第2話 上手い話には裏がある


 「それで、神様。あーちのために過去1年間を用意してくれたってことですよね?」


 お茶のおかわりを淹れながら、まだ泣いているうちに代わってみーちが本題に入ってくれた。


 「そうだ。ただ……そのなっ…うーん……」


 突然の歯切れの悪さ…。何故?

 神様は双子の顔を順番に見て、意を決したかのように一度固く目を閉じた。

 対するうちは緊張感と不安で涙が止まった。


 「その…な?1年間は確かにある。あるんだが、1年間好きなだけ勉強したら『ハイ終了』って元の時間に戻れる訳じゃないんだ……ハハッ…」


 「「……………え」」


 完全にうちの涙は乾いた。妹は固まった。


 「んー…何だ…。端的に言うと、麻来と実々は1年以内に『人類の誕生から2019年11月までの歴史』を自分達が納得する形で、妥協無しでまとめなきゃいけないって事かな。人間2人を何の制約も無く過去に戻すのは無理だったんだ……すまん」


 「「…んなっ!」」


 さっきまであんな高圧的かつ威厳ありありだったのに、突如として中間管理職の悲哀を感じさせて来た…。目も回遊魚バリに動き続けているし。

 神様の中でも細かい序列とかしっかりあるのかしら?雇われてる感が凄い…。


 「あの、もし1年以内に終わらなかったり、不十分な出来だった場合はどうなるんですか?」


 …おお妹よ。一児の母は思いっきりが良いね。うちは聞かずにスルーしようとしてたよ。

 覚悟を決めて、うちもコクコク頷いて神様に先を促す。


 「あー…簡単に言うと、世界の人口が二人減る。麻来と実々の二人が人間社会で言うところの『行方不明』、俗に言う『神隠し』に遇う……かな」


 「「怖っっっっっ!」」


 シンプルな恐怖。怖さの最上級。KOWAEST!

 嘘!嘘っ!覚悟なんて決めてない、決められないっ!この感情を昇華するために、『実録!上手い話には気を付けろ~双子は神に騙された~』って本がすぐに書けるわ!


 てか、神様が『神隠し』って言うと生々しさが桁違いだわ…。

 伊勢神宮と広島、離れた場所に居た双子が、同日に突如として失踪……ってマスコミが確実に放っておかないでしょ。最新の写真と同時に高校の卒業アルバムの写真とか公表されちゃうんだ。


 ……そんなの絶対嫌っ!


 「この双子、本当に30歳なの?」とか、「高校から全く顔が変わってないじゃんwww」って確実に視聴者に言われる未来しかない。世間の目から逃れたい。ひっそり生きたい。


 そのためにも、何としてでも神隠し阻止!


 うちと妹はお互いの顔を見て頷きあった。

 妹が何を考えていたかは知るところでは無いが、今確かに協定が成立した。姉妹の思いは1つ、【神隠し、断固拒否!】である。


 「ま、まぁ…やりきれば全部チャラで元通りなんだし、終わりよければナンとやらだろ?麻来は追い詰められないとヤル気がでない性格だし、丁度良ー……いや、良くは無いな…」


 神様の貫禄はいったい何処へ?上手い事言おうとして不時着しちゃってるよ…。

 憐憫の目を双子から向けられ、中間管理職系神様は慌てて持ち直した。


 「…そうだ!全力を出して取り組めるように、オプションもある!」

 「「オプション?」」


 神様が『オプション』って言うと途端に安っぽく感じるのは何故なんだろう。

 首を傾げて神様を見つめると、自信を取り戻したのか、笑顔が輝きだした。


 「このままの状態だと麻来は絶対にすぐ倒れる。今でさえ日常生活すら満足に出来ていないもんな。そこでだ、麻来は線維筋痛症の症状と視力、花粉症が無くなる。薬ももう飲まなくて良いぞ。実々は視力と不眠、花粉症に肩凝りだな。二人とも目を閉じてみろ」


 頭の上に手のひらが近づいてきたので、うちらは慌てて目を瞑った。

 瞼の向こう側がやけに明るい。そして頭頂部からじわじわ温かくなってきた。ポカポカがどんどん身体中を巡っていく。手足の先まで温もりが届いたと思ったら、すうっと馴染むかのように熱と明るさが引いていった。


 「もう目を開けて良いぞ。あぁ二人とも眼鏡をはずしてからじゃなー…」


 「うわっ!度がキツっ!」

 「うっ…」


 人、及び神の忠告、話は最後まで聞こう。身をもって学んだ。コンタクトレンズをつけたまま、うっかり眼鏡をかけてしまった時のような地獄を味わったから…。

 でも、この素晴らしい奇跡に対しての感謝はちゃんと伝えなくてはっ…!


