第11話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(7)

「・・・ラギ、さっきはごめんね」


 開琉が小声で謝りを入れる。

 どたばたしていて謝っていなかったことを忘れていた。開琉はそのことを思い出して少し前からいつ言おうかと思いながら歩いていた。


 ふたりは店から出たあと大通りには戻らず1本裏の通りを横並びで歩いていた。裏通りとは言っても狭い道にはそれなりの人が歩いていて人を交わしながら歩くのは大通りと変わらなかった。


「さっきって?」

「爬虫類系な人にぶつかっちゃって・・・」

「ああ、・・・もういいよ」


 ラギはそう言った後しばし間を置いて開琉に言った。


「さっきは助かった」


 ラギの言葉に開琉の表情が明るくなる。


「赤ちゃん、大丈夫」

「あんな場所で悪いとは思ったけど食事をあげたし、魔法で眠ってもらってる」

「そっか」


 小声でそんな会話をしながらも開琉はちゃんと前を向いて歩く。

 平均的に人間より大きい半獣人達の間を歩いていると小学1年生に戻ったような気がしてきて、ふと昔の出来事を思い出す。


「小さい時に遊園地で迷子になったことがあるんだ」

「人が多いと迷うな」

「うん、アナウンスされたの恥ずかしかった」


 開琉が小さく肩をすくませる。


「あなうんす?」

「マイクで・・・・・・拡声器でお知らせされるんだよ。赤と白のラガーシャツを着た4歳の開琉君がお待ちですよ、とかって」


 開琉はラギの表情を見て言葉を言い換えながら話す。翻訳魔法でもこの世界に無い物はカタカナ英語みたいに単語がそのまま発音されているようだった。


「迷子預かり所で待ってるの心細かったな」


 ラギは開琉の話を聞きながら自分の母のことを思いだして少し黙り込んだ。


「母さんが迎えに来てくれて、僕も母さんも抱き合ってわんわん泣いたのを思い出しちゃうよ」


 ラギの表情がかすかに曇る。


(・・・・・・お母さん)


 母親の様々な表情が思い出されてぐっと奥歯を噛んだ。ラギは9歳の頃離ればなれになってから会えていなかった。母の居場所は知っている、ただ・・・今のラギでは会いたくても行けない場所だった。


「あまり時間がかかると心配かけるな」


 ぼそりとラギが言った。


「んー・・・今はどうだろうな」

「母親って心配するもんだろ」

「口うるさくて困るよ」


 ふとラギが立ち止まり、開琉の腕を引いて脇道に向きを変える。


「おっと、逃げなくてもいいじゃないか」


 爬虫類系の男達が立ちふさがって来て開琉はどきりとした。


「さっきの人たち!?」

「違う、森で会った人達だ」


 ラギは短く否定したが、開琉には同じ人物に見えた。

 よくよく見てみるとトカゲの様な半獣人4人のグループだった。言われてみればラギの知り合い達とは違うグループのようだと思えるが、服装を見ても冒険者のそれはだいたい似ていて開琉には見分けがつかなかった。


(爬虫類の顔の違いが全然分からない)


 もし何かを盗まれたとしてもすぐに紛れて見失ってしまいそうだ。


「ここで会えるなんて、何かの縁だな」


 男達は笑顔を見せたが決して友好的な笑みではないことは誰から見ても明らかだった。彼らからわずかに距離を取って人が流れていく。


「ここじゃ人の邪魔になる、ちょっとついてきてくれるか?」


 言葉と裏腹に彼らがふたりを取り囲む。彼らの威圧に従うように開琉の腕を取ったままラギが先を歩く。男達は回りに鋭い眼差しを投げて歩き始めた。


「開琉! 跳べ!」


 ラギのひと声に開琉は反射的にジャンプした。


「くそっ!」


 太い腕をくぐってふたりの体が高々と上がる。ラギはすかさず塀を蹴って2階建ての建物の屋根へと開琉事飛び上がった。


 そのまま屋根伝いに走るふたりを見上げて男達が通りを走り出す。人にぶつかり押し退けて血相を変えて追ってくる。


「おい! あれを見ろ!」


 トカゲ男のひとりが指さした先に犬族・狼族混合のグループが屋根の上を走っていた。リュークのパーティーだ。


「くそぉ! あいつらこっちの獲物をッ!」


 いきり立つ彼らの目線を追って通りを歩く人々が何事かと屋根の上へ目を走らせる。


「あれ? ドラゴンの血がどうのって時の子供じゃないか?」

「そう言えばそうだな」

「持ってるって本当かな?」


 町の住人らしい数人の人がお気楽に話す会話を耳にしてトカゲ男が飛びつく。


「お前! 今なんて言った!?」

「うぐっ!」


 とうとつに胸ぐらを捕まれてヤギ族の男が目を白黒させる。


「ドラゴンの血が何だって!?」

「持ってるとか何とかって話で・・・!」


 最後まで聞かずにヤギ族の男を放り出してトカゲ男が走り出す。


「黄金のドリッピン持ってるかと思ってたら瓢箪ひょうたんから駒だ! おい、やつらドラゴンの血を持ってるぞ!」


 仲間に大声で知らせる。その声を通りにいた者達が耳にして口々に伝播していった。


「あの子供達が黄金のドリッピン持ってるって!」

「ドラゴンの血も持ってるらしいぞ!」

「ドリッピンの赤ちゃんだ!」

「子供が相手なら俺たちも手に出来るんじゃないか!?」


 屋根の上を走るラギと開琉の後方から追ってくるリューク達との距離が徐々に詰まる。


「ラギ、追ってくるよ!」


 慌てる開琉を横目にラギは走る。下の通りに逃げ場はない。


(このままじゃ追いつかれる。転移魔法もあと何回出来るか・・・!)


