3-3:サマンサの街にて

 お互いにこれといったおしゃれな服は持っていないので、ユスティナはコーンヒルの村から着てきたエプロンドレスに着替えて、ベロニカに至ってはいつも働いているときのエプロンドレスのまま出かけた。見た目はどこからどうみても、基地で働いているお手伝いさん仲良し二人組である。


 二人は乗り合いの馬車に乗って、基地のすぐ南にあるサマンサの街に向かった。


 サマンサの街はミゼル王国のほぼ中心、王国の領土を南北に貫いている主要な街道沿いに位置している。町の北側にある王国軍の基地に守られているため、戦時中でも流通の中心地として大いに栄えているという話だ。


 二人は街の中心にある馬車の発着所に降り立った。

 そうして目に飛び込んできたのは数え切れない街を歩く人たちの姿だった。


 発着所から伸びている道は市場として賑わっている。

 国中から集められた新鮮な作物、食欲をそそるにおいを漂わせている料理の数々、目移りしそうな色とりどりの織物、文化の違いを感じる手作りの日用品。それらを物色しながら、あるいは目当てのものに向けて一直線に……まるで川と川がぶつかりあうように人と人の流れが混じり合っていた。


 市場のさらに向こうには街のシンボルである時計塔が見える。それは全長十五メートルのユニティを遥かに超える高さで、そんな巨大な建築物を人間の力だけで建てた事実にびっくりさせられると同時に、サマンサの街の長い歴史を感じた。


「ユスティナ、行ってみよう!」


 ベロニカに手を引かれて、ユスティナは市場に足を踏み入れる。

 給料の中から紙幣を一枚だけ持ってきた。


 普段のお小遣いから考えたらたったの一枚でも贅沢し放題だが、市場に並んでいる商品がどれも魅力的で迷ってしまう。見たこともない形の果物は甘いにおいを漂わせてるし、お出かけ用のおしゃれな服も買ってみたいし、これではお金がいくらあっても足らない。


 迷っている間に市場を抜けると、そこは大きな広場になっていた。

 広場では旅芸人たちが見世物をしており、見物人たちでごった返している。食べ物の屋台も豊富に並んでおり、人々はそこで料理を買い求めて、食べながら旅芸人の見世物を鑑賞しているようだった。


 見物客の中には王国軍の軍人たちも多い。軍服姿のまま街へ繰り出して、大盛りの肉料理をかっ喰らいながら酒を飲む姿は、いかにも叩き上げの荒くれたちである。


 ユスティナは彼らの雰囲気がちょっと苦手だ。プリムローズ隊の仲間たちは貴族出身ということもあって基本的に礼儀正しいし、コーンヒルの村にいた兵士たちは農夫のおじさんと変わらない本当に普通の人たちだった。


「さあさあ! 今から始まりますは、巨神に乗って戦う儚き乙女の物語!」


 旅芸人の一座が行っている演劇の舞台から、そんな気になる台詞が聞こえてくる。


「ユスティナ、巨神だって!」

「う、うん……ちょっと気になるね!」


 ユスティナとベロニカは小さな体を活かして人混みをすり抜ける。

 見物客たちの最前列に出ると、ようやく二人にも演劇の舞台を見ることができた。


 石造りの舞台の上では王国軍役をしている役者たちが、ブラックナイトを模したらしいハリボテの鎧を着た役者たちに囲まれている。ハリボテの鎧は全身からとげの生えているデザインになっていて、実物よりも恐ろしい見た目をしていた。


「こんなに恐ろしい兵器を持っているなんて、反乱軍は悪魔に魂でも売ったのか!?」

「我々は野蛮な反乱軍に屈したりしない! ミゼル王国に栄光あれ!」

「――最後まで諦めないでください!」


 王国軍役の役者たちが大げさに嘆いていると、純白の衣装と角の飾りを身につけた少女が両脚に長い竹馬(スティルツ)を履いて舞台裏から姿を現す。どうやら、ユニティに乗り込んだ姿を表現しているらしい。役者の少女はユスティナと同じくらいの年齢だが、目尻と唇に紅を差してちょっぴり大人っぽく化粧していた。


 見物客たちが歓声を上げて一瞬で盛り上がる。

 巨神のあまりの人気っぷりにユスティナは置いてけぼりにされた気分になった。


「で、出たぞーっ! 王国軍の巨神だーっ!」

「なんて神々しい姿なんだっ! こんなのに勝てるわけがないっ!」


 分かりやすくうろたえ始める反乱軍役の役者たち。

 ユスティナからすると滑稽な光景に見えてしまうが、見物客の大半はとても真剣に彼らの演技を見ていた。


「我が名はユスティナ・ピルグリム! 巨神ユニコーンの巫女なり!」


 役者の少女が鏡を取り出して、光を反射させて彼らに浴びせる。


「神に仇なす不届き者たちよ! 裁きの光を受けなさいっ!」


 私、そんな決め台詞言ってたっけ?


