少年は最初の職業を決める
「BLUMO……」
「はあ……」
僕たちは今、魔物を狩っていた。何故こうなったのか、その説明のためには時を遡る必要がある。
初めは村が見つかれば良いと考えていたのだけど、どうにも村が見つからなくて歩き続けること二時間。ようやく建造物が見えたと思ったら、それはどうやら外壁のようであった。広大な湖の中央に聳える巨大な城。そしてそれを取り囲むように円形に広がる家屋と白亜の外壁。
そう、僕たちが見つけたのは村ではなく街。しかも相当に大きなものだったのだ。
城門で並び、身分証は無かったが何とか街の中に入ることが出来たのだが、身分証を発行してもらうためにも食事を摂るためにも、宿を探すためにも、全てにおいてお金が不足していた。
どうしたものかと考えていると、アレクが僕にこんなことを唆した。
「金が無いのならば冒険者ギルドに行って稼げば良いだけだ」と。
その言葉何一つ疑わなかった僕は街の人々に話を聞きながら冒険者ギルドに向かい、冒険者の方々から絡まれるというひと悶着はあったものの何とか冒険者登録を済ませることが出来たのだ。
問題はその後だ。アレクに冒険者ギルドでは一体どんなことをして稼ぐのかと聞いてみると、魔物を狩ると答えるのだ。
なんやかんやとアレクに丸め込まれ、今に至る。
「ガハ八ッ! どうしたジン、溜息など吐きおって」
「アレクのせいだぞ……。僕はてっきり、冒険者ギルドってもっと安全な仕事をするところだと思っていたのに……」
「まあそう膨れるな。我が教えてやった魔法があればこの程度の魔物など取るに足らん相手だろう?」
「まあ……それは確かに……」
あのブルーボアとの一戦以降、アレクは僕に様々な魔法を教えてくれた。僕は【
そのおかげもあり、僕のLVは今では9まで上がっている。
「あ、倒した」
そして丁度今倒した“ブルーボア”から得た経験値によって、僕のLVが10に上がった。
それと同時に今までには無かったものが視界に現れる。
「ねえ、アレク。この職業選択っていうのは何なの?」
「む、もうLVが10に達したか。やはりジンの固有スキルである【
僕が頷くと、アレクも咳ばらいをして一度話を区切った。
「この世界、ミュートロギアではLVが10に達すると職業を変更できるようになる。それまでは無職だが、LV10以降は職業に就くことになる。まあ、この職業というものは選択肢が膨大過ぎて何種類あるのか定かではないがおおよそ1000種類は下らないと言われている」
「1000種類……とてもじゃないけど全部確認して僕に向いている職業を探すなんて出来そうにないんだけど……」
「その心配はいらん。ジンの目に見えている職業選択の画面には今、恐らくだが数種類しか表示されていないのではないか?」
確かにアレクの言う通り、僕の目の前に表示された職業選択の欄には四種類の職業が表示されている。上から魔法使い・僧侶・神官・呪術師の四つだ。
「うん。四つ表示されてるよ」
「ならばその四つが特にジンとの相性が良い職業ということだ。まあ、ジンに選択してもらう職業は既に決まっているのだがな」
「へ?」
既に決まっているって?
「ジン、職業選択の画面の下の方に一覧という物が存在するはずだ。それを押せ」
言われるままに一覧を押すと、画面が一気に広がり視界におさまりきらなくなる。これは……どう見ても千種類以上はあるだろう。
「よし、それではこの中から戦士を探し出せ。ジンには戦士になってもらう」
「えー……この中から戦士を見つけるの? というかどうして戦士?」
「強くなりたいのだろう? ならば
♢♢♢
およそ三十分後――。
僕は遂に戦士を見つけだし、戦士へと転職した。長かった、長かったよ。文字を見過ぎてゲシュタルト崩壊が起きそうになってたよ……。
「アレク~……見つけたよ、戦士」
「では狩りの続きを……と言いたいところであるが、今日はこのぐらいで終わるぞ」
「えっ! ほんとにっ!!」
まさかアレクの口から狩りの終わりが告げられるとは思っていなかった。僕が嬉々として答えると、アレクが肩を竦めた。
「戦士に転職したのだ、武器が必要になる。これから武器を購入して再び狩りというのも考えたが、時間が時間だ。街の門は遅くても午後七時頃には閉じる。今は太陽の傾きからしておよそ五時というところだからな、例え狩りに出ても長い時間はいられん」
「うんうん! じゃあ早く戻ろうよ!」
僕はお腹が普段運動しないのにいきなり激しく運動したせいで凄くお腹が空いていた。
早く街に帰ってご飯が食べたいっ!
