第28話 誰かの為の小細工を

「貴様は俺には勝てん。今から嬲り殺しにだって出来る」


 青の甲冑を纏ったタクトが低い声を出す。

 これは脅しのつもりだろうか? それとも、本気でそう思っているのだろか?


「……はっ。嬲り殺しに? いいな。雑魚が何処まで出来るかやってみろよ」


 フィンは何方でも構わないと、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「貴様は本当に馬鹿か? 俺が出来ないとでも思っているのか? 見ただろ? 俺の力を。貴様に勝てる勝算なんてないんだぞ?」

「ああ。そうだな。それには予々同意だが、お前忘れてないか?」

「何を?」

「私が、女子高生って事を」


 フィンはフンっと鼻を鳴らす。


「お前に殺された後、現実世界でお前の会社の前で未成年淫行された被害者だと喚き倒すぞ? ん? 嬲り殺すってそう言う事だろ? 構わんぞ? まあ、私がこの世界で死ぬだけだが、お前は現実世界で社会的に死ぬか? いいぞ? やってみろよ。面白いだろ? どっちが地獄か競おうぜ?」

「い、淫行はしてないだろっ!」


 思わず、社会人としての言葉がタクトから出る。

 が、そんなもの知るかとフィンはニヤリと笑う。


「近い。触ってる。こちらは女子高生だぞ? 私が淫行だと思えば淫行だ。セクハラだ」

「無茶苦茶だろ! 命のやり取りだろ!? 騎士ならそんな屁理屈を使うな!」

「今はな。だから殺せばいいだろ? でも、戻ったら女子高生だ、この淫行野郎」

「……貴様はっ! この記憶を持って外に出れる確証はないぞ?」

「は? そんなもん、気合いで覚えてるに決まってるだろ? お前は忘れても絶対に私は忘れないね。前世に縋って十六年間生きていた私の粘着を知ってるだろ?やれるもんなら、やってみろや」


 悪魔の様に笑うフィンにタクトは若干の面倒臭さと後悔の色を覚える。

 厄介な相手だと思っていたが、こんな事に厄介を持ち込むとは。


「殺すのも体触るからな。クソ程殺してきた私が言うんだから、間違いはない」

「貴様は……」

「早く嬲り殺しとやらをしてみろよ。なんなら服ぐらい自分で脱いで跨ってやろうか? その剣がとても刺しやすいぞ?」

「貴様は何処でそんな事を覚えてるんだ? 学校か? 教育はどうなってんだ?」

「おいおい、教育に全てなすりつけんなよ。これだから大人はクソだな」

「貴様は危機感が死んでるのか? 殺されるんだぞ?」

「あー。そうだな。お坊ちゃん貴族には分からないかもな」


 フィンはタクトの手を掴む。


「長年殺してると殺すのも殺されるのも何とも思わん。むしろ、今の長話の間に何回殺せたか私ならカウントする」

「貴様……、死にたいのか? 本当に死ぬつもりなのか?」


 今更?

 フィンは呆れたため息を吐く。

 脅しでも、もう少し上手くやるものだ。


「いや、今は死ぬ気なんてさらさらないが……、私だってお前に殺すと言われればそのまま死ぬしかないぐらいの力の差がある事は分かる。どうしようもないだろ?」


 それはタクトが本気でフィンを殺そうとするならばの話である。

 恐らく、タクトは最初からフィンを殺すつもりはない。

 これはただの脅しだ。

 警告と言ってもいい。


「で、やんないの? 淫行」

「……はぁ。もういい。貴様と喋ってると馬鹿が移りそうだ」

「私もお前と喋ってると、脅すの下手なのが移りそうだと思っていたんだ。珍しく気が合うな」

「……」


 タクトはまた深いため息を吐く。


「貴様は、俺たちの正体に気付いていたんだろ?」

「ムービーが流れた」

「ムービー?」


 タクトが怪訝な声を出す。

 どうやら、矢張りこちらと仕様が違うらしい。


「お前からがこの学園に入ってくる時にムービーが流れた。そん時に、お前とあのアホ弟王子を見た。顔は甲冑で分からなかったが、歩き方と甲冑を差し引いた体型、腕の動きでわかる。お前らが、今回の敵だとな」

