第26話 実々:籠城は許さない


2018年11月22日(木)


  

  

「ねぇ気付いたの…」 



急にあーちが朝食のグラノーラを食べる手を止め、なんか良い女風な空気を出しながら話しかけてきた。



「何に?」



なんかあーちが醸し出す空気にイラッときたので、あーちの方を一切見ずに相槌だけ送っておいた。ちなみに今日の私の朝食は、コーンスープに浸けパンスタイルです。




「今日も多神さんは夢に出て来なかったわけなんだけど、それは質問や疑問を投げ掛けてないからだって」



……そりゃそうだろ。

何を当たり前のことを…と思ってしまう。それとも何?あーちは多神さんに毎晩夢の中で会いたいの?会いたくて震えちゃってる女子だったの︎?



「あっそう。で、あーちは何か聞きたいことあるの?」



まぁ、あーちの女子してる部分は一先ず置いておいて、聞きたいことがあるなら質問したら良いのに…。




「わざわざ聞くほどのものは無い」

 



……ないんかい!じゃあ黙っとけッ‼︎




えっ⁈何なのホントに。そんな答えが最初から必要ない話なら一人胸の内に仕舞っておいてよ。


私は自分の心のモヤモヤした気持ちを忘れさせようと、話題を変えることにした。




「そうそう、今日買い物に行かないともうおかず出来ないかも」



もう3日も外に出て居ない。買い物は勿論必要だし、何よりずっと家に籠っているとなんか鬱になるって程じゃないけど、心と身体が太陽浴びてないからかリセット出来てないというか…身体の中に陰鬱な空気が溜まるというか…。





「そろそろ兵糧が尽きるのか…」





…………………。





「戦国時代かっ!」




私は思わず突っ込みを入れてしまった。えっ⁈私たち籠城してるっていう設定⁈そしてあーちは私の突っ込みが凄く嬉しかったのかニッコニコと微笑み出した。笑顔の押し売りが凄い…。


まぁ、買い物に行く約束も取り付けることができたわけだし、ずっと気になっていたことを聞きますか…。




「なんでホット牛乳でグラノーラ食べてるの?」




…これだ。この間お椀でホットミルク飲んでたと思ったら今度はホットミルクでグラノーラ食ってるよ…




「冷えは女の敵だから」




……。



笑顔の圧が凄い。そしてなんかムカっとするよ…その顔。…‥更年期かしら………。




その後もなんでかあーちは終始ご機嫌で、掃除機掛けもうろ覚えの歌を歌いながら掛けていた。…お黙りなさい。




そして、私も更年期?と闘いながら、ルーティーンの家事をこなしていく。家事が終わったら少しお茶でもして、そこから買い物に行けば良いかなぁ〜と思っていた。





………思っていた。





な・の・に!





もう、あっという間にお昼になっちゃいますけど⁈買い物は⁈ねぇ!どうして動かないの⁈

何で本を見つめながら頑固オヤジみたいに胡座かいて唸ってるの⁈さっさと日焼け止めなり、BBクリームなり塗って着替えて来んかい‼︎





籠城は許さん‼︎





いざ!出陣じゃ〜ッ‼︎





ボォオオオーーーーッ‼︎(ホラ貝の音)





と、一人心の中で城攻めをする武将になりきり、私はあーちに突撃することにした。

……まだ頑固オヤジスタイルだ。




スタスタスタ……。


ピタッ。




あーちの前で立ち止まる。そしてあーちが両手で持っている本の間に挟み込む栞を持って構える……




そして私に気付いたあーちが顔を上げるのと同時に、開いているページに栞を挟む。




「…はへ?」


あーちはなんとも間抜けな声を出した。



バタンッ!




