平行世界の人肉塔

「はぁっ!はあっ!はぁっ!はあっ!」


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!


 エレベーターの閉めるボタンを人差し指で何度も押す。人差し指が疲れたら親指を使う。この世界に来た方法をもう一度実践すればきっと元の世界に戻れるはずだ!早くしなければ奴らが僕を捕まえに来る!


「4階っ4階っ4階っ」


 エレベーターの扉が閉まり、1階から4階へ上昇し始める。ゴウンゴウンと僕をのせた鉄籠が僕の体を不愉快に揺らす。元の世界へやったときは他の乗客が乗ってこない時間帯を選ぶ必要があったが、今は必要ない。なぜなら、この世界では僕以外の人間はいないからだ。だが、今の僕にはそんなことを気にしている暇はなかった。


 チーン。4階に着いた。扉が開く。もちろん誰も乗ってこない。ただ暗い廊下が見えるだけ。僕は閉じるボタンをまた連打し、次の目的地である2階のボタンをカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!と連打する。


「2階っ2階っ2階っ!」


 早く!早く!元の世界へ帰らなければ!エレベーターのあのフワッとする感覚は小さい頃は楽しいものだったが、今となってはより恐怖心を煽る要素になっている。このまま下に落下してしまうのだろうかと一瞬不安になるが、その感覚に慣れるとそんな心配はいらなかったと安心する。


 チーン。2階に着いた。扉が開く。もちろん誰も乗ってこない。どうせ誰も入ってこないから開いた瞬間から閉じるボタンをカチカチッと押す。そして6階のボタンを一所懸命に押す。


「ろく!ろく!ろく!」


 僕の焦りとは対称的に扉はゆっくり閉まり、再び一瞬の無重力を感じて鉄籠は上昇する。次の階で奴らが乗り込んでくる可能性もあり、できる限りエレベーターが扉が開いている時間を少なくしたい。


 チーン。6階に着いた。扉が開く。外からの冷たい風が入り込んでくる。その後閉じるボタンを押し、再び2階へ。


「うーっ!うーぅ!」


 ガタガタとエレベーターがさっき以上に揺れて降下を始める。


「うわっ」


 思わずビビッて声を出してしまう。一瞬奴らがエレベーターを揺らしたのかと思ったが、そうではないことがわかり、一安心する。


 チーン。驚いたことで血圧が上昇し、心臓の音が鼓膜で鳴り響いている間に2階に着いたようだ。扉が開く。よかった誰も着ていない。あともうすぐだ。


 扉をカチカチカチカチカチカチカチカチカチっと閉め、10階のボタンを押す。2階から10階に到着するまでの時間は今までより当然長い。その間、最悪の事態を想像していた。奴らが僕の居場所を突き止め、奴らに捕まってしまうことや、エレベーターが故障して元の世界へ帰れなくなることなど、考えれば考えるほど不安になってしまう。


 チーン。10階に着く。扉が開くがその先の風景を確かめずに扉を閉める。いよいよ正念場。いままでの上下移動は前座に過ぎない。今までとは違い5階のボタンを一回だけ丁寧に押す。手順がうまくいっていれば前回やったときのように案内役の不気味な女性が乗ってきてくれるはずだ。でももし、乗ってきてくれなかったら?僕以外に人間がいないこの世界であっても彼女は現れるのか?いや、そもそも僕はこの世界に来ることを予想できなかった。つまり、無事この恐ろしい世界を脱出したとしても、元いた世界に帰れるかわからないぞ・・・・・・。


 チーン。


「はっ!」


 5階についた。息をのむ。扉が開き、視界が広がる。廊下からコツコツと足音が近づいてくる。僕はエレベーターのボタンの前でじっと固まってその時を待つ。




 そして・・・・・・見知らぬ女性が乗り込んできた。円盤型のUFOのようなつばの広い帽子をかぶり、黒い髪が帽子から出ていた。直視は出来なかったため顔は見れなかったが、身長は僕の肩のラインぐらいなのはわかった。やっぱりこの人は普通の人じゃない。いったい何者なんだ。待てよ僕、そんなことを考えている暇はない。自動でドアが閉まったのを確認すると、人差し指で丁寧に1階のボタンを押す。しかし、エレベーターは上昇を始める。以前やったことがあるためこの光景に驚きはしない。きっとこのまま10階に到着すれば僕はこの世界では違う平行世界へ行く。運が良ければ元の世界に、元の世界に・・・・・・。僕は不安と希望を抱きながら数字が増えていく電子版を食い入るように見つめた。



7・・・・・・


8・・・・・・


9・・・・・・






「あんたは帰れないよ!」


 後ろから突然、大きな声で話しかけられた。


「うわあっ!」


 僕は振り向き、女性が長い髪の間から鋭いまなざしでこっちを見ていることに気づく。やばい。平行世界に行く手順中に女性に話しかけてはいけない。きっとそれは話しかけられたときも同じだろう、失敗したのだと心の底から思った。

 