「……ランティスがいる事も知ってるのか?」


 驚いた顔をして、タクトはフィンを見た。

 赤色の甲冑に身を包んだ親友さえも、この女は分かっていたと言うのだ。

 力は昔よりも弱いかもしれないが、随分と肥えた騎士の目を今もまだ持っている。


「ローラも、知っているのか?」

「いや、知らない。私は言っていない」

「……何故?」

「マジで理解できないような顔するなよ。少し考えればわかるだろ。甲冑でこの学園に入ってる時点で、お前らは戦うって態度を取ってんだよ。少なくとも、そんな格好で顔も出さずにフル装備で恋愛しにきましたって誰が思うか? 狙いが何かわからないなら、私達の誰かと言う可能性もある。その場合、私達はお前らと戦わなきゃいけない。そんな状態になる可能性があるのに、アレは貴女のクソカス甲斐性なし彼氏ですねって言えるか?」

「貴様、物を論理的に考える事が出来たんだな……」

「はぁ?」

「義務教育って凄いな。こんな猛獣に知恵を与えるなんて……」

「バカにしすぎだろ、眼鏡野郎。でも、今は、別な理由もあるしな」

「別な理由?」


 タクトが首を傾げると、フィンは少しだけ難しそうな顔をしてしゃがみ込む。

 それは、幾度も現実世界で見た女子高生のフィンが落ち込んだ時や迷い悩んでいる時にする仕草だった。

 何だかんだと、タクトとフィンの現実世界での付き合いは長い。

 大人のタクトにとってはだった五年だが、フィンにとっては人生の約三分の一を過ごした仲でもある。

 だからこそ、タクトの前では言葉ではないか今の様な目に見える態度を無意識にしてしまうのだろう。


「何だ、また落ち込んでるのか?」


 タクトはポンとポンとしゃがんだフィンの頭を軽く叩く。


「うるせぇ。こっちだって落ち込みたくて落ち込んでるんじゃないんだよ。現実がクソ過ぎるんだよ」


 口調も声もいつも通りだが、決して顔を上げないところを見るとかなりの重症らしい。


「聞いてやるから言え」

「……お前、今敵だろ? 馬鹿なの? 言うわけないだろ」

「まあ、敵と言えば敵だだが……、貴様個人で言えば俺は味方だろうな」

「意味不」

「義務教育でも完全なバカは治らんのか。弛んでるな」

「うっせぇなぁー。敵は敵だろっ。殺し合うのが仲だろ?」

「貴様次第だ。それに、今は馬鹿が感染るから休戦中だろ?」

「うぜぇ。私も眼鏡が感染る」

「はいはい。で、わざわざ俺に貴様とローラの不仲を疑わせさせようとした癖に、何をそんなに落ち込んでるんだよ?」


 矢張り、バレていたか。

 敵にタクトがいると知った時点で、何か一つでも此方の目を背けるられる事があればと取った行動だったが、どうやら無効だった様だ。

 その程度で何とか出来るとも思わなかったし、今はローラを泳がす為に丁度いい策にはなっていたが、こんなにも手早くバレるとは。


「……ローラ様は、私に何かを隠している」

「……貴様も俺たちの事を隠していただろ? そんな都合の良い事で落ちんでいるのか? 呆れるな」


 そうだ。隠し事をしていたのは何もローラだけじゃない。フィンだって、タクトやランティス、それにギヌスの事をローラに隠している。

 だが、違うのだ。

 此方は、バレるならば、バレても構わない。

 でも、ローラは違う。


「違う。私とは明らかに違う。あの人は、絶対に私にもバレない様に何かを進めている。私にバレて、止められない様に」

「……それは」

「わかんねぇよ。わかってたら、こんなに悩まずに止めてる。私じゃ、わからないんだよ……」


 あの人の、心が。

 何も見えない。

 何も分からない。

 でも、心の何処かで、自分に助けを求めている様な、それでいて決して助けられない様に彼女は壁を立てている様な。

 分からない。

 分からないのだ。

 何一つ。


「バカだからな」

「……喧嘩か? 殴り合いなら買うぞ?」

「馬鹿だな。そんな条件で貴様に喧嘩を売るとでも? でも、いい売り方はあるな」

「……喧嘩の話か?」

「まさか。頭を使えよ、フィン。ローラの様にな。ローラならどうする?」

「……ローラ様なら……、周りを観察する?」


 様な気がする。

 根拠はない。


「いい発想だ。周りを見てどう思う?」

「クソ眼鏡がクソ」

「貴様は馬鹿か」

「何だよ。バカバカ言ってんなら、バカにもわかる言葉で喋れよ。だからクソ眼鏡はクソなんだよ」

「クソでも今は眼鏡ですらないが……、そうだな。バカはバカだったと言う事を配慮できない俺にも多少の責任はあるかもしれんな。良いだろう、一つ知恵を出してやろう。何故俺はここに一人で来たと思う?」

