第19話 1人の影響力 / 旧石器part1


 墨汁の匂いがする…。


 「まず、プラスαの意味をはき違えているぞ…。それに、プロジェ⚫トXのナレーションはちょっとどうかと思うな」

 「ん……?多神さん?」


 自分が寝ているのが分かっている不思議な状態。

 白い靄の中、多神さんの声だけが聞こえる。今回は匂いはすれど、姿は見せない省エネスタイルなんですね。


 「あと、もっと自分らしさを出したらどうだ?」

 「自分らしさ?」


 【小澤麻来らしさ】って何だろうか?

 凄い難しい事言ってきたな。

 意外と多神さんはスパルタだったのか。要求のレベルが高いです。もっと相手の事を見てから言って。


 「読み手の事を考えるのは勿論大事だと思う。だが、これは麻来自身のための勉強であることも忘れるな」

 「むーん…肝に銘じます」


 起きたらノートの端っこにでも書いておかないと忘れそう。〈皆が得するのがやっぱり1番良いよね〉って。

 

 「それから……これから何が起こるか分からないが、常に平常心でいるようにな」

 「えっ、不穏…」


 不必要な置き土産はいらないから持って帰って欲しい。確定かつ必要事項だけ言って欲しい。

 あと、褒め言葉と労いの言葉は積極的に言って欲しい。

 てか、何故突然不吉な未来を匂わせるような事を言うのか。

 もしやジダンを根に持ってるから嫌がらせで…?そっちがその気なら、こっちだって高速シェイクを根に持つ所存ですよ。

 兎も角、詳しく問い質さねば!


 「ちょっ…!どう言う事ですか!?」

 「では、励めよ…」


 言い逃げズルい!

 声だけだけど、いそいそ逃げるように去って行ったのがハッキリ分かった。


 「戻ってきてーーー!戻って来ーーーーーいっ!」



 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピッ!


 「また寝た気がしない…」


 1年間ずっとこんな感じで寝不足になるのかしら。

 多神さんは「体が健康なら良いだろ?」って悪魔的スタンスなのかな。

 CMで『ココロとカラダが人間の全部だよ』的な事を言ってた気がするのは気のせい?

 誰がうちを癒してくれるんですか?

 毎日誰かしらに何かしらを怒られてばっかなんですが。

 ま、今は朝ごはんが第一だけどね。


 「みーちは何挟んで食べるのー?」


 既に起きて、洗濯物をやってくれている主婦に声を掛けながら布団から出た。



*****


2018年11月20日(火) 晴れのち曇り 夕方



 「完成したー!」


 キンちゃんとの息も2日目で既に合ってきた気がする。

 半年後あたりにはブラインドタッチをマスター出来そう。今はがっつりキーボードをガン見して打っているけども。


 「じゃあ見てみようかね」


 おばあちゃんのようにヨッコイショとソファーから立ち上がって来てくれた。

 昨日はもう気持ち早く来てくれてたから、やっぱり初回サービスがあったんだね。昨日のみーちThanks!


 「どれどれー」



【わたにほ】

《旧石器時代part1》 ※その時歴●が動いた風に読んでね♪


①これは何だろうか?


 1946年、群馬県の岩宿にて一人の青年が稲荷山の切通しを進んでいる時に関東ローム層の断面にキラリと光るものを見付けた。

 近寄って掘り出してみると、なんとススキの葉のような黒曜石の剥片であった。


 この出来事は、当時日本には無いと言われていた【旧石器時代】が確かにあると分かった瞬間であった。

 青年の名前は相澤忠洋。アマチュアの考古学者であり、この時は20歳で行商をしていた。


 これ以降、日本各地で旧石器時代の遺跡が発掘される。



②旧石器時代とは?