その一心で歩く速度が自然と早まる。
「ガハハッ! もっとばてているかと思っていたが、どうやら我が思っていた以上に【
「おーいアレク~! 早く帰ろうよー!」
湖の岸から城門まで架かった橋に出来る行列に並ぶこと三十分ようやく僕は街の中に入ることが出来た。
「ふぁ~……二回目でもやっぱり凄いなぁ……」
煉瓦が均等に敷き詰められた大通りの両端には立派な商店が立ち並んでいる。ショーケースを思わせるような作りも見られ、僕はこの街以外の街や村を見たことがないから一概には言えないけれどこの街は技術的に進んでいるように見れる。
こういう中世ヨーロッパの街並みというものに憧れていた僕としては嬉しい誤算だった。
僕がきょろきょろと辺りを見渡していたのが往来の真ん中であったこともあってか、行き交う人々にくすりと笑われてしまった。羞恥心を覚えた僕はその場を足早に立ち去り、冒険者ギルドへ向かった。
「あの、これ依頼のブルーボアの牙と毛皮です」
「え? もう、ですか?」
「え? はい」
受付のお姉さんは何かに驚いた様子だったけど、どうかしたのかな。
少し不思議に思いながらもアレクに教えてもらった空間魔法で収納していたブルーボアの牙と毛皮をカウンターの上に出していく。
全て出し終えるとカウンターに軽い素材の山が出来てしまった。
「君、確か今日冒険者登録した子よね?」
「は、はいそうですが……」
「う~んちょっと待っててね」
「あ、はい」
カウンターの前で数分程待っていると、受付のお姉さんが奥の方からぱたぱたと走ってきた。
「ごめんね、待たせちゃって」
「大丈夫です」
「まずはこれ。依頼達成の報酬ね、それとこっちは依頼の余剰分の素材の買い取り金」
さっと差し出された革袋の中には硬貨がたくさん入っている。受け取ると金属のずしりとした重みが伝わってきた。
報酬も受け取ったので、早くご飯を食べに行こうとしたところお姉さんに呼び止められる。
「たびたび申し訳ないんだけど、次にギルドへ来たときはまた私の受付に来てくれる?」
「それはいいんですけど……なんでですか? 他の冒険者の方々は空いている受付に向かっているような気がしますが……」
「えっとね、ギルドでは優秀な冒険者を見つけたら声を掛けるように言われているの。君は冒険者登録をしたばかりなのにこれだけ大量の素材を集めてきてくれたでしょ? それに、素人目の私から見ても君が持ってきてくれた素材は全て質の良い状態だって分かったし、君はまだ若いからね。君みたいな優秀な冒険者の芽にはつばをつけておくってわけ」
こうも褒められると照れてしまう。いつもはあまり褒められる機会などないので、余計にだ。でも忘れてはいない、これは全て僕の固有スキルのおかげなのだ。僕が凄い人間になったわけじゃない。
「お~い、ぼーとしちゃって大丈夫?」
「っ!! だ、大丈夫れすっ!」
び、びっくりした。急に目の前に受付のお姉さんの顔があったから思わず後退ってしまった。
初めに来た時から思っていたが、冒険者ギルドの受付に立っている人たちは皆女性で、しかも奇麗なひとばかりだ。その例に漏れず、この人もとても奇麗なひとだ。そんな人の顔が間近にあれば驚くのも無理ないと思う。
「そう? あ、私の名前はシエロよ。これからよろしくね、ジン君」
「は、はい。よろしくお願いします」
受付のお姉さん、もといシエロさんと別れた後、僕はどこか食事が出来る場所を探すために街を歩いていた。
「ジン、お前ああいう女が好みなのか」
「ち、違うよっ! ただ、あんまり女の人と関わる機会がないから女の人を前にすると緊張しちゃうんだよ。それにシエロさんすっごい奇麗だったし」
