第8話 不安

「なぁ、アキラ、もしお前以外に人間の仲間がたった1人しかいなかったら、そいつと仲良くなりたいか?」

「どうしたの? ゴウキおじさん、いきなり」


 日雇いアルバイトの休日とアキラのショウガッコウが休みだった日が偶然重なった日。俺は自分のアパート部屋に遊びに訪れていたアキラに聞く。復讐の猛虎、タイガーアベンジャー。そう名乗った同胞と敵対する道を選んでいながら、俺はいまだに迷っている。


「……前にも言った通り、俺は半獣人だ。半獣人は獣人でも人間でもないからな。両種族から差別と迫害の対象になるがために、同胞である半獣人と出会う事は滅多にねぇらしい。その上、獣人と人間はお互いを敵としか思ってねぇしな。だが、俺以外にもう1人半獣人がいたんだ。初めて、同じ境遇の同胞に出会ったんだ。だが、その半獣人は人間を滅ぼすつもりらしい。アキラ、お前ならそんな時どうする?」


 アキラは腕を組むと考え込み、下を向く。少しの間考えていたアキラは、俺に対して1つの答えを出してくれる。


「……俺にはゴウキおじさんの気持ちはわからないけど、俺だったらその半獣人の仲間と仲良くなりたいな。だから、悪い事をしたら止めるけど、話し合って分かり合おうとするんじゃないかな?」

「そう……だよな。仲良くなりてぇよな」

「同じ半獣人同士なんだからさ、きっと分かり合えるよ!!」

「……ありがとな」


 そうだよな、俺達はこの世にたった2人からもしれねぇ半獣人。分かり合えるかわからねぇうちから、敵と決めつけるのは早ぇ。人間は絶対傷つけさせねぇが、和解の道だってきっとあるはずだ!!


「あっ、仲間と言えばゴウキおじさん、俺やっとおじさん以外にも友達ができたんだよ!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中に今まで感じた事の無い感情を芽生えた。恐怖心に近いが、獣人達との戦いで感じる恐怖とは全く異なる。

 何だ、この気持ちは? やっとアキラに俺以外の友ができたんだぞ! 嬉しくねぇってのか? アキラの友なら、喜んでやるべきじゃねぇか……。

 俺自身にも自分の表情が変わったのが感じられる。無理に取り繕った、不自然な笑顔になったのが。


「そ、そうか。良かったな、アキラ」

「ゴウキおじさん、どうかしたの?」

「な、何でもねぇよ。それよりアキラ、その友達大切にしてやれよ!」

「言われなくてもそうするよ!」


 その後、ラジオで獣人出現の放送を聞いた俺はアキラと別れ、獣人達との戦いに向かう。その経験した事の無い感情をわずかに引きずりながら。


***


 獣人が現れたのは、俺の住むアパートから程近い街だった。俺はアパートを出た後人影の無い路地で即座に変身すると、民家の屋根やビルの屋上を跳躍しながら現場に向かう。すると、空中を跳ぶ俺の視界にコウモリのような姿をした獣人が街の女に咬みつき生き血を吸っている光景が飛び込んでくる。コウモリ野郎の手下なのか、無数の小型コウモリ達が人間達を襲っていた。

 女の左首に咬みつき生き血を吸っているコウモリ野郎に対して、俺は即座に飛来し殴りかかる。


「止めねぇか! コウモリ野郎!!」


 コウモリ野郎が即座に女から離れ距離を取る。残されて倒れそうになる女を俺は抱きかかえる。


「ブレイブ……レオ。来てくれた……の」


 女を無事だった人間達に託すと、俺はコウモリ野郎に向かい合う。


「良かった、ブレイブレオが来てくれたぞ!!」

「これであのコウモリの化け物も終わりだ!」


 俺が人間の世界で獣人達から人間達を守り始めて数ヶ月、徐々にではあるが人間達は俺を人間の味方、ヒーローとして認識してくれるようになったようだった。無論、俺を獣人達同様の化け物と扱う人間達だっているがな。だが、獣人と人間どちらにも居場所の無かった俺にはそれだけで十分だ。

 ……なぜだ? 嬉しいはずなのに、望んでいたはずなのに。俺は今、あまり嬉しくねぇ。


「現れたか、ヒーロー気取りの半端者。貴様の中にある獣人と虫けらの血、両方を頂くぞ」

「やれるもんならやってみやがれ!!」

「言われるまでもない。ナイトメアバッツ!!」


 叫んだコウモリ野郎は漆黒の翼を大きく広げ、その翼から無数の小型コウモリが飛び出してきて俺に襲い掛かってくる。襲い掛かってくる小型コウモリに対し、俺は自身の周囲に無数の炎弾を作り出し迎撃した。

