第9話 約束

「アキラ、また俺のせいで!!」


 日が沈み始めた夕暮れ時、俺は外見に似合わないだろう敏捷さで建物の屋根から屋根、ビルの屋上を次々跳躍し走っていた。アルバイトからの帰り道、あのコウモリ野郎が下校中のアキラを拉致したと、使いである小型コウモリに知らされた事が発端だった。

 まただ。また、俺が傍にいるせいで……。

 俺は即座に変身して、指定された街の北にある廃工場に向かっていた。だが、俺の中にあった不安は、いつしか抑えきれねぇ恐怖に変わっていた。アキラが獣人に殺されるかもしれねぇ恐怖と同時に、俺は自分の中にある別の恐怖を自覚する。

 あいつは、俺の事を友だと言ってくれた。だが、俺はあいつを何度も巻き込んでばかりいる。いくら心が強くても、あいつは力を持たない人間だ。獣人の脅威に巻き込まれ続けていれば、怖ぇに決まってる……。それに……。

 俺の脳裏に、光が俺とは別の友を前にした時の笑顔が思い浮かぶ。光が笑っているのに、あいつの笑顔のために戦っているはずなのに、その笑顔は今の俺に冷水を浴びたかのような悪寒を与えていた。……あいつも本音では、俺を。

 そんな本心を振り捨てようと、俺は頭を強く振る。そして、再度唯一無二の友が捕らわれている廃工場へと急いだ。


***


「コウモリ獣人、本当にあの半端者はここへ来るのか?」

「間違いなくな。それより、貴様の方こそ大丈夫なのだろうな? カエル獣人」

「ククッ、俺の能力であの半端者ももう終わりさ!!」


 俺は下校中にいきなり目の前が真っ暗になったかと思うと、次に気がついた時にはどこかの廃工場に連れてこられた後のようだった。柱に縛り付けられている俺の近くに、コウモリのような姿をした獣人と仲間らしいカエルみたいな獣人が待っていて何かを企んでいるようだった。


「……また、俺を利用してライオンのおじさんを倒そうとしてるんだな!」

「そうさ、人間のガキ。私はあの半端者の心を読み、お前があの半端者にとって心の支えとなっている事を承知している。だからこそ、貴様を狙ったのだ」

「本当にこんなガキがあの半端者にとって大事な存在なのか、コウモリ獣人? ただの足手まといじゃねぇか」


 その言葉を聞いた俺は、何もできない事が後ろめたくて下を向いた。

 だって、実際その通りだから。いつもボロボロになって、ライオンのおじさんは俺や他の人達の為に戦ってくれる。それなのに、俺は何もできずに助けられてばかりだ。……そんなの、おかしいよ。友達なら、お互いに助け合うべきなのに。

 罪悪感と一緒に悔しさが込み上げてきて、俺は腕に力を込めるけどライオンのおじさんみたいに力づくで縄を引きちぎる事なんて出来なかった。逆に自分の腕に縄が食い込んで痛いだけだった。

 ……ライオンのおじさんは絶対助けに来てくれる。でも、俺にはライオンのおじさんを助けられる力は無い。今だって、こうして何もできずに人質にされてる。結局、俺はライオンのおじさんの……

 突然響いた轟音に、俺は俯いていた顔を上げる。ライオンのおじさんが、廃工場の扉を鉄拳でぶち破ったみたいだった。激しく息を切らしているライオンのおじさんの目が、縛り付けられて身動きできない俺の姿を捉える。

 ライオンのおじさんは安心した表情をしているけど、その表情は何の役にも立てない俺の心を苦しくした。足手まといになるだけなら、俺はライオンのおじさんの傍にいない方がいいのかな……。


