幽体離脱とタイムワープ
「すみません!誰か!誰か!僕が、見えませんかぁぁ!誰かぁぁ!」
夜で暗くなった町を叫びながら走る。いや、走ると言っても全然速度は出ていなかった。地面に足はつかず。浮いている感じで、まるで夢の中で走ろうとしてもうまく走れないみたいな感覚だった。僕を見てくれ、見えているならそう言ってくれと夜道で叫ぶ。
「すみません!おじゃまします!」
いままで行ったことのない居酒屋の中に入る。のれんに腕押しという言葉があるが、今の僕にはのれんに触れることもできず、のれんもドアも通り抜けてしまう。自分の身に起きている現象の重大さを再確認する。
中には顔を真っ赤にしたおっさんが数人いて、そのおっさんの顔の前にでて、僕が見えますか!?と叫んでみるも、誰も反応せず、つまみの枝豆を食べていた。なにか物を壊して注目を集めようとするも、その物すら触れることはできない。
「くそ!」
居酒屋を後にし、また暗い夜道へ。
今度は閑静な住宅街を駆け回りながら叫ぶ。
「助けてください!」
「聞こえますか!」
「お願いです!」
「誰でもいいから助けて下さい!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
こんな時間に、こんな大声で叫ぶ奴がいるだろうか?いたとしたらもうとっくに警察に捕まるだろう。だが、犬が吠えることも、怒号を飛ばされることもなかった・・・・・・。
時間は昼時。太陽は高く上り地上の生物に光を当てる。そのなかに生物なのか怪しいものが一つ。それは僕だ。歩道のアスファルトに腰をおろし、歩いている人をぼんやりと眺める。結局、夜から一睡もせずに僕は叫び続けた。しかし、誰も僕のことは見えないようだし、僕が触れられるものもない。まるで、僕だけがハブられたような感覚。
「影もない・・・・・・」
こんなにも天気が良いというのに、座っているアスファルトには僕の影は伸びていなかった。加えて、町を歩く人たちは強く吹く風で寒そうにしているが、自分は寒さを感じていなかった。
走り回った成果として得られたのは今日が3月6日であること。つまり、僕がエレベーターを使って平行世界へ旅を始める前日だ。つまり、僕はタイムワープしたという事だ。しかし、ただ謎が深まっただけで、タイムワープをした事実は今の僕を喜ばせることはできなかった。
「あっ・・・・・・」
いつもならしゃがむなどの動作をしていたら太ももに当たるものが今は無かった。カメラと携帯がないのだ。
「なんで?」
どこかに落としてしまったのだろうか?そもそも僕はどうやってここに帰ってきたのだろうか?
「そうだ・・・・・・パニックになって重要なことを忘れてた」
確かに僕は、ビルから飛び降りた。落ちていく感覚もまだ鮮明に覚えている。飛んでいる途中に気を失って、気が付いたら僕のベッドの上に・・・・・・僕がいびきをかいて寝ている上に・・・・・・。
「カメラと携帯は、向こうの世界にまだあるんだろうか・・・・・・」
それなら、今ここにいる僕はなんだ?まるで精神だけがこっちに飛ばされたかのような。
「そうだ・・・・・・もしかしたら・・・・・・」
アスファルトから立ち上がり、僕の部屋へ帰ってみる。夜に飛び出してから一度も帰っていなかったが、もしかすると僕はまだ寝たままで、いわゆる幽体離脱状態であり、僕がもとの体に戻ればすべて解決するのではないかと考えた。が、しかし。
「僕がいない・・・・・・」
部屋には誰も居なかった。三脚に固定されていたカメラも片付けられていた。
嫌な予感がする。
「この日で、この時間なら・・・・・・僕がバイトに行っている時間だ!」
ありえない。僕がここにいるのに、僕は勝手に歩いて行ったということだろうか?じゃあ、僕は幽体離脱したわけではないのか?
僕は見るのも懐かしいバイト先のスーパーへ行く。そして、見てしまった。西山先輩と話している僕を・・・・・・。
「はぁ・・・・・・」
再びアスファルトに座る。通行人はわざわざ僕を通り抜けて歩いてくる。日が沈み始め、車の通りも多くなる。数分前に試しに道路に立ち、車に轢かれてみようとした。しかし、案の定すり抜けていった。
「このまま・・・・・・僕は、誰にも会わずに死んでいくのか・・・・・・」
ローズルの決死の行動を犠牲に、やっとここまで帰ってこれたのにこの始末。彼の思いを無駄にしてしまったといいって構わないだろう。
今までこの世界は、科学ですべて説明でき、解明さてていない謎は、ほとんどないと思っていた。だが、今回の事件で、この世界は僕の思っている以上に謎に包まれ、知らぬが仏という言葉がいかにめでたい言葉であったのかを心の底から感じた。
「あんまりだ・・・・・・」
ずるっと鼻をすすり、こぼれ出る涙を手の甲で受け止める。
そして僕は泣いた。誰にも泣いている姿、声を聴かれないというのを利用し、号泣した。この先に僕に待ち受けているものはなんだろう。もしかすると、永遠にこのまま一人ぼっちなのか、それとも、突然、魂となって消えてしまうのか、どちらにしろ、孤独は人にとって死に近い。僕は死んだのたという怒りと悲しみが混じった感情になり、吐きそうになるのをこらえながらわんわんと叫んだ。
「こんなことになるなら!初めから、やらなかったのに・・・・・・」
うつむき、僕は考えるのをやめた。目をつぶり、あごのラインをつたって落ちていく涙を感じながら、僕は動くのをやめた。もうこのまま、ずっとこうして・・・・・・。
「本当に、悪運だけは強いんだから」
今朝から僕が求め続けていた出来事が起きた。僕の目の前に、誰かの足が見えた。女性ものの靴で、真っ白で綺麗な足が見える。足の向き、声の向きからして、この女性は僕に話しかけているのは必然だった。僕は勢いよく顔をあげ、目の前にいる女性の顔をみる。
「きっ・・・・・・君は!」
その女性は円盤型のUFOのようなつばの広い帽子をかぶり、黒い髪を帽子から出し、季節に似合わないかわいらしいワンピースを着ていた。
「はぁ・・・・・・ほら、早く立って。あなたの仕事はこれからよ」
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