第2話 憧憬

 いつからだったか。ラジオからはどこで獣人達が暴れているのか情報として流されるようになった。確か、キンキュウジタイセンゲンというものが出されてからだったか。ラジオに聞き耳を立てながら、俺は自宅アパートの中で肉体の鍛錬に励んでいた。

 ショウガッコウ。そんな俺の聴覚が、ラジオから流れたその単語に異常に反応しやがった。確か、この世界のガキが頭を良くするために通う場所の1つだったはずだ。なら、あいつも、アキラもその場所にいるかもしれねぇってことか。なぜだ、妙な胸騒ぎがしやがる!!

 即座に自宅アパートを出ると、アパート近くの路地に入り半獣人体に変身する。そして、敵獣人から奪った空間転移の鍵を掲げた。以前あのショウガッコウの前を通った事があって良かった。今なら鍵の力を使える!!


「頼む、俺を太陽ショウガッコウへ!!」


 この空間転移の力を秘めた鍵状の物体は、末端の下級戦闘員に至るまで支給されているらしい。敵を倒した後、その場に残る貴重な移動手段を使わない手はねぇ。

 だが、その存在すら知らなかった俺は当然だが使い方を知らなかった。移動手段が必要だった俺は、手近な戦闘員を捕らえて使い方を吐かせた。どうやらこの鍵は、移動先となる人間や場所の名前だけでは効果を発揮しねぇらしい。そりゃそうだ。同じ名前の人間や場所だって、当然あるだろうからな。

 こんな便利な移動手段だ。俺はこの鍵の力で奇襲されるのが当初不安だったが、人間としての姿と名前を知られてねぇからか奴らに奇襲される事は無かった。これもこの鍵の制約みてぇだが、どうやら移動先に関するある程度詳細な情報を頭の中に強く念じなければならねぇらしい。元々帰還用の移動手段だからか、1つの鍵につき1度だけ使用者1人を移動する制約もあるみてぇだが、十分だ。

 眩い光に包まれ、自分の身体が転移する直前まで疑問に感じる。俺をここまで必死にさせる、あのアキラという小僧。あの小僧は、一体自分にとって何なのか、と。


***


 俺が転移した先は、ショウガッコウの校門前だった。数が多すぎて覚えきれなかった、やたら難しい二ホン語が書かれている縦長のプレート。それが打ちつけられた石柱の陰から様子を窺うと、ショウガッコウでガキ達を教えているらしい何人もの大人達、ガキ達が複数の檻の中に閉じ込められている光景が目に入ってきた。

 ジエイタイの奴らは、まだ来てねぇようだな。一応知ってはいたが、二ホンにも自分達の家族や仲間、友を守ろうとする戦士がいる。ジエイタイが武器も取り戦い、ケイサツが人間達を避難させる。よく考えられた仕組みだ。人間にも戦士がいる事を知り、さらに人間を認めるようになったのは事実だった。

 アキラより強いとは思わねぇが、な。

 最初は獣人達と同一視されて、ジエイタイの奴らが腕に抱えている武器で攻撃されたこともあったが、この外見ではそれも無理はねぇ。それでも、ジエイタイの奴らに力を借りなければならないのは事実だ。1日に10体から15体くらいの獣人達が、二ホン各地に現れているからな。俺がいくら戦っても、全ての獣人を倒すのは不可能だ。命懸けの死闘が続けば、当然心身共に疲労してくるからな。

 だが、獣人も身体は生身だ。当然、殺傷能力のある武器は有効だ。それでも、異能の力を持つ獣人に対しては異能で装備を無力化されてしまう事が多いようだった。

 俺の耳に、檻から少し離れた場所にいる灰色の毛色をしたオオカミの獣人と戦闘員が話している声が聞こえてくる。獣人の無駄に大きい声のおかげで、鮮明に聞こえる。


「戦闘員共、さっさとこのガキ共を科学者連中に引き渡せ。それで、今回の任務は完了だ」

「オオカミ獣人、引き渡した後この人間共はどうなるのですか?」

「知らないね。俺はただ首領の命令に従っているだけだからな。人体実験にでも使う気なんじゃないのか?」

「一体、首領は何を考えているのでしょうか? 人間を使って人体実験をして、我らの仲間でも増やす気なのでしょうか?」

「知らんと言ってるだろ!! こんな誰にでもできる任務ばかりこなしていても、我が望みは叶わないというのに!」


 オオカミ野郎が苛立ちの声を上げている傍で、ガキ達が泣き喚いている。オオカミ野郎の高く上がっていた尻尾がだらんと垂れ下がり、顔が無表情に変わったのが見えた。だが、そんなことはどうでもいい!! 俺が認める強さを持つ人間達を、奴らは実験動物くらいにしか思ってねぇ!! 頭に血を上らせ、青筋を立てている自分の顔が容易く想像できる。