「今のお前が元の世界へ行けば、ここの悪魔たちがお前たちの世界へやってくるぞ」


 チーン。10階。その廊下の先には何もなかった。


「奴らが君の世界を観測したら最後だ。大人しく、ここで息絶えな」


「えっ・・・・・・」


 そう言い残し、女性はエレベーターを降りて行った。


「ちょっと!待って!お願い、助けてよ!」


 女性の後ろ姿を追おうとしたが、運悪くエレベーターの扉が閉まってしまう。ドン!と激しく扉に肩をぶつける。


「くっくそ!なんでだよ!」


 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!と今度は開くボタンを連打。相変わらずこの扉は僕の思いに反するかのようにゆっくりと開く。全身から汗をかきつつ、降りた女性を追うしかし、誰も居ない。ここはとあるホテルの廊下。平行世界へ行くためには10階以上あるエレベーターを使わなければならない。今回は緊急だったためこのホテルを利用した。しかし、失敗した。もう時間がない。バッテリーが残り10パーセントを切った携帯のホーム画面で時間を確認する。18:15。 36分になれば奴らは僕に埋め込まれた発信機を追いかけてやってくる。そうか、彼女が危惧していたのはこのためか。


 非常階段を使用し、ホテルの屋上へ。時刻は34分。僕の体に埋め込まれた発信機は奴らに僕の位置を伝える。18:36分になれば、ローズルの洗脳が解かれ、奴らはやってくる。もしも、僕が元の世界へ行ったとしたら僕の世界の存在が奴らに知れ渡る。すると奴らはまたそこで殺戮を繰り返すのだろう。いや・・・・・・奴らにとっては趣味の一環としか思っていないのだろう。


「やっぱり、気持ち悪いな、あれ」


 僕は屋上から例の塔を見つめる。それは夕日によって神秘的に照らされていた。神秘的という表現は正しくないのかもしれない。ただ、これを神秘的だ、最高傑作だという奴らがこの世界にいるのだ。その塔は紅く、ときどき黒や肌色が見える。肌色という表現は人によっては何色なんだよと思うかもしれない。ある人は差別的表現だと怒り狂うかもしれない。日本人にとって肌色はうすだいだいや桃色を表しているが、日差しの強い国では焦げ茶、黒が肌色なんだろうと思う。だが、あえて僕はこの塔を肌色と表現する。なぜならば、すべての世界の肌色があそこに集中しているからだ。つまり、あの塔は日本人だけでできているのではないのだ。奴らから聞いた。この塔はこの世界に住んでいたすべての人間の死体から出来ているのだと・・・・・・。


 ビルの隙間から最後の力を振り絞るかのように日が強くなり塔が照らされた。そのおかげで塔が何でできているのかをはっきりと見ることができるようになった。不自然な方向に曲がった手足、穴だらけの顔、中途半端に抜け落ちた髪や歯。まるで、天に向かって助けを求めているかのようにその人肉塔はそびえたつ。てっぺんは残念ながら、角度の問題でここからでは見ることが出来ない。だけど、もし僕が奴らに見つかったらきっとそこに新しく追加されるのだろう。それだけは死んでもごめんだ。



 時刻はちょうど36分。時間だ。奴らが僕の居場所を見つけて飛んでくるだろう。それよりも先に僕は飛ぶ。先手を打ってやる。日は完全にビルの隙間に隠れ、足元は暗くなる。僕は、屋上の柵を越え、17階の高さから下を覗く。もう、これしか方法はない。ポケットにはバッテリーが切れた携帯と小型のビデオカメラがしっかりと入っているのを確認し、深呼吸。


「もう、疲れた」


 自殺を考える人はなぜ怖くないのだろうかといつも思っていた。だが、自殺をしなければならないほどに追いつめられている人は自殺する恐怖よりもさらに恐ろしいものから逃れようと必死だったのだなと、やっと理解できた気分になった。足を滑らせるようにそこから飛び降り、エレベーターのときとは比べ物にならないほどの浮遊感、不快感を感じる。股をぎゅっと閉められるような感覚が少し続き、いずれそれに慣れる。ああ、僕は死ぬんだ。動画のネタを探してこんなバカなことをしたがために。親にもバイト先にもお別れの挨拶なんてできていないのに・・・・・・。僕はこの世界で一人孤独に死ぬんだ。


 意識が遠のいていき、僕は猛スピードで地面に叩きつけられるのだと思って、いた。










「うぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 小さな部屋に響く僕の声。悪い夢を見ていたかのように飛び起きた。額に汗を浮かべ足は小刻みに震えている。


「ここは・・・・・・僕の部屋?」


 みなれた壁紙、天井。まぎれもなく僕の部屋だ。


「帰ってきた・・・・・・帰って来たぞ!」


 こころのうちから湧き出る喜びを体全体で表現する。ベッドの上に立ち、手足を伸ばしながら・・・・・・と思っていたが、ベッドを踏んだ感覚はない。下を見る。布団の上に僕は確かにいるが、いつものような肌触りではない。違和感を覚え、暗い室内を見渡す。そして、三脚に固定されたデジタルカメラが目に映った。


「あれ・・・・・・見覚えがある・・・・・・ぞ」


 僕は以前、この状態で撮った動画のことを思い出した。





ayaka:この動画を観て気分が悪くなりました。早く消した方がいい。変な物が映ってます。

 

oshima:同感です。このまま続けるとろくなことになりませんよ 


 

 背筋が凍り始めたかのように、体が震え始める。頭の中でははっきりと状況整理はできていないが、嫌な予感がだけが僕の思考よりも先走っていく。


 見たら後悔する。そう思っていたが、確かめずにはいられない。


 そしてみた。見てしまった。


 布団をかぶり、すやすやと寝ている僕の姿を。


 そして、六芒星を書いた紙に「飽きた」という文字と、金髪巨乳エルフのいる世界に行きたいと書いてある紙が枕元に置いてあった・・・・・・。

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