 「20年ずっと眼鏡だったのに、凄い!身体も何処も痛くない!神様、ホントに凄いです!」

 「ねっ!」


 双子の素直な称賛を受けて、神様は「そうだろう、そうだろう」と得意気に何度も頷いている。これは得意気になっても良い。神様やるぅ。

 ただ、幸せムードをすぐさま冷静に終わらせる人がここには居た。


 「あの…健康にしていただいて、とてつもなく感謝しているんですけど、衣食住はどうすれば良いですか?食費はもちろん、スマホ代や光熱費やら……」

 「…はっ!」


 すっかり失念していた。流石一家の家計を受け持つ主婦。うちはもちろん無収入だし、妹も専業主婦で先立つものが無い。唯一の救いは持ち家ってだけだわ。おやっさん(父)ありがとう。


 うちがアワアワ焦っているのを視界に入れつつ、妹の方を向いて神様は人差し指を立てて諭してきた。


 「それに関しては、過去1年間の生活を超えなければ大丈夫だ。服だって実々は何着かこの家においてあるし、麻来や姉の香凛のものを借りれば済むだろう?ただ、そうだなー…食費や消耗品は支給しない事には1年と経たずに死ぬな……。月2万でどうだ?」

 「1人あたりですか?」


 すかさず妹の質問返し。

 …ほうほう、二人で4万だったら、たまの贅沢も出来そう。

 何で妹の服事情を把握しているのかについては、空気を読んで必死に考えないようにする。


 「いや、二人でだ」

 「「!?」」


 信じられないワードが耳に飛び込んできた。服のストックの話なんかどうでも良くなった。

 生活費全て込みで2万円なんて、イッキにひもじい!日本史頑張るどころの話じゃない!毎日もやしコースだ!


 「最初…本当に最初の方はそれでも大丈夫かもしれませんが、直ぐに苦しくなります!」


 みーち頑張れ!明るい未来のために!

 神様は妹の変わりようにリアルを見たのか、すぐさま譲歩の姿勢を見せてくれた。


 「今の人間はそういうものなのか…。しかし、タダでは金は渡せない。ここから先の追加料金は余の懐からだからな」


 …まさかの神様のポケットマネー。

 今の状況カツアゲみたいになってないよね?出してくれるって言ったの神様からだし、ねぇ?

 でも貰えるもんは貰っておかねば!


 「どうすればお金増やしてくれるんですか?」


 みーちばかりに任せるのも悪いので、うちが聞いてみた。

 それに対し、神様はアメリカンに片眉を綺麗に上げて、鼻先で笑いながら宣った。


 「…欲しければ一発芸しろ」

 「「最悪だ………」」


 双子は天を仰いだ。

 前言撤回。タダより高いものは無い。お金と心に余裕があったら即刻断っている。

 そもそも一発芸って何!?

 なんで宴会みたいなノリ!?

 自他ともに認める凄まじい音痴だし、身体能力も中の下の下だし何も出来ない。でもお金は切実に欲しい。


 うちがうんうん唸って苦悩していたら、みーちが真顔で挙手した。


 「物真似やります!」


 …まじか。

 一児の母の度胸が凄すぎる。やっぱ母親になると永遠の末っ子気質でも強くなるのね。


 「やってみろ」


 格好良く促した割に顔が期待で煌めいちゃってるよ、神様。どんだけ娯楽の無い暮らししてるの?