「痛ーい!」




おっと…ついついあーちの指も一緒に本に閉じてしまった。すまぬ。




しかし、だ。




「いつまで引き籠るつもりだァっ!」




この一言に尽きると思う。本を完全にあーちから取り上げながらあーちを見下ろす。




「えっ……まだ4日しか経ってないよ?」




4日『も』経ってんだろうが‼︎




「QOLッ!QOLッ!」


私はデモ隊のように、あるいは『ベア(べースアップ)』と叫ぶ労働組合のようにあーちに迫った。




「はわっ…」




あーちは思わずといった感じで言葉を漏らした。

しかし、直ぐに気を持ち直して信じられないことを言ってきた。




「みーちはうちに付き合って籠らずに、好きにお出掛けしてくれて良いんだよ?」




は?ナンテイッタ?そして最後のホニャっとした笑顔……




……非常に遺憾でござる。




私の怒りのゲージは天井知らずなのか、ドンドン上昇していくのを自覚しつつも、もう自分でも止めることが出来ず、ほぼ反射であーちに言葉を返した。



「買い物行かなきゃって言ったじゃん!1人で行かせる気!?それに健康になったってのに籠ってたら別の病気になるわっ!表出ろ!」


「ひぃぃっ!」



あーちは小刻みに震えていた。そして私のご機嫌を伺うように、低姿勢で言葉を返してきた。



「わ、分かった。でもまとめ終わってからで良ー…」

「ダメっ!今日はやらなくて良い!」




あーちが纏め終わるの待ってたら日が暮れるだろうが!私はあーちのセリフに被せ気味に『NO』という意思を全力で伝えた。すると、あーちの震えの振幅具合が上がった。……進化するんか?


しかし、さすが心臓に毛が生えてるあーちは、上目で私を恐る恐るといった感じで見ながらも生意気なことを言ってきた。




「でも日本史やらないと終わりに近付けないよ?日課にしちゃえば何の苦にもならないし、それにまだ旧石器終えたとこだよ?今日休むことで、万が一終わらなかった時に『あの日休まなければっ…』って後悔しない?」





ぷつん……ッ。




私の中で何かが切れた音がした。




「んな1日で変わるかっ!世の中には効率っつーもんがあるでしょう!今日休むのがしんどいんなら明日その分2倍やったら良いだけでしょ!メリハリ大事っ!惰性でやるな!」


「あうぅ…」




1日やったやらないで変わるならそれ間に合ってないから。なんできっちり一年丸っと使って終わらせるように持って行こうとしてるの?それに、ちゃんとONとOFFの切り替えしないと良いもの出来ないよ?ダラダラやんなよ。

何より、4日間家に籠ってても平気って凄いわ。……キノコ生えるよ。




そして遂にあーちは敗北宣言をするかのように、



「分かった…今日はお休みする。でも読書だけはさせて下さい。あと買い物の前に図書館に行って良いですか?読み終わったやつを新しい本に交換したいです」



と、しおらしく言ってきた。

なんで敬語なのかはわからないけど、あーちが外出すると言ってくれたのが嬉しかったので、



「その願い………叶えましょう!」



と、上から言ってあげた。

…思わず笑顔が溢れてしまった。私の中のリトル実々も歓喜のベルを鳴らしていた。(リンゴーンッ!…ヴオオオーッッ‼︎)あ、ホラ貝も吹いてる。



そしてあーちも私の怒りがおさまったのが分かったからか、強張っていた体の力を抜きながら、



「あっ!毎日ほぼ毎食作って貰ったから、お夕飯のおかずは今日はうちが作るよ。アジフライでも何かメインのお総菜買ってさ♪みーちはゴロゴロしててー」



と、提案してきた。

私もアジフライは好きだ。それは良い……けど、



「えっ……もしかして1品しかあーち作らないの?」


メインも作らんかい!



「え?複数は無理でしょう」


あーちは何を馬鹿なことをと言った顔で私を見てきた。



「えぇー……」

「えー」



えぇー……。




しばらく「えー」の応酬を繰り広げたがお互いに引かず、うやむやのまま気付けばお昼になったので、私が作ったピラフを食べて食休みをしてから遂に3日ぶりの外に出た。




*****




「とっととととと到着ーっ」




……『と』が多い。

まぁやっとこさ図書館に着きました。




そしてあーちは早速、慣れたように無人の返却口に本を、


「さんきゅーでしたー」


と、言って返していた。




…他人のフリしたい。




続けざまにあーちはトイレへ駆け込み、爽やかな顔で戻って来ると、検索機へ向かった。そして『縄文』と検索を始める。




「行くべき場所は分かってるんだけど、出版年をここで調べた方が早いでしょ?」



いちいち言い訳とかしないで良いからさっさとせんかい!と、心の中でツッコミを入れつつ見守る。




ズララララー…




「やっぱり旧石器とは桁違いの量だねー」

「………」




……はいはい。

『言い訳しないでさっさと吟味せんかい!』と、顔には出さないが念だけは送っておく。極力心を無にすることに努めるんだ私‼︎




あーちはここにもし私が一緒に居なかったら独り言の激しいヤバい奴になっていることだろう。『此奴に同伴してるものですよー』という空気を出せばあーちの独り言も緩和される……はず。頑張れ私!





