ザ・マジック・クラ―ウィス~魔法の鍵で異世界へ~
赤井レッド
一章 少年は英雄の夢を見る
少年は運命の出会いを果たす
授業の終わりを告げるチャイムが教室に響く。
「それじゃあ続きは次回の授業で。日直の方、号令をお願いします」
「気をつけ、礼」
号令が終わり、教室の中が活気づく。三時限目の授業が終わり、昼休みになった。各々が友達同士で固まる中、僕は自分の席を立つことなく一人で弁当を食べる。
誰と話すわけでもないので他のクラスメイト達よりも早く食べ終わると、残りの昼休みの時間は読書に当てようと机の中から本を取り出し読み始めた。それから少し経った時。
「なんだ風間、お前またその本読んでるのかよ」
鼻で笑いながら僕に話しかけてきたのは
そんな彼が何故、昼休みに僕のような奴に話しかけてきたのかというと――。
「お前、中学生にもなってヒーロー大全集なんてもの読むの恥ずかしくないのかよ」
「……」
わざと教室の皆に聞こえるような大きな声で話す東郷君。僕が何も言い返さず黙っていると東郷君はさらに追い打ちをかけるように続ける。
「お前と同じ小学校だった奴から聞いたんだけど、お前昔っから「僕はヒーローになるんだ!」な~んて言ってたんだろ?」
笑い声をあげながら話しかけてくる東郷君。それを聞いていた周りのクラスメイト達もクスクスと笑い声をあげていた。僕がそれでも黙っていると、それが面白くなかったのか東郷君は舌打ちをすると僕の机に歩み寄ってきた。
「な、なに……?」
「そらっ!」
「あっ!」
何を思ったのか、東郷君は僕から本を無理矢理奪い取った。そのままヒーロー大全集をパラパラと捲っていき、あろうことか僕が好きなヒーロー達のことを悪く言い始めたのだ。
弱そうだとか、人を守れなさそうだとか、頼りないだとか。別に僕の事をどれだけ馬鹿にしようと構わない。でも、自分の大好きなヒーローのことを馬鹿にされるのは我慢ならなかった。
「やめろよっ!」
「うおっ!?」
ガッと勢いよく椅子から立ち上がるとそれまでニヤニヤしていた東郷君の表情が変わる。ただ、それも一瞬の事で僕が東郷君から本を奪い取ろうと追いかけると、再びニヤニヤとした顔で教室の中を逃げ回った。
元々運動の得意な彼と運動が苦手な僕では勝負にならないことなど分かり切っている。それでも追いかけずにはいられなかった。
僕の体力が尽きてきたところで、扉の方から凛とした声が教室の中に響いた。
「東郷君、それ風間君の本でしょ? 返してあげなよ」
「げ、早川……。ッチ、分かったよ……、そらっ」
そう言うとそれまでの勢いが嘘のように止んだ東郷君が僕の方に向けて乱暴に本を投げてくる。何とかそれを受け止めると、僕は扉の傍に立っている早川さんに向けてお礼をしようと思ったが丁度チャイムが鳴り、昼休みが終わってしまった。
そのまま授業が終わり、下校することになったが結局早川さんにお礼を言う機会は無かった。
学校からの帰り道、悶々とした思いが胸の中を掻き乱す。
何がヒーローになる、だ。あれだけ言いたい放題言われたのに結局僕は何も言い返せず、最後には女の子に助けてもらうなんて、こんなのヒーローなんかじゃない。
「はぁ……」
思わずため息が口から漏れる。
もしも、もしも僕にヒーローみたいな力があればな……。
それが叶わぬ妄想であると分かっていながらも、そう思わずにはいられなかった。そんなことを考えながら歩いていると、頬にぽつりと水滴が触れる。
思わず空を見上げると、予報では今日一日は快晴だと言っていたはずだが空には暗雲が立ち込めていた。ヤバいかも、そう思った時には既に滝の様な勢いで雨が降り出し、雨粒が激しく地面に叩きつけられ、弾けていた。
今日は晴れだと思っていたので傘など持っているはずがない。僕は家に向かって駆け出した。
普段運動をしていない僕は、少し走っただけでも息があがってしまう。呼吸を荒げながらも走っていると、視線が地面に釘付けにされた。
雨の中、地面に置かれた革表紙の分厚い本。何故かは分からないがその周囲だけ雨が降っていない。あり得ない現象。僕は自分の目を疑いながらもその本に近づき、手に取った。
立派な革表紙の本はやはりこの雨の中だというのに水滴一つ付いていない。
不思議に思っていると、後ろから車のクラクションが鳴り意識が現実へと引き戻される。
気付いた時には先程までの空間は無く、雨粒の冷たさが頬を伝うばかりだ。頭の中は混乱したままだが僕は再び家に向かって駆け出した。
