少年は迷宮に挑む
「ここが
「はい、ここからはいつ魔物が襲い掛かってくるか分かりません。常に警戒を怠らないようにしましょう」
エミリーの言葉に僕とグレイは頷いた。
グレイを先頭に、僕、エミリーと続く。歩くこと数分、前方からこちらへ向かってくる気配を、【気配探知】によって感じ取った。僕は即座に武器を抜き、二人に声を掛ける。
「敵が前から来るよ! 数は四匹!」
「っ了解!」
「了解しました!」
声を掛けてから五秒程で魔物たちが姿を露わにした。松明の光に照らされた姿は小さな鬼、【鑑定】を使い、魔物の情報を見る。
魔物の名は“ゴブリン”、LVは2と僕よりも大分低い。下腹がぽっこりと浮き出た緑色の
「ははっ! かかってこいよクソ
拳を構えたグレイが
「【ウインドブースト】」
グレイの身体に緑色の光が宿り、グレイの動きが目に見えて速くなる。
蹴り飛ばされた
すごい……。僕よりも動きが素早いし、ただ突っ込んでいるように見えてしっかりと状況を把握している。今も……。
背後から斬りかかってきた
「おいおい、どこにいくつもりだ、よっ!」
「GUGYAAAAAAAAッ!?」
あっという間に四匹の
「いやあ、やっぱり上層の魔物だと弱すぎるよな~。もう少し下の魔物なら、上層でもそこそこ骨があるんだろうけどさ」
「凄いねグレイ。あっという間に
「これくらいジンにも出来るんだろ? 悪いな、なんか俺だけで戦っちまって」
頭を掻きながらグレイが苦笑を浮かべた。別に気にすることはないと伝えると、グレイは「次はジンにやらせてやるからな」と笑顔で答えた。
僕達はそのまま歩き去ろうとしたが、ふと倒したはずの
「ねえ、
「ああ、そうですよね、ジン君はこれが初めての
「
初めて聞いたことだ。
エミリーは続けて説明してくれた。
どうやら
「へえ……」
「
の影響をより濃く受けた、強力な魔物になっていくんですよ」
なるほど……。エミリーの話はためになるなぁ……。
僕がエミリーから説明を受けていると再び【気配探知】に反応があった。さっきよりも数は多く五匹。
「また来るよ!」
それだけ言うと僕は前に出る。さっきグレイは次の魔物は僕に任せると言っていたので存分にやらせてもらおう。
僕は“マギア・インディクム”を抜き放つと、片手で構えた。武器を構えてから数秒後、魔物が姿を現した。相手は先程と同じ
「っふ!」
「GUGYAAA!?」
剣の間合いに入った瞬間に
すると背後から
背後から振り下ろされた短剣を回避しながら僕は魔法を唱えた。
「【ファイアーアロー】」
炎の矢は弓をつがえた
「ふぅ……。これで五匹か、確かにあんまり歯ごたえ無い相手だね」
僕は刀身に付着した血を払うと剣を鞘に納めた。
「いやあ、やっぱりジンの動きは凄かったな!」
「はい、とてもかっこよかったです!」
「そ、そうかな?」
手放しに誉められ、思わず顔を赤らめてしまう。再び隊列を組みなおした僕達は、通路を歩きだした。
♢♢♢
何事も無く、順調に魔物を倒し続けて進んでいくと道が三つに分かれる分帰路が現れた。それを見つけると、グレイとエミリーは怪訝な顔を覗かせる。
「……なあ、エミリー、この分帰路って確か道が二つだったよな?」
「はい……。この分帰路があるということは上層の丁度真ん中辺りでしょうけど、私もこの分帰路は二つだったと思います」
それまでにも分帰路は何度かあったが、経験者のエミリーとグレイの案内でスムーズに進むことが出来ていた。別に道を間違えたとしても行き止まりになっているだけなので、さしてそこまでの問題はないらしいけど、やっぱりスムーズに進めた方がモチベーションが上がると思う。
グレイとエミリーは何やら話し合うと、頷き合った。
「ジン君、この先はこれまでとは違って用心した方がいいかもしれません。本来この分帰路は二手にしか分かれていないはずなのですが、三つ目の道が現れています。恐らく
ただ内部構造が少し変化するというだけであればそこまで問題は無い。だが、
僕達はここまで何の障害も無く簡単に辿り着いてしまった。そして現れた
本来であれば
この時の僕達の中に、その判断を止める者はいなかった。
新しく生成された通路もこれまでのものと何ら変わりはない。強いていうならばこれまでとは異なり、等間隔に設置されていた松明が消えたことだろうか。
代わりに僕の火属性下級魔法【エンバース】を使って明かりを確保した。
「まだ変わった様子はありませんね」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
グレイはそう言うと拳を構える。一体何を……? そう思っていると、突如【気配探知】に反応が現れた。反応が現れたのは僕達の目の前。
突如
「KISYAAAAAAAAA!」
耳を
ダラダラと垂れる涎が地面に零れ落ちると、涎が垂れた
「アキドゥスアントか!? こいつ等は確か、中層に現れる魔物のはず……っ!」
「【ウインドブースト】、
身体に緑の光が迸り、僕とグレイの武器に風が纏わりつく。背後からエミリーの声が飛んだ。
「二人共っ、来ますよっ!!」
三匹の
「っ! それならっ!」
四方から飛散する酸を避けながら、僕は一匹の
「【ファイアーボール】っ!」
火球が飛び出し、
「KISYAAAAAAAAA……」
轟々と炎の音を散らしながら
これなら……!
