第29話 幕間:第3者には見えること

 

コンコンッ!

カララララッ……



「食事出来たわよー…………あら?」





引き戸を開けたら、久方ぶりに見る光景が目に飛び込んで来たわ。



深紅の瞳になってるひーちゃんがあめの叢雲むらくものつるぎで何度も斬りかかってるのを、たけさんが寸で避けてはる。

……やるんなら屋内でなく外で思いっきりやりぃな。




嘆息してから部屋に1歩入ると、隣に知った顔が静かに寄って来はった。その人物に挨拶代わりに話し掛ける。



おもさん、居るんなら何で止めまへんの?」



あかんわ……。


ちょっとキツい口調になってもうたわ。ご老人には優しくするのが不文律やのに。




「あの中に入って止めれると思うかい?日女ひるめちゃんに消されちゃうよ」



「せやねー」



あそこに間に割って入れんのは、正直ひーちゃんの弟の須佐すささんくらいやと思うわ。

でも、思さんが可愛いひーちゃんに止めを刺されるのは、神生じんせいに一片の悔いも残らなくてええんと違う?……口には出さへんけど。



それにしても何で2人喧嘩しとるんやろか?

建さんもいつもの呆れた感じやのうて、結構怒っとるみたいやし。



ま、取り敢えずさっさと食べてもらいましょうか。

それから思う存分続きをしたらええ。




「ほらほらーっ!ひーちゃん食べへんのー?てか、麿まろが来てるの知っとる?」



大きめな声で呼び掛けると、ひーちゃんは剣を振るう手を休めること無くこっちを向いて驚いた表情をした。



「わっ!とよりん来てくれてたのー!?今カタを付けるねっ!」


「はいはい。準備しとくわ」



麿の返事を聞いて1つ頷くと、ひーちゃんは立ち止まって建さんとの間合いを一瞬の内に取り直すと、渾身の一突きを繰り出した。もちろん建さんには当たらへんかったけど。



ひーちゃんは悔しそうに建さんを一睨みするも、剣をちゃんと消してから、冷えた白ワインを用意しておいた食卓に向かって来た。偉い偉い。




「さ、食べて食べてー。思さんも食べて行くんやろ?建さんはどないする?」



「豊ちゃんありがとうね。いただいて行くよ」

「………いらん」



ひーちゃんはそそくさと指定席に座り、思さんはその向かいに腰を下ろした。建さんは普段なら自分の社に戻るはずやのに、珍しくひーちゃんの真横の壁に寄りかかった。変なの。




「今回はこの前に八咫鏡やたのかがみで見た[クリームうどん]にしてみたわ。お口に合うとええねんけど」


「双子ちゃんが食べてたやつだー!楽しみ楽しみっ♪」




あぁ可愛い。

バンザイして瞳を輝かせながら見上げてくるなんて最高やな。思わず顔が綻んでまうわ。



「熱いから気い付けてね。さ、召し上がれ」



指を鳴らして2人の前にお口直しのピクルスと共に出す。

お好みで足せるように胡椒・七味・胡麻・粉チーズ・山椒は2人の間に。そう言えば双子のお姉ちゃんの方は山椒いっぱいかけてたな。



「いっただきまーす」

「いただきます」



美味しそうに食べているひーちゃんの顔を、壁と同化しかけてはる建さんの横に並んで見る。毎度のことやけど、ひーちゃんには本当に作り甲斐があるわ。



半分くらい食べたのを確認して、温かいお茶を出すのを忘れない。

お茶を注ぎながら、ひーちゃんにさっきの騒動について話し掛ける。




「そう言えば、さっき何であんなに怒ってたん?」




………ギンッ!





あら?



麿の一言でひーちゃんと建さんが殺気全開にして睨み合ってしもた。


聞くタイミングを間違えたみたいやわ。食事は楽しくが大事やのにやってもうたわ。



「あー……食べ終わったらちゃんと聞いてあげるから、今はゆっくり食べや」



「……ふんっだ!」



ひーちゃんがほっぺを思いきり膨らませて、建さんと逆方向を向きながら言うて、食事を再開させた。相変わらず子供らしさを忘れてへんな。そんなところもまたええけど。




食べ終わるまでまだ少し掛かるから、組んだ腕を指で高速で叩いてイライラを全力で表現しとる建さんにもお茶を渡す。



「取り敢えず、これでも飲んで落ち着きや」


「………ああ」



食べへんから怒りやすいんと違うか?

