言いたい事って、ライオンのおじさんが戦ってる場所に行くつもりなの? 危ないよ!! ライオンのおじさんに伝えたい事があるなら俺が伝えておくから、一緒に逃げよう!!」

「言ったでしょ、もう限界なの。あの半獣人があなたに関わるのを止める気が無いなら、私が直接会って話すしかないじゃない!!」

「言ったじゃないか、ライオンのおじさんに関わってるのは」

「いいから早く避難の準備をしなさい!!!」


 光が何も悪くない事はわかってたけれど、抑えのきかない怒りで光を黙らせた。そのままアパート部屋を出た後、私はブレイブレオが戦場を立ち去る前に憤りをぶつけて、関わりを断つよう伝えようと足を速めた。

 たとえ、あの半獣人があの子の友達だとしても、関係を断ち切らせなきゃ!! あの子に恨まれる結果になったとしても!!


***


「ハァ……ハァ……」


 獣人を倒すために炎の異能を使いすぎた俺は、息を荒げて肩を大きく上下させていた。そのまま安心感から力が抜け、両手両膝を地面につく。疲労して傷ついた身体は、まるで鉛のように重く、腕を上げる事すらままならねぇ。


「……疲れたなんて、言ってられねぇよな。まだ、獣人達の襲撃は終わってねぇ」


 また、俺は獣人を殺した。

 俺がやっている事は、結局命を奪う行為だけを見れば奴らと同じなのか? 俺に残るのは、命を奪い続けた罪だけなのか?

 大切な存在の命を奪っているだけ。クモ野郎が言い放った言葉を、獣人同士の仲間意識を見せられた今、完全には否定できずにいた。自身を虐げ続け、強者に媚びるだけだと思っていた獣人達にも誰かを想う心がある。

 俺は罪悪感を振り払おうと頭を振った。


「俺は、守るために戦ってるんだ!! 誰かを、何かを壊すために、奪うために戦ってるわけじゃねぇ!!!」


 疲労した脚に力を入れ、俺は何とか立ち上がる。

 俺は、こんな俺を必要としてもらえる事が嬉しいんだ!! 獣人達を殺す事で罪悪感を感じる? 贅沢言うんじゃねぇ!! この身体が傷つきボロボロになろうが、疲れ果てようが、そんな事知った事か!! 俺は、絶対逃げねぇ!!

 傷つき重くなった身体で歩き始め戦場を去ろうとした時、背後から聞き覚えのある声がした。


「ブレイブレオ! 待ちなさい!!」


 後ろを振り返ると、アキラの母さんが表情や歩の進め方に強い怒りを滲ませながら近づいてくる。


「あっ、アキラの母さ」


 言い終わる前に、俺の左頬に衝撃が走る。

 よっぽど急いできたんだろう。アキラの母さんは走ってきた疲れと、おそらく俺に対する物だろう怒りから激しく息を荒げていた。血走った目で俺の目を真っ直ぐ見ながら、アキラの母さんは口を開いた。


「これ以上、光に関わらないでください!!! あなたと関わるせいで、あの子がどれだけ危険な目に遭っているかわからないはずはありませんよね!! 命を落としそうになった事も、一度や二度じゃない!! あの子とあなたが友達なのは知っています。でも、そのせいであの子の家族がどれだけの恐怖を感じているか考えた事があるんですか!!!」


 内心、後ろめたさを感じてはいたが、ここで逃げたら尚更認めてはもらえねぇ。真っ直ぐアキラの母さんの怒りに満ちた目を見つめ、俺は口を開く。


「……それは、わかってます。俺のせいで、アキラがどれだけ危険な目に遭っているのか。そして、あなたがどれだけアキラの事を大切に思い、恐怖を感じているのかも」

「だったら、今すぐ」

「……それでも、俺にはあいつが必要なんです!! 身勝手な事はわかってます。でも、どうか許してください。あいつと共に、日々を過ごすことを!!」

「……私は、あなたがいなくても光なら代わりになる友達を作る事が出来ると思います。あなたが光と友達である必要なんて、どこにも無いんです!!!」

「……」


 正直、考えた事も無かった。俺にとってアキラが唯一無二の友であるように、アキラの方も俺の事を代わりなんかいねぇ、もしかしたら親友だと思ってくれているかもしれねぇ。そう、思っていた。

 アキラにとって、俺は替えの利く存在なのか?

 ……だが、あいつはこんな俺の死を悲しんでくれる。それが何より、俺は嬉しいんだ。俺の代わりになる存在がいたとしても、死んでも、俺は獣人達からあいつを守るためにどうなってもかまわねぇ!! 替えの利く存在だったとしても、俺はあいつを守りたいんだ!!!