 細い通りを歩く人々が濁流のように方向を変えて着いてくるのが目に入った。


「ちっ!」


 ラギが大通りに面した屋根に跳躍して開琉も続く、裏路地の人々の波が大通りへ流れ込みぶつかり合って下から怒号が沸き上がる。

 人々の口から「ドラゴンの血」と「黄金のドリッピン」「赤ちゃん」と単語が伝わり、尾ヒレがついていく様は異様だった。


「開琉!」


 叫んだラギが開琉の腕を取る。


「シャイノギタータ! シャイノギタータ!」


 大通りを挟んで向かいの建物へ転移した。後を追って屋根の上を走っていたリューク達グループも転移する。5人そろって。


 道を走って追いかけて来る大波が色めき始めていた。


「あの子供を追え!」

「捕まえたら金のドリッピンがもらえるぞ!」

「なに? イベント!?」


 雪だるまのように人々も噂もどんどん膨れ上がってくる。


「ゲリライベントか?」

「ひゃっほーー!」

「盛り上がれ! 行け行け!」

「子供を捕まえてドラゴンの血ゲットだぁ!」

「副賞は金のドリッピンだってよ」


 冒険者どころか町の人達まで加わってひしめき合って走っている。中途半端な情報が勝手に広がって妙な盛り上がりをみせていた。


 屋根をいくつも超えて走るラギと開琉。振り返ればリューク達以外にも屋根を走って追いかけてくる者達が増えていた。


 後方に向けた目を前に戻したふたりは声を上げる。


「はっ!」

「前!」


 飛び移った屋根の向こうから爬虫類系のグループが姿を現し、勢いの着いた開琉達は止まれなかった。


「こっち来い! チビどもーーっ!」


 大きく手を広げて舌なめずりして待ちかまえている!

 口を大きく開けて目の前に立ちふさがる男の胸に飛び込む、寸前にふたりは空間を跳躍した。


「くそっ! まだ魔法が使えるのか!」


 目の前で突如姿を消したラギと開琉が後方の屋根を走る姿に歯噛みする。


「残念だったな」


 爬虫類の半獣人の横を犬族と狼族の男達が過ぎ、通り過ぎざまにリュークがひと声かけた。


「くそっ! 待ちやがれ!」


 その言葉に怒った男が鼻から水を飛ばす。まるで水イグアナの様だった。

 リューク達の後方から追いかけてくる者達に紛れてしまわないように、イグアナのような男達も走り出す。


「紺の魔法使いのくせによく跳ぶ」

「でも、転移魔法の飛距離は短くなってる」


 リュークの言葉に横を走る青の魔法使いハウが言った。

 彼らにとってこのスピードはたいした早さではない。子供を追い立てるゲームのようなもので、力を抜いて追い立て追い詰めて動けなくなるのを待っていた。


 屋根の上を追ってくる者達の数が増え屋根瓦のはぜる音がガラガラと派手になっていく。大人達に追いかけられて、流石に子供の足では詰められて意気が上がる。


 いくら足が速いと言っても半獣人相手では子供は子供。


「ああ!」


 ラギが足を滑らした。

 するりと屋根を滑った小さなラギの体が中空に放り出される。


「ラギーーッ」


 パシッ


「開琉!」


 伸ばした開琉の手が辛うじてラギの手首を掴んでいた。

 大きな弧を描いてラギの体が屋根の縁で揺れる。


「をぉーー!」

「きゃーーー!!」

「落ちろぉ!」


 様々な声が地響きのようにほとばしった。


「開琉・・・・・・!」


 胸までひさしから飛び出た格好で開琉が踏みとどまった。ラギを片手で掴まえてこらえる。


「もう少し追いかけっこを楽しみたかったなぁ」


 男の声に開琉はちらりと目を向ける。

 屋根の高い位置からリュークとハウが見下ろしていた。パーティーの他のメンバーは後方から来る者達に剣を向けて立つ。


「助けてあげよう」


 リュークがゆっくりとこちらへ歩み寄る。

 ラギを掴む手がじりじりとずれていくのを開琉は感じていた。


(どうしよう!)


「落ちてこい!」

「落ーちーろ! 落ーちーろ!」

「頑張ってーー、落ちちゃだめよ」

「ドリッピンをよこせ!」

「子供の命を何だと思ってんの!?」


 下で小競り合いが始まる。


「手を貸してあげる」


 もう1メートルと離れていない。リュークの表情は優しそうに見えた。


(どうしよう、助けてもらおうか?)


 ずるりと手が滑って開琉はぞっとした。眼下でラギが揺れている。


「た・・・・・・」


 開琉が助けてと言い掛けた時、


「助けるからには、何かお礼はしてくれるんだよな?」


 リュークがかすかに笑みをこぼした。


「何にしてもお前達を掴まえるけど、な」


 開琉の背にリュークの手が伸びる。

 


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