「アキラ、無事か!!!」

「よく来たな半端者、わざわざ死にに来るとはな」

「コウモリ野郎! なぜそいつを狙った! 狙うなら俺を狙えばいいじゃねぇか!」

「以前の貴様との戦いで貴様の血を吸血した際に、精神感応で心を読ませてもらった。私は貴様の素性を全て知っている。首領様に対しても報告済みだ」

「……」

「ショックか? 貴様にはもはや安住の地など存在しないのだからな。貴様と関わったがために、このガキも狙われるようになるだろう。全ては貴様が原因なのだ」

「……俺がやる事に変わりはねぇ。アキラもそれ以外の人間も、全て俺が守る!!」


 そう言うと、ライオンのおじさんはコウモリの獣人とカエルの獣人に殴りかかった。


「ククッ、無理だよ。貴様はここで我らに寝返るのだから! イリュージョン・フォッグ!!」


 カエルの獣人は叫ぶと、口を開いて廃工場全体に白い霧のような物を吐き出した。


「アキラ!! フレイムカバー!!!」


 ライオンのおじさんは俺に白い霧が触れる寸前に、俺に両手を向けて俺の身体に薄い炎の膜を張って守ってくれた。けど、そのせいで……。カエルの獣人が吐き出した白い霧を吸い込んでしまったライオンのおじさんは、突然意識を失ってうつ伏せに倒れ込んでしまった。


「ライオンのおじさん!! おい、カエルの化け物!! おじさんに何をしたんだ!!!」

「クッ、見てりゃわかるだろうさ!!」


***


 気がつくと、俺は白い霧の中にいた。


「ここは?」


 周囲を見回すと、二つの人影を見つける。片方の顔は見慣れねぇ顔だが、もう一人の顔はよく見慣れたあいつの顔だった。


「アキラ!! 無事だったのか、良かった!!」


 俺は霧の中にいるアキラへ声をかけるが、アキラはもう一人のガキと一緒に俺に背を向けて歩き去っていく。その背中を見た瞬間、俺の脳裏にあの笑顔が嫌でも思い出される。気づけば俺は、全身に冷や汗を掻いていた。


「おい、アキラ! 待て!!」


 必死に追いかける俺の声に、アキラは答えない。隣のガキと一緒に、どんどん俺から遠ざかっていく。


「アキラ!!」


 俺の声にようやくアキラは振り向いたが、俺はその目を見て身体を凍りつかせる。あの目だ……。他者を見下す、無価値と思う者に対して向けられるあの冷たい視線。半獣人である俺が、今まで獣人達から散々向けられてきたあの冷たい目だった。

 なんでだ……。なんで、その目が光から俺に向けられている?


「うるさいな、半獣人」

「おい、アキラ。今なんて……」

「半獣人って言ったんだよ、ライオンの化け物。それとも、そのライオンの耳じゃ俺の声もよく聞こえないの?」


 わずかの間呆然としていた俺だったが、我に返ると乾いた笑いを浮かべた。


「……くくっ、そうか。お前は本物のアキラじゃねぇ。これは幻覚だ!! そうに決まってる!!」

「何でそう言えるの? 俺、本当はずっとあんたの事迷惑だと思ってた。あんたと関わるせいで、いつもいつも獣人達から狙われる。実際獣人にさらわれて死にそうな目にだって遭った」

「……」

「それに、今の俺には半獣人のあんたとは別の人間の友達がいる。あんたと関わってた時より、今の方がずっと楽しいんだ。人間でもない半獣人のあんたは友達なんかじゃない」


 ……嘘だ。俺は結局、一人で浮かれてただけだったってのか? ずっと、一人だったってのか?

