ケケケ
最下位の僕は心機一転手札をシャッフルし、各々に配布した。手札を確認すると、なんとジョーカーとスペ3があった。
僕は一人ほくそ笑んだ。ジョーカー持って負けるなどあり得ない。他のカードもそれなりに強いものが来てくれた。
しかしそんな僕に冷水を浴びせる人間がいた。魔女東條である。
「さ、徴収の時間だよ~」
実に良い笑顔で東條は非情な現実を僕に突きつけてきた。
「くそう……」
「そんな悔しそうな声出さないの。ゾクゾクしちゃうじゃん」
このドSめ。僕は泣く泣くジョーカーとスペ3、そしてAを東條に差し出した。
本来であれば、大貧民は大富豪に手持ちの中で一番強い二枚のカードを無条件で差し出さなければならないのだが、我々の間のルールではスペ3がある場合のみ相談が行われる。
「どっちを取る?」
「もちろんスペ3で」
笑顔でそう言ってAを僕の手札に戻す東條。その際豊かな胸元をアピールしたのは意識しての事なのか、あるいはもう無意識の領域に達しているのかはわからなかったが、不覚にもドキリとしてしまった。なまじ東條の中身を知っている僕はなぜだか悔しい気持ちで一杯になった。
「皆ー東條はジョーカーとスペ3を所持しているぞー」
行き場のない悔しさを持ち、身ぐるみを剥がれてしまい手札が寒さに凍えている僕は、せめてもの報復として東條の手に渡った強カードを高らかに宣言した。
「なあんで言っちゃうのお!」
「皆気をつけろー。決して東條に出番を渡すなー」
圭介が煙草を美味しそうに吸いながら言った。彼は咥え煙草をするのだが、悔しい事にとても似合っていた。体格が良いのも相まってどこかのバーでロック片手にハードボイルド劇場を奏でていても違和感が無い。
「おっしゃ任せとけ!」
秀一、君が言うと全くもって頼りがいがないんだよ。そもそも貧民である君も強いカードを奪われているんだから、なまじチョビを所持していたとしても座っている位置的に東條を阻止するのは困難だろうに。
しかして全員からの阻止を喰らった東條はこの回、何も出来ないままに貧民としてその人生を終えた。なお、大貧民は秀一だった。しかもチョビを所持してのである。僕は今回富豪上がりだったので、なんとか最下位から逃れる事が出来た。
三回目。大貧民である秀一がカードの配布を始めた。シャッフルしている時に見たのだが、秀一はイカサマをする気マンマンなようだ。雑談をしつつさり気なく確認したジョーカーを自分の目の前に置いたのを僕は見逃さなかった。
「さー好きなの取ってけー」
チョビ富豪における手札は任意選択性が採用されている。その際、イカサマ防止策として配った本人は手札を選ぶ権利が無いのだが、基本的に皆各々の目の前に置かれた手札を手にする。防止策といってもそもそも皆の頭の中にはイカサマをするという発想が無いためあってないようなルールだったが、秀一の時は別である。
僕はほくそ笑んだ。幸いな事に他のメンツは秀一がイカサマをした事に気付いていない。僕は何食わぬ顔で秀一の目の前に置かれた手札を取った。
やはり。この上なく最強の手札だった。ジョーカー二枚に2、A、7、8などおよそ有効な手札がほとんど揃っていた。革命でも起きない限り、これは僕の勝ちは揺るぎない。しかもラッキーな事にちゃっかりチョビもいる。
ぐぬぬという顔をしている秀一に僕は「ざまあ」と言い放った。
勝った。順当に弱いカードを消費し、万が一危険な状況に陥ればチョビを誰かに渡せばいい。そう確信していた僕の計画を崩したのはまたしても革命上がりをした東條だった。
「やったー! またあたし一位ねー!」
なんて事をするんだこの女は。とてつもないアドバンテージを持って始まった今回は絶対に大富豪にならなければならなかったというのに。
こうなってしまうと、先程までは僕に多大なるポイントを与えてくれる予定だった女神チョビが自滅へのキラーカードへと成り下がってしまった。なんとしても7渡しで誰かに献上せねばならない。おのれ東條、絶対に許さん。
しかし、未だ誰も7渡しを使用していないこの状況でチョビを不用意に渡してしまうのは悪手だ。間違って7を所持している人間に渡してしまえば返ってくるのが関の山だ。
誰だ。誰が7を所持しているのだ。
「チョビ持ってるの誰だっけ?」と勘九郎君。
「僕だ」
