うちのリッチが言うことを聞いてくれません

蒼原凉

一縷の望み

 その日、俺の研究室に珍しく来客があった。


「ここで、ひっ!? ……あってますか?」


 怯えたような女性の声がして扉が開く。ネクロマンサーの部屋は客観的に見てかなり怖い。

 という前に、整理整頓してなくて散らかしっぱなしだ。ここを訪れるのって、団長の連絡員くらいだから、必要最低限のスペースだけ確保して気にしてなかった。見られたらやばいやつとか隠してない。

 ……あ、機密の研究資料のことね。


「すいませーん、誰かいませんか」

「はいただいまー」


 慌てて羽ペンをペン立てに戻し、手櫛で髪を整える。お茶出したら顔洗ってこよう。

 応接間だけは散らかさないようにしていて助かった。とりあえず、そこに案内して待っていてもらおう。そう思ってエントランスに行って唖然とした。


「王女……、殿下?」

「あの、ここに優秀なネクロマンサーがいるって聞いてきたんですけど……」


 我らがスクテラリア王国のケルマ王女殿下が思いつめたような顔で立っていた。



 *****



 ネクロマンサーとは、不遇な職業である。

 魔力に触媒、それに正しい魔法術式さえあれば一万を超える死者の軍勢を操れ、戦争の趨勢にも絡めるおいしい役職でありながら、3K(きつい、汚い、気持ち悪い)と呼ばれるくらい嫌われている職業だ。実際スクテラリア王国には、俺以外のネクロマンサー騎士団員はいない。

 何が不人気な理由なのかと言われれば、一番はイメージが悪いことだろう。実際、仕事がきついわけでも汚いわけでもない。整理整頓を忘れると埃まみれで資料が散乱している俺の研究室兼自宅みたいになるが、そりゃ他の魔導士も一緒だろう。あとは戦争に駆り出されると魔力と集中力をあほみたいに使うからきついとも言えなくはないが、少なくとも平和なうちは研究しかすることはない。

 気持ち悪い、これに関しては確かに同意する。ネクロマンサーが扱うのはゾンビとかスケルトンとか、状態が良ければウォーキングデッドとか、要するに死体である。いくら取り繕っても気持ち悪いというのはわかる。


 とは言っても、普段から死体で手を汚してるわけもなく、むしろ清潔に気を使って毎日風呂に入ってる。格好もイメージされるような根暗で黒っぽいローブをかぶったイヒヒと笑う気持ち悪いやつでもない。むしろイケメンで好青年(当社比)だ。

 とまあそういうわけで、一般に言われるほどネクロマンサーとは悪い職業ではない。君も俺と一緒に働いてみないか? 騎士団に入れば福利厚生ばっちり、給料も高いし、自由時間も多い。気になったらぜひ王都郊外のアスクレスの家まで。


 ……話がそれた。


 ともかく、ネクロマンサーとは不遇な職業なのである。俺はそれなりに楽しくやっているけれど、それなりに問題もあるのだ。

 その最たるものが、モテないということである。


 そう、モテないのだ。


 国家公務員で将来安泰、給料も高く、戦士の様に不慮の事故で死亡する可能性も低い。加えて、イケメンで優しい、面倒な姑もいない。超優良物件なのに、である。

 合コンに参加しても、ネクロマンサーだってだけで敬遠され、俺よりも適当そうな後輩の戦士はもう結婚だとか。爆ぜろ。


 騎士団員になれば無条件でモテると思ってた。元々イケメンだし、将来安泰ともなれば黙っていても言い寄られると思ってた。そりゃ、戦士とか魔導士とかの方がモテるのは俺だってわかってた。でも、俺にはネクロマンサーしか才能がなかったんだよ。騎士団に入るにはネクロマンサーの才能を使うしかなかった。

 俺だってモテたいよ。切実に。


 とまあ、そんなことを思っていたところだったが、どうやらようやく俺にもツキが回って来たらしい。王女殿下直々に俺のところにやってくるとは。何か困りごとがあるみたいだし、これを解決すれば俺の評判も上がる。目指せ、俺のモテライフ!