「……確かにあなたの言う通り、俺なんかの代わりになる存在はいるかもしれません。でも、あいつは俺にとって替えが利かないんです!!」

「…………何がヒーローよ。結局あなたは周囲の人間に災いをもたらしているだけじゃない!! あなたなんて、迷惑なだけの存在でしかありません!!!」


 罵声を浴びせてきたアキラの母さんは、再度俺の左頬に平手打ちしてきた。

 避けようと思えば、簡単に避けられた。だが、アキラの母さんが抱く怒りや憎しみを全て受け止めた上でなければ、友と日々を過ごす事を認めてもらえねぇ。その考えと俺自身の信念が、アキラの母さんが放った平手打ちを真っ向から受けさせる。

 俺が顔を正面に向け直すと、アキラの母さんは既に俺に背を向けて戦場から去ろうとしていた。その後ろ姿に、俺は叫んだ。


「アキラは何があっても、俺が絶対守り抜いてみせます!! 誓って、獣人達にアキラを殺させたりしません!! だから、どうかアキラの友でいる事を許してください!!!」


 その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、アキラの母さんは何も反応せずに戦場を去っていった。

 光の母さんの姿が見えなくなった後、俺は膝をつきうつ伏せに倒れ込んだ。獣人達の襲撃は終わってはいねぇ。俺が今動けば、俺なんかを必要としてくれる人間を助けられるってのに。もう、身体が……。

 炎の異能を使用しすぎた反動、蓄積された疲労、守護者としての重圧。知らぬ間に蓄積されていた心身の疲労から、俺の視界は徐々に暗くなっていった。


***


 酷い事を、言ったのかもしれない。……ブレイブレオが、あの子にとって替えの利く存在じゃない事はわかってるのに。でも、それでもあの子の為にもブレイブレオは遠ざけるべきなの!!

 所々獣人達に破壊された家屋のある夕暮れの街を、私は自宅アパートへ向けて歩いていた。私の後ろにある夕日が、私の足元に長く黒い影を作っている。

 ……いっそのこと、ブレイブレオなんていなくなってしまえばいいんだわ!!! 光が狙われなくなって、ブレイブレオもいなくなる。そうなれば、どんなにいいか。


「……ブレイブレオなんて、いなくなってしまえばいいのに」

「その言葉に偽りは無いか?」


 私の耳に、どこからか不気味で低い声が聞こえる。咄嗟に周囲も見回したけれど、周りには誰もいない。


「あの半端者がいなくなればいい。その言葉に偽りは無いか?」

「誰!!」


 私が作る黒い影から、突然コウモリのような姿の獣人が飛び出してきた。目の前に現れた異形の獣人への恐怖心から、私の身体は硬直してしまう。


「その言葉が本心ならば、私の作戦に協力するのだな。私の作戦に協力すれば、あのガキを狙うのは止めてやってもよいぞ」

「……獣人の……言う事を……そのまま信じろとでも……言うの?」


 恐怖心から唇がわなないていたけれど、私はなんとか言葉を絞り出した。コウモリの獣人は無表情をまったく変えずに答える。


「ならば、貴様に選択肢があるのか? あの半端者と人間共の戦いで、我らビーストウォリアーズの獣人兵力は確かに9割方倒されている。だが、残っている獣人兵力を全て半端者共の討伐に注げば、人間共と協力し合ったところで勝ち目があると思うか? 獣人達それぞれが半端者1人と同等の戦力を持っているというのに。ならば、貴様にとっては私と手を組む方が得策ではないのか?」

「……」

「教えてやろう、我らビーストウォリアーズの首領が考える最終計画を。我らの首領が考える最終計画とは、獣人達に対する憎しみの心を用いて全人間共を改造する事。そして、その上で首領の支配下に置く事なのだ。人間共を死滅させるのが目的なのではない」

「人間を……改造?」

「あのガキを以前獣人に改造したのは、邪魔者を倒すための駒にする目的だったのも確かにある。だが、真の目的は人間の獣人化を試す予行練習だったというわけだ。そして、現在獣人を使い人間達を襲わせているのは、人体改造に必要な獣人への憎しみを高めさせるのが目的なのだ」

「そんな……」

「人間共の憎しみを高め、獣人化唯一の成功例であるあのガキを徹底的に調べつくした後、人間共を洗脳、改造する。それが首領の目的なのだ。1つ言っておくが、私は貴様への親切からこのような提案をしているのだぞ」

「……親切?」

「獣人化の実験を行ったのは、あのガキだけではない。他にも数名の人間共を使って実験したが、どうしても肉体が獣人化に耐えきれず死んでしまった。どうすれば、より効率的に人間の獣人化ができるのか。そして、獣人化の邪魔になる物が何なのか。その研究にあのガキが必要なのは確か。だが、この先様々な人間共を使い実験を行う中で、獣人化成功例の人間はいずれ現れるだろう。その時は、あのガキから狙いを変える事もできる。元々あのガキは、邪魔者を倒すために必要なだけの存在。あの半端者さえ消えてしまえば獣人達にガキが狙われる事も無くなり、私に協力する事で獣人化唯一の成功例ゆえに狙われる心配も消せる。どうだ、これでも貴様は、私に協力する事を拒むというのか?」

「……あなたに協力すれば、本当に光を狙う事を止めてくれるの?」

「約束しよう。ただし、それはあの半端者の、ブレイブレオの命と引き換えだ。私の作戦が成功すれば、あのガキを狙う事を止めよう」


 私は少しの間コウモリの獣人から顔を反らして考えを巡らせていたけれど、コウモリの獣人に目線を戻してはっきりと告げた。


「わかりました。まず、教えてください。その作戦の内容を」


 私が作戦に協力する意思を見せても、コウモリの獣人は恐怖すら感じさせる氷のような無表情をまったく変えなかった。

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