第8話 誰かの為の追いかけっこ

 そもそも、先程私に向かってお前とアスランは言ったよな?

 何で私の事を知っているんだ?

 ゲームでは確か、アスランは学園の事に興味が無い筈なのだが……。

 いや、しかしローラは有名過ぎるだろ。腐っても、王子の婚約者でもあるし、普通の貴族なら知っているか。悪名もこの上なく鰻登りな悪役令嬢だし。

 それにこの世界ではギヌスはいないしな。

 彼をコントロールする人間はいないのだ。

 あの時代で出会った彼は、全てをギヌスにコントロールされて生きてきた。

 彼一人では、決して何もできぬ様に。

 思い出しても胸糞が悪い。

 不良だと言われていた彼が、あの焼却炉の中で絶望に立ち尽くしている姿。

 あれは、確かにアスランであった。

 それと同時に、まだ一人で立つことの出来ない赤子でもあった。

 アスランの為に、腕を失った事は一度も後悔はしていない。

 彼を信じて、ギヌスの足にしがみついた私は、今でも何一つ間違っていなかったと思っている。

 ギヌスとは、アスランの兄であり、私と同じあの交通事故に巻き込まれた転生者であった。

 幼い魂と言うべきか、彼の思考回路は随分と未熟で幼く、悪い大人たちに利用されてきた。

 だからと言って許しはしない。

 自分の弟を殺そうとするなど、許せるものか。

 アスランは、ギヌスの為に生きていたと言うのに。使えないから要らない? そんな馬鹿な話があるものか。

 だから後悔はしていないのだ。

 死に近い痛みも。地獄の業火かと疑いたく様な炎の海も。

 アスランが救えるのならば。

 私に後悔はない。

 あれが、一番私達二人が助かる最善の方法であった。その答えを弾き出し、実践した自分に何が後悔などある筈か。

 生きると望んだ彼は誰よりも輝いていた。

 私は腕も髪も失くしてしまったが、そんなもの。

 明日を生きる彼の為なら対価にすらならないと思う。

 そんな彼に救われた命だ。

 しかし、授業も始まっていないのに机に伏して寝る姿を見ると、そんな遠い記憶が嘘の様に感じてしまう。

 それに、だ。

 私はチラリとアスランとは逆の横を見る。


「一族は、一族よね……」


 フィンも堂々と寝てるしね。

 先生が教室に入り授業を始めても二人が目覚めることは無かった。

 この一族、ある意味凄いな。

 授業の内容は、確かにセーラの言うように内容がない様なもので、あの亡国の歴史に文学を学ばせてくれている。

 それよりも、王子だ。

 未だ彼はこの教室に辿りついていない。

 どうしたと言うのだろうか?

 迷子か?

 ああ、確かに何処か抜けている彼なら迷子ぐらいにはなってそうだ。

 しかし、私一人が気に病んだ所で、授業は筒が無く進んでいく。

 こんなもんだよな。現実も。

 こうも穏やかだといけない。

 二人に挟まれていると、私も眠くなってしまうではないか。

 真面目に授業を受ける義理はないのだが、持って生まれた生真面目な性格のせいか、ノートを取ると言う作業を止めるには些か勇気が必要となってしまう。

 セーラも真面目に授業受けてるみたいだし……。

 ここは流されずに頑張ってみてもいいよね。




「よく寝た。お腹空きましたね、ローラ様」

「うん、本当によく寝たよね……?」


 結局、フィンが起きたのは四時間目が終わって昼食の時間になってからだった。


「フィンさん、寝すぎですよ!」


 周りを見れば、私達しか残っていない。


「あってない様な授業なら別にいいじゃない。内申書も無いんだし」


 現代っ子だなぁ。

 いや、昔からか。


「ね? ローラ様」

「今回はセーラに同意よ? 私も」

「ローラ様迄?」

「アスラン、帰っちゃったもん」


 そう。

 フィンが心地よく寝ている間に、アスランは光の如く授業が終わるのと同時に教室を飛び出して待っているのだ。


「アスラン? ああ、いたんでしたっけ? このクラスに」

「あれだけ推しておいて、平坦ね」


 もう少しぐらい、何かあってもいいと思うのだが。


「まあ、アスランですからね。でも、確かに兄弟子に挨拶一つないのは礼儀がなってないな」

「ゲームの中のアスランは、別だと思うけど……?」


 フィンはこのゲームにいないわけだし。

 そもそも、剣技を誰かに習っていたと言う描写もないわけだが。


「ゲームでも、何でも。言い訳は武士の恥ですよ?」

「騎士だし、背中の傷だし」

「東と西の違いですし、今の我々は日本産ですよ。ゲームの中のアスランもね。郷に入れば郷に従えてすよ」

「一応、中世ヨーロッパの世界観のゲームなんだけどな?」

「中世ヨーロッパに湯沸かし器を兼ね備えたシャワーは無いので現代の日本産で間違いないようですね」


 作ってる人間が現代日本産だからなぁ。


「寝てるフィンも悪いんだからね? 起きたら直ぐに紹介しようとしたのに」

「向こうのほうが早く起きたと? 私よりも早く起きるなんて、生意気だな」

「貴女の方が長く寝てたのが悪いの。ま、アスランもアスランで、起きたら脱兎の如く教室を飛び出して行っちゃったけどね。フィンがこっちを向いたら急に寝始めるし、突然過ぎよ」