 そういうわけなので、ドジは踏めない。お茶を飲んで待ってもらっている間に、研究室を片付け(クローゼットに資料を放り込んだだけだが)、顔を洗い髪を整え、クリームを塗って一張羅に着替えてきた。うん、完璧だ。


「おまたせいたししました。それで、私に相談があるということですが」

「はい、それから普通にしてもらって大丈夫ですよ。王女と言っても4番目で、しかも平民の子ですから」

「わかった、じゃあいつも通りで行かせてもらう。それで、ちょっと困った相談と聞いたが」

「そうなの、もうここくらいしか頼れるところがなくて」


 いきなり口調変わったな。まあ、困ってるのは本当みたいだが。まあ、こっちの方が話しやすくて助かる。


「俺にできることなら何なりと」


 少し悩んだ様子だったが、一つ深呼吸した後きっぱりと無理難題を言いやがった。


「私の恋人の蘇生を頼みたいの」

「リア充爆発しろ」

「ん、何か言った?」

「い、いえ……ナンデモゴザイマセン」


 危ねえ危ねえ、つい本音が出ちまったよ。


「それで、俺に蘇生を頼みたいと」

「はい、そうです」

「蘇生ということは、その恋人は死んでるんだよな?」

「はい、そうです」


 うん、死んでた。ざまあ。

 おっといけないいけない。一応これでも王女様の前だからね。それにしても、


「あの、そういうのはうちじゃなくて教会とかの管轄だけど」

「はい、知ってます」


 いや、知らないだろ。ネクロマンサーっていうのは死体を魔術で扱う仕事であって、決して死者蘇生ができるわけじゃないからな。ケルマ王女が知ってるかどうか知らないが。


「じゃあ、俺じゃなくて教会に頼んでみたら?」


 回復魔法に関しては教会か、教会の教えを受けた聖騎士の領分と決まってる。死者の蘇生ができるかどうかは定かではないけれど、かつて存在した神聖帝国の建国王なんかはそんな伝承があったはずだ。


「そうなんだけど、教会に行ったら死者蘇生の秘術はもう失われたって」

「それは……、ご愁傷さまです」


 じゃあ打つ手ないな。


「だから、もうネクロマンサーの外法しか頼めるところがなくて」


 おい、外法言うな。これでもちゃんと正当に研究してるんだぞ。


「お願いします、ニバリスを助けてください」


 ケルマ王女が懇願する。これだけ思われているのだ、相手のニバリスという男は幸せだったに違いない。ただなあ。

 はあ、とため息を一つ吐く。


「ケルマ王女は、そもそもネクロマンサーというのがどういう職業か知ってるか?」

「えっと、死者を操る職業……だよね?」

「正確には、死体を利用してアンデッド系のモンスターを作り出し、それを操る職業だ」


 そのために魔力だったり触媒だったりが必要で複雑な理論があるのだが、それは割愛するとして。


「つまり、ネクロマンサーというのは死体を利用する職業で、蘇生するのは術の反中に含まれない。簡単に言うと、見当はずれってことだ」

「そんな……」


 ケルマ王女が絶望に満ちた顔をする。残念だが仕方がない。できないものはできないのである。命は一つしかない。その摂理を捻じ曲げることはできないのだ。ネクロマンサーという死体を扱う職業だからこそ、それはよくわかっていた。


「すまんな」


 心にも思ってないことを言う。いや、心に思ってないわけじゃない。でも、そこまで感慨深くはなかった。いわば、少女の一つの恋だ。傷が埋まることはなくても、その内薄れるだろう。そう思っていたのだが。


「彼が、私に世界を教えてくれたんです」


 吶々と話し出したケルマ王女の言葉を聞いて、そうもいっていられなくなった。


「彼と出会う前の私は、すごく退屈だった。代わり映えはしないけど、王女としての礼儀作法を要求されて、嫌だった。でも、そんなとき彼と出会って、彼は王宮の外の世界を教えてくれたの。お城を抜け出して一緒に冒険者ギルドに行ったり、買い食いしたり、とっても楽しかった。彼が、私に生きる意味を教えてくれたんです」


 ぎゅっと、拳を握り締める。それを俺は息をのんで聞いていた。


「彼、言ってました。『僕はまだしがない冒険者だけど、手柄を立てて爵位をもらって、それでケルマを迎えに来る』って。それですごい頑張ってて、こないだは亜竜も討伐したって言ってたのに、お金目当てに殺されちゃったんです」


 それは……、すごいな。あったこともないニバリス君、ざまあとか言ってごめん。愛する女性のためにできるとかすごいわ。


「彼は私の全てだったんです。今は王女と冒険者だけど、いつか一緒に暮らせるのを夢見てた。でも、彼は死んじゃった」


 夢を見て、歌うように彼女は言った。


「やっぱり、死者を生き返らせるなんて無理な話だったんですよね。最後に一言だけでもあって言葉を買わせたらって思ったんですけど。はは」


 乾いたような笑みを漏らした。


 ああ、クソっ!

 頭をガリガリかく。

 俺こういう話弱いんだよ。純愛の物語とか、そういうのさ。

 それで、こうやって本当に大事にしてたんだなあなんて思うと助けてあげたくなってしまう。目の前の少女が王女だとか、成功すれば名誉になるとか、そういうの関係なく、悲しんでる女性に手を差し伸べたくなってしまう。

 ああ、もういいよ。


 だからこそ、俺は言ってしまうのだ。


「いや、ひょっとしたらできる……、かもしれない」


 って。

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