 俺は力無く膝をつき、頭を抱える。


「……やめろ」

「じゃあね、ライオンの化け物!」

「やめろぉぉーーー!!!」


***


 ライオンのおじさんが気絶した数分後に、おじさんの目から涙が流れ始めていた。強いおじさんが俺の前で初めて見せた涙。弱い姿だった。


「アキラ……俺を……見捨てる……の……か?」


 ライオンのおじさんが口走ったうわごとを聞いた俺は、思ってもいなかった言葉に驚く。


「俺がライオンのおじさんを見捨てる? おい、カエルの化け物! 一体何を!!」

「今この半端者は自分が最も恐れる悪夢を見ているのさ。俺のイリュージョン・フォッグの力でな。この半端者はどうやらお前に見捨てられる事を一番恐れているようだな」

「そんな……」

「俺の能力は敵に致命的な心理的弱点が無ければ、効力を発揮しない。この半端者はよほど強く、お前に見捨てられる事を恐れているらしいな」

「……ライオンのおじさんを、どうする気なんだ!!」

「クッ、この半端者の心が俺の見せる悪夢に完全に屈した時にわかることよ!! 多少の時間は必要だがな!!」

「カエル獣人、貴様に半端者の弱点を教えてやったのは私だ。手柄は山分けだぞ」

「わかってるよ、コウモリ獣人。貴様に半端者の弱点を知らされなければ、俺もこの半端者と戦うつもりは無かった。俺が持つ霧の力は、こいつが操る炎使いの力とは相性が悪いからな。その気になれば、この半端者は自身の炎で俺の霧を完全に蒸発させ無力化できたはずだ。だが、そんな強力な熱を発すればこのガキも巻き添えを食らう。つくづく、このガキに感謝だな!!」

「……全部、俺のせいで」


 俺が人質にされたせいで、ライオンのおじさんはやられたんだ。俺がいなければ、簡単に倒せる相手に。俺のせいで……。

 ……落ち込んでる場合じゃない。早くおじさんを悪夢から覚まさせないと!! カエルの獣人が何をしようとしてるのかはわからないけど、このままじゃきっとおじさんが死んじゃう!!!


「今まで我らを散々手こずらせてきた半端者が、こんな弱者だったとはな。いや、元々人間の血を持つ半獣人だ。身も心もくそ弱ぇのが当然か!」


 カエルの獣人がライオンのおじさんを嘲笑った瞬間、俺の頭にカッと血が上った。


「おい、カエルの化け物。もう一回言ってみろ」

「あぁ、何だ人間のガキ?」

「ライオンのおじさんが、弱いだって?」

「何か間違った事を言ったかガキ? 貴様のような脆弱な存在のために自分より格下の敵にやられた半端者だ! どこからどう見ても弱者じゃねぇか!」


 顎でうつ伏せに横たわっているライオンのおじさんを指して、カエルの獣人は言った。


「……確かに、ライオンのおじさんは半獣人だ。でも、ライオンのおじさんは人間のために自分が疲れてボロボロになっても戦ってくれた。自分より格上の敵だっていたはずなのに。俺が獣人に洗脳された時だって、俺の攻撃で全身傷だらけになっても助けてくれた。そんなおじさんが、弱いわけないだろ!!」

「はっ、何を言い出すかと思えば。現にこいつは俺にやられてるじゃねぇか! これが全てだ!!」

「俺を人質にしてライオンのおじさんを倒したお前と、どんな敵が相手でもどんな攻撃が来ても逃げずに戦ってくれたライオンのおじさんのどっちが強いと思うんだよ!!」


 今までのライオンのおじさんと過ごした日々を思い返して、俺はカエルの獣人に言い返す。


「この半端者の心が強いとでも言いたいのか、人間のガキ! 俺の能力でこの半端者の心は既に屈したというのに!!」

「ライオンのおじさんはお前なんかに絶対負けない!! おじさん、起きて! ライオンのおじさん!!」

「無駄だ!!」

「おじさんは弱くなんかない! 俺がいなかったら、おじさんは勝てたんだ! それに、おじさんは何があっても俺の友達だから! 半獣人だなんて関係ない! おじさんは俺にとって大事な友達なんだよ!!」