まぁ四六時中ひーちゃんに怒ってはるから関係無いか。難儀な性格やな。もっと気を楽にして生きたらええのに。




程無くして2人とも完食してくれはったから、食後のプリンを建さんにも出す。甘いもん食べると大概落ち着くしな。




んで、皆食べ終わったから熱いお茶を淹れた4つの湯呑み以外は全部片付けて、いよいよ話を聞く時間になった。


麿はひーちゃんと思さんの斜め向かいに腰を下ろした。建さんは麿の後ろの壁に引っ付いたまんまやけど、問題無い。




「まず………そもそも何があったん?」



「建ちゃんがっ!」

「天照がー…」

「双子ちゃんにねー…」




「ちょ、待って待って!皆でいっぺんに話さんといてよ。ちゃんと順番に聞くわ。まずはひーちゃんが事の発端を話して」




無口な建さんまでまさか話し出すとは思わなかったわ。思さんにしても、ただご飯食べに来はっただけやなかったんか。




「最初はー…本当に暇でどうしよっかなってなってたのねー。でー…」




ふむふむ。

話を聞くには、ひーちゃんが休んでいるところに思さんが来て、「多神くんの双子に会いに行かないか?」って誘って来はったと。

で、それに対して建さんが難色を示したんやな。




「ほんで?そこからどないしたん?結局会いに行ったんやろ?」



誰にともなく投げ掛けた質問に答えたのは思さんやった。



「そうだよ。図書館に行ってね、最初にアが会ったんだ」


なんでやねん。レディより高齢者のが優先されるんか?




「どうやって接触しようかなと思って、双子ちゃんの真後ろに立って、振り返って来たところでわざとぶつかりそうになったんだ」


当たり屋やん。てかいっその事、急所にでも当たれば良かったのに。



「そこから仲良くなってね、一緒に本を探してもらちゃったよ」


ぶつかりに来た奴と仲良くなんてなれへんやろ。本も自分で探せや。



「2人ともアにとっても好意的でね、心の中で『素敵なお爺さん、孫はいりませんか?』って聞かれちゃったよー。別れ際にまた会ったら話し掛けてくれるって言ってくれたし、楽しかったな」


気のせいやろ。それに「話し掛けますー」なんて初対面の爺さんに自分から言わへんから。確実に思さんが無理矢理了承を取っただけやな。




「でねでね、そこから司書に扮したが双子ちゃんに話し掛けたのー!」



「ほんでほんでっ?」



ひーちゃんの司書姿なんてめっちゃ可愛いに決まっとるやーん!てか、なんで行く時に誘ってくれへんかったんやろ……本気で悔やまれるわ。



「双子ちゃんをちょーっと困らせたくって、『高……大学生ですか?』って聞いちゃった♪」



「……ん?なんでその質問で困るん?」

至って普通の質問やん。実際学生さんなんやろし。



自然と首を傾げた麿に、ひーちゃんは楽しそうに口許に手を当てながら教えてくれた。可愛い。




「ふっふーっ!とよりんてば多神くんと双子ちゃんの会話をちゃんと見てなかったから分かんなかったんだねー!なんと双子ちゃんは30歳なんだよー。妹ちゃんには娘が居るし!」



「ホンマに!?」



ここ最近で1番の驚きやったわー。天満が突然梅ヶ枝餅を5個だけ持って来はったのなんか目じゃないくらいの驚きや。

鏡を何の気なしに見ながら、(天満は黒髪の素朴系女学生が趣味なんかー。過去に二人も連れ込んで変態やなー)って思っとる場合じゃ無かったんやな。



「そうだよー。身長も実際に会ってみたら思ってたよりも凄くちっちゃくて、性格は二人揃ってすっごいお人好しだったし、リアクションもほとんど一緒なのー」




な、なんやて……。




見た目がめちゃ若くてちっさいのが2人……?




2人の間に立って、下から上目遣いで同時に話し掛けられたいわ!そんでもって「ちょっとちょっとー!二人でいっぺんに話し掛けんといてー!耳は2つ付いとるけど、1人ずつしか話は聞けへんわー」って、お約束したいわー。



しかも実年齢が三十路ってキャピキャピせんからめっちゃええやん。そもそも地味系やからキャピキャピは初めからしそうにあらへんけどな。


なんや今時の若者は早熟で、中学生でももう大人みたいな子が沢山おるらしいけど、この双子ちゃんは[今時]よりも前に生まれたから見事なまでの童顔なんやろか。答えは分からへんけど。




