悲しみのバラードとはこのことを言う

 歩いて三分の場所にある北海道お馴染みの鶴っぽいマークがロゴのコンビニにやってきた僕と東條は、カゴを片手に何を買おうか話しながら商品を眺めていた。


「圭介がウィスキーと煙草、恭弥がワイン、勘九郎君がチューハイ、結城がウォッカ、秀一がビールだったっけ?」

「そだねー。まったく、結城の酒豪っぷりにはびっくりしちゃう。彼どうせこれストレートで飲むんでしょ? どうかしてるよ」

「結城の身体は酒で出来ているに違いない」

「いつか絶対肝臓壊すよね」

「そうだね。それはそうとそろそろお開きにしないと明日に障ると思うんだけど。確か全員一講からだったよね?」

「だねぇ。このままじゃ人生ゲームまで始めかねない勢いだもんねー」


 それだけはなんとしても阻止しなければならない。万が一秀一のふてくされスイッチが入ってしまったら、彼が気持ちよく勝つまでエンドレスで人生をループするハメになる。


「それだけはならん。酒を飲まして帰らせよう」

「んー」と東條は唇に指を置き考える素振りを見せる。「彼らが素直に帰ると思う?」

「思わない」


 帰れと言って素直に帰るような連中であればこのような関係には至っていない。いつもならばなあなあでこのままオールする事もやぶさかではないのだが、明日の一コマ目は絶対に落とす事ままならない講義なのだ。


 危険域スレスレの超低空飛行が行われている僕の単位取得状況で、その講義の単位を落としてしまうと垂直に落下してしまうハメになる。僕は生きねばならないのだ。


「一つお願いを聞いてくれたら解散させる手伝いをしてあげるけど、どうする?」


 東條の囁きは悪魔の取引にしか聞こえなかった。しかし僕の矮小な脳みそでは今頃も僕の家で馬鹿騒ぎをしているであろう、幕末の志士もかくやという勢いを持った彼らを追い出す手段は思いつかなかった。


 僕は「わかった」と言う他なかった。


「やた! じゃあ今週の日曜日買い物に付きあってねー。もちろん二人きりで」


 その後、東條がどのような手段を用いたのかは不明だが、買ってきた酒を消費し終えると、全員が帰宅の途についた。

   

   ○


 毎日のように我が家に集まり酒盛りをしていると、気が付けば東條との約束の日である日曜日が訪れていた。彼女は買い物と言っていたが、二人きりなので見ようによってはデートである。従って、僕は比較的お洒落をしてきた。つもりだったのだが、待ち合わせ場所に現れた東條からは開口一番「ダサい」とのご指摘を賜ってしまった。


 一方の東條は普段よりもかなり気合が入っているように見えた。メイクもいつもよりアイシャドウが効いているせいで余計猫っぽい印象を受ける。


「最初にあんたの服買いに行こっか」

「はえ?」


 なんと驚愕驚天動地。僕は衝撃を受けた。驚きすぎて意味が何重にも重複している事にも驚いた。これでも僕は人文学部日本文化学科に属しているというのに。


 僕はてっきり彼女の荷物持ちか何かに付き合わされるのかと考えていたのだが、どうやら東條は普通にお互いに服を見繕って購入し、カラオケなどを嗜んだ後にご飯を食べようと考えていたらしい。これでは本当にデートではないか。


「デートだよ?」

「またまたご冗談を。君の本性を知っている僕を騙そうったってそうはいかないぞ」

「むぅ……そうきたか」


 どうきたというのか。東條は隙あらば人に貢がせようとするからな、懐のガードは固めていかねばならない。僕は勘九郎君がそれで何度も破産しているのを目の当たりにしている。天才の僕は同じ轍は踏まないのである。


「まあいっか。エスタ行こう。ちょろっと服買ったらレストラン街でお昼にしよ?」

「異論なし」


 信じられない事に東條は本当に僕に服を買ってプレゼントしてくれた。何着か服を持って試着室に行き、あれがいいこれがいい等という会話を繰り広げていると、本当に東條が恋人になったかのような錯覚を覚えてしまった。不覚にもときめいてしまった僕は、その後しっかりと東條にも服をプレゼントした。女性用の服というものはどうしてあんなにも高価なのか謎である。


「ラーメン美味しいね」


 服を購入した僕らは現在エスタのレストラン街にあるラーメン共和国で昼食を摂っていた。入れ替わり激しい激戦区であるラーメン共和国において、日々研鑽を惜しまない事で長きに渡り君臨している、花の名を冠するラーメン店のお味は食べ慣れている僕らの舌を大いに唸らせた。札幌限定の特製の塩ラーメンは僕達の胃袋だけでなく心までも暖かくしてくれるのだ。