***


 涙で顔を濡らした俺は暗黒の中、両手両膝を地面につき失意に沈んでいた。……力が、湧かねぇ。そうか。俺はまた、一人に戻っちまったんだな……。

 そんな俺の前から、かすかに温かい光が射す。


「おじさんは俺にとって大事な友達なんだよ!!」


 ア……キラ? 失意の闇に飲み込まれ、沈んでいた俺は顔を上げる。本気で相手を助けたいという気持ちが、その必死な声色から伝わる。自分の耳に反響するように聞こえる声は、俺の心に温かな光を取り戻させてくれた。


「おじさんが負けたのは、俺のせいなんだ! おじさんは強いんだよ! だから、立って! ライオンのおじさん!!」


 俺が負けたのが……あいつの……せい? わずかに呆然とした後、俺は歯が砕けそうなほど歯ぎしりをしていた。今まで感じた事の無いほどの怒りを、自分自身に感じながら。

 違う!! 俺にとって、あいつは支えであり存在意義そのものなんだ! 俺は自分の事で手一杯で、あいつの気持ちなんて全く考えてなかった。あいつは俺の足手まといでも、弱点でもねぇ。畜生!! 何やってんだ、俺は!!

 俺は立ち上がると、あいつを疑い続けた弱い自分への怒りを込めて咆哮する。

 あいつは俺の大切な友!! そんな負い目を感じる事はねぇと、俺はあいつに伝えなきゃならねぇ! 俺は、絶対に勝たなきゃならねぇ!!


***


 うつ伏せに倒れているライオンのおじさんの指先がピクッと動く。そして、おじさんはゆっくりと立ち上がった。


「ライオンのおじさん!!」

「……アキラ」

「ば、馬鹿な! あの状態から意識を取り戻しただと! 貴様の心は俺の能力で食い尽くされる寸前だったはず!!」

「……アキラの声が聞こえた。本物のアキラの声が。俺は自分が見捨てられる事ばかり考えて、アキラの気持ちなんて全く考えてなかった。友を疑った事を、友に負い目を感じさせた事を俺は謝らなきゃならねぇ!!」


 そう言うと、ライオンのおじさんは柱に縛り付けられている俺の元へ一瞬で移動する。そして、俺を縛っているロープを引きちぎった。


「アキラ、少しだけ待ってろ!」

「……うん!」


 俺を背にして、ライオンのおじさんはカエルの獣人とコウモリの獣人に向かい合う。


「くそっ!! もう少しでこいつを俺の完全な傀儡、操り人形にできたってのに!! こうなったら、もう一度! イリュージョン・フォッグ!!」

「アキラは傷つけさせねぇ!!」


 ライオンのおじさんは俺に両手を向けて俺の周囲に薄い炎の膜を張り守ってくれたけど、自分はまたカエルの獣人が吐き出した霧を吸い込んでしまう。


「ライオンのおじさん!!」

「ククッ、今度こそこの半端者の最期……」


 ライオンのおじさんは霧を吸い込んだのに、今度は平然とカエルの獣人に近づいていく。


「な、なぜだ!! なぜ俺の技が効かない!!」


 カエルの獣人がたじろぎ後退る前で、ライオンのおじさんは誇らしげに言ってくれた。


「アキラが、友の存在が俺の心を強くしてくれたんだ! こいつは俺の弱点じゃねぇ!! 心の支えなんだ!!」


 俺を背に庇いながらカエルの獣人に近づくライオンのおじさんは、カエルの獣人の胴体を拳で貫いた。断末魔の叫びを上げたカエルの獣人が、光の粒になって消滅した。


「次はてめぇだ! コウモリ野郎!!」

「カエル獣人、所詮は低級獣人だったか。だが、貴様の弱点を知った以上まだまだ作戦の立てようはある。今日のところは退くとしよう」

「逃がすか!!」


 ライオンのおじさんがコウモリの獣人に殴りかかったけど、コウモリの獣人が自分の影に飛び込む方が早くてライオンのおじさんの拳は空を切った。コウモリの獣人が立ち去った後、しばらくライオンのおじさんと俺は立ち尽くしていたけど俺は先に沈黙を破った。


