平行世界にさよならを
目が覚める。
「う・・・・・・ん」
突然、今まで感じていなかった体の重さをズッシリと感じる。
冷たい風が体を撫でていく。どうやら僕は横になっているようで、目を開けると夜空の星々が見える。ズボンのポケットにはいつもの携帯とビデオカメラがあるのを感じた。
「起きたようだな」
眠りから覚めた僕の顔を覗き込む男。フォルネウスだ。
「弟の洗脳をあと少しでも解くのが遅かったら、君の体はケチャップのようになっていただろう。感謝したまえ」
「あ・・・・・・そうだった、それはありが・・・・・・ん?」
体を起こそう手を地面についたとき、土やアスファルトとは違う冷たい感触を得た。
「これは?」
「塔の最上階だ」
「!」
月あかりに照らされようやくここがどこであるかわかった。僕の手は死体の頭を撫でていた。生前の温かみもなく、コンクリートと一体化したその骸は苦痛の表情を浮かべているようで、一面赤色だった。
「君の行いは私を怒らした。約束通り、少し乱暴な手を加えさせてもらうよ」
フォルネウスは手をくいっと動かし、塔の下から鉄の十字架が宙を舞い、近づいてくる。
「・・・・・・!ローズル!」
「おっとそこから動くなよ」
僕の目に映ったのはローズル。十字架に磔にされていた。
意識が朦朧としているローズルの顔はぐったりとし、鉄の棒をかまされ、言葉を発することができないようにされていた。恐らく、フォルネウスが彼が力を発動できないようにしたのだろう。だが、僕が怒りを感じたのはそれだけではなく、必要以上に殴られたあと、絞められたあとがあった。
「お前!」
「しー」
フォルネウスがまた手を動かすと、ローズルを縛り上げていた鎖が絞まっていく。鎖はローズルの首もとにもあり、このまま続ければ彼の首も絞まってしまう!
「あぁ・・・・・・うぅ・・・・・・」
「フォルネウス!やめろ!」
「ならば、答えてくれるのだな?君の世界への行き方を」
「あぁ!教える!」
仕方がない。目の前で人が殺されようとしているのに、それを見捨てることは僕にはできなかった。だが、本当の行き方を伝えることもできない。なんとかして、この場をごまかしローズルを救い、フォルネウスから逃げなければ・・・・・・
後ろを見る。塔を降りるための階段の入り口が見える。しかし、遠くから眺めていたときより、この塔がどれほど高いのか僕は知っている。たとえ、ローズルを連れて階段を降り始めても、降りている間に、フォルネウスに出口をふさがれる、あるいはドゥルジに待ち伏せされ、なんなく捕まってしまうだろう。もう詰んでいるのかもしれない。そんな気がしてきたが諦めてはいけない。どこかに解決の糸口が・・・・・・。
「フォルネウス、この動画を見てくれ」
とにかく時間を稼がなければ、そう思い、ポケットに入れていたビデオカメラを取り出し、僕の世界で撮ってきた動画を見せる。消去したのはこちらに来てから撮った動画であり、ここに来る前以前に撮っていた動画はそのまま残っていた。紙に『飽きた』を書くシーンや、合わせ鏡をつくるシーン、そしてエレベーターのシーン。
「どもー皆さん!かじやんですっ」
画面のなかの僕が元気よく挨拶している。
「ここに、僕がどうやってここに来たのかをすべて記録してあるんだ。これら全部を試さないと世界を行き来できないんだ」
「ほう・・・・・・本当だろうな?」
「本当さ・・・・・・」
もちろん嘘だ。全部試さなくてもいい。むしろ、最後のエレベーターの手順さえできればよい。
モニターに映し出された映像を男二人で眺める。フォルネウスは画面のなかの僕を必死になって見つめている。最初に見たのは紙に『飽きた』を書いている動画だった。まさか、この動画の撮影中に精神だけになってこの世界から帰ってきた僕が映っているとは誰も思うまい。見返してみても僕にはやっぱり何も見えなかった。むしろ、動画にコメントを残してくれた二人はよくわかったものだ。フォルネウスの様子からみるとやはり見えていないみたいだ。
「うーむ。これは儀式みたいなものか?次は?」
「ああ、これです」
次に合わせ鏡の動画を見せる。またもや僕の元気な挨拶が始まる。
「あっ・・・・・・」
「どうした?」
「いや・・・・・・別に」
たしか、編集を入れたのはPCに取り込んでからだったから、これは無編集バージョン。つまり、僕が合わせ鏡の途中で怯えるシーンが入っている。そういえばそんなこともあったなと思い出す。あの時に聞こえた話し声はいったい何だったのだろうか?