♢♢♢
「はぁ……はぁ……」
家に入ると家の中には電気がついており、ドアを開けた音を聞きつけたのかリビングから人影が伸びてくる。
「お帰りなさい、外の雨酷かったでしょ? 今タオル持ってくるからそこで少し待ってなさい」
「うん、ありがとう母さん」
リビングから姿を現したのは母だった。そういえば今日は仕事が休みだと、今朝言われたことを今思い出した。
バスタオルを手に持ってきてくれた母に礼を言うと、僕は濡れた髪をバスタオルで拭き、雨水をたっぷり吸ってしまったシャツと制服のズボンを脱いだ。
「これは私が干しておくから塵は自分の部屋に行ってていいわ」
「あ、うん。ありがとう」
そう言って二階の自室へ向かおうとしたところで母から呼び止められる。
「塵! 本を忘れてるわよ」
「え?」
母が玄関から持ってきてくれたのはあの本だった。
そうか、あの時急いでいたから持ってきちゃったんだ。
母から本を受け取ると、今度こそ自分の部屋へと向かった。
「……」
机に腰かけると両手で持った本をじっくり観察する。見た目は皮張りということもあり、高級感が感じられる。その厚さは辞典程あり、そこそこの重さだ。
中を開くと、そこに書かれていた文字は日本語ではなかった。かといって、英語でもない。初めて目にする文字だ。
パラパラと頁を捲っていくがやはり何が書かれているのかは全く分からない。十分ほどが経ち、最後の頁まで流し読みしたがついぞ読める部分は出てこなかった。紙に手を掛け、最後の頁を見るとそこには明らかにこれまでの頁とは異なる点が見受けられる。
最後の頁には小さな黒いクローバーの形を模した鍵が取り付けられていたのだ。少し力を籠めると簡単に取れたその鍵をジッと見つめる。
形状は何の変哲もなく普通の鍵と変わらない。よく分からない、そう結論付けた僕が本を閉じようとした時、突然最後の頁に描かれていた複雑怪奇な幾何学模様が光り出し、目の前には半透明の表示が現れ、そこにはこう書かれていた。
固有スキル【
何かがベッドの上に現れ、勢いよくベッドの上に落下した。激しい物音と共に落ちてきたそれを恐る恐る確認すると、それは……人だった。
金色の短髪に深碧色の瞳、顔は彫が深く整っているが、多くの傷が残っており逞しい髭を携えている。それらは歴戦の戦士を想起させる。
ベッドに腰かける男の身体ははち切れんばかりの筋肉を纏っており、筋骨隆々とした肉体の上には皮の鎧と襟元にファーのついた紅のマントを装備している。
その瞬間だった。
「……ッ!? うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
頭が痛い。頭が割れてしまいそうだ。
僕の頭の中に様々なヴィジョンが流れ込んでくる。記憶にない出来事。まるで映画を脳内に直接映されているような感覚。あまりの激痛と気持ち悪さに気付けばその場に倒れ込んでいた。
その時、椅子に腰かけた男が僕の方に手をかざし、何かを呟いた、ということだけがぼやける視界の中でも分かった。
するとどうだろうか。頭が割れるのではないかと錯覚するほどの痛みも、平衡感覚を失ったような気持ち悪さも無くなった。
「貴方は一体――」
そう言いかけた時、階段を誰かが昇ってくる音が聞こえてきた。この家にいるのは僕を除けばただ一人、つまり母が昇ってきているということだ。
不味い……。もしも部屋の中に見知らぬ男が居座っていれば絶対に驚く、それなら一体……。
そんなことを考えている内にドアがノックされる。
「は、はい!」
「大丈夫? さっき凄い音がしたし、塵の叫び声が一階まで聞こえてきたわよ?」
「あ~、その、さっき躓いちゃって、そのせいで大きな音が鳴ったんだよ。多分叫び声はその後にたまたま頭を触ったらたんこぶが出来てた所で凄く痛くって叫んじゃったんだと思う。ごめん、迷惑だった?」
「塵が大丈夫ならいいけれど……。本当に大丈夫なの?」
「全然平気だよ! だから心配しないで大丈夫だから!!」
最後に「気を付けなさいよ」と言い残して母は立ち去っていった。
「はぁ……何とかなった……。それで、貴方は一体……」
「む? 小僧、お前も我の記憶を覗いただろう。我の事はよく理解しているのではないか?」
「え?」
一体この人は何を言っているんだろう。記憶を覗く? 一体何を言っているんだ?