「気をつけろー。こいつチョビ押し付ける気マンマンだぞー」と恭弥。
当たり前だろう。チョビ持ち以外が大富豪で上がってしまった場合、チョビ富豪はチョビの押し付け合いというゲームにルールを変貌させるのだ。こうなってしまえば都落ちなどという甘いルールはあってないようなものである。負ければマイナスポイントが倍になるのだ。負けられない戦いがここに始まった。
「これ流れるべ?」東條の左隣に座る結城が言った。「んじゃ俺な。ここからは健全な大富豪を行っていこう。策士結城、参る!」
そう言って結城が出したカードは9だった。チョビ富豪において使えないカードの一つである。
「ほいじゃ8切り。んーAで」と勘九郎。
「キングで」と秀一。
「4」と圭介。
「3を使用させていただく」と僕。「誰も出せないしょ? だって僕ジョーカー持ってるもん」
「やっぱジョーカーお前かよ」と恭弥。
「うん。秀一がイカサマしてるの見てたからね」
「まーたイカサマ野郎の降臨かよ」
と言った結城を皮切りに、皆が笑いながら秀一を責め始めた。
「やーい。秀一君イカサマして負けてるなんてだっさー!」
東條の言う通りである。
「うるせぇ! 大体お前この人数で二回も革命起こすとかどんな確立だよ! フリーズ並に薄いとこばっか引いてんじゃねえか!」
「カード配ったのアンタでしょ~。あたしはイカサマなんてしてないもんねー」
「ちくしょう!」
そんな会話を他所に、僕はこれからの凱旋を夢想していた。順当にカードを出していけば全て僕の手番で終わる事は間違いない。なんといってもジョーカーが二枚もいるのだ。そして最後の段階で7を出し、チョビを誰かに渡せばそれで僕の勝ちだ。
「僕の時代が始まる……っ!」
8で切り、Aを出す。圭介が再び4を出すが僕はそれにジョーカーを被せる。
「おい、こいつパワープレイ始めたぞ。誰か阻止しろ阻止」
ふん。恭弥がなんと言おうと僕の進撃は止まらない。このまま勝利に向かって慢心、もとい邁進するのだ。
「3だ。誰も出せないよねえ?」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら僕はカードを出す。出せるわけがないのだ。3を超えるカードはジョーカーしかない。しかしそのジョーカーは二枚とも僕が所持しているのだ。
「ほいジョーカー」
勝った。次にもう一度ジョーカーを出し、場を流した後に7渡しでチョビを誰かに渡す。完璧な作戦だった。
僕は勝利への一手を指す。ジョーカーをカッコつけて場に叩きつけた。
「誰も出せないよねえ?」
勝利を確信していた僕はしかし、無言で出された一枚のカードによって計画が脆くも崩れ去ってしまった事を察した。
そのカードとはスペードの3。特定条件下で唯一ジョーカーに勝ち得るカードである。
そのカードを出したのは――。
「圭介ぇ! なんて事をしてくれたんだ! 僕の完璧な作戦が……っ!」
「ざまあ」
なんとも完璧な使用法である。まさに「ざまあ」である。慢心しきっていた僕は完全にその快進撃を圭介の手によって志半ばで止められてしまった。
「あいナイスぅ!」と秀一。
ちくしょう。自分から7を所持していると宣言してしまったのだ、その後僕が一枚もカードを出す事なく大貧民となってしまったのは言うまでもない事である。
こうしてモラルもクソもないチョビ富豪は飽きるまで続けられ、気が付けば僕はダントツのビリッケツだった。
しょうがないから近くのコンビニに行って酒を買ってこようじゃないか。
僕は「金を寄越せ」と言って手を出した。
「俺ビールな」
「ウィスキーと煙草。メビウスの6ミリソフトで」
「チューハイで」
「ウォッカ」
「ワイン」
など口々に金と希望を言っていく内に、気が付けば僕の手にはちょっとした小金があった。7人もいると、人数分の酒を買うだけでも結構な買い物になるのである。
「くそう……一人は寂しいなりねえ……」
と僕が心からの悲しみを言うと、意外や意外、なんと妖怪の王ぬらりひょんの娘である東條がついてきてくれると言った。何か裏があるのではと怪しく思い、真意を確かめると、東條は「べっつにー。あたしお酒見て決めたかったの」と言った。なるほど、そういった理由ならば納得である。
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