 だが、冷静さを保てなければ、大切な者を守るどころか逆に傷つけてしまうかもしれねぇ。拳を強く握りしめ、湧き上がった怒りの炎を抑えつけた。


「そんなことはさせねぇぞ!!」


 感情をできる限り抑え込んだ声で、俺はオオカミ野郎に叫んだ。


「貴様は裏切り者の半端者! また邪魔しに来たか! 丁度いい。今回の任務達成と貴様の討伐、それだけの手柄があれば首領も俺の望みを叶えてくれるはずだ!!」

「てめぇの望みだと?」

「貴様も知っての通り、我ら獣人は異世界の動物を首領の持つ技術で強化改造した存在だ。俺は、元々秩序が崩壊した群れに属していた一匹狼。番となる雌のオオカミ獣人が、家族となる自分の群れが欲しかった。貴様を倒せば、その念願も叶えられるはずだ!!」

「なら、人間にも家族の情が、その人間を必要としている家族がいることくらいわかるだろ!!」

「……悪いがこんな脆弱な存在のために、我が念願を諦めることはできないのさ。たとえ、仲間の獣人がいたとしても、群れへの情には敵わないってことさ」


 ……贅沢言うんじゃねぇ。家族だと? 仲間の獣人がいるってことが、どれだけ幸せなことかわからねぇのか? 俺は、認めたくなかった。恵まれた環境にいることを自覚していない、目の前の獣人に何を感じているのかを。

 半獣人であることは恨んだりしねぇ。羨ましいなど、ましてや嫉妬など感じちゃいねぇ!!


「……てめぇにも譲れねぇ願いがあるようだが、俺にも人間を守るっていう誓いがあるんだ。そこの人間達は、解放してもらうぜ!!」


 否定しきれねぇ負の心を打ち消し、俺はオオカミ野郎に突撃する。


「させるか、アイスクリスタル!!」


 オオカミ野郎は片手を俺に向けると、氷のつぶてを無数に飛ばしてくる。こいつは氷使いの獣人か!! 

 同じ獣人でも、獣人には2種類の奴がいる。以前戦ったワニ野郎やクマ野郎のように高い身体能力を持つだけの獣人と、それ以外に小規模な自然現象の発生すら可能にする獣人だ。ジエイタイの奴らが異能を使用できない獣人を倒して、こいつのような異能を使用できる強力な獣人を俺が倒す。今ではジエイタイとの間で、暗黙の協力関係が出来上がっていた。

 俺は向かってくる氷を、拳で砕き割っていく。炎の力さえ使えば、確かに氷の異能による攻撃を防ぎきることはできる。だが、異能の使用は体力を極端に消耗する、諸刃の剣だ。獣人とは違い、半獣人の身体には異能の使用はかなり堪える。なるべく、使いたくはねぇ。

 当然全ての氷を砕くことはできず、俺の身体には沢山の切り傷がつく。氷の1つが、俺の左頬をかすめる。


「くっ、ならば、これならどうだ! アイスパーティクル!!」


 叫んだオオカミ野郎は、全身から強烈な冷気を全方位に放つ。

 俺は咄嗟に異能の1つであるバリヤー能力で大人達、ガキ達の閉じ込められている檻を覆ったが、バリヤーは一カ所にしか出せねぇ。オオカミ野郎の放つ冷気を、俺はまともに浴びる結果となる。


「ぐっ、ぐぉぉぉ……」


 どんどん身体が凍りつき、最後には完全に氷漬けにされちまった。

 冷……てぇ。だが……まだ意識は……奪われちゃいねぇ!


「所詮は半獣人。我ら獣人の敵ではない。さて、人間共の連行を再開……」

「うぉおおおおお!!」


 全身にエネルギーを行き巡らせ、俺は身体中から強烈な熱を放つ。強力な熱気で俺は自身を覆っていた氷を完全に溶かし、脱出する。


「残念だったな、炎の異能を持つ俺に冷気はきかねぇ!」

「こ、こんなことで、俺の望みが。しかも、こんな半端者風情に」

「……」


 俺はその言葉を無視して、オオカミ野郎に近づいていく。


「ま、まだだ!! こんなことで、俺の望みが潰えてたまるか! 何度でも凍らせてやる! フリージング……」

「遅ぇ!!」


 俺はオオカミ野郎との距離を即座に詰め、奴の胴体を拳でぶち抜いた。断末魔の叫びを上げた後、オオカミ野郎は光の粒となり消滅する。

 戦いには勝ち、守るべき人間達も救う事ができたが、俺の心は暗かった。贅沢を言っていると思ったのは、本当だ。だが、オオカミ野郎が元々一匹狼で番を、家族を欲している心を否定できるほど、俺は強くねぇ。

 オオカミ野郎を倒し、戦闘員共が檻を開け中にいる人間を人質にする前に即座に一蹴した後、人間達を閉じ込めている檻を全て力任せにこじ開けた。人間達が俺から後ずさり、恐怖の視線を向けるのを感じながら。

 本当に、俺は一体何のために存在しているんだろうな。「心」を持つ獣人を殺し、人間にも拒絶されるような存在に、存在意義などあるのか?