まさか……。まさかとは思うけど……。
「さっき僕の頭の中に流れ込んできたものが貴方の記憶……なんですか?」
「うむ、その通りだ。どうにも小僧の記憶の中と我の記憶を照らし合わせても今の状況が起こりえる原因が掴めぬ。恐らくだが、この本が関係しているのであろうが……」
そう言うと男は本を片手掴むと、ジッと本を見つめる。すると、何かを納得したように視線を僕の方に向けた。
「小僧、恐らくだが際程、お前は新しくスキルを覚えたのではないか? それも固有スキルを」
「な! どうしてそれを……」
「やはりな。小僧、ステータスオープンと心の中で唱え、スキルについて詳しく念じてみろ。そうすれば小僧の固有スキルがどういうものなのか分かる」
言われた通り、ステータスオープンと暗唱すると先程と同じように半透明の文字が表示される。それらを気にせず、スキルと唱えるとスキルの一覧と共に詳細な情報が現れる。
固有スキル【
効果
成長速度上昇(レベルアップ・スキルレベルアップがしやすくなる)
成長限界突破(レベル・ステータスの上限が無くなる)
ステータス上昇率上昇(レベルアップ時のステータスの上昇率が増加する)
英雄の加護(死した英雄の魂を蘇らせ、英雄の加護を受ける)
英雄体質(厄災に巻き込まれやすくなり、それを乗り越えることで大幅に成長する)
それを背後から眺めていた男は納得したように瞑目すると、立ち上がった。
「なるほど、念のため確かめておくべきか。……ッフン!」
「っ!?」
何を血迷ったのか、男は己の左胸に自身の右手を深々と突き刺した。思わず両目を瞑った僕だったが、恐る恐る男の方を確認すると、男は心底愉快そうに笑みを浮かべていた。
「ガハ八ッ! やはり我は死んでいるのかッ! 血が一滴たりとも流れぬッ!」
豪快というか何というか……。
苦笑いを浮かべていると、男が笑うことを止め凛々しい表情でこちらに向き直った。それまでの雰囲気とは打って変わり、空気が張り詰めたような錯覚に陥る。
「小僧、お前はこれからどうするつもりだ」
「え?」
突然の問いかけに思わず声が漏れる。
「我は小僧の記憶も、その胸に秘めた思いも全てを知っている。故に問おう。小僧が手に入れた力は小僧が望んでいた力だ。この力があれば小僧の望みも叶うだろう。お前はどうするつもりなのだ」
「僕は……」
ふと今日の出来事が頭の中に浮かぶ。
東郷君に馬鹿にされた僕の夢。それを聞いてクスクスと笑うクラスメイト達。僕自身、この夢が叶わないものであることを理解していたから何も言い返すことは出来なかった。あの時僕は怒りや恥ずかしさよりも、強く悔しさを覚えた。
でも同時に東郷君の言っていることももっともだと思った。中学生にもなってヒーローに憧れを持っている何て恥ずかしい、確かにそうなのかもしれない。
「……小僧、我がとやかく口を出すことではないのかもしれないが、これだけは覚えて置け」
男は屈み、僕と視線を合わせる。
「お前の
「っ」
言葉に詰まった。ありがとう、その一声も出ない。
僕の夢を聞いて、理解し、受け止めてくれた。客観的に見れば何ということは無い言葉かもしれない。でも、僕にとってはそれがどんな言葉よりも嬉しかった。
「っ、決めた。僕は……僕は
自分に言い聞かせるようにそう宣言すると、男は満足そうな笑みを浮かべ、豪快な笑い声を漏らした。
「それでこそ我の相棒に相応しいッ! これからよろしく頼むぞ、ジン」
「あ、えっと、よろしくお願いします……。あ、あの」
「先程までの威勢はどこにいったのだ。我のことはアレクと呼べ。それと敬語もいらん」
「分かりまし……分かったよ。これからよろしく、アレク」
僕がそう言うと、アレクは無言で拳を突き出してきた。
それは僕が大好きなヒーローが相棒と交わす誓いの証。少し緊張しながらもそっと拳をアレクの拳に打ち付ける。
中学生と中年の男性。年は親子ほど離れている二人であるが、これが生涯の相棒であり、友である二人の邂逅であった。
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