「暇だったんじゃねぇーの?」

「真剣に考えろよ」

「私が弱いから二人で来る必要ないだろ」

「ランティスはお前の弱体化に気付いてないのにか?」

「気付いてなくても、お前なら上手く言いくるめられるだろ」

「なら、この学園に俺だけが来ても良かったろ?」


 タクトの言葉に、フィンは確かにと顔を上げる。

 剣技に自信がない?

 それでも、自分よりは上である。先程も嬲り殺しにされても文句は言えない程の実力の差を見せつけられたところだ。

 敵の想定がつかない。

 いや、これも可笑しい。

 そもそも、フィン及びギヌスはゲーム内ではイレギュラーな存在だ。この二人が来ている事を想定するのは随分と無理がある。逆に想定をつけていなければ可笑しい。

 では、何故?

 何故、騎士は二人できたのか。


「……何で、お前一人なの?」


 思わず、フィンはタクトを見た。


「はっ。良い質問だな、フィン」


 自分の出した問いかけに、タクトは口元を歪めて笑う。


「此方にも、問題があるとローラなら結論づけるだろうな」

「問題?」

「問題があるからこそ、一人でこれなかったし言いくるめられなかった」

「いや、全然わからんて」

「簡単に言うと、貴様は自分の弱味を提示したなら此方の弱味を提示させて取引材料に使えと言いたんだよ」

「取引……、無理だな。殺し殺された方が早い」

「脳筋過ぎだろ。まあ、いい。そもそも、お前が気付いている様に俺は貴様を殺すつもりは更々無かった。が、今回立場上、貴様らの協力者になる事も憚られる。だから、奴隷が欲しかったんだ」

「奴隷って……、ああ。私の事か。クソだな、クソ眼鏡。マジで淫行じゃん。最悪」

「貴様、何を考えてるんだ。奴隷は奴隷でそれ以外に意味を見出すな。大体、貴様に素直に事情を話したところで全てローラに筒抜けになるだろ。でも、今の状況下で話は変わって来た。貴様にも仲間は必要だろ?」

「何だ? クソ眼鏡が仲間になりたそうに此方を見てるから仲間にしてやれってか?」


 心底バカにした様な顔付きでフィンが言えば、タクトはフイと顔を背けため息を吐く。


「今はそれでも良い。此方も人が足りないんだよ」

「……それは、お前の弱味も聞けってことか?」

「そうだ。話がわかる様になって来たな」

「興味ないね」

「興味はあるさ」

「はぁ? 何で、私が……」

「俺たちの目的が、ローラ・マルティスの処刑だと言ったらどうする?」


 フィンの目が見開いた。


「なっ! 馬鹿野郎! あり得るかっ! 第一、お前だってランティスだって、そんな事はさせないだろ!?」

「まだ続きがある」


 タクトはフィンの手を引いた。


「ランティスはローラの記憶がない。いや、あの時代の記憶全てが抜け落ちている。そう言ったら、どうする?」


 何がゲームの世界か。

 ここは地獄だ。

 地獄の底だ。

 ゲームの中でデスゲームなんてもんじゃない。


「なあ、フィン。これでも、俺と組まない理由はないのか?」


 タクトは低く笑った。





「成る程な、貴様からが此方の世界に来た経緯はわかった」

「クソ眼鏡は?」

「俺達は……、仕事してた筈なんだけどな」

「そう言えば、ローラ様の所に行く時にも仕事とか言ってたな……」

「貴様が無理矢理車に乗って送って行けと駄々を捏ねたんだろうが。感謝ぐらいしろ」

「私が通る公園でジュース買ってる方が悪いだろ。しかし、仕事中に何だ? 居眠りか?」

「してない。少なくとも、俺はしてない」

「……と、言うとランティスはしてたわけか?」

「彼奴はここ数日泊まり込みで最終調整してたからな。今日俺はチェックだけして帰る予定だったんだよ。着いたら、彼奴が数時間だけ寝させてくれって言って、寝やがったんだ」

