Overflow~とある高校生たちの恋愛事情~

魚思十蘭南

はじまり。【弓坂×小山】

左隣の席の小山は少し変だ。

なぜか俺の方によく消しゴムを落とすし、教科書を持ってきているはずなのに見せてくれと頼んでくるし、俺と話す時はどこか遠くを見ている気がする。あと顔が赤くなる。

そんな小山のことが、俺はいつの間にか気になっていた。


だが1週間ほど前、俺が教科書を忘れて小山に見せてもらってから、小山が以前に増してぎこちない。

そこそこ仲がいいつもりでいたのだが、嫌われたのだろうか。

体育の次の授業だったし、汗臭かったのかもしれない。

春とはいえ制汗剤は必須だったか。


バスケ部の練習が終わり、俺は忘れ物に気づいて教室に向かった。

教室の前側のドアを開けると、教室の奥、窓際の後ろから2番目の席に女子生徒が座っていた。

小山だ。


「どうした小山。こんな時間に。」


「あ、忘れ物しちゃって...。弓坂君はどうしたの?」


「俺も忘れ物。」


「そ、そっか...」


やはりぎこちない。

目も合わせてくれない。

嫌われているようだ。

部活後の今の方が汗臭いが大丈夫だろうか。


俺は机の中から忘れ物のノートを取り出し、手早くカバンに仕舞い、教室から出ていこうとする。


「あ、待って。」


小山が俺を引き止めた。


「ん?」


振り向くと小山は顔を真っ赤にして俯いていた。

夕日の橙もあって余計に赤く見える。


「あ、あのね、この前教科書見せてあげたじゃん?」


おっと、自らそれに触れてくるか。


「あの時ね、すごく距離が近かったのね。」


そんなに嫌だったのか。

やっぱり汗臭かったか。


「あれから、弓坂君が近くにいるとなんだか胸がキュッてなるの。」


ああ、そうか。

余程臭くて嫌だったんだな。


「そうか、すまなかった。気づかなくて」


「ううん、大丈夫。それでね」


小山が顔を赤くしたまままっすぐこちらに目を向ける。


「わたし、弓坂君のことが好きです。前からそんな気はしてたけど、教科書の件があってからはっきり気づいた。良かったら付き合ってください。」


青天の霹靂。

小山が俺のことを好き...?

てっきり嫌われていると思っていたのに。


「えっと...」


何も迷うことはない。

俺も小山のことが好きなのだから。

ただ急転直下の出来事で気が動転している。


「すまない、少し動揺してしまった。」


小山はずっと頭を下げ、右手を前に出し、握手を待っている。

ちゃんと答えないと。

スーッと深呼吸をする。

握る手を待つ小山の右手を極力優しく掴む。

うわ、小さくて柔らかい。


「俺も小山のことが好きでした。こちらこそ、よろしく。」


「...本当に?」


顔をあげた小山は半泣きだった。


「本気じゃないとこんなこと言わないさ。」


「嬉しい...」


そう呟く小山の頬を涙が伝う。


「そういえば小山、忘れ物は大丈夫なのか。」


「ごめん、あれ、嘘。本当は弓坂君のこと待ってたの。弓坂君がノートの忘れ物しているのに気づいて、もしかしたら取りに来るかもって。」


そう言って彼女は笑った。


こうして俺たちは高校2年の春、付き合うことになった。

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