定期健診に行きます!


 今日は定期健診の日です。

 注射をされない安全な日……安全日です!


「ファム、病院行くよ」

「はーい!」


 わたしは軽い足取りでお義母さん玄関へと向かい、靴を履いた。

 玄関を出ると正面に止まっている車の後部座席に乗り込む。


「ダメよ。ファムはこっち」

「えー……」


 このチャイルドシートという身動きが完全に封じられるヤツには座りたくない。

 わたしが抵抗しようとすると、お義母さんはあっという間にわたしの脇に両手を突っ込んでチャイルドシートに座らせた。


「ぶー」

「危ないからメッ!」

「けちっ」

「あとでお注射するよ!」


 無駄だよ。今日注射しないことぐらいもう知ってるんだから。そう何度も同じ手を喰らうと思ったら大間違いだよ。

 でもお義母さんも引く気はないみたいだし、話が進まないから仕方なく黙っててあげる。べつに注射が怖いとかそんなんじゃないけど。


「じゃあ行きましょうか」


 お義母さんが運転席に座って車のエンジンをかけると車を発進させた。

 病院に到着すると、お義母さんと手を繋いで中へと入る。

 注射のときと比べて気分が非常に良い。看護師さんたちがわたしのことをジッと見た後にひそひそと会話していたけど、なんだろうか。

 もしかして看護師さんたちの中でわたしといえば常に泣いているような存在だと思われてるの?


「あそこで遊んでてもいいのよ?」


 お義母さんが指さした方向には子供用のおままごとセットがある広場みたいな場所。そこには数名の子供が居て、積み木とか色んなもので遊んでた。


「いい」


 わたしは首を横に振って返事をするとお義母さんに寄りかかった。

 子供はわたしの中で要注意対象だ。あの加減を知らないクソガキどもは何を仕出かすかわからない。小さい頃によく遊んでたルカぐらいしか信頼できない。

 ……そういえばルカとはもう十年以上会ってないなぁ。元気にしてるかな。まあ、大丈夫か。ルカだもんね。


「結城ファムちゃん、診察室へどうぞー」


 毎度の如く、看護師さんに呼ばれると同時に患者さん全員が看護師さんの方を見る。

 この国じゃ珍しい名前みたいだし、仕方ないのかもしれない。でも看護師さんは一瞬だけギョッとしていた。


「さっ、中へどうぞ」


 そして中へと案内されて椅子に座らされると、これまたいつも通りにお義母さんがわたしの状況を軽く説明した。


「じゃあ前回と同じ食事で様子を見ましょうか」

「よろしくお願いします」

「ファムちゃん。お腹ぽんぽんするから、服を捲ってくれる?」


 お医者さんに言われて服を捲りあげると、聴診器っていう容体を調べる便利道具をお腹に押し当てられる。あっちこっちにやられるから少し擽ったい。


「ファムちゃん、あっちで健診やるよ」

「はーい」


 看護師さんに連れられて奥の部屋に行く。

 まずは身長。


「はい、105cm。ファムちゃんは相変わらず小さくてかわいいね」


 誰の胸が小さいってか!?

 ……そういえばわたし、今は幼女だった。

 次は体重。


「17.5だね。前より少しだけど増えてるね」


 そりゃもう毎日グータラ生活してますからねッ! 運動なんて言葉が遥か遠くだよ。

 次は座高。……特に何もなかった。

 次! 視力検査っ!


「はい、両目2.0ね。いいですよー」


 このCの空いている方向を当てるだけ。こんなもの楽勝だ。

 次で最後。聴覚検査。


「じゃあこれつけてね」


 看護師さんに差し出されたのはアイマスクと呼ばれる視界を遮るモノ。これをつければ耳に集中できるようになるからと、つけるように言われた。

 今までは付けてなかったからちょっと首を傾げたけど、特に疑うこともなく装着した。


「ヘッドフォンつけるね。ちょっと準備があるから、音楽聴いて待っててね?」


 看護師さんの声が聞こえると知っているアニメの音楽が流れ始めた。なんだっけ? 魔法少女なんちゃらなのは……だったような気がする。名前は忘れちゃったけど、リズムの良い音楽でわたしもとても気に入っている。


「~♪」


 何度聴いてもこのサビは良い。でもその瞬間、誰かに腕を掴まれたような感じがした。看護師さんかな? まあいっか。


「~~~~~~~~っ!?」


 何か強烈な痛みが左腕からしてくる。わたし何されてるの!?

 慌ててヘッドフォンを外してアイマスクを取ると、注射器を皿の上に置くお医者さんの姿があった。


「……えっ?」


 ウソだと思いながらも、わたしは恐る恐る痛みを感じた左腕を見る。

 そこにはウサギさんの絵が書いてある絆創膏が貼られていた。

 う、ウソ……わたし、騙されたの……?


「ふぇっ……」

「ファ、ファムちゃん。大丈夫だからね?」


 看護師さんは目が据わっていたわたしの表情が徐々に崩れていく光景を見て、全てを察した。

 このとき、その場に居た誰もが同じことを予測し、次の瞬間にはその

 事態はなかなか収束せず、その酷さは普通に注射をするとき以上のモノだった。看護師たちは「注射する時は非常に楽だったけど、二度とやるべきことではない」と、口を揃えて言ったそうな。



 泣き止んで家に帰ると、お義父さんがメロンソーダを渡してくれた。

 わたしはちゅーっ、とメロンソーダをストローで吸う。


「プイッ」

「なあ、ファムがめっちゃ不機嫌なんだが」

「今日注射すること黙ってたのよ。定期健診だと思ってたら注射されちゃって、騙されたって怒ってるの」


 もう病院なんていかない! もう家からなんて出てやるもんか!


「さっきから話も聞いてくれないのよ」

「重症だな」

「颯斗が帰って来てくれればゲームでもして機嫌直してくれると思うんだけど……」


 そんなもんでこの怒りが消えるなんて思うな! わたしの騙されたときのショックを思い知れ!


「フシャー!」

「モンブランたちもお怒りみたいね……」

「ファムとコイツらは一心同体だからな」


 その後、兄さんが帰宅するとわたしの頭を撫でながら同情された。その程度でわたしの機嫌が直るわけもなく、ずっと不機嫌だった。

 ゲームをすることになってもそれは変わらないままで、結月さんやプラムさんにまで同情された。

 新しい村探しは延期にしてピクニックをした。花冠作りがとても懐かしかった。

 気がついたら機嫌が直ってた。

 それにはお義母さんもニコニコ笑顔だったけど、フイッと視線を外してやると泣きながらめっちゃ謝ってきた。


「イチゴパフェとマカロン、ケーキを3つずつ」

「明日から1つずつ食べに行きましょう」


 即決だった。明日は何か家族で何処かへ出かけるみたいで、お店は休みなんだとか。何するんだろう?




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