第50話
そうじゃない!
そういうんじゃない!
と言おうとしたその時、タヌ子は全身逆毛を立ててプルプル震えていた。
目の中が真っ白になって、いつの間にかところどころにハゲが出来たかと思うと、滝のように涙が流れ出していた。
タヌ子は部屋の中に走って行った。
「タヌ子! 違う! 違うんだ!」
いくら言ってもタヌ子の耳には聞こえない。
タヌ子は、うちに初めて来たときと同じ唐草模様の風呂敷を広げて、どこにあったのか、また昔っぽいやかんや鍋やおたまなんかをガチャガチャいれて肩に背負ってエレベーターの方に走って行った。
「タヌ子! 待って!」
呼んでも振り返らない。
走ってエレベーターに向かったが、ドアは閉まってしまった。
僕は急いで非常階段を駆け降りてタヌ子を追った。
タヌ子は大通りの方に走っていって、止まっていたタクシーに乗り込んだ。
僕の方をチラっと見ると運転手に何か話してタクシーは発車してしまった。
まだ間に合う!
あの信号が赤で止まればタヌ子に追いつけるはず!
お願いタヌ子!
行かないで!
僕は今までの人生の中でこんなに必死になったことが無いくらいに全速力で走った。
しかし信号は赤にはならなかった。
タクシーは非情にも僕からタヌ子を連れ去った。
心臓が今まで聞いたことの無いような音で鼓動している。
お腹の方から胸に向かってこみ上げてくる何かで吐き気がする。
ダメだ。
違うんだ。
僕はなんてバカなんだ!
マンションに戻ると、サキがしてやったりというような顔をして俺を見た。
「今すぐ出て行け!」
サキにそう言うと、僕はサキの持ってきた荷物をまとめてサキに渡した。
「は? 何言ってんの?」
「俺はタヌ子が好きなんだ! おまえじゃない! 二度と俺の前に現れるな!」
僕はサキが持っていた合鍵を奪い取って部屋から追い出した。
今頃になってわかるなんて!
タヌ子がタヌキの姿にしか見えなくったって、僕はタヌ子が大好きだ!
世界中で一番大事で、死ぬまでずっと一緒に居たいんだ!
タヌ子は、ペットなんかじゃない!
僕の彼女だ!
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