 ともあれ反射光を受けた反乱軍の役者たちは、ブラックナイトのハリボテを脱ぎ捨てて退散していった。脱ぎ捨てられたハリボテ鎧はぺしゃんこになり、いい感じにやっつけられた雰囲気を出している。


 見物客たちは拍手喝采の雨あられ。

 舞台にはおひねりや花束が次々と投げ込まれていた。


「救世の乙女主!」

「ミゼル王国民の鑑!」

「百年に一人の美少女!」


 自分に向けられている賛辞ではないが、ユスティナはむずがゆい気持ちになってくる。

 ベロニカも「な、なんかすごいね……」と困惑していた。


「私って世間的にはこんなイメージなのかな?」

「そうみたいだね……基地で暮らしてるとあんまり分からないけど……」


 とりあえず見終わったし、この場から離れよう。

 そう思って舞台に背を向けた矢先のことだった。


「本物ならここにいるぞぉ!」


 酔っ払った王国軍の兵士が声を張り上げながらこちらを指さしてきた。

 しらばっくれようと思っても、他の兵士たちまで騒ぎ始めてしまう。


「さあさあ、こちらへ!」


 役者の少女が竹馬から下りてくるなり、ユスティナの手を握ってくる。

 見物客たちの注目も集まってとても逃げ出せる雰囲気ではなく、ユスティナは仕方なく演劇の舞台に上がった。

 その場に集まった一同が大盛り上がりしている中、ベロニカだけは心配そうにこちらを見上げている。


「本物の救世主さん、どうぞ日頃の想いをみなさんにお伝えください」

「ひ、日頃の想い!?」


 役者の少女から無茶振りが飛んでくる。

 見物客たちも期待の眼差しでこちらを見つめていた。

 しかも、さっきまで大騒ぎしていたのに今は静かに耳を傾けている。

 戦場とは全く異なる別の緊張感で変な汗が出てきた。


「ええと……みなさん、初めまして。私の名前はスコット・ピルグリムと言います。つい一ヶ月前までは、父のアダム・ピルグリムと一緒にコーンヒルの村で暮らしていました。父は敬虔な国教の神父で、私は父と二人で教会を運営していました」


 何を話していいのかよく分からず、ユスティナは身の上話を語り聞かせた。


 母親を早くに亡くしたこと、村中の子供たちを預かっていたこと、反乱軍が襲ってきて村人たちはほとんどが殺されてしまったこと、村を守りたくてユニティに乗り込んだこと、そして王国軍に加わって今も戦い続けていること……。


「戦場に出るのは今も怖いです。でも、私とユニティにしか反乱軍を止められないって分かっているから迷いません。いつか戦争が終わって平和な日常を送れるようになるまで、私はユニティと……そして部隊の仲間たちと一緒に戦い続けようと思います!」


 雰囲気というものは恐ろしいもので、ついつい勇ましい言葉を使ってしまう。


 本当は今も迷ってばかりだし、戦い続けられるかも分かっていない。しかし、やはりこういう勇ましい発言は民衆の好みだったようで、見物客たちの中には感動の涙を流したり、声を張り上げて応援してくれる人が大勢いた。小さな子供たちなんか「頑張れ、お姉ちゃん! 悪いやつらをやっつけろ!」と大盛り上がりしている。


 なんだか騙しちゃったみたいで気が引けるなぁ……。


 でも、盛り上がっているようだから結果としてはベストなのだろうか?

 ユスティナがようやく舞台を下りると、ベロニカがホッとした様子で微笑んだ。


「よかった……私まで緊張しちゃった!」

「こんな注目されるなんて思わなかったよ……」


 そうして二人で安堵しているときだった。


「ちょっとよろしいですかな?」


 見物客たちの中から高価そうな燕尾服を着た中年男性が現れた。

 腹はでっぷりとふくれており、指には宝石のついた指輪をいくつもはめている。


「な、なんでしょう……」

「わたくし、この街でレストランを開かせていただいているものです。もしよかったら、王国の救世主であるピルグリムさんにわたくしのレストランでご馳走させてはいただけないでしょうか? もちろん、お友達もご一緒に……」


 見物客たちが「それはいい!」「ここのレストランはおいしいぞ!」と言っているので、この男がレストランの支配人なのは間違いないらしい。こんないかにもな金持ちと出会ったのは初めてなので、思わず警戒してしまった。


「ここにいても人に囲まれっぱなしだし……」

「そうだね。せっかくだからご馳走になろうか」


 ユスティナとベロニカはレストランの支配人についていき、それから馬車に乗って彼の経営するレストランへ向かった。


 レストランは広場から少し離れた飲食店街の入口にあった。

 それは司令部の館に勝るとも劣らない豪邸のような建物で、こうして案内されなければ一生縁がなかったに違いない。

 レストランの中はおとぎ話に出てくる王宮のようにきらびやかな装飾が施されており、二人はその中でも特に豪華な部屋へ通された。


「目がチカチカする……」

 

ユスティナは天井から吊り下げられたシャンデリアを見上げる。

 ベロニカは棚に置かれている高そうなツボやら、壁に掛けられている高そうな絵画やらを不安そうな顔をして眺めていた。


 出てきた料理も調度品に匹敵する豪華さだった。分厚いステーキは噛まずに飲み込めそうなほど柔らかかったし、デザートに出てきたケーキは色とりどりの果物が載せられて宝石箱のように輝いていた。ただ、支配人が高級食材についてあれこれ教えてくれたものの、食べるのに夢中で説明はほとんど覚えられなかった。