声・・・・・・鏡・・・・・・。
「さて、あなたにヒントをあげないとね」 「よく聞いてね」
「まず、フォルネウスは悪魔。そして鏡。全部あなたが行ったことよ」
彼女の言葉が頭のなかに流れる。
深夜2時24分に・・・・・・
お風呂場の鏡越しに見える手鏡の中に悪魔が現れ・・・・・・。
お風呂場の鏡越しに悪魔と目を合わせると・・・・・・
あれっ?もしかして・・・・・・。
「どうしてお前は、鏡を見て怯えているのだ?」
フォルネウスが僕がビビった動画を見終え、僕に質問した。
「ははっ。鏡に童貞が写り込んでいたからな・・・・・・」
「?」
僕は次に、エレベーターを使う動画を開こうとする。その動画を選択する画面を開いたとき右下に表示された時間を見る。
02:15
「次で、最後だよ・・・・・・」
「これは君の試していたエレベーターの方法か」
これで最後の動画、これを見終えた後僕やローズルがどうなるか想像はできない。この動画を見終えれば、さっそく行動に移すだろう。ローズルを大人しく解放するか、それとも、僕をこの場で殺し、この塔の一部とされるか・・・・・・
「なるほど・・・・・・だから洗脳した君でも失敗したのか、エレベーターには一人しか乗ってはいけないのだな」
フォルネウスは必死に動画を見て知識を得ている。お前にわかりやすく伝わるようにしゃべりを勉強したわけではないんだが、それでも注意を向けさすことは十分にできている。
フォルネウスにばれないよう、ローズルの方を見る。
「!」
ローズルは目を完全に開くことはできてはいないものの、さっきよりは意識ははっきりしているようだ。不安そうな顔で、僕を見ている。
「ようし、お前の記録は全てみさせてもらった。さっそく試すとしよう」
フォルネウスはビデオカメラを僕に返す。
「なぁ、フォルネウス。まず先に弟さんを解放してやってくれ・・・・・・」
「・・・・・・だめだ。こいつが私に洗脳かけたという事実がある限り、彼にしゃべらせるわけにはいかない」
フォルネウスはもう一度鎖を閉め、拘束が緩んでいないかのチェックをした。
「そうか・・・・・・なら、僕はどうなる」
「君は、しばらくここに拘束する。すべての手順を実行しても君の世界へ行けなかった場合、罰を与ええるためにね・・・・・・」
フォルネウスは手をあげる。
「うっ!」
僕からは見えないところに鎖を隠していたのだろう、フォルネウスの手に長い鎖が集まっていく。
「暴れると、痛いぞ」
「くっ・・・・・・」
どうする?このまま捕まってしまえば、恐らく二度とフォルネウスを止めるチャンスは訪れない。
覚悟を決める時が来たのかもしれない。案内人の彼女の言葉を思い出す。僕の未来はすべてうまく行くそうだ。ならば、それを叶えるためには、なにが必要か。
それは僕の勇気だ。
「さぁ、手を出せ」
僕はビデオカメラをポケットにしまう。そのカメラに表示されていた時間が02:21分だったのは知る由もない。
「わかった・・・・・・手ェ出すぜ!」
僕は、右手を強く握りしめ、あの時とは違ってフォルネウスの顔正面に向かって突き出した。
「ぬうっ!」
フォルネウスはすんでのところでかわすも、急な攻撃によって体制を崩す。
「ローズル!」
鉄でできた十字架に近づき、ローズルに巻き付いた鎖を解こうとする。
「まず口だ!」
口に強く巻き付いている鎖をはがそうとするが、なかなか剥がせない。
「頼む!」
「うーうー」
ローズルはうなっている。後ろでフォルネウスがゆっくり起き上がる。
「往生際が悪いな!」
「頼む頼む!」
思いっきり鎖を引く!その動きに合わせてローズルは顎を引いたことにより、鎖がローズルの口からなんとか外れる。
「止まれ!」
ローズルの叫び声がフォルネウスの耳に届く。
「ぬぐう!」
フォルネウスの動きが止まる。
「やったぞローズル!」
フォルネウスは苦悶の表情を浮かべながら、その場に立ち尽くしている。
「諦めたのかと思ったぞ、少年」
ローズルは僕のやりとげた顔を見て安心したようで、フォルネウスに鎖を解くように指示をした。
フォルネウスは抵抗しているみたいだが、体の制御はやはり出来ず、ローズルの指示どおりに鎖を解いていく。そして、十字架から解放されたローズルはフォルネウスに念を送りながら、その場に座る。
「さぁこれからどうするのだ少年。このままだと、また洗脳は解かれてしまう。この塔を降りた先にはドゥルジが待っている。絶望的だ・・・・・・」
「いや、大丈夫だよローズル。僕はまだ君と、僕の世界を救うことはあきらめていないよ」
僕は、フォルネウスへ近づく。
「ねぇ、ローズル。僕が命令しても、フォルネウスは言う事聞く?」
「あぁ、聞くとも」
「そう・・・・・・」
僕は決意を固める。ポケットからビデオカメラを取り出し、時間を確認する。時刻は02:23。
「ローズル、元気でな!さようなら!」
僕は走り出し、痩せ細ったフォルネウスの体を肩に抱え、そのまま、人肉塔の最上階から雲ひとつない夜空に飛び出す。僕は再び身を投げた。
「ん?おい!」
ローズルの声がかすかに後ろから聞こえたが、今の僕を止めることはできない。
「んー!んんっ!」
フォルネウスは制御できない口で懸命にうなる。
前に進む力はあっという間に下に落下する力へと変わる。想像していたが、やはり、この塔はとてつもなく高い。
「ううっ!」
僕もフォルネウス同様唸る。ビルから飛び降りた時と同じような感覚。今回は真下にはアスファルトはなく、海が見える。僕の考えがあっていればうまくいくはずだ!
「気を失うなよ!俺!」
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