 母親は一度目を閉じ集中。

 そして、

 

 「アンアーーーンッ!」


 鳴いた。

 日本を代表するパンが菌と戦うアニメの、時折二足歩行をしちゃう、あの名犬の鳴き真似を見事にやりきった。心臓が強すぎる。


 「ぶふっ!!」神は笑った。

 「…ゴホン。5千円だ」


 「「おおーーーっ!」」

 

 年間6万円アップは大きい!うちの隣は妹ではなく、勇者が座っていたのか。


 「みーち凄い凄いっ!」

 「ふふっ」


 まさに手放しで褒めたい。一鳴きの破壊力凄まじい。


 「で、麻来はどうする?やるか?別にやらなくても良いぞ?」

 「げっ」


 直ぐにお鉢が回ってきた。二人しかいないから必然的に大トリ!

 まだ何やるか決めれてないよー。どうしようどうしよう。あたふたあたふた。

 こういうのって、うちしかやらない事をやれば良いのかな?一発芸…特技…飲み会ノリ……うむむむむ…


 ……ハッ!

 

 今まさに天啓が降りてきた!確実に目の前の神様からではない天啓が。

 これは別の神様からのゴーサインと見た。ならば最早躊躇わない。


 「うちもやります!」


 目を閉じ、右目の睫毛の下に人差し指を滑り込ませ、睫毛を指の背で持ち上げつつ目を開ける。刮目せよ。これがうちの一発芸。


 「はいぃぃぃぃっ!!」


 決まった。二重瞼の間に睫毛がちゃんと挟まった。

 人差し指と親指で目を強制的に見開くアレ、アレをセルフでやってる感じ。今、うちの右目は自然とかっぴらいている。


 …あ、目が乾いてきた。

 

 瞬きするとすぐに睫毛が外れちゃう、まさに諸刃の剣の業。すぐに限界が来たので、瞬きを何度もして潤いを取り戻す。

 その間でさえも、誰もリアクションしてくれないのは何故なのか?


 「あの………どうでしたか?」


 これでアウトだったら、上唇を持ち上げて鼻の穴にフタをするのをやらないとになってしまう。見た目的にも精神的にもやりたくない。

 

 「ぇ?………あぁ5千円な」

 「良かった!ありがとうございます!みーちやったよーーーっ!!」

 「う、うん…。良かったけど…あーちそれやったんだ……」


 うちと二人、いや一人と一柱との温度差が凄い。神様なんか目の前に座ってるのに、全く目を合わせてこない。滅茶苦茶目を逸らしてくる。


 「あー…二人とも矜持をかなぐり捨ててやってくれたから、特別に麻来が1文字書くたびに1円入れてやる。この財布を大事に持っていろ。無くしたら無一文だからな」

 「ありがー………ぇ?」


 うちの手に乗せられたお財布。唐草模様の緑色のがま口。なんでTHE泥棒柄?そしてくたびれている。神様の自前なの?


 毎月18日に3万円。さらに文章を書いた文字数の額が自動的に翌日に足される超高性能の財布なのに、柄と中古具合で感動が霞む。

 でも余計な事は口にしない。なにせ大人ですから。

 

 「ありがとうございます!お礼に両目バージョンをー…」

 「必要ない」


 神速で断られた。まぁ良いけどね。



 そして、この過去の世界、2018年11月18日から始まる生活の注意事項やら諸々の説明が始まった。


1、うちと妹とこの1年間(’18年11月18日~‘19年11月19日)で関わった、家族、友人、知人は過去の世界には存在しないこと

[その他の人たちは当時のまま動いているが、うちらが買い物したりする時は、神の見えざる手でその都度人の動きを調整してくれるらしい。…アダム・スミスもビックリ!]


2、「平成」の次は「令和」になるなど、未来予知になりそうな事は家の外で絶対に話さない&過去にまだ発売されていない物を持ち出さないこと

[家の中の物は特別に朝に家を出た時そのままになっているらしい。…治外法権凄い]


3、1年経つまでに日本史がまとめ終わったら、残りの日数は過ごさずに戻れること


4、元の時間に戻ったら、この事(二人で過去に戻ったことや神様のこと)を決して口外しないこと


5、食べたものや使ったものは、元の時間に戻り次第元通りになること

[例えば、お菓子を過去のこの時間に食べきっちゃっても、元の時間に戻ったらまた元通りになる、二度美味しい仕様!]


6、日本史はノートでもパソコンでも、チラシの裏にでも好きにまとめたら良いこと[ユルい!]


