第36話 見たら分かるやつ


11月26日(月) 曇り



 「みーちゃんっ!ちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃんみーちゃ…」


 「うなされるわっ!」



 はい、しっかりこっちを見てくれました。

 手にお持ちのピザトーストはそのままで良いですよ、みーちゃん。



 目を思いきり細めた全力の笑顔を向けながら、お互いに利のある話を切り出す。



 「弥生時代の本があと少し欲しいから、今日は図書館に行かない?あとお夕飯は白菜のミルフィーユ鍋にしない?キャベツでも良いけど」



 両手を顔の横で合わせて問いかけるうちから視線を外し、トーストを一口食べてから女性は返事をしてくれるようだ。どきどき。


 ちなみにミルフィーユ鍋は白菜よりもキャベツの方がうちは好きだったりする。並べにくいけど。




 「まず、図書館は良いよ。で、ミルフィーユにはいったい誰がするの?」



 半分しか答えが返って来なかった。

 しかも後半は顔がめっちゃ嫌そうになってたし。



 「ミルフィーユは言い出しっぺのうちがするに決まってるじゃーん。みーちはめんどっちいから嫌いって知ってるし。豚肉買いに行かねばだねー」



 結局白菜とキャベツ、どっちで作れば良いんだろうか。冷蔵庫に両者とも居るから、少ない方にしよう。


 これでこの話題は取り敢えず終わりと思って、緑茶を飲もうとコップを口に近付けた時だった。


 

 「……白菜……まな板……傷……」


 

 「………ん?」



 んんー?



 目の前に座っている人間からボソボソ不穏な単語の羅列が聞こえてきた。お茶を口に含んでいたら確実に噎せていたと思う。一先ず相手の出方を窺おう。



 「あーち、この前白菜切った時にまな板をヤったろ。分かってるんだからね!」


 「げっ!」



 いったい何時いつ確認したんだ…。


 うちが愛用する、横向きの豚ちゃんの形まな板をみーちは使わないハズなのに。そもそも何で発見した時にすぐに言わないで、4日も黙ってたよ。うちが「白菜」って単語を言うのをずっと待ち構えていたの?それ、怖いよ?

 

 思わず反射で「げっ!」って言っちゃったし、もう認めたも同然だけど、ここはみーちの怒りを緩和させるのに全力を出そう。



 

 「ど、どうしてアタシが殺ったって分かるの!?証拠は?……そうよ、証拠よ!証拠なんて何処にも無いじゃない!言い掛かりは止してちょうだいっ!」



 片方の肩を後ろに引き体勢をきもち斜めにして、ちょっとお高いオンナ風に言ってみた。



 さあ、どう出る?みーちよ。



 告発者は一瞬「うわぁー…」って苦い顔を全力でしてきたけど、直ぐに切り替えてきた。




 「ふっ……貴女も困った人だ。私はあの夜現場に居たんですよ。そして貴女が去った後にバッチリ確認してるんですよ。あぁ……証拠でしたね。件の傷は豚の後ろ足の付け根、ですよね?」


 「ぐっ……!」




 まさかノって来るとは。


 「ふっ…」って鼻先でニヒルな表情で笑った時に、心なしか演出の一環で八重歯が光って見えたのは気のせいだろうか。

 そしてやっぱり当日確認してたんかい。

 自然と滅茶苦茶動揺してしまったじゃんか。



 これはもう、フィナーレですね。



 「そうよ!殺ったのはアタシよ!でも殺るつもりなんてこれっぽっちも無かった!包丁が突然モノが変わったように切れ味が良くなって、まな板をっ……うっ…うっ……うぁぁぁぁぁぁっ!」