 お腹いっぱいになった二人は、支配人に見送られてレストランをあとにした。


「なんか一生分の贅沢をしちゃった気がするね」


 ベロニカが申し訳なさそうにはにかんでいる。

 ユスティナは高級レストランの玄関先で首をかしげた。


「あんなにご馳走になっちゃってよかったのかなぁ……」


 確かに自分は頑張って戦っているつもりだけど、だからといって高級レストランでもてなされるのは少し違う気がする。でも、しっかりご馳走になってから悩むというのも今更という感じがするし、流石に余計なことを考えすぎだろうか?


「んっ? あれって――」


 高級レストランと隣のレストランの間、薄暗い路地に数人の子供が集まっていた。


 子供たちはユスティナよりも幼く、まだ字も書けなさそうな年齢の子までいる。しかも髪の毛はボサボサ、着ている服は薄汚く、靴すら履いていない子もちらほら。そんな子たちが路地に置かれているゴミ箱を漁っているのだ。


「こらっ! 何をやってるっ!」


 支配人が引き返してきて、子供たちを怒鳴りつける。

 子供たちはゴミ漁りをやめて、一目散に路地の奥へ逃げていった。


「あの子たち……孤児ですよね?」

「ええ、そうです。いつもああやって食べ残しを漁りに来るんです、まったく……」


 教会で世話をしていた子供たちの中には、かつてはあんな風にゴミ漁りや物乞いをしていた子も少なくなかった。

 コーンヒルの村では教会に寄せられた寄付で助けたり、村長が親代わりになって育てたりしていたが、サマンサの街には助けてくれる人が誰もいないのだろうか?


「あの……せめて残った料理を分けてあげるとか……」

「だ、駄目ですよ、ピルグリムさん! あの子たちはブラムス人の子供なんですよ!」

「ええっ!?」


 敵対しているブラムス人の子供たちが、どうして王国軍の基地があるサマンサに?


 ユスティナは事情が理解できず目を白黒させてしまう。

 支配人が苦虫をかみつぶしたような顔で説明してくれた。


「正確には戦争が始まる前にブラムスから出稼ぎに来ていた人たちの子供なんです」

「親や家族はどうしているんですか……」

「反乱軍の奇襲から戦争が始まったわけですから、そりゃあ出稼ぎに来ていたブラムス人たちは恨まれましたとも。暴走した街の人たちに追われて、みんな命からがらサマンサの街から逃げ出していきました。あの子たちはそのとき置き去りにされたわけです」


 あまりの仕打ちにユスティナは言葉を失う。


 反乱軍が戦争を仕掛けてきたからといって、出稼ぎに来ている人たちまで敵視する必要はないはずである……が、反乱軍のやり口を知っているユスティナとしては、怒りに燃える街の人たちの気持ちも想像できてしまう。


 とはいえ、やはりブラムスからやってきた人たちを追い出したり、置き去りにされた子供たちに手をさしのべないのは人間として無慈悲すぎるように思える。

 それとも、これは自分の考え方が間違っているのだろうか?


「反乱軍の子供たちに優しくしているのを見られたらとばっちりを受けちゃいますから、ピルグリムさんも注意してくださいよ。それだけブラムス人たちはミゼル王国の本地で暮らしている人たちから嫌われているわけですから」


 支配人はそう忠告すると、今度こそレストランに帰っていった。

 ユスティナは釈然としないままベロニカとその場をあとにする。


「すごいね、ユスティナは……」


 歩きながらベロニカが呟いた。


「普通、戦争している相手まで気遣えないよ」

「あの子たちは戦争してるわけじゃないから……それに戦争はどっちがいいとか、どっちが悪いとかないんじゃないかって思うよ。私だって身を守るためとはいえ、反乱軍の人たちをたくさん殺しちゃってるし……」

「私、ユスティナが心配だよ!」


 ベロニカが立ち止まる。

 彼女の必死な声に通行人たちが立ち止まり、一瞬気にして再び歩き出した。


「戦っている相手とか、その相手の家族のことまで心配していたら、いつか戦えなくなっちゃいそう……ううん、戦えないくらいならマシでさ、戦っている最中に動けなくなったら殺されちゃうじゃん!」

「た、戦っている間は迷わないようにしてるから大丈夫だよ!」


 ユスティナはベロニカを落ち着かせようと彼女の肩をぽんぽんする。

 しかし、そうやって元気づけながら自分の言葉の薄っぺらさを 感じていた。


 父やプリムローズならどう答えたのだろうか……たとえ同じように答えたとしても、その二人なら言葉の厚みが違ってくると思う。自分の言葉にどうも説得力がないのは、自分が新米の軍人で……子供で……ちゃんとした答えを見つけられていないからだろう。


 いつかベロニカも安心させられるようになるのかな?


 ユスティナは雑踏から抜けるような青空を見上げた。

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