無言で微笑みを湛えながら話をちゃんと聞いてる風を装って妄想してたら、ひーちゃんが突然身を乗り出してヒートアップしてきた。



「でっ!ここからが本題なのっ!双子ちゃんに『仲良くして』って言って、快諾の握手をして貰う時にっ!建ちゃんが邪魔して来たのー!酷くない!?」




あー………なるほどね。




「喧嘩の原因が何となく見えたわ………」


言いながら、自然と俯こうとする額を、手が勝手に支える姿勢になったわ。



テーブルをバンバン叩いて抗議してるひーちゃんを、視線で攻撃してはる建さんの方を見る。




「一応建さんの言い分も聞くわ」


「………」




麿の言葉を受けて、壁に今一度寄りかかり直してから建さんは語り出した。念話で。………声出しいや。



[天照が【契約】を無理矢理して、双子を高天原ここにそのまま連れて行こうとしたから止めたんだ。そもそも天満に手出しはしないと言っておいて、勝手に過去に双子に接触しに行くのも大問題だし、況してや矢文で天満の社の中を大惨事にしていたんだぞ。が矢を射つときにはっきりと見えたから間違いない。まったく……周りの迷惑を考えろ、馬鹿者]





……めっちゃ喋るやん。



そら自分の社に帰らずに残ってたわけやな。言わなきゃ気い済まへんわなー。


高天原に突然連れて来られて、出会った司書の正体は天照大御神だったとか知ったら、誰でも間違いなく腰抜かすわー。「自分らこれからどうなるん?」って。ここの神さん達も「この人間達どないするん?」ってなるな。



建さんも良く、ひーちゃんの「仲良くして」発言が[天照大御神の眷属になる契約]って分かったな。明らかにその場のノリでひーちゃんは思い付いたんやろうに。




「む~~~っ!何処でだって1年間勉強なんて出来るでしょー!それに矢だってちゃんと加減して射ったもん!」




あ……まーた目の色が変わって来ちゃったわ。

どっちの色も似合うとるけど、話し合いは感情を乱した方の負けやで。両肩をポンポン叩いてひーちゃんを落ち着かせる。どうどう。


あと多分矢に関しては、加減したんは本当やろけど、元々が殺傷能力が強すぎやからもっともっと弱く射たなあかんかったんやろな。ほんの少しだけ天満に同情するわ…。



[兎に角、もう天満の迷惑になるような事は二度とするな。そもそももう関わるな。それが天満に対しての1番の優しさになる。取り敢えず手切れも兼ねて謝りに行くぞ]



「やだーーーっ!悪い事してないのに何で謝りに行かないといけないの!?」




………オトンとじゃじゃ馬娘か。


ひーちゃんも手足をジタバタさせるから余計に若々しさが引き立っとる。これは可愛いと言うよりちょっとイタいな。見た目年齢に精神が引っ張られ過ぎやろ。…いや、これくらいの子は実際もう少ししっかりしてはるな。



2人をこのまま放置やと神界が大崩壊しそうやし、麿が一肌脱いであげましょか。



一度嘆息してから切り出す。



「ほら、ひーちゃん。建さんの言うてる事が嘘かも分からへんやろ?その確認も兼ねて天満のとこ見て来たらええよ」



「むう~~~っ!仕方がないからとよりんに免じて行ってあげる」


「よしよし」



麿の方に出された頭を優しく撫でてあげる。

ひーちゃんは何万年も生きてはるから、ここぞって引き際を分かってて偉いわ。




「ほな次の食事ん時にどやったか教えてな」


「ではアもお暇しようかね」



このジジイ……今の今まで気配消してはったな。

元はと言えば思さんが事の発端やん。今度会うた時に足踏んだろ。



「じゃあ本当に本当に嫌だけど、ちょっと多神くんのところ行ってくるー」

「………」

こくり。


「ほなまたー」



皆出て行ってもうて、1人きりで4つの湯呑みを片付けながら思う。




何で2人共ちいっとも学習しいひんのやろか、と。



矢文やのうてメールを送った方が早ない?

あれなん?確実に届いたか不安になるから目視出来る矢が安心なん?

時代はインターネットやろ。神さんもちゃんと流れに乗らな。



それにしてもほんまに1度双子ちゃんに会うてみたいな。ひーちゃんも結構気に入ってるみたいやったし。

顔は至って普通やったけど、ちっちゃいってのは見逃せへんわ。

どうやって会うたろか。




ま、その前に今はひーちゃんに次回何を美味しく食べてもらうか考えよか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る