 人類の出現以降~地質年代で言う完新世以前の[更新世]の時期。

 考古学的には土器が出現する以前の時代。

 年代的には約1.2万年前より古い時代を指す。


 旧石器時代は大きく前期・中期・後期の3期に区分される。

 前期は人類の出現~約12万年前

 中期は約12万年前~約4万年前

 後期は約4万年前~約1万2千年前


 つまり、約4万年前に人類が日本列島に到達していることから、日本の旧石器時代の遺跡は後期のものである事が分かる。



③約4万年前の日本の暮らし


 人口が少なく、ナウマンゾウやオオツノジカの動物資源も豊かで、冷温帯の森で採れる胡桃やハシバミ(ヘーゼルナッツの仲間)などの木の実、ヤマブドウなどの果実を食べていたと考えられている。



④約3万年前の日本の暮らし[道具・住まい]


 人口が増え、上縁を刃にした台形の石器・ナイフ形の石器・局部磨製の石斧せきふが北海道~九州まで同じような形のものが使われるようになる。


 定住と呼べるような、長期間特定の場所に定着はしなかった。

 小屋のような、テントのような痕跡を殆ど残さない簡単な施設を広場を中心にまるく10基程並べた、キャンプ場のような外観であったと考えられている。

 また、洞穴どうけつや岩陰も一時的に利用していたと思われる。



⑤円<環>


 環になるのは、ヒトが進化の初期段階から獲得したとされる、最も親密なコミュニケーションの取り方とされる。

 環はどの場所も区別が無く、対等。また、環になることで社会的な強い繋がりや内輪の仲間意識が芽生えたとも考えられる。



⑥また別の影響者


 これまで日本には後期旧石器の遺跡のみと考えられていたが、ある一人の考古学者が次々に中期、前期の遺跡の発掘に成功していったのである。


 しかし、それらは全て2000年に捏造であることが発覚した。


 これにより、その考古学者が関わった中期以前の遺跡の全ての価値は否定されたのである。

 日本考古学界最大の不祥事であった。 (1007字)


☆諸説あり!

☆あくまで個人の意見です!

To be continued…



 

 「旧石器のまとめは前半と後半の2部構成にしてみるの」

 「ほうほう」


 大人向けの教科書はともかく、現役の高校生も使っている図録でさえ旧石器時代の記述が2ページくらいしか無かった。高校時代の授業でもサラッとしか習わなかった記憶しかない。

 でも、そのちょびっとしか触れない流れに乗って果たして良いのだろうか?と考える。

 多神さんも『自分らしさ』を大事にしろって言ってきたばっかりだし、旧石器に関する知り得た知識を伝えたいとも思う。

 よって、少しばかり詳しくやろうと決めた。


 【消えるまで 妥協はしません 生きるため】 [麻来、決意の一句]


 「切通しで見付けた物がきっかけで日本の歴史を作ったってドラマチック……いや、ドラマティックだよね!」

 「その言い直し必要?」

 「必要!」


 この話で立派な映画が出来ちゃうよ。

 プロではなく、アマチュアの青年が見付けたってのが最大のポイントでしょ。

 うちがタイトルを付けるとしたら、《歴史のカケラ~切通しから時代を切り開く~》かな。カケラは最初に発見した剥片にも意味が掛かっている抜かりの無さ。

 

 「でね、日本史が楽しいから学生時代に飽きもせずうちは勉強をしまくってた訳なんだけど、1つ悩みがあったのさ」

 「何?腱鞘炎?」

 「いやいや。肉体的な悩みじゃなくて、歴史を勉強する上で混乱するのは<流れ>がややこしくなるからだって」

 「そっちかー」


 なんでみーちの思考は腱鞘炎一択なの?

 毎日授業受けてるんだから腕鍛えられているでしょ。

 それに腱鞘炎に悩むって事は〈読む〉って選択肢は無くて、〈書き〉一択ってことだよ?がむしゃらに書き散らかさないと無理だよ。

 みーちったらお茶目さんだなぁ。可愛いぞ。

 なんて、思わず温かい眼差しで目の前の妹を見つめてしまった。

 ……うちったらシスコンだったのかしら?

 いや、皆この同じ状況だったら絶対微笑ましく見ちゃうことでしょう。この可愛い人、うちの妹ですよ。

 はっ…いけないっ!本題に戻らねば。

 緩んだ表情を引き締めて、口を改めて開く。


 「一通り時系列で勉強した後に、突然200年くらい前の文化の説明が入ると混乱しなかった?もうその年代とっくに通り過ぎましたよって」

 「あー…分かるわー」


 今、日本の歴史が苦手な人の賛同の声が大音量で聞こえて来ている気がする。

 「そうそう!ぐちゃぐちゃに混乱するんだよー」とか「良く分かってるねー!」って言ってるはず。

 悩める人達の代弁者になってる自負がある。


 「もちろん、事件とか乱とか変とかやってから文化を改めて確認したいってのも分かるんだよ。でもそれは現場の教員の皆さんの仕事なの。そこで、うちは年表に合わせつつ文化も時代背景も同時平行で出来るだけ書いていきたいなって思ったの」

