3-5:不穏な決戦前日
それから数日後、ユスティナとプリムローズ隊は基地を出発した。
今回の作戦の目的はイオナの村よりもさらに北方、戦争の最前線にして反乱軍の支配地である『オルドンの街』を占領することだ。
山脈の裾野に作られたオルドンの街は鉱山都市で、そこかしこにある金属加工の工場から黒い煙が吹き上がっている。ここにはブラックナイトの生産施設もあるらしく、上手く無傷で占領できたら王国軍でもブラックナイトを造れるようになるという話だ。
王国軍の一団はオルドンの街を南から見下ろせる丘の上に陣取っていた。今回の作戦に参加している王国軍は一個師団……およそ一万人に達しており、丘の上にずらりとテントが並んでいる光景は壮観である。
丘の周りはバリケードや物見櫓に守られ、その中には炊事場、鍛冶場、馬小屋、野戦病院とあらゆる戦に必要な設備が揃っている。もはや単なる宿営地ではなく、新しい基地を丸ごと作ってしまっていた。
丘の近くにある森にユニティを隠して、プリムローズ隊も宿営地に入った。
これから大きな戦が始まるということもあり、王国軍の兵士たちはピリピリとした雰囲気をしている。
ユスティナを素直に応援してくれる人もいれば、値踏みするような目で見てくる人もいて、はっきり言って居心地はそんなに良くない。サマンサの基地にも増して男所帯であるため、すれ違う兵士たちがことごとく男性ばかりなのも少し怖い。
宿営地に到着した翌日、ユスティナはプリムローズに連れられて作戦会議に参加することになった。
作戦会議が行われたのはサーカスでも開けるそうな巨大テントの中である。巨大なテントに足を踏み入れると、地図の広げられた円卓を中心として十人ほどの軍人が集まっていた。
階級章から察するに全員がプリムローズと同等、あるいはそれ以上の階級の隊長クラスの人間ばかりらしい。しかも、プリムローズよりも年上のものたちばかりだ。
案の定、隊長たちの注目がユスティナに集まる。
おっかなびっくりしていると、その中に見知った人物を見つけた。
「来てくれたか! ほら、きみも席についてくれたまえ」
サマンサの街でも会ったロゴス将軍である。
今回の作戦は彼自らが指揮を執ってくれるらしい。
彼の紳士的な人柄は知っているので、ユスティナはホッと胸を撫で下ろした。
「さて、作戦の概要を説明しよう」
ユスティナとプリムローズが円卓についたところでロゴス将軍が話し始める。
「反乱軍はオルドンの街を背にして布陣している。オルドンの街から物資の補給を受けられるため、今回に限って長期戦に関してはあちらが有利だ。よって、我々がやるべきは速やかにオルドンの街を制圧することである」
移動中にプリムローズから聞いた話によると王国軍一万人に対して、オルドンの街を守っている反乱軍は半分の五千人ほどらしい。しかし、反乱軍にはブラックナイトがあるし、オルドンの街に閉じこもって戦うことができるから、二倍程度の人数差は有利でもなんでもないという話だ。
しかも、王国軍は近くに頼れる街がないため、わざわざ遠くの街から物資を馬車で送ってもらっている。
一万人の兵士を毎日食べさせるのは大変で、こちらの補給線を断たれたりしたらあっという間にみんな腹ぺこになってしまう。そうなったところを逆に攻め込まれでもしたら目も当てられない。
ロゴス将軍が円卓に広げられた地図に駒をいくつか並べた。
「オルドンの街の裏手にある山岳地帯へ、今夜のうちに別働隊を忍び込ませる。山岳地帯は道が険しく騎馬は入れないため、別働隊は歩兵のみで編成する。そして明朝、ユニティと本隊で総攻撃を仕掛けて反乱軍を引きつけている間に、別働隊はオルドンの街を奇襲……占領が済み次第、反乱軍を挟み撃ちする」
ロゴス将軍の目がユニティへ向けられる。
「ユスティナくん、非常に重要な役割であるが……できるね?」
「はい、できます! いつもやっていることですから!」
敵の気を引くのはユニティの得意分野だ。ブラックナイトが逃げに徹すると倒すのは難しいが、戦場に慣れてきた今なら大量のブラックナイトに襲いかかられても負けない自信がある。
「おそらく相手はバビロンを出してくると思うが?」
「望むところです!」
自分自身もびっくりするような好戦的な言葉が口から出た。
でも、それが今のユスティナの本心だった。
ユニティに乗って戦うのは仲間を守るためでもあり、今回の作戦を成功させるためもあるけれど、やはり一番はシックスとバビロンに負けたくないからだ。そのために厳しい剣術の練習も続けられたし、重要な役割を担うプレッシャーにも耐えられる。
今日で絶対にシックスと決着をつける。それができたなら戦況は王国軍に大きく傾き、コーンヒルの村やイオナの村のような悲劇に見舞われる人たちを減らせるはずだ。
他に細々とした打ち合わせを終えて、それから作戦会議は解散になった。
「いい心意気だったよ、ユスティナ」
テントから出ようとしたとき、そうプリムローズに声をかけられた。
ユスティナはほめられたのが嬉しくて少し赤面してしまう。
「戦うのは自分のため、ですよね」
「ああ、それを絶対に忘れないようにな」
二人がテントから出たときである。
視線を感じて振り返ると、酒盛りをしている数人の兵士たちがこちらを見ていた。
兵士たちは本当に王国軍なのか……軍服は着ていないし武器も防具もバラバラ、身なりに気を遣っている雰囲気もなく山賊同然の見た目をしている。ニヤニヤと下卑た視線を向けてくる姿にはまるで品がなく、はっきり言って生理的嫌悪しか湧いてこない。
この人たちも味方……なんだよね?