「ライオンのおじさん、ごめん」

「なんで、お前が謝る?」

「俺が人質にされたせいで、おじさんはあとちょっとで負けちゃうところだった。おじさんが俺を助けてくれても、俺にはおじさんを助けられる力は無い。それどころか、今みたいに足手まといにしかならないから……。本当にごめん」

「……馬鹿野郎」


 ライオンのおじさんは、俺の頭にその大きな手を優しく乗せると静かに話し始める。


「謝るのは俺の方だ、アキラ。俺は、お前に人間の友ができたと聞いた時からお前が俺を見捨てると思っていた。お前は俺を見捨てるどころか、俺の足手まといになる事を心配してくれてたってのにな。……友であるはずのお前を疑ったんだ。ごめんな」

「そんな事、気にする事ないのに……」

「……アキラ、お前は俺に半獣人の同胞がいたと聞いた時、なんとも思わなかったのか? 俺みたいに、俺がお前を見捨てるとは思わなかったのか?」

「全然。だって、おじさんの事信じてたから」

「信じてた?」

「もうおじさんを疑ったりしたくなかったのもあるけどさ。それ以上に、おじさんは絶対にそんな事する奴じゃないって信じてたんだよ。ちょっと恥ずかしいけど、信頼してたってことかな」


 ライオンのおじさんは目を見開いて、何かに驚いたようだった。


「アキラ、やはりお前は強いな」

「……ありがと」

「だがな、間違ってる事もあるぞ。アキラ、お前は俺の足手まといでも弱点でもねぇ。お前は十分俺の力になってくれてる。お前は俺の正体を知ってて、その苦労もわかってくれてる。自分の事をわかってくれる相手がいる事は、それだけで支えになるんだ」

「俺は、おじさんを助けたいんだよ……」

「だから言っただろ、お前は俺の支えだって」

「でも……」


 心の支えだって言ってくれるのは、確かに嬉しいよ。でも、戦いの負担を軽くしてあげられない事が後ろめたくて、俺はライオンのおじさんから目を逸らしてしまう。


「……だったら、1つだけ約束してくれ」

「約束?」

「ただ、俺の友であり続けてくれ。それが俺の願いだ。お前がいてくれるだけで、俺は強くなれるんだ」

「わかったよ! じゃあ、おじさんの方も約束して! 俺の友達であり続けるって」

「ああ、約束する!!」


 俺はライオンのおじさんに自分の拳を差し出す。ライオンのおじさんは俺の拳を見るけど、最初その意味がわからないようだった。


「?」

「ライオンのおじさん、人間の世界ではさ、男同士の約束をする時は拳と拳をぶつけ合うんだよ!!」

「……わかった」


 俺とライオンのおじさんは、倍ほども大きさの違う拳をぶつけ合った。


「約束だよ、ライオンのおじさん!」

「ああ、約束だ!」

「貴様ら、そんな事をしている場合か?」


 突然響いた自分達を呼ぶ声に、俺とライオンのおじさんは廃工場の窓を見る。その声の主は、前にネズミの獣人から俺達を助けてくれた虎の頭をした獣人だった。


「タイガーアベンジャー! アキラ、下がってろ!!」


 ライオンのおじさんは、俺を自分の背に隠す。


「何の用だ? いつからそこにいた?」

「貴様がこの廃工場に突入してからさ。気配を消して、貴様達を観察していた。貴様が以前言っていた『居場所』とやらを見に来たというわけだ」

「……気は済んだか?」

「貴様、自分の置かれている状況がわかっているのか? 貴様の素性は全てビーストウォリアーズに知られてしまい、このガキが貴様の弱点である事もばれている。今の戦いを見る限り、貴様はこのガキを必ず守り通そうとするのだろう? かといって、他の人間を見捨てる気もあるまい。このガキを守りながら、日本中に現れる獣人達と戦う事などできると思っているのか?」