 「あーち、そんな高尚な事考えてたんだね」

 「え…真っ直ぐに失礼な事言ってない?」


 言ったからには「嘘つきー!」って罵詈雑言を言われない程度に頑張らねば。

 ノートに<流れ重視!混乱アウト!>って書いておこう。


 「質問は、【わたにほ】って何?ってことかな」

 「毎回【わたし日本史まとめるし】って打ったらウザくない?分かってるわ!ってなるでしょ。だから略してみた」

 「……そう」


 内容の質問は無いんかい。

 まぁきっと明日の後半を読んでから全体の質問をしてくれるのでしょう。待てる女ですよ、うちは。

 でも、この何とも形容しがたい空気で終わるのも憚れるので、1つみーちに良い話をしてあげようと思う。

 キンちゃんから完全に視線を外し、みーちの方をガッツリ見ながら笑顔で切り出す。


 「円で思い出した話をします」

 「突然どうした…」

 「いいからいいから。聞いたらちょっと『おぉ!』ってなるから。あれは、うちが教育実習の時ー…」

 「語り出したっ!」


 えぇ語らせてもらいますとも。



《小話 円だった》


 あれは教育実習で母校の高校に行かせてもらったときだった。

 担当教科は言わずもがな日本史。

 でも社会科の全科目の授業の見学をさせてもらった。


 ある日、高1の世界史を教室の後ろで見学していたときに衝撃が走った。

 世界史の先生(以下S先生)が世界史と全く関係の無い話をしてきたのである。

 内容は、日本の数学者の権威の人がS先生の恩師だと言う話。そこまでは「へぇ~」ってレベルの話だった。

 しかし、S先生がおもむろに黒板に2本の平行線を書いたことで事態は一変した。


 「平行線は永遠に交わらないよな?でだ、この線をずぅっっっっっっっと黒板も教室も無視して伸ばしていったら何になる?」


 教室に暫し皆が考える空気が流れた。


 「《円》になるよなっ!円も交わらないってことだ!この直線は言うなれば円の線のごく1部分だな」


 ピッシャーーーーーーーーーンッ!


 うちに雷が落ちた。

 S先生の恩師は新しい視点で考える学者の1人だったらしく、円も平行だと宣ったそう。

 確かに、同心円で描かれた円は決して交わらない。そもそも円になっている時点で始点も終点もなく完結している。

 なんてちっぽけな視点で今まで考えていたんだろうかと思わされた瞬間だった。

               完

 


 「どう?円は凄いって話でしたー」

 「視点を変えるのが大事って話でしょ」


 仰る通りだね。

 ミクロの事をマクロな視点で考えてみたり、逆にマクロな問題をミクロに置き換えて考えることで見えてくるものもありますね。


 「それを踏まえて考えてみると、捏造も個人の犯した罪であって、他の考古学者は何の責も無いんだよね」

 「ミクロの視点で考えんかいってことか」

 「Ouiウィ!(うん)」


 上手いこと綺麗にまとまったね。

 出来レースみたくなったけど、不正は一切致しておりません。


 「夕飯はどうするー?」

 「ドライキーマカレー!」


 リクエストを聞いてくれなくなるのはいつになるのだろうか?

 うちは「何でも良いよ」ってお母さんが困ることは言わないよ。

 だから、毎回聞いてね。



11/20(Tue)


 旧石器の前半が終わった。

 日本には<新人>さんしか居ないって言うと、フレッシュな感じがするのはうちだけでしょうか。

 みーちにS先生って言ったけど、関わりが薄くて名前が分からなかったし、世界史の先生だから「S先生」って言っただけなのは秘密です。


 ドライカレーは奥が深い。

 そして料理に愛情を入れる手段が分からない。

 みーちはいつも「自分が美味しく食べれるようにって考えれば良いんだよー」って言うけど、火元でそんな悠長なことを考える余裕は無いでしょう。燃えるぞ。


おわり

[字数 945+1007=1952]

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