 ぽんっ……。



 「行こうか……」



 開き直った強気な態度から、事の重大さに気付き、顔から頭に両手を滑らせていってからの絶叫。込み上げてくる笑いを我慢して、まぁまぁ良く演じれたと思います。


 みーちもうちの肩に手を置いて、決め台詞を言うタイミング良かったよ。



 「いぇーい」


 ぺちっ。



 指先だけで軽く且つユルくハイタッチを交わした。

顔文字で表現するのなら(・Д・)人(.・ひ・)だと思う。



 「じゃ、お昼食べたら出掛けようか」


 「ん」




 私たちは切り替えが早い双子です。



*****



昼下がり  やっぱり曇り




 「居るかなーっ?居るかなーっ?」



 高揚する気持ちそのままに図書館に入る。

 みーちも期待に胸を膨らませているのか、いつもより目に輝きがある。



 「ま、最初は決まっているんだけどねー。みーちはそこら辺に居てー」


 検索機の方を指でふわっと示しながら、本をさんきゅー返却して、うちはトイレに行く。青木まりこ現象に免疫や抗体は出来ない。



 「はぁー…お待たせー。ではでは弥生時代を検索します」



 打ち込むためにキーボードに手を置こうとしたら、みーちがしょぼくれた表情で言葉を溢してきた。



 「おじ様もそらちゃんも居なーい…」


 「あ……そうなの?」



 この短時間でここのフロアを探したんかい。

 そして「天ちゃん」って今まで心の中で呼んでたんかい。



 「まぁ約束もしてないし、司書さんなんて裏や書庫で仕事もあるだろうしねー。それにまた4日後あたりも来るし、もしかしたら今も下の階に居るかもしれないし」


 「むーん……」



 なんとっ…口を尖らせて不満を表現してきた!

 うちももっと一緒になって残念がれば良かったのかしら?

 今はみーちの中のうちへの評価が下がった事しか分からないよ。


 美人でも可愛いでも無く、みーちと同じ顔でごめんよ。




 「兎に角、今は検索ーっ。ポチっとな」



ズララララー…



 「最早慣れたもんですな」

 「………」



 はい、本を取りに行きましょう。



 結局、貸出し手続きを終えて、カードをちゃんと指差し確認しながら厳重に仕舞って、退館する時に振り返って見てもお目当ての2人は居なかった。

 


 みーちのモチベーションのためにも、定期的に会えたらと切に願います。



 とぼとぼ。てくてく。



 テンションがだだ下がりの歩みでも、あっという間にスーパーに着いた。


 カートにカゴをセットしながら、心の天気も曇り模様の人間に話し掛ける。



 「ほら、みーちの食べたいおやつ買って帰ろー」


 「実々、団子、食う」



 即答だった。


 しかも某アニメ映画に出てくる、もののけの口調だった。

 お姉ちゃんは、せめてみーちの食欲を満たすためにも【わたにほ】をもっと頑張ろうと思います。



 いの一番に3本入りのあん団子を確保し、パンと牛乳も補充。

 そして当初の目的でもある、待ちに待った豚肉コーナー。


 いよっ!待ってました。



 「豚バラよりもロース派だよねー」と、迷わず薄切りロースしゃぶしゃぶ用をカゴに入れる。

 しかしながら、隣の鶏肉コーナーから「鳥手羽のさっぱり煮食べたくなーい?」と幻聴が聞こえた気がしたので、それも明日の夕飯にしようと手に取る。

……素敵なアイディアを囁いたのは誰?うちの心?


 

 そして野菜コーナーでは然り気無く、自然な動きでアボカドの値段をチェックする。


 ……198円。


 目を疑った。ブルジョワ階級の嗜好品だった。種を取った窪みのところに山形だしをのせて、温かい炊きたてご飯と一緒に食べたいよう。



 悔しいので冷凍の枝豆を買う。

 同じ薄めの緑色だしね。

 みーちも好きだしね。



 他にも細々とチョイスを重ね、レジへと向かう。

 どのレジも3、4人が並んでいて、どこに並ぼうかカートを押してさ迷っていたら、誰も並んでいない穴場のレジを発見した。



 丁度レジを開けたところだったのかなと、自分のタイミングの良さに嬉しくなりながらカゴを「お願いしまーす」と言いつつレジ台に置く。



 店員さんは声で人が来たのに気付いたのか、レジのパネルから視線を離してこちらを振り向き、お馴染みの言葉を口にした。



 「いらっしゃいませ」




…………。




 ……だからかっ!




 このレジだけ人が一切並んでいない理由を瞬時に理解した。

 同時に自分の空気の読めなさ具合も理解した。


 沢山の奥さん方が時間に追われているにも関わらず、このレジに並ばないのは、店員さんが美人過ぎて辛いからだった。



 他の店員さんと同じように臙脂色のエプロンと三角巾を装着しているのに、それさえも高級品かのように格上げさせてしまう高身長の抜群のスタイル。

 後頭部の真ん中あたりで1つに結んでいるだけなのに、至高の髪型に思える程の、サラサラストレートの艶々な黒髪。


 そして何よりも目を惹かれてしまうのは、黄金比で配置された顔のパーツ。瞳は明るめの焦げ茶色で、それを縁取る睫毛がウルツヤ!鼻筋もスッと通っていて、血色の良い唇は厚すぎないけどぽってりとしている。


 で、何と言っても左の口許のホクロが色っぽ過ぎるっ!南野陽子さんと張り合えるか、それ以上の色気です。お姉様って呼びたいです。



 見た目年齢は30前半くらいかしら?だとしたら、同い年の可能性も無きにしも非ず。神様は色んな人間をお創りになりますね。



 それにしても、うわー…本当に綺麗っ綺麗っ綺麗だよー。

 ちょまーんとした小さい人間がノコノコ来て、お手を煩わせるなんて本当にすみません!と内心大騒ぎしていたら、お姉様の方からおっとりとした艶やかな声が聞こえてきた。



 「このお団子、おやつに食べるん?」



 ひょわーーーっ!