 技同士が激突して、激しい爆発と煙が起こる。煙の中からの攻撃を警戒した俺は、円形のバリヤーを自身の周囲に展開する。だが、しばらく経過して爆発の煙が消えるとコウモリ野郎の姿は消えていた。


「あのコウモリ野郎、一体どこへ? ぐっ、がぁぁ」


 突如、俺は左の首筋に鋭い痛みを感じる。見ると、姿を消していたコウモリ野郎が俺の背後からその鋭い牙を俺の左首筋に突き立てていやがった。


「て、てめぇ、どうやって……」


 コウモリ野郎の足下を見ると、奴は俺の影から膝から上の身体を現わしている。膝から下は、まるで俺の影に溶け込んでいるようだった。


「影を……使って……転移しやがった……のか」


 畜生……力が……抜けやがる。だが……何だ……この感覚は? さっきのアキラとの会話が……嫌でも思い出される。まるで……心の中を覗かれてる……みてぇな。

 俺は左の首筋から血を流しながらも、コウモリ野郎の顔をなんとか引き剥がすと前方に投げ飛ばした。


「ハァ……ハァ……」

「半端者、私は今日貴様の小手調べのために来た。次に私と会う時が貴様の最期だ」


 そう言うと、コウモリ野郎は自身の影に飛び込み姿を消す。


「何だってんだ、あのコウモリ野郎! 小手調べだと?」


 獣人をひとまずは撃退した事で人間達が歓声を上げる中、俺は釈然としない物を抱えながらその場を立ち去った。


***


 夕方、俺は獣人達との死闘を終えて自宅アパートに戻ってきた。背後から夕焼けに照らされながら駐車場の辺りを歩いていると、アキラが自分のアパート部屋から出てくるのが目に入る。


「アキ……」


 声をかけようとした俺だが、アパート部屋からアキラと同い年くらいのガキが出てきたのを見て思いとどまる。

 見た事のねぇ顔だが、あのガキがアキラの新しい友なのか?

 俺はアキラの顔を見る。……アキラは、楽しそうだった。今まで見た事が無い楽しそうな笑顔をしている。……そりゃ、そうだよな。こんな年の離れた半獣人の俺より、同じ年の友達がいた方が嬉しいよな……。

 結局俺は、アキラがアパート部屋に戻ってからアキラの友が立ち去るまで、その場で立ち尽くしていた。その間俺の心に在ったのは、アキラの友への黒くて暗い怒りとも、憎しみともつかない熱と、凍てつくような孤独感だけだった。


***


 その後俺は、自身のアパート部屋に暗い気持ちのまま帰宅した。そして、薄手のTシャツとズボン、真紅のトランクスを脱ぐと浴室に入りシャワーを浴びて身体の汗を流していく。疲れ果てていた俺はようやく人心地をつくが、暗く恐怖心に近い感情は振り払えなかった。心が晴れない。


 俺やっとおじさん以外にも友達ができたんだよ!


 俺の心にアキラのあの言葉が、アキラと別れて数時間たった今でも引っかかっていた。その言葉に自分が感じている感情、それに考えを巡らす内に1つの答えに行き着く。

 俺は……不安……なのか?

 不安だったら今まで感じた事が無いわけじゃねぇ。だが、戦いで感じる不安や恐怖とは全く別物だ。……俺は人間じゃねぇ。あいつに年の同じ人間の友ができたら、俺は……。

 考えたくない想像を、俺は言葉に出してしまう。


「あいつに……捨てられちまう……のか?」


 熱めのシャワーを浴びているのに、冷水を浴びたかのような悪寒が感じられる。同時に猛烈な恐怖心が、俺の心を覆い尽くしていくようだった。俺は友と呼べる存在を得た今でも、自分が半獣人であるという負い目を拭い切れてはいなかったらしい。


「友を疑うってのか? ……あいつは、そんな奴じゃねぇ」


 俺は自分に言い聞かせて自身の考えを否定した。だが、その言葉はアキラを信じて発せられた物なんかじゃねぇ。それどころか、弱気を感じてアキラを疑う心を持つ自分の弱さを認めたくなかった。

 俺の耳には、励ましてくれる者も誰もいない部屋にシャワーが流れる音だけが響いていた。

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