悪魔を道連れに

「ぐぅぅ!」


 あの人肉塔から飛び降りて数秒しかたっていないが、落下スピードは最高速度になり、空気の抵抗を全身で感じ、大きく口を開けると二度と閉じれないんじゃないかという不安から十分に息が吸えない。


 ゴゴゴゴゴっと耳が麻痺するほどの音。恐らく1分も経たないうちに僕は海に叩きつけられるだろう。それでまでに準備しなければならないことがある。


 轟轟と前からぶつかってくる風によって、ビデオカメラが吹き飛んでしまわないように、しっかりと右手で握る。フォルネウスを左腕でホールドしながら、左手を使い、カメラのモニターを下に向ける。


「ううっ!」


 瞼の隙間に強烈に風が入ってくる感覚。思わず目を閉じる。くそっ!と口に出しては言えないため心の中でつぶやく。ここで、バランスをくずし、フォルネウスに回している左腕を離してしまったら、僕がやりたいことが出来なくなってしまう。


「ふっ!」


 左腕をさらにきつく絞める。フォルネウスの洗脳はまだ解けていないようで、うんうんと唸っているのが耳に吹き付ける風の爆音に隠れて小さく聞こえる。



 月明かりが反射する波の穏やかな海面が近づいてきた。


 もし風でバランスを失って準備が手遅れになってはいけないと思い、さっそく、僕の頭の中に浮かんだ作戦を実行していく。


 左腕にひっかけていたフォルネウスの首を左手で掴み、風の抵抗を受けながら、左腕をいっぱいに伸ばす。右手に持っているカメラのレンズに彼の顔が映せるようになった。


「フォルゥネウスゥ!カメラのレンズっ!レンズを見ろ!」


 吹き付ける風に発音を邪魔されながらも、洗脳をかけられているフォルネウスに指示を出す。


「んんっん」


 喉から声を何とか出そうとしているフォルネウスだが、それは出来ず、渋々カメラの丸いレンズを見つめる。


 今、カメラのモニターにはカメラ目線のフォルネウスが映っているはずだ。カメラのモニターは今海側に向いている。


 フォルネウスは悪魔、鏡、そして、すべて自分がしたことだという彼女のヒントから、一つの可能性を見出した。


 僕が6日の深夜2時24分に行った合わせ鏡。あれは失敗していたわけではなかった。成功していたんだ。怖くなって途中でやめただけで、きっとあのまま続けていれば・・・・・・。


 エレベーターや『飽きた』と同じように、あの合わせ鏡も違う世界に穴をあける効果があるのだろう。そして、その穴を通るためのキーポイントはなんなのかを考えた。エレベーターなら手順を守り、案内役の彼女に出会う事こと、『飽きた』ならその世界へ行きたいという強い思い、そして鏡ならば、深夜2時24分、鏡に写った手持ち鏡の中に写る悪魔と目を合わせること。

 

「うううっ」


 気を失わないように、一生懸命に意識を保ちつつ、これから訪れる一瞬のチャンスを待つ。


 そう、もしこの状況で合わせ鏡を実行するならば、僕が持っているビデオカメラと悪魔の名を持つフォルネウス。そして、それを映す海面。


 海に叩きつけられる直前、海面ぎりぎりまで近づいたとき、ビデオカメラの光は海に反射し、合わせ鏡が出来るはず。フォルネウスにレンズを見させておいたのは、海面に写るモニターを見るだけで、フォルネウスと目を合わせることができるようにするためだ。


 落下スピードを考えれば、この作戦はほぼ不可能だと思う。しかし、やってみるしかない。失敗すれば、フォルネウスと一緒に海に叩きつけられ、即死。結果的に見れば、僕は死ぬが世界の危機を救う。それでもいい。だが、僕が体を持ったまま生き、フォルネウスを野望を打ち砕くためにとるべき行動はきっとこれしかない。


 不安要素は、成功したとしても、その先がどんな場所になっているか、僕の体どう変化するなど予想することは出来ないこと。



 海面がさらに近づく。時間てきにはもう02:24分のはずだ。元いた世界の僕も、あのお風呂場でオープニングトークを撮り終え、合わせ鏡を始めたころだろう。


 頼む・・・・・・成功・・・・・・してくれ!


 海面まで約数メートル。僕の全身の毛穴はガン開き。フォルネウスをささえる左手は汗ばみ、今僕が何を感じているのかもわからない。右手に握ったビデオカメラ。レンズを見つめ、何かを言いたそうにしているフォルネウス。