「良しっ!これでおっけーい。んじゃ行こー……おわぁっ!」




あーちは吟味が終わり、そのまま振り向き様に後ろに居たお爺さんに裏拳を危うくお見舞いさせるところだった。暴行事件の目撃者になるところだった。




……お巡りさん、コイツです。




「ごめんなさい!当たりませんでしたか!?動く前に良く確認すれば良かったです…」




あーちはお爺さんに申し訳なさそうな顔を全力で作って謝っていた。はい、10:0であーちのせいですね。私はあーちを横目で批難しつつ、お爺さんに対しては申し訳無かったと、保護者ポジションで一緒に頭を下げた。




「大丈夫だよ。こちらこそ近くを通ってしまったのがいけないんだ。お互いに気を付けようね」



「ふわぁ……はい、気を付けます」


「(このアホ女が)本当にすいませんでした」




………めっちゃ良い人!

そしてあーちは『ふわぁ』って馬鹿みたいな声出すな。恥ずかしい。




それにしてもこのお爺さん、いや、お爺様はなんてお洒落で素敵なんだろう。『イケてるオジ様』略してイケオジって奴だ!性別は違うけどこんな風に歳を取りたいっていう見本の様な人だ!か、かっこいい……。こんな天然記念物的な素敵紳士をあーちはボコるところだったとか…許すまじ‼︎




「もしかして双子さんかな?」


「「一応そうです」」




なんか思わずハモったけど、『一応』ってなんだろ?自分で言っておいて謎だな。心の何処かで認めたくない自分が居るんだろうか。




「本当に良く似てるねー。……そうそうこの場所に行きたいんだけど、司書さんが何処にも見当たらなくて困っていたんだ。何処か分かるかな?」




おじ様が困っている!力になりたい!でも私はこの図書館はビギナーだから……あーち、助けてあげなさい‼︎そう念じつつあーちを見つめる。すると、




「地下1階の英字小説の棚だ。結構奥まった場所なんで良ければ一緒に行きませんか?」



私の声が届いたのか、あーちは案内をかって出た。よろしい。




「良いのかい?」


おじ様は私にも確認を取るように顔を向けて聞いてきた。私の答えは……



「……はい」




……自分声ちっさ。

素敵なおじ様にも私の人見知りが発動してしまった。コミュ力は生まれた時にほとんどあーちに持っていかれてしまっていたようだ。

『もっとちゃんとお話ししたいよー。』と言っていた、かなちゃんの気持ちが凄く良く分かったよ。ママも素敵なおじ様とキャッキャうふふとお喋したいよー。



「エレベーターで行きましょう。私たちも同じ階に行くつもりだったんで」

「ありがとね」


「ふふふっ。お気になさらず」




私が一人落ち込んでいる間にあれよあれよと事態は進んでいた。あーちの『ふふふ』がなんか嫌だわ〜。



3人で乗り込み、エレベーターで地下1階に到着した。




あーちはおじ様とニコニコ笑いかけ合いながら目的の本の並びに行き、そのまま本を探してあげていた。……やるではないか。



「この本じゃないですか?」



「おぉ本当だね。何から何までありがとうね。もし良ければまた今度この老いぼれを見かけたら気軽に声を掛けておくれ、素敵なお嬢さん方」



「はぁい。ではまた!」

「……では失礼します」



す、素敵なお嬢さん方だなんて!もうお嬢さんを卒業していますとは言いにくい…。このおじ様に比べれば私達なんてまだまだ子供ということか…。



そして素敵なおじ様と出逢えてあーちは今にもスキップしそうな勢いでニコニコしていた。…ちなみにあーちはスキップが昔出来なかった。幼稚園のお遊戯であーちだけ駆け足みたいになっていたのは良い思い出です。



あーちの目的の本は丁度おじ様の棚の正反対なのでそこへ向かい、あーちは狙いを付けていた本をしゃがんで探しながら話しかけてきた。




「素敵な出会いだったねー」



「そうだった?…危うく暴行事件になるところだったじゃん」


素敵な出会いをお巡りさん案件にならずに済んで良かったな。



「未遂だから」

…未遂っていうと『殺る気』があったと思われるぞ。



「まぁお洒落なジェントルマンだったねー」


この少子高齢化社会で、あんな素敵なおじ様みたいな人が多ければ皆もっとちゃんと年金払うと思うわ。




あーちは本を見つけることが出来たようで、何冊か持って立ち上がった。そしてそのタイミングで、




「もしかして……双子ちゃんですか?」




と、鈴の音の様に、どこか凛とした声が私達に話しかけてきた。






振り返るとそこには天使が立っていた。




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