「あー。新作のゲームってヤツ?」

「そうだ。彼奴が無理を通して前倒しにしたゲームだ。そして、俺達だけ、そのゲームの中にいる」


 タクトがため息を吐く。


「……は?」


 思わずフィンはタクトを見た。

 だって可笑しいだろう。

 ここは明らかに、アリスのゲームだ。


「そん顔をされてもな。俺も完全には理解出来てない。と言うか、理解できるわけがない。俺たちが作っていたのは、アクションで悪魔を討伐するゲームだ」

「……だから、そんな格好なのか? それ、登場人物?」

「登場人物だよ。何なら、ラスボス前の中ボス的な立ち位置だ」

「はー!? 滅茶苦茶強いじゃんっ!」

「強いんだよ。魔法も使える魔法騎士だぞ。中々倒せない様な仕様にもしてあるしな」

「クソゲーじゃん」

「クソゲー言うな」


 タクトは腕を組んでフィンを見た。


「最初は主人公と一緒にゲームのチュートリアルで一緒に戦うんだが、その討伐が魔女討伐で、何故かローラ討伐に変わっていたんだよ」


 ローラが魔女?


「ローラ様が魔女? まさか、あの人も魔法が?」

「使えんだろ?」

「使えねぇーよ。こっちは全員普通の人間だぞ? しかもステータスは現実世界のを引っ張って来てる。直ぐに捕まるし死ぬって」

「此処は恋愛シュミレーションゲームだからな……」


 フィンは成る程とタクトを見る。

 ステータスと言う概念があるかどうかは知らないが、どうやら今のタクトはステータスがアクションゲーム内にあるキャラクターに付随している様だ。


「倒せんな……」


 少なくとも、ギヌスも、倒せないだろうな。


「何だ。まだ倒す気でいたのか?」

「うるせぇ。ローラ様を討伐する輩を倒さんで何が騎士だ」

「しかし、倒せんのだろ?」

「……無理だな。どうやったら倒せんの?」

「HPを地道に削る」

「クソゲーかよ」


 フィンは屋上の地面に大の字になった。

 無理なものは無理だ。

 削り切る前にこちらの顔が半分になるだろう。


「安心しろ。俺もローラを討伐させる気は無い」

「何で?」

「何で? 貴様、正気か? ローラだぞ?」

「今は敵だし、別にゲームの中なんだからいいんじゃ無いの? もしかしたら、外に出れるかもしれないし」


 しかし、その時はフィンも一緒だ。


「アホが。大体その保証もないだろ。それに……、嫌だろ。ローラが死ぬのは」

「私達にはローラ様が死んだ記憶はないのに?」

「話を聞くだけで、うんざりするだろ」

「まあ……、する、かな……」


 あの時、ランティス自らローラの最後を聞いた時。

 初めてタクトの手を取った。

 一人で聞きたくなくて、どうしようもなくて。私がいたら、そんな事にならなかったのに。

 タクトがいたら、そんなの事にならなかったのに。

 ランティスばかりに負わせた古い深い傷を分け与えてもらう事すら自分達には出来ないのか、と。


「それに、本当にこのままクリアしてしまえばランティスの記憶が戻らないままかもしれない」

「記憶ないんだっけ?」

「ないんだよ。前の記憶も、ローラの記憶も」

「何で?」

「俺が知るわけないだろ」

「使えないな」

「貴様もな」


 タクトの言葉にフィンはため息を吐く。足の引っ張り合いや傷の舐め合いは間に合っていると言うのに。


「役に立たない騎士と参謀か。今の私達にはお似合いかもな」

「冗談を言え。使える所まで持ってくのが参謀だ」

「どうする? 何か手はあるのか?」

「取り敢えず、簡単な事から始めよう」


 タクトは剣を持ってフィンの前に立つ。


「ローラにお前は明らかに嘘をついている裏切り者だと印象付けたい。ローラは直ぐに俺達の嘘を見破る為の細工をする。文句はないな?」


 裏切り者か。


「勿論」


 フィンは起き上がり、あぐらをかいてタクトを見上げる。


「ローラ様が救えるならば、命も信用も惜しくない。いいだろう。お前の手に乗ってやる」


 貴女が救えるならば。

 自分の命だって羽根よりも軽いんだ。



次回更新は2/3(水)となります!お楽しみに!

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