慌てて否定するが顔が赤いぞとアレクに指摘されてしまった。その時丁度看板が目に入る。
そよ風の帽子亭という名前の店に入ると、中は喧噪に包まれていた。でも、嫌なうるささじゃない。人の温もりを感じられるものだ。
入り口で立っていると、忙しなく動き回っていたウェイトレスの一人が僕の方に近づいてきた。
「お一人様ですか?」
「はい」
「お食事でしょうか?」
「はい」
「では、こちらの席へどうぞ」
案内されるままカウンターの隅の席に座ると、先程のウェイトレスさんが洋紙のようなものを持ってやってきた。
「ご注文はいかがいたしますか?」
手渡された洋紙にはメニューの名前がずらりと並んでいる。一応値段を確認するが、先程受け取った依頼の報酬で充分賄えそうだ。
金銭の心配がないことが分かったので、僕は頼みたいものを注文する。
「それじゃあ、これとこれ、それからこれもお願いします」
「はい、かしこまりました。それでは料理が出来るまでしばらくお待ちください」
「失礼します」とウェイトレスさんが立ち去ったところで僕は隣の誰もいない席に座っているアレクに小声で話しかけた。
「気になってたんだけどさ、何で僕この世界の言葉や文字が分かるの?」
「む? そんなことか。何、簡単な事だ。ジンは我の記憶を覗いただろう、その時にこの世界についての情報を得たはずだ。その中に言語や文字に関するものがあったのだろう」
気になったので一応ステータスを確認して見ると、確かにスキルの欄に【多言語理解】なるものが存在していた。
そうこうしている内に料理が目の前に運ばれてくる。
「うわぁ……!」
僕が頼んだのは牛肉のステーキだ。鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てているステーキを見て思わず感嘆の声をあげる。
立ち昇る香りが胃袋を鷲掴みにし、食欲をそそらせる。速く食べたいっ!
と、その前に。
「アレクは何が食べたい?」
「何を言っとるんだお前は。我は魂、言うなれば霊だ。物を食べることなど出来るわけが無いだろう」
「いいからいいから」
僕が強引に押し通すと、アレクはエールと僕と同じステーキを指差した。僕が再びウェイトレスさんを呼び、ステーキとエールを注文すると少し驚かれたが、すぐにカウンターに運ばれてきた。
「それでどうする気だ?」
「うん、アレクは僕には触れることが出来るでしょ? で、今日一日見ていたけど、僕が触れたものにも触れることが出来るみたいなんだ。だからこうして――」
僕はエールの入ったジョッキとステーキ用のナイフとフォーク、そしてエールの中に少しだけ指を入れ、ステーキにもほんの少しだけ触れる。
ジョッキを持つと、アレクに差し出す。渋々と言った様子でジョッキに手を伸ばしたアレクはジョッキに触れた瞬間、目を見開いた。
「おおッ! 触れられておるではないかッ!」
「やっぱりっ!」
同様にナイフと―フォークを使ってステーキを切ることも出来た。
そして肝心の食べられるかどうかだが……。恐る恐るアレクがジョッキを傾けていき、エールがアレクの口の中に消えていった。
「ッ!! 美味いッ!! やはりエールに限るなッ!」
「良かったね、アレク」
「これもジンの観察力の賜物だ。例を言うぞ、ジンッ!」
「やっぱり、ご飯は誰かと食べた方が美味しいから」
「……ああ、そうだな」
僕たちは他愛もない話に花を咲かせ、夕食を共にした。
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