 さっきは動揺して気付かなかったけど、お姉様はおそらく近畿地方の方だ。実写版の大和撫子だよう。



 話し掛けられるなんて露程も思わなかったから、びくっと2、3㎝頭が仰け反ってしまった。心の中では『ラブストーリーは突然に』のジャケットの小田和正くらい反り返っていたけど、身体に反映されていなくて何よりでした。



 「は、はいっ…そうです」

 「………」こくこく。


 「そら、ええなー」




 きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!



 お団子をチョイスしたみーちナイスっ!

 お姉様の素敵なスマイルいただきました。スマイルは0円ですよね?スーパーにサービス料はありませんよね?



 お姉様の一挙手一投足を逃すまいとガン見していたら、また雅な声で言葉を投げ掛けてくれた。



 「夕飯は何にするん?」



 おおぅっ!プライベートな会話っぽい。

 な、なんてフレンドリーなお姉様なんだろう。

 冷蔵庫の中身をチェックして、夕飯を事前に決めていて良かったです。



 「「白菜のミルフィーユ鍋です」」


 あ、ハモった。



 ずっと静かだったのに突然喋った隣の人を思わず見たら、お姉様に柔らかく微笑みかけてた。


 うちにはそんな表情1度もしてくれた事無いのに!って嫉妬は今さら芽生えない。だけど、みーち……そんな顔も出来たんだねーとは思わせてくれ。



 「ミルフィーユ鍋?この手羽元も入れるん?」



 丁度バーコードを読み取った鳥手羽を持ちながら、小首を傾げて聞いてきた。同時に髪の毛も重力でサラリと流れていて、好きです。



 「それは明日の夕飯でさっぱり煮にするやつです」



 横から視線で「えっ!そうなの?」って聞かれているけどスルー。さらに、お姉様に宣言した手前、明日の夕飯は不動のものとする。



 「それもええな。わたしのとこも今晩は同じミルフィーユ鍋にしようかな」


 「わー!一緒ですねっ!」

 「一緒!」



 今晩のおかずも不動のものとなった。

 正直、キャベツの量も僅差だったから鞍替えしても良かったんだけど、お姉様とお揃いのためならば一瞬で切り捨てるよね。あばよ、キャベツ。



 ガッツポーズしたい気持ちを必死に抑えた結果、胸の前でグーにした両手が小刻みに揺れてしまったのは不可抗力だと思う。

 みーちも両手を鎖骨あたりでぎゅっと握っているから、多分同じ境遇に違いない。



 「合計3121円ですー。あぁ!そや、ポイントカード持ってはる?」




 ……バッ!



 ガマ口財布からお金を出しながら、こっちを見てきたみーちと視線がぶつかった。目が「どーするよ!?」って聞いてきている。



 当然、行きつけのスーパーなのでポイントカードは持っている。でも多神さんのお金で遣り繰りしなきゃと思っているので、毎回泣く泣くポイントは諦めていた。そもそも…ここ過去だし。


 しかしながら、今うちがビクっと反応してしまったばかりに、所持しているのがバレた。



 「持ってはるんなら、ちゃんと出した方がええよー。ポイントもお金やからねー」



 親切心が今は痛い。

 勝手に震えてきた手でお財布から恐る恐るカードを出し、お姉様に覚悟を決めて渡す。



 「じ…磁気の調子が悪いみたいなんで、もしかしたらもう使えないかもなんです」


 「あ、そうなん?ちょっとやってみるわー」



 エラーの音が響き渡る未来しか見えない。

 みーちも目をかっぴらいて、お姉様の手の中のカードを固唾を飲んで見つめている。



 遂にカードが読み取り機の中に入っていった。

 


 緊張の瞬間っ………!



