第10話 黄金のドリッピンをサンクチュアリへ(6)
「シャイノギタータ! シャイノギタータ!」
ラギはとっさに転移魔法を使った。
瞬きひとつの間にふたりは裏通りの石畳道に転がり出る。開琉の上に折り重なった状態からラギはすぐさま立ち上がった。
「開琉立て!」
まだ転がったままの開琉に声をかける。
「ここどこ? 遠くに飛んだの?」
「遠くには飛べてない、ふたり同時に遠くに飛ぶなんてまだ出来ない」
乱暴に開琉の腕を取って引き上げる。
「開琉、あそこまでジャンプできるか?」
高い塀の向こうに出窓が見えていた。
「やってみる」
ラギが開琉の背に乗った。
「え? ラギを乗っけて?」
「やってみろ、早く!」
せっつかれてままよとジャンプする。
「うわぁ!」
「ああーー!」
人を背負ってのジャンプに力加減が分からず、高い塀は越えられたものの出窓を大きく越えて壁にぶつかりそのまま庭に落ちた。
それでも直ぐに起きあがってガサゴソと他人の庭を走り抜け、開琉のジャンプで別の裏通りに飛び降りる。ラギは開琉の背から降りて走り出した。
「ついて来い」
迷路のような裏通りをラギは右へ左へと折れ曲がりながら走る。開琉ははぐれまいと一生懸命走った。
「どこに向かってるの?」
「黙ってついて来い」
石壁がもの凄い早さで後方へ流れていく。
(凄い、早い!)
車窓から眺めるように建物や塀が後方に飛んでいく。開琉はラギのそのスピードに自分がついていけている事がだんだんと楽しくなってきていた。
(うさぎブーツ凄ぇ!)
走りが乗ってきた頃、突然ラギに腕を捕まれて路地に引きずり込まれた。
路地に入った直後にラギが再び転移魔法を使う。空間を短く跳躍して別の場所に現れた。しかし、開琉には先ほどと変わらない様に見えた。同じような石畳の道と石造りの建物が並ぶ裏路地。
ラギはさきほどまでとは打って変わって普通に歩き始める。ラギが表通りに出て行く後をついて開琉も人混みに紛れて歩き始めた。
しばらく歩いてから少し広めの横道に折れた。そして、ある店でラギが立ち止まり入っていく。
そこは酒場か酒を置いているラフなレストランのようだった。少し照明を落とした店内は窓から光の射し込む窓辺以外は全体に暗い印象だった。
ふたりが店に入るとすぐに客達の視線が集中するのがわかった。誰がやって来たかと確認しただけでおおかたの客は仲間との会話に戻る。
「くすくす」
「見ろよ」
ひとつふたつのグループがラギと開琉を見て笑っていた。
「人間が何しに来たんだ?」
「ミルクなんて置いてたっけ?」
「くっくっく・・・何のミルク飲むんだろうな」
一見人の良さそうに見える犬の顔をした男達が、仲間と会話をしているように装いながら聞こえよがしに言ってくる。
どんっ!
奥の窓際に座った男が止めろと言わんばかりに酒瓶をテーブルに置いた。人の顔をしていたが大きな耳が狼か犬のそれに見えた。
一瞬色めき立ったグループが相手の顔を見て座り直す。一匹狼の様にひとりでテーブルに座っている男は、彼らより明らかに剣の腕も能力も上のように思われた。
ラギはそれらを無視して真っ直ぐカウンターへ向かう。そしてふたり並んでスツールに腰掛けた。
「いらっしゃい、何にしましょうか」
ふたりにカウンターの向こうから声がかかる。人の顔をした兎族のお姉さんがにっこりと微笑んでいた。
20代くらいだろうか、ボーイッシュなショートヘアの彼女はふんわりウェーブのクリーム色の髪をしている。頭の上から兎にしては短めの耳が垂れていて愛らしい感じがしていた。
「サンドイッチをお願いします」
「サンドイッチね、何を挟む?」
「適当にお願いします」
落ち着かなげなラギは目も合わせずに注文をした。
「それはなかなか難しいリクエストだわ」
ラギの言葉にちょっと困った表情を作ってみせる彼女はキュートだった。
「ふふふ・・・こういう所、初めて?」
「あ、まぁ・・・」
フードに隠れてよく見えないラギの目がおどおどしているように開琉には思えた。
「あ! 持ち帰りでっ」
思い出したようにラギが付け足すと兎族のお姉さんがにっこり微笑んだ。
「私はレイラよ、よろしくね」
ぱっと顔を上げたラギがほっとしたような笑顔になった。
(この人がレイラさんか)
師匠に言われていた。
「お腹が空くだろうからサンドイッチを買うといい」
レイラという人に言えば美味しいサンドイッチを見繕ってくれるよう頼んでおいたからと、師匠はそう言っていた。
「無理ならいいが、お腹が空いては戦は出来ずじゃよ。いいかね、持ち帰りで・・・と言うのを忘れずにな。ちょっとした合い言葉みたいなものだよ」