「……私が?」

「ええ。私を見た時にお前はっ! とか、言うからさ。悪名高いローラだとは言えもう少しお話できるかと思ったんだけどな」


 結局、あのギヌスとの戦いからアスランとも会えず仕舞いだったからな。

 積もる話なんてものはないが、ゲームの中の彼とは言え、少しは話してみたかった。

 攻略キャラクターとしては興味はないけど、違った形で知り合えたら友達ぐらいにはなれたかもしれないのに。


「お前……」

「フィン?」

「いえ、ローラ様にお前なんて生意気だなと思いまして」

「前の時代でもお前呼びだったもん。今更気にしないよ?」

「私は気にするんですよ。私の弟弟子ですよ? ま、ギヌス経由ですがね」

「言葉に迷うなぁ」


 ギヌスはフィンの婚約者でもあった人物だ。

 そして、私の最強の騎士に戦いの全てを教えた人物でもある。

 このゲームにはギヌスなんて存在しな筈なのに。

 姿形がない癖に、何時迄もあいつの影がチラついてしまう。


「それよりも、食堂行きません? お腹空きました」

「自由ね。いいよ。セーラ、食堂行っても大丈夫?」

「はい。私は構いませんよ?」

「では、行きましょうか」

「ええ」


 そう言えば、初期の食堂と言えばローラはアリス様とのイベントもあるんだよなぁ。

 別に自分から突っ掛かっていく事もないし、あの時代に起きた薬物混入もギヌスがいない今、何か起きるわけでもないから、あのイベントも無くなるんだよね?

 起こって欲しいわけじゃないから別に良いけどさ。

 それに、今はアリス様に会うのが少し怖い。

 未だに、気にしない。偶然の産物であると言う答えを出した癖に、もしもに怯えている。

 そんな杞憂を憂いてどうしたいのだ。私は。

 自分でも、自分がよく分からない。

 もし、あの時代のアリス様に再び会えたら?

 嬉しい。

 でも、怖い。

 私は、死んだのだ。

 あの塔で。

 ランティスを庇い、学園長に胸を刺され、二度と起きぬ眠りについた。

 あの時交わした約束も全て置いて。

 だから、あの後の事を調べたくなかったのだ。

 見るのが、怖かった。

 私の死で、何かが変わってしまったら。

 私が死んだ事により、フィンが命を絶っていたら。私が死んだ事により、アリス様が進むべき道を間違えていたら。私が死んだ事により、リュウが夢を違えてしまったら。私が死んだ事により、王子が……。

 そんなクソみたいな自意識過剰に怯えて。

 彼らの姿を見るのが、ただただ怖かった。

 現実は、フィンはギヌスとの戦いで命を落とし、王子は国を立派にし等、私の影響なんて露ほどなさそうだけど。

 それでも、私は関わり過ぎてしまったのだ。

 あの時代の人達に。

 一人で死ぬ筈だった女が。

 手を広げ過ぎた。

 そして、多くの守りたいものを抱え過ぎた。

 腕を失っても、多くの人の前で裁かれ、裸になっても、命を落としても。

 何も後悔がなかったと言うのに。

 ただただ、多くの人と交わってしまったと言う事だけが未だに後悔の念を私に抱かせる。

 友ができ、仲間ができる事は素晴らしき事だと教え込む世間に、私は言いたい。

 守れないモノを持つ事がどれ程の罪であるか。

 守れなかった罰がどれほどの物か。

 私は今もそれに、苦しめられていると言うのに。


「今日のご飯はなんでしょうね? 肉がいいですね」

「私は魚の方が良いです」

「魚も悪くはないが、肉の方が良い」

「フィンさんここに来て、お肉しか食べてないのでは?」

「狩猟民族ですから。前世は主に人間狩ってましたし」

「返答しにくい事、さらっと言い過ぎじゃないですか?」

「前世ですし、気に病むことでもないし。そんなもん一々気にしてどうすんです? へー。そうなんですかー。フィンさん狩猟民族なんですねー。ぐらいの返事でいいでしょ?」

「人間狩ってたと言った相手に!?」

「声でか。家庭の事情なんだから致し方ないですよ。ね? ローラ様」


 私が真剣に考えていると言うのに、この二人は……。


「はぁ……。もういいや。セーラも一々フィンの言葉を真に受けない。フィンもフィンでセーラは真面目なんだから重い話をしない。以上」


 一気に馬鹿馬鹿しくなってくるじゃないか。

 真剣に悩んでる自分が。


「そして、私も魚がいい」

「多数決はフィンさんの負けですね」

「全校生徒に聞いて回りますか?」

「フィン、ここで負けず嫌い発動しないの。お腹が空いてるなら素直に素早く食堂にいきましょう?」

「仕方がないですね。今回はローラ様に免じて見逃してあげましょう」

「何で私が負けた事になってるんですかー!? 絶対、魚派の方が多いですもん!」

「人の体は肉でできているのに?」

「フィン、言い方。色々な物でできてるから」


 悩んだところで、何も変わりはしないのだ。

 今は全て忘れろ。

 懸念なんてするな。

 だって、ここはゲームの世界なのだから。




「人が多いな」

「食堂ですもの。ここにいる全員がプログラムってのが、未だに信じられないけどね?」

「プログラムねぇ……」


 フィンが目を細める。

 ゲームの世界なんだから、プログラムしかいないのは当たり前では?