「……」


 多分、無理だっていう答えしか用意できなかったんだ。ライオンのおじさんは、俺から見てもわかる程の力みを見せて拳を握っていた。


「貴様には失望した。人間などという存在を、本当に心の拠り所にしていようとはな。俺は貴様を殺して、ビーストウォリアーズに加わるための足掛かりとする!! だが、獣人達との戦いで疲弊した上弱点を抱えた貴様を殺しても、獣人達を納得させられるとは思えん」

「お前、さっきから何が言いてぇんだ?」

「俺がこの人間のガキを護衛してやろうというのだ」

「!!!」

「貴様が日本中に現れる獣人達と戦っている間、このガキの守りは手薄になるだろう。その間、このガキが獣人に襲われたら俺が守ってやろうというのだ」

「万全の状態の俺を倒すためにか?」

「そうだ。このガキを守りながら、日本中に現れる獣人と戦うなど無理な話だ。それこそ、貴様は傷つき疲労して万全の状態ではなくなるだろう。それでは困るのだ」

「……人間を滅ぼすと宣言している奴の言う事だ。信用できるか!!」

「ならば、貴様一人でこのガキを守り通せるというのか?」


 ライオンのおじさんは少しの間拳を強く握っていたけど、握っていた拳を解いた後で俺に顔を向ける。そして、俺にしか聞こえない声で耳打ちした。


「…………アキラ、もしこいつに危害を加えられそうになったら、誕生パーティーの時に渡した鍵を使え。俺の半獣人としての姿と人間としての姿、それぞれの名前を知っているお前ならこの鍵を使って俺の元へ移動できるはずだ。それを使って俺がいる場所に逃げろ」

「う、うん」

「保険は、つけさせてもらうぞ。光に手を出したら、この契約もそれまでだ!! その後、てめぇは殺す!!」


 虎の獣人に向かって、ライオンのおじさんは強い殺気を向ける。


「心配するな。貴様との決着がつくまでは、このガキは絶対傷つけさせんし傷つけん。だが、勘違いするなよ!! この約束は、俺が数に物を言わせて半獣人を迫害する人間と同じになりたくなったからだ!! 獣人達の力を利用し数の暴力で貴様を倒したら、あの醜い人間共と同じになってしまうからな。俺は同胞でありながらそんな人間共に与する貴様に、心底失望している!! そして、全ては俺の目的の為である事を忘れるな!!」


 そう言い残して、虎の獣人は強く歯ぎしりをしながら跳躍して廃工場から立ち去って行った。ライオンのおじさんは虎の獣人が立ち去ったのを見届けた後で、俺と同じ目線までしゃがむと俺の両肩を掴んだ。


「アキラ、しばらくお別れだ……」

「え、何で?」

「俺の素性は全て奴らに知られてしまった可能性が高い。俺の普段の姿もな。だから、俺はお前の傍にいない方がいい。俺が傍にいたら、お前の危険が増すだろうからな」

「……おじさんが傍にいてくれたら、俺は平気だから」

「駄目だ。実際タイガーアベンジャーの言う通りだ。奴が裏切る可能性は考えられるが、奴の力は今後必要になるかもしれねぇ。奴が約束を破らない限りは、お前を守ってもらう方が安全だと思うんだ。……お前のような人間がいるんだ。半獣人の居場所が獣人側だけじゃねぇ事を、奴だってきっと理解してくれる!! ……大丈夫だ。俺はそう簡単には死なねぇし、もうお前を疑ったりしねぇからよ」


 ライオンのおじさんは、俺に向かって優しく笑ってくれた。敵に色々な情報を知られてライオンのおじさんだって不安なはずなのに、その笑顔は俺に確かな安心感を与えてくれる。


「……ライオンのおじさん、約束だよ。俺達、ずっと友達だって」

「ああ、お前には友を信じ抜く強さを教えてもらった。お前の持つ強さに近づけるように、俺もお前を信じ続ける!」

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