先払いしてあるとも言っていた。もしレイラに会えなかった場合を考えてお金を持ってはいたが、ラギは相場がわからず手持ちのお金で大丈夫かと少しどきどきしていたのだ。
ラギはほっとして彼女に笑顔を向けた。ふいにラギのフードが肩へするりと落ちて、レイラが腕を伸ばして元に戻して上げる。健康的に開いた胸元から谷間がちらりと見えて開琉が釘付けになった。
「こぉら、まだ早いわよ」
レイラに鼻を弾かれて開琉の顔が真っ赤に染まる。
サンドイッチを作ろうとふたりの前から席を外した彼女が、店の奥に座る先ほどの男に目配せしたのをラギも開琉も気づかなかった。
その頃、ラギと開琉が一悶着した場所から転移した場所に5人の男達が立っていた。
「乳臭い」
「変わった人間の臭いが混ざってる」
それぞれにこの場所に残るラギと開琉の臭いを嗅ぐ。
危機的状況でなければ町中で目立つ魔法は使わないというのは暗黙の了解。青の魔法使いのサーチの魔法で彼らはここまで歩いてきていた。
「さほど遠い所へは飛ばなかったんだな」
「確かに距離は短いけど・・・。紺の魔法使いが同時にふたりを転移出来るなんて、なかなかの才能ですよ」
笑顔を見せる魔法使いにリーダーが苦笑いする。
「ああ、確かにな」
「ドラゴンの血って、あの魔法使いの体に・・・・・・流れているのかも」
ひゅーぅ
青の魔法使いハウの言葉にシェパードに似た男が短く口笛を吹く。
「面白い」
皆がにやりと笑った。
「しかし、変だな・・・。魔法は使ってないけれど臭いがどこにも繋がってない」
ハウの言葉を聞いてリュークの耳が跳ねる。
「散れ」
リーダーの短い言葉に仲間が四方に散った。
冒険者のグループには魔法使いが加わることが多い。転移した時の魔法の名残をサーチされる事を考えれば、この短さからして重ねて転移魔法は使わないだろう。しかも相手は駆け出しの紺の魔法使い。連続して使うには力が足りないはずだ。
リュークが考えを口にしなくても
しばし待った後、合い言葉の遠吠えが聞こえてきた。青の魔法使いハウの声だった。
ぴっ・・・
レイラがサンドイッチを作るのを待っていた時、ラギの腰辺りから小さな音が聞こえた。
(赤ちゃんが目を覚ました!?)
開琉とラギが横目で見合わせる。近くのテーブルに座る数人が会話を止めて耳を立てた。
ぴちょ
再び赤ちゃんの声が漏れてふたりは肝を冷やす。明らかに場所を特定した、そういう表情の人々の目がラギと開琉に集中する。
(お願い、もう少し寝てて!)
ぴ、きゅる
ラギの願いも虚しくまた声が聞こえた。逃げるかとラギが腰を浮かせかけたとき、
キュル、ピ・・・キュッ
先ほどまでよりも大きな音がしてテーブル席の者達が立ち上がりかける。
ぽん!
(え!? ぽん?)
ラギの横で開琉が水筒の口を音を立てて開けていた。
「喉乾いちゃったー」
開琉はそう言いながら「どうかしましたか?」という目で辺りの人々に笑顔を振りまき、どうもすみませんと言った風情で頭を小さく下げてみせる。
「すいません、この水筒開けにくくてぇ」
子供っぽいゆるい笑顔を見せて開琉が笑う。
「なんだ、ドリッピンじゃないのか」
「こんな町中にいるわけないよな」
立ち上がりかけていた人々が苦笑いしながら座り直す。
「蓋を開ける音をドリッピンの声と聞き違うとは・・・」
「俺たち疲れてるのかな」
「ここ数日ずっと追いかけてたからなぁ」
お互いに肩を叩きながら笑いあってまた談笑に戻っていった。
「俺、ちょっとトイレに行ってくる」
ラギは開琉を残してトイレへ向かった。
中に誰もいないか確認したラギは個室で赤ちゃんに食事と甘露を与えてから出てきた。眠りに
「はい、出来たわよ。お代は先に頂いてるから師匠によろしくね」
「ありがとうございます」
「また来てね」
ウインクするレイラに鼻の下をのばした開琉の横で、ラギはサンドイッチを鞄に収めていた。
ふたりが店を出て行くのを入口まで追いかけてレイラが手を振って見送る。彼女の横を過ぎて男が店を出て行った。奥のテーブルに座っていた人の顔をした例の男だった。
通り過ぎざま空瓶を彼女に手渡して、帽子を直すように軽く
「よろしくね」
レイラは悪戯っぽい笑みを返して店に戻っていった。
その数分後、店の前にリューク達が現れる。
「ふふ、ぷんぷんしてるな」
「こういうときだけは人の顔じゃなくて良かったと思うよ」
シェパード似の男を先頭にラギと開琉の追尾を続行する。
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