 思わず目を閉じてしまったうちの耳に入ってきたのは、「ピピッ!」と言う軽快な機械音だった。



 「大丈夫やったで。はい、カードとお釣りの4円とレシートな」


 「あ、はい……」



 目を開けたら綺麗な笑顔が1番に飛び込んで来た。これが幸せなんだと思う。優しく丁寧にお釣り達を手にのせてくれたし。



 カートにカゴを乗せながら、今一度お姉様を見る。左胸の名札には[大豊おおとよ]と書いてあった。



 「おおきにー」


 「「ありがとうございます」」



 軽く右手を挙げてヒラリと手を振りながら見送ってくれた。ペコリとお辞儀して、その場から立ち去る。なんかもう、なんかもう…っ!何処にでも行けそうな気がする。




 ポワポワした気持ちのまま、帰宅して戦利品を冷蔵庫に仕舞い、念願のおやつタイム。お団子の最高のバディは緑茶だよね。


 お団子を1玉食べてから、同じくまだこっちの世界に戻って来れていない生まれる前からのバディに話し掛ける。



 「レジのお姉さん、美人過ぎだったよねー」


 言いながら、口から「ほうっ」と溜め息が漏れてしまった。



 「うんうん。この郊外にあんな綺麗な人が居るなんてって思ったよねー」


 お団子片手にめちゃめちゃ力強く何度も頷きながら同意してくれた。




 「思わず往年のCMのキャッチコピーが頭を過ったよー」


 「あれか…」




 うん、アレアレっ。ソレだよ。




 「「綺麗なお姉さんは好きですか?」」



 その答えはもちろんー?




 「「好きーーーっ!」」




 端から見たらアホな2人にしか見えないと思う。でも不可抗力。

 あんな美人さんに会って、お喋りして、平静なんて誰も保てない。年甲斐もなくきゃいのきゃいのしてしまった。



 でも、みーちはちゃんと主婦だった。



 レシートをうちに見せながら、商品では無く、1番下のポイント欄を指で示した。字が小さいから一緒に覗き込む。どれどれ。



 「見てー。ポイントが今日付与された分しか無いの」


 「えっ!本当は結構貯まってるのに!過去だから0ポイントになってるって事か!」



 多神さんは抜かり無かったんですね。

 勝手に2回分の買い物のポイントを損しましたよ。

 なんで初日に「買い物のポイントもちゃんと付与されるぞ」って言ってくれなかったんですか?



 いや、今日お姉様に言われて気付けた事を感謝しなくては。

 多神さん、何も言わないでくれてありがとうございました。



 「女子校で、あのレジの大豊さんが先輩だったら皆ドリンクとかタオルとか渡したーいってなったんかねー?」


 「ファンクラブは確実に出来てたんじゃない?」




 ポイント云々うんぬんはもうそっちのけで、偏った女子校のイメージでお姉様賛美を直ぐに再開する。

 ちなみに2人共、都立の普通科出身。華やかさ皆無。うちは何の特色も無い地味校で、みーちに至ってはスポーツに凄い力を入れた学校だった。そりゃ夢見ちゃうよね。



 暫く熱を入れて話し込んでしまったせいで、明日の弥生の予習が少しばかり疎かになってしまったけど、後悔なんてしてやらないんだからっ。



 夕飯のミルフィーユ鍋は、彩りと栄養のために上に大根と人参のスライスをのせ、ど真ん中に豆腐を入れたので、見た目は少し残念な感じになった。

 でもお姉様も今頃食べているのかなぁと思いながら食べると、そんな些末な事は気にならなくなった。わりかし美味しく出来たと思う。みーちも特に何も言わなかったし。



 明日からまた頑張ろうと思います。




11/26(Mon)


 今日は日本史をお休みして図書館&買い物に行きました。


 図書館にはお爺ちゃんと太一ちゃんは居なかったけど、スーパーに美人なお姉様がいらっしゃいました。あんな色気の漂う綺麗な大人になりたいって思うけど、もうスタートの時点で違うし、もう大人だしで、諦めるしか無いってやつです。


 うちが入院やら退院後の療養やらで家に籠っている間、美人さん達は近所に居たんだなと思うと歯痒い気持ちでいっぱいです。



 ふと気付いたことは、1つ時代が終わる毎に図書館に行っている事実。

 古墳時代までは良いとして、飛鳥時代からは3日4日じゃ絶対終わらないし、平安時代なんて何日かかるか分かったもんじゃない。みーちの健康のためにも小銭を稼いで、「お茶でも飲みに行ってらっしゃいな♪」が出来るようにせねば。じゃないとうちに対する当たりが強くなってしまう。まぁ負けないけど。


                   おわり

[字数 7852+0=7852]

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