 耳に当たる風の音にはもう慣れ始め、遠くから海の波の音がかすかに聞こえ始める。


 そして、月の光が雲によって遮られ、海は真っ暗な鏡となった。


 近づく海面。死の恐怖を感じながらも、海面に写るモニターをたとえ一瞬でも見逃さないよう、予測を立て、視線を固める。


 そしてその時が来る。


 海面に、自分たちの影が濃く映されていく、そして、その中に光る長方形が見え始める。僕の視線はその中に映る悪魔の目を・・・・・・捉えた。




 数分前。


「ちょっと、嘘でしょ?そんなことしたら、フォルネウスが死んじゃうじゃない!」


 舵夜がとてつもないスピードで塔から落下するのを感じたドゥルジは持ち場を離れ、海岸沿いに来ていた。


「あぁ・・・・・・嘘嘘・・・・・・いやよ、まだ種明かししてないのにこれじゃ・・・・・・これじゃ・・・・・・尽くし損よ!」


 この世界にはもう愚かな人間はいない。もし、フォルネウスは死んでしまえば、残るはローズルのみ。


「嫌よ!あなたがいないと私、退屈じゃないのよぉ!」


 ドゥルジは膝をつき、泣き叫ぶ。


「あのガキ!絶対に許さないわ!許さないわぁ!」


 そして、男二人の塊は海面へ向かっていった。


「あああああああああああああ!!」


 ドゥルジは崩壊した。




 一方、塔の上にいたローズルは、二人が飛び込んだあと、何か狙いがあるのかと思い、二人の影を追いかけ、ずっとフォルネウスをの洗脳状態を維持していた。そして、二人が海に落ちたというのに、水しぶきをあげていないことと兄と舵夜の存在がこの世界から消えたことに気づく。


「もしかすると・・・・・・」


 ローズルは立ち上がり、そして心からこみ上げる喜びに顔を緩ませる。


「やったのだな!少年!あーはっはっはっ!」


 兄の束縛はもうないのだといううれしさがこみ上げる。彼の笑い声は、塔の上から夜空に吸い込まれていった。













 グゥゥゥゥゥゥゥン!


「!」


 僕とフォルネウスはスピードを保ったまま落下したが、海面にぶつかったような感覚はなく、むしろ、さっきまで感じていた空気抵抗は一切なくなり、耳にも風の音は聞こえなくなった。代わりに、車でトンネルに入ったかのような音と暗闇が目の前に広がる。


「一体何をしたのだ!」


「なっ!」


 ローズルの視界から外れ、フォルネウスの洗脳が解けたのだろうか、僕の体をいきなり蹴飛ばす。左手は彼の首を離してしまい、そのままフォルネウスと反対側へ飛ばされる。僕の体はくるくると回り、手を広げて止めようとしたが、掴むことも抵抗することもできず、止まるのに時間がかかった。どうやらここは無重力空間らしく、暗黒で包まれていた。


「はははっ!そうか、これが世界の狭間なのだな!でかしたぞ!」


 フォルネウスは暗闇を嬉しそうに眺める。


「なん・・・・・・だ?」


「?」


 僕の声だが、僕が出した声ではない。声のするほうを向く。どうやら頭の上から聞こえたようだ。


「あっ・・・・・・あれは!」


 僕だ。僕がこっちに向かって鏡を向けている姿が見える。やはり、今の瞬間はあのときと繋がっていたんだ!


「あそこに行けばいいのだな!」


 フォルネウスは手をくいっと動かし、その僕のいる世界めがけて上昇を始める。無重力空間かつ触れるものがないはずなのになぜ動けるんだ?


 そうか・・・・・・鎖だ。彼は腕に鎖を巻いていた。それを使って自分の体を引っ張っているんだ!


「くそっ!待て!」


 懸命にばたばたと動くが、全然うまく進めない。むしろ上下に向きが変わってこれを続けていたら気持ちが悪くなる。


 だが、気分が悪くなるからフォルネウスを止めなくてよいというわけではない。このままでは彼は僕の世界へ行ってしまう。


 僕の家族、学校の友人、先輩、世界中の人々が犠牲になってしまうことは間違いない。それだけは絶対に許してはならない!


「田中!舵夜!合わせ鏡をやめろ!やめろぉぉ!」


 大声をだし、鏡の前にいる無知な自分にことの緊急性を伝える。


 フォルネウスは僕の大声に見向きもせずにどんどん境界に近づいていく。


「やめろぉっ!鏡を外せ!」


 もう一度叫ぶ。声が枯れ始める。僕の必死な声が届き始めたのだろう向こうの僕が首を傾げ始め、こちらに顔を近づけ始める。よしいいぞ!そうだ、もっとだ!


「その間抜け面をもっと見せろばかやろう!お前のせいで僕はこんなにも辛い目にあったんだぞ!これからお前もおんなじ目に会うんだ!ざまあみろぉ!」


 言ってやった。自業自得とはこのことだと思うが、少しすっきりした。向こうの世界の僕は、恐怖を感じたのだろうか。得体のしれない恐ろしいことが起きようとしていることに気づいてくれたのだろうか、勢いよく鏡をはずす。そのとたん、暗闇から波のような力がもの凄い勢いで僕たちの体を押した。


「そんなぁ!もう少しだったのにぃ!どうなっている?!わぁぁぁぁ!」


 フォルネウスは絶叫しながら、遥か遠くに流されていく。そして声は聞こえなくなる。


「うあぁぁぁぁ!」


 僕も例外ではなく、遠いどこかへ流されていった・・・・・・。

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