「はぁっ!」
心なしか、先程よりも撒き散らす酸の量が増え、またしても僕は
その時――。
「ジン君避けてっ!」
「っ! っあああぁぁっ!! っぐっ……!!」
突如背中に焼けるような痛みが走る。背後を見ればいつの間にかグレイが戦っていた方の
僕は即座に飛び退くと、あまりの激痛にその場に片膝をついてしまう。
「【ヒール】っ!」
即座にエミリーの回復魔法が僕にかかり、背中の痛みがすぅっと抜けていく。それでも体を動かすたびにずきりと痛む背中に顔が歪む。
「ジン君、大丈夫ですかっ!?」
「な、何とかね……。エミリー!?」
いつの間にかエミリーの背後に回っていた
「ありがとうございます、ジン君」
「気にしないで。まだ、敵は残ってるからね」
「はいっ!」
僕は再び前線へと駆けだした、すれ違いざまに一匹の
「KISYAAAAAAAAッ!!」
撒き散らされる酸、僕は脚に力を込めると一気に
スキル【瞬歩】を獲得しました。
息を吐く間もなく、隣のグレイの方へ視線を向けると、三匹の
加勢しようと、先程手に入れたばかりのスキル、【瞬歩】を使おうとするとグレイが身体に炎を纏い、一瞬で
全ての
「グレイっ!?」
僕が慌てて駆け寄り、手を貸そうとするとグレイが自分の手で僕のことをそっと離した。足を震わせながらも壁伝いに立ち上がるとグレイは息を荒げさせながらもニカッと僕に向けて変わらない笑みを見せた。
「俺なら大丈夫だ。それよりもジン、本当に悪かったっ!」
倒れそうな体でグレイは僕に向けて頭を下げた、僕が何のことか分からずに困っていると後ろから走ってきたエミリーが急いでグレイに【ヒール】を掛ける。
先程に比べて顔色のよくなったグレイは再び僕に頭を下げる。
「俺が討ち漏らしたせいでジンが
「グレイ……。分かった、謝罪を受け取る、その上で僕はグレイのことを許すよ。失敗は誰にでもある、それに傷だってエミリーが治してくれたし今回は何とかなった。だから、この失敗を次に繋げよう」
そっとグレイの肩に手を置くと、グレイは感極まったような顔でがばっと抱き着いてきた。僕の首元に水滴が零れ落ちた。
「悪い……! ありがとうっ……ジン……」
「うん」
後ろから合流したエミリーが声を掛けた。
「良かったです……何とかなって」
「うん。でも、これ以上進むのはやっぱり危険だ。ひとまず引き返そう」
「そうですね、ジン君、私からも謝らせてください。
ぷるぷると肩を震わせながら、拳を握り締めてエミリーは深く頭を下げた。グレイが僕に何かを言おうとしていたけど、それよりも早く僕はエミリーに声を掛けた。
「エミリー」
僕が声を掛けるとエミリーの肩がびくりと跳ねる。
気にせず僕は続けた。
「それを言うなら、さっき進むと言われたときに賛同した僕も悪いんだ。だから責任は皆にあるってことでいいでしょ?」
「ジン君……」
顔を上げたエミリーは目尻に涙を浮かべながら僕の左胸に飛び込んできた。右にグレイ、左側からはエミリーに抱き着かれながら、僕は苦笑いを浮かべた。
その様子を見かねてか、空気を和らげるためか、僕に向けてアレクが話しかけてきた。
「案外そこの二人は大人を装っておるが、中身はまだまだ子供だな。それに比べてジンはまるで保護者だなッ!」
「僕だって子供だよ。でも、どうしてかな、この二人がいるって思ったら不思議と怖いと思わなかったんだ」
「そうか」
僕が何も無い所に話しかけていたためか、二人が怪訝そうに僕のことを見つめていたので、「何でもない」と言うと、来た道を辿って僕達は分帰路を目指して歩きだした。
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