人は見た目で判断するなとは言われてるけど……。
「ほう、あれが敵さんを引きつけてくれる我らがお姫様か」
野蛮な兵士たちの隊長らしき男が木製のジョッキで酒をあおった。
髪の毛もヒゲも伸ばし放題、上半身は裸同然、それなのに妙に高そうな宝石のついた装飾品をじゃらじゃらとつけている。よくよく見ると履いている長靴は反乱軍のもので、しかも新品同様のぴかぴかに磨かれていた。
「あんな乳臭いガキにそんな大層な仕事ができるのかねえ」
酒盛りをしている男たちが一斉に笑い声を上げる。
ユスティナはイラッとして思わず振り返りそうになった。
「な、なんなんですか、あの人たちは……」
「相手にすることない。行くぞ、ユスティナ」
「これはこれは……ロゴス将軍と寝て部隊長の座をもらったプリムローズ・オーウェンさんじゃあないですか!」
隊長らしき男の下品な物言いに、ユスティナは怒りと恥ずかしさを覚えた。
プリムローズさんがロゴス将軍と……?
男女の間にそういう関係があるのはユスティナも知っている。しかし、プリムローズもロゴス将軍もそんなことをするなんて天と地がひっくり返っても思えなかった。どういう育ち方をしたら、そういう下衆な想像ができるというのか。
「低俗な物言い……恥を知れ!」
プリムローズがそう一喝して歩き出す。
彼女が露骨に嫌悪感を表す姿を見るのは初めてで、ユスティナは面食らいながらも慌てて彼女の背中を追いかけた。
「やつらには近づくなよ。反乱軍よりもたちが悪い」
「は、はい……」
それからプリムローズは無口になってしまい、プリムローズ隊の宿営地に戻ってくるまで一言も何も言わなかった。
ユスティナは自分のテントの前で呆然と立ち尽くしてしまう。
すると、目の前を一輪の野バラを持ったナタリオが通りかかった。
「おっと……ユスティナちゃん、どうしたんだい?」
「そういうナタリオさんは……もしかして、プリムローズさんに?」
「戦場でも花の一つくらいあったら心が安らぐからね」
こんなときでも女性を気遣えるのはしっかりしているのか暢気なだけなのか。
ナタリオが仕事で失敗している姿は見たことないし、ユスティナは「この人はわざとおちゃらけてひょうきんな人間を演じているのでは?」と思うときがある。十中八九、自分の勝手な思い込みだろうけど……。
「で、どうしたの? 俺でよかったら話を聞くけど?」
ナタリオにそう提案されて、ユスティナはさっきあったことを話した。
あからさまに怒りはしなかったものの、彼は腹立たしそうに口をへの字に曲げた。
「愚連隊のアルフレド・レミングスか……評判の良くない男だ」
「やっぱりそうなんですね」
「民間人にも容赦なしの最低野郎さ。ユスティナちゃんは特に関わるべきじゃない。プリムローズさんを心配させたくなかったら近づかないことさ。それにプリムローズさんとロゴス将軍の関係については下衆の勘ぐりもいいところだ」
「……そうですよね!」
プリムローズは王族の血縁で騎士の名門の生まれであり、そして軍人としては類を見ないほど優秀である。そんな彼女が部隊長に任命されるのに何の不思議があるだろう? やはりあのアルフレドとかいう男の勝手な妄想なのだ。
「それに……たとえ、だ」
ナタリオが手に持った野バラを見つめる。
「あの男の言っていたことが事実だったとしても、俺のプリムローズさんに対する気持ちは変わらないよ」
ユスティナはハッとさせられる。
プリムローズは部隊長の地位を私利私欲のために使っているわけではない。
それなら、その地位を手に入れた方法なんてきっと些細な問題だ。
「話はここまでにしよう。俺はこの花を届けてくるよ」
「はい! プリムローズさんが振り向いてくれたらいいですね!」
「ははは、それはいつになることやら」
ナタリオが手を振りながらプリムローズのテントの方へ去って行く。
ユスティナは気合いを入れようと自分のほおを手のひらでパンッと叩いた。
明日は作戦に集中しよう。
シックスは他のことを気にしながら戦えるような相手じゃないのだから。
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