 戦場となったショウガッコウの校庭を、1人後にする。校庭を出た辺りで大人達が大声で何か叫んでいる声が聞こえたが、好きな事を言っていればいいさ……。


「ねぇ、待ってよ!!」


 校庭を出て少し歩いた所で、俺の耳に誰かを呼び止める声が聞こえる。最初、俺を呼ぶ声だとは思わなかった。


「あの時のライオンのおじさんでしょ!」


 ……俺に話しかけてたのか。声の主は、俺が人間を守る理由を作ったあの小僧、アキラだった。


「……何だ?」

「おじさんは、何で俺達を守ってくれるの? 獣人の仲間なのに。こんなに傷だらけになってまで、何で?」


 当然の疑問だな。居場所こそなかったとはいえ、元は獣人達の組織に所属していた身だ。疑われるのは当然だし、まして信頼など簡単にされるわけはねぇ。それでも、どんな理由であれ、俺自身に関心を向けてくれたのは嬉しくないと言えば嘘になる。どの人間も、獣人の1人としてしか俺を見てはくれなかったからな。

 そんな思いから、わずかに笑みを浮かべアキラの言葉に答える。


「前にも言っただろ。俺はお前の心の強さを気に入ったんだ。だから、お前達人間を守る。それだけだ」

「俺は……全然強くないよ。学校でもいじめられてるしさ。おじさんみたいに、獣人の攻撃に突っ込んでいくことなんて出来ないよ」

「力があるやつが戦えるのは当然だろ? だがお前は、俺みたいな力も無い人間なのに、俺から逃げなかった。それは誰にでも出来ることじゃねぇ!」

「……」

「それと、俺は獣人の仲間じゃねぇ。獣人と人間の間に生まれた半獣人だ」

「……おじさんの他に半獣人っているの?」

「……わからねぇ。だが、俺は半獣人だからって自分から逃げたりしねぇと決めてる。自分が半獣人であることを恨んだりしねぇと心に決めてる。そうやって逃げていたら、今の自分にはなれなかったからな」

「……」


 アキラはなぜか、今まで俺に向けていた目線を逸らす。

 なぜだろうな? お前は、俺が憧れる程の強さを確かに持ってるってのにな……。

 わずかの間目線を逸らしていたアキラは、目線を戻すと俺に近づいてきた。そして、ズボンのポケットから何かを取り出す。よく見ると、それは絆創膏だった。


「ライオンのおじさん、ちょっとしゃがんでくれる?」

「何でだ?」

「いいから!!」


 俺が言われた通り片膝をついてしゃがむと、アキラは俺の左頬につけられた傷に絆創膏を貼った。


「まだおじさんを信じたわけじゃないけど、助けてもらって何もしないのもいやだからさ」

「……心配してくれるのか?」


 俺は自身の左頬に貼られた絆創膏に、左手の指で軽く触れる。


「……少しだけね。それと、俺はおじさんの心もかなり強いと思うよ。……最初は怖いって思ったけど、こんなかっこいいライオンの顔してるんだからさ。傷が残ったら、嫌じゃないか!」

「かっこ……いい?」


 人間に受け入れてもらえない元凶である、疎ましいライオンの獣頭。そんな事を言われた事は、今までなかった。胸の中に温かい不思議な感覚が広がり、俺は右の握り拳を胸に当てる。


「本当は身体の傷も手当てできればいいんだけど、今は絆創膏くらいしか持ってないんだ。俺がいじめられて時々怪我もするから、持ってたんだけど……」

「大丈夫だ。半獣人の治癒力は人間より多少は上だ。この程度の怪我なら、すぐに治る」


 俺は少しだけ目頭が熱くなったことがわかり、アキラに背を向けた。傷の痛みはあったが、心の中に広がったこの温かい気持ち。これがあればまた頑張れる。そんな気がしたんだ。


「おじさん、仲間がいないんでしょ? 寂しくはないの?」

「……寂しいさ。だが、そう思ってるだけで何もしなかったらずっと1人のままだろ? だから、俺はいつか人間に受け入れてもらえるまで、自分が認めた人間を守る戦いを続けるのさ」

「……ライオンのおじさんは強いね。俺も、おじさんみたいに強くなりたいよ」

「安心しろ、お前だって十分強い。俺が認めたんだからな」

「……」

「手当ての礼を言う。じゃあ、またな」


 アキラはまだ、自分の強さに気がついてねぇ。だがな、俺が人間を守るって誓ったのは、お前の強さのおかげなんだ。そして、俺が人間を信じられるのも。

 お前が俺にとって何なのかは、まだわからねぇ。だが、俺はこれからも戦い続けるぜ。お前に信頼してもらえるように、な。

 アキラの憧れの眼差しを背中に感じながら、俺は帰路についた。

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