 何で今更……。


「人が邪魔だから消すってのも可能と言うわけですか?」

「そんな事考えてたの? 駄目でしょ、バグもあるみたいだし」


 少しでも気にした自分が馬鹿に思えてくるな。

 それもそうか。

 フィンはアリス様達のあの行動も見てないわけだし。

 純粋にそう思っててもおかしくないよね。


「……」

「フィン?」

「バグって、何なんでしょうね?」

「え? あれ? セーラの話聞いてなかった?」

「聞いてましたよ。けど、少し気になってまして」

「私もよく分からないけど、修正量が多ければ多い程、噛み合わなくなってくるんじゃない?」

「噛み合わなく、か」

「既存の部分と修正部分との整合性が取れず、不具合が起きるなんてよく聞くし。その為のテストだけど、今回はテストもなしのぶっつけ本番。本来ならテストプレイで見つかるバグがここでは起きてるかもね」

「酷く現実的だ」

「現実的じゃないバグなんて怖いでしょ?」

「生身の人間がゲームの中に入った非現実が起こってるのに?」


 フィンは肉がメインのトレイを受け取ると鼻で笑う。


「非現実は一つとは限らないのでは?」

「え?」


 一つとは、限らない?

 それは、どんな非現実を指しているんだ?


「フィン?」

「私は先に席を取ってますので」

「非現実って?」

「……案外、非現実なんてそこら辺にいて、尚且つ貴女が思い悩んでる事かもしれないですよ? ローラ様」


 私が?

 そんな疑問を投げかける前に、フィンは私に背を向ける。

 一体、どうしたのだろうか?

 私が思い悩む事?

 何だ?

 そんなものは五万とある。


「お姉様、フィンさんは?」


 魚がメインのトレイを持ってきたセーラが顔を出す。


「あ、ああ。先に座ってるって」

「何処らへんに座られたんでしょう?」

「人、多いもんね。少し待ってて。もう少しで私のトレイも受け取れるから。そしたら、一緒に探そ?」

「はい。でも、お姉様魚じゃなくてよかったんです?」

「え? ああ。うん。何か、急にお肉食べたくなったからいいんだよ」


 本当は、アリス様のことを考えていたら並ぶところを間違えだけだが。


「お姉様、何か心配事がおありで?」

「……何で?」

「今朝から、少しお姉さまの元気がない様に感じます。私の気のせいかもしれないですが……」


 セーラにさえ、感じ取られるのならばフィンには筒抜けだろうに。


「……ねぇ、セーラ」


 もし……。

 もしも……。


「はい?」

「魚、美味しそうね。私もそっちにすれば良かったなー」

「お姉様ったら。お肉が食べたいとおっしゃられたばかりなのに。いいですよ。少し交換しましょ?」

「え? いいの? やったー!」


 口にするんじゃない。

 不安の種を振り撒くんじゃない。

 私は弱くない。

 もう、弱い自分ではないだろ?

 抑え込め。

 自分の不安を他人に擦りつけるな。


「ふふふ。お姉様はたまに子供らしくなりますね。可愛らしいです」

「そう?」

「ええ。あの世界で会ったお姉様は、いつも大人の顔をされてましたし」

「そうかな? ま、私しか大人じゃなかったしね」


 無理をしていたわけではない。

 だけど。

 気を張っていたのは確かだ。

 私達はトレイを受け取るとフィンと合流して、昼食を楽しんだ。

 あの時代でも、こんな時間を許さなかったのは私自身だ。


「午後からどうする?」


 トレイを返却しに出口に向かう途中に声をかける。


「そうですね。私は図書館に行く予定です。お姉様方もいらっしゃいますか?」

「いいね。行こうかな? ね、フィン」

「私は……」


 その時だ。

 扉からアスランの姿が見えた。

 彼も、昼食を食べていたのだろうか。


「あ、アスラ……」


 声を掛けようとした瞬間だ。

 アスランが私たちを見て、驚き背を向けて走り出したのは。

 まるで、私たちから逃げる様に。


「アスラン?」


 何だ?


「……ローラ様、セーラ。申し訳ないですが、図書館にはお二人でどうぞ。私には、用事ができましたから」

「え?」

「では、失礼します」


 そう言うと、フィンもアスランを追う様に走り出した。


「ちょ、フィン!?」

「フィンさん、行ってしまいましたね……。どうしたのでしょうか?」

「いや、私もよくわからないかな……?」


 アスランもフィンも、いったいどうしたと言うのだろうか?

 フィンは、何かに気付いている?

 それは、一体、何に?

 

 



次回は8/3(月)の昼12時に更新予定です。

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