「ね、ザンギ一口ちょーだい」

腹の減っていた僕は珍しく付け合せでザンギを三個程注文していた。

「いいよ」

 僕が答えると東條は、僕のかじりかけのザンギを頬張った。

「別に一個まるまる食ってもよかったのに」

「一個はちょっと多くて。あたしそこまで大食いじゃないしね。代わりに煮玉子あげよっか? 食べかけだけど」


 ラーメンに入っている煮玉子が好物である僕は二つ返事で頂いた。とろける黄身があっさりとしつつも非常にコクがあるスープと合わさり、得も言われぬ旨味を醸し出す。


「本当に煮玉子好きなんだね」

「大好物だ。というかこの店のラーメン久々に食べたけど本当に美味いな」

「そうだね。やっぱり札幌はラーメン美味しいよ。道外で食べたけど美味しくなかったもん」

「やっぱりそうなんだ。北海道はよく飯が美味いっていうけど本当なのかな」

「そうじゃないかな。行ったお店が悪かったのかもしれないけど、素材が違うもん。結局道産子は北海道の食べ物が一番口に合うんだよ」

「寿司とかも北海道の人が東京とかに行って回転寿司を食べたらまずくて食えなかったとかよく聞くもんね」

「一説には北海道の回転寿司は東京の回らないお寿司と同レベルとか」

「マジか。まあでも海が近いし納得っちゃ納得かも」


 なんて事を話していたらラーメンは綺麗サッパリ僕の胃袋に収まっていた。実に美味しかった。見れば東條もちょうど食べ終わったところだった。


「次はどうする? 映画でも行く?」

「それもありだけど、今面白いのやってないよ? 服も買ったしカラオケ行こ?」

「わかった」


 会計を済ませ、さあカラオケに向かおうという所で東條は「ちょっと待ってて」と言ってどこかへ行ってしまった。花でも摘みに行ったのだろうか。


 取り残された僕は暇だったのでとりあえずグループラインに「東條と札駅なう」と送った。するとすぐに既読が二つ付いた。恐らく圭介と結城だろう。この時間勘九郎君はお眠だろうし、秀一はパチ屋、恭弥はデリ嬢連れてラブホテルだ。


『マジか。東條と何してんの?』と圭介。

『デートしてる笑』と僕。

『クソ笑えるんだけど笑』と結城。

『二人は何してるん?』と僕。

『俺らもデートしてる(•ө•)♡』と結城。

『気持ち悪い嘘ぬかすな。前言ってた海行くって話しマジでやろうと思うから二人で道具買ってる』と圭介。

『あれマジでやるん?』と僕。

『やりたいってかやる。たまには大学生らしい事やろうや』と圭介。

『車は僕が運転します笑』と結城。


 笑ではすまされない。本当に事故って皆仲良くお陀仏な未来しか見えないのだが。僕としてはそれは避けたいところさん。


『大人しく代行かなんか頼もうよ。僕はまだ死にたくない』と僕。

『それも考えたけど金かかるだろ? 金持ちな誰かが出してくれるなら話しは別だけど』と圭介。

『秀一あたりがパチンコで勝って出してくんねーかな。どうせあいつ今日もパチ屋だろ? 何打ってんだろう?』と結城。

『どうせまたバジだろう。あいつバジ狂いだからな。今頃天井目指して最早止まれぬに違いない』と圭介。

『上へ参りまーす笑』と僕。

『わしらはATMに寄ってから参ります故』と結城。

『金ある者よ、死に候らえ……!』と圭介。


 パチンカストークに付いていけるのは、一重に僕のグループ全員がそれぞれの趣味を理解しようと一回は必ず試してみたからだ。一度、九のつく日は旧イベント日だから絶対に勝てるとのたまった秀一に騙されて、全員で連台をした事がある。その際東條と勘九郎君はちゃっかり大勝ちをし、結城と圭介はトントン、僕は二万負け。恭弥と秀一は大負けしていた。


 何が旧イベ日は絶対勝てるだ、と皆で秀一を責めたのは今はもう遠い昔のように思える。


 僕はそれ以降も時々秀一に付き合ってスロットを打っていた。他の面々も同じようで、気が付けば僕らのグループラインにはパチンカス御用達の用語が並ぶようになっていた。


 と、ここで既読が三になった。誰かもう一人ラインに目を通したようだ。


『お前ら笑わすなや笑。ちゃんとGOD引いたわ』と秀一。

『マジで? 凱旋? ハーデス?』と結城。

『凱旋』と秀一。

『しゅうりっち今日お前の奢りな。俺焼肉』と圭介。

『馬刺し食いてえ』と結城。

『おう任せとけ!』と秀一。


 それきり再び既読は二つになってしまった。秀一はボタンをポチポチ押すお仕事に没頭しているのだろう。


『馬刺しマジ美味いよな。タン塩も食いてえ』と圭介。

『黒毛和牛上塩タンだかって曲あったよな』と結城。

『何それ超懐かしい』と僕。

 いい感じに話が逸れてきた辺りで、既読が再び三になった。

『せっかく秘密のデートだったのに~! バラしたな~。おこだよ!(#^ω^)』


 と東條が登場した。……ふむ。この短い文でちょっとした駄洒落が完成してしまった。


『東條が登場したぞ!』

 なんという事だ。結城と考える事が同レベルとは。アルコールで萎縮し切った脳と常日頃から世界平和について思索にふけっている僕が同レベルとは。これはちょっと看過出来ない問題である。


 などと心の中で打ちひしがれていると、不意にスマホを覗く僕を影が覆った。見上げると、登場もとい東條がその豊かな胸を僕の前に突き出して立っていた。


「せっかくあいつらには秘密にしてたのに~」

「それは知らなんだ。何か知られて困る事でもする予定があったの?」

「ないけどさー。なーんかムカつく。カラオケあんたの奢りね」


 不可解な理由でへそを曲げてしまったオタサーの姫の機嫌を取ろうと、僕はカラオケ屋に入り、ドリンクを彼女の分まで部屋に運んだ後勘九郎君直伝のヲタ芸を披露した。


 芸の盛り上がりが頂点に達しようかという所で騒ぎを聞きつけた何者かがニヤニヤとしながら部屋を覗いている事に気づいた僕は赤面し、絶望した。それを見た東條は大爆笑した。おのれクソガキ共め、次覗いたらカラオケ屋のドリンクバー特製ミックス闇ジュースを味あわせてやる。絶対にだ。大学生を舐めるな。


 その後は和やかな雰囲気で東條が歌う愛をテーマにした歌を聞き、僕は悲しみのバラードを熱唱し、カラオケ屋を後にした。

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