 尚、2と4を破った場合、その時点で消えるらしい。何が?うちらが。……ひいぃっ!!



 大まかな説明はこれくらいで、他に細かいことや聞きたいことが浮かんだら、夢に神様が出てきて答えてくれるらしい。神様の勤勉さに脱帽。


 「どうしても困ったことがあったり、どうしても余の力が必要になったら、このボタンを二人で同時に押せ」


 テーブルに両手をかざしたと思ったら、神様の手の下から手のひらサイズの銀色の立方体が2つ現れた。

 上に各々乗った赤と青の半球状のボタンが「押して!押して!」と主張している。

 誰か『核のミサイルのスイッチか!!』と叫ばなかったうちを誉めて欲しい。そして神様は笑顔でボタンをグイグイ差し出して来ないで欲しい。


 「あ、ありがとうございます…」

 「はい…」


 このボタンは人間からを語彙を奪う力があるのだろうか。他のワードを封じられた気がする。


 「あぁ、あとお守りを下賜しよう。麻来、左手を」


 言われるがまま、意外にもペンダコが目立つ、節くれ立った右手の上に左手を重ねた。

 すると、さらに神様の左手がうちの手の上に乗せられた。サンドイッチ状態。

 困惑するうちに「日本史が無事に終わるように祈れ」と更なる指示を出してきた。

 目を閉じて『やりきって、元の時間に何事もなく戻れますように』とお願いする。


 すると、サンドされている左手が温かくなった。

 驚きに目を見張っていると、バンズ役の神様の両手が突然強く光った。察するに、どうやらそれが終わりの合図らしい。


 ゴッドハンドから解放されたうちの左手人差し指には、指輪がはまっていた。丸が5つ星形に並んでいる中に小さい丸がある、ピンクゴールドの華奢な指輪だった。


 「梅の花?」

 「左手人差し指は進むべき道を示す。汝が迷わずに恙無く終えられるように」

 「おぉーーー…神様!ありがとうございます。最高に尊敬します!」


 うちからの感謝を頷き1つで流すと、妹の手もサンドイッチした。


 「私は右手中指なんですね?」

 「実々は特に問題がない人間だからな。邪気を払い、総合的な運気が上がるように願った」

 「ありがとうございます。大事にします」


 全く同じデザインなのに、それぞれお守りのパワーが違うなんて、神様侮りがたし。改めてただのイケメンでは無い事を再認識させられた。


 「最後に何か聞いておきたいことはないか?余が去った時から時間が進み出すぞ」

 「えぇっ!……あ!何で19日じゃなくて、1日前の18日に連れてきてくださったんですか?」


 一日間違えちゃったのかしら?

 

 「人間は何事にも準備が必要だろう。間違えたのではなく、サービスでだ!」


 …違った。神様の優しさだった。めっちゃこっち睨んでる。


 「他には?」

 「みーちなんかある?」

 「特に無いです」

 「………そうか」


 あれ…?なんか聞いて欲しいことあったのかな?だとしても全く思い付かないから聞けない。万が一気になることが出来たら夢で聞けば良いし、まぁいっか。


 「ご丁寧に色々ありがとうございました。神様は出来ると思ってくれたから1年前に連れて来てくださったんですよね?健康にしていただいたし、みーちも居るし、うちなりに精一杯やってみます。」


 「励めよ」


 最後にまた紺色の瞳を細めて微笑んでくれた。

 二人で頭を下げて、次に上げた時にはもう姿が無かった。

 …なんだかんだ優しい人、いや神様だったな。これでお別れとなると少し寂しいかも。夢で会えるけど。



 神様が座っていた席の後ろの時計の針が動き出し、うちらの1年間の始まりを告げる。


 「凄い…消えちゃったね」

 「うん。とりあえずお昼食べて、作戦を練ろー」

 「わっほーい!みーちのクリームうどん食べたい!」

 「はいはい」


 あ、そう言えば……神様名前教えてくれなかったな。

 うちらに聞いて欲しそうだったのって名前だったのかしら?

 あと、指輪も結局何の花なのか答えてくれなかったな。まぁそれに関しては気にしなくても平気か。



 とりあえず、お昼ご飯が最優先事項なのは間違いない。みーち早く作ってくれないかなーっと思いながら、時計の針を眺めた。

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