田中舵夜という男

「どもー皆さん!かじやんですっ。前回の動画を観て頂いた方はお久しぶりです。初めての方は初めまして!ゆっくり観て行ってね!さて、今日は新作お菓子のレビュー動画です。紹介するのは~」


 どぅるるるるる!(愉快なSE)

 

 バン!(豪快なSE)


「はいっこちら、メルジさんのカーール ハヤシライス味です!」 


 ジャジャーン!イェェイ!(痛快なSE)


「パッケージはこんな感じになってますけど、お味の方はどうなのでしょうか。実食!」

 

 ハアッ!!(爽快な雄たけびSE)


「もぐもぐ、ああ!これはすごい!香ばしい香りとともにハヤシライスの味がしっかりしますね~。まるでお母さんが作ったハヤシライスに直接カーールを漬けた感じでしょうか。量も多くて値段もいつものように安いのでぜひ食べてもらいたいですね!もぐもぐ、痛っ!ははは、口の中を傷つけちゃいました・・・・・・皆さんもカーールを食べる時は気を付けてくださいね」 


 ビュン!(明快なSE)


「最後までご視聴ありがとうございました!この動画を気に入っていただけた方はチャンネル登録をお願いします!下のコメント欄もしっかりチェックしますので質問や要望があればぜひ書き込んでください」


 テテテーテッテー・・・・・・(難解なED映像)






「はぁ・・・・・・これも200再生が限界かな・・・・・・」


 先日投稿したこの動画にコメント欄になにも書かれていないことを確認しながら、#舵夜__かじや__#は呟く。マンションの一室。ベッドの上には脱いだ服が雑に脱ぎ捨てられ、布団はしわしわ。昼なのにカーテンは閉じられたままで、四角いテーブルに乗ったPCの青白い光が、ペラペラなカーペットの上であぐらをかいている舵夜の暗い顔を照らす。彼の右手のそばにはさっき食べたカップ麺の容器があるが、汁をまだ捨てていないためゴミ箱に入れることができていない様子。ゴミ箱にはカップ麺のラベルとかやくの袋、その下には昨晩食べたコンビニ弁当のごみ、さらに下にはカーール ハヤシライス味の袋が見える。本棚には趣味で集めている漫画と小説、そして人気動画を作る99のコツというタイトルがついた本がよれよれになって置かれている。部屋の隅にはほこりがたまり、空気の流れが澱んでいた。


 田中舵夜は大学生で、有名配信者を目指して日々動画を投稿している。この町で一人暮らしを始めてから動画投稿を始め、それから一年が経ったがフォロワーは今だ十名程度、再生数も平均200回程度でそれを下回ることの方が断然多い。唯一三千回数までいった動画は食用のタガメを食べる動画だった。しかし、投稿者の食用タガメブームに便乗したという形で、運よく検索に引っかかって観られただけであり、その動画で人気になることは出来なかった。それは本人も十分に理解し、それに続けて自分を知ってもらおうと工夫を凝らしたが、効果はなかった。


「もうバイトの時間か・・・・・・早いな」


 このつまらない動画だけで食っていくことなどできるわけがない。というかフォロワー数や再生数からして収入を得るというスタートラインにも立てていない。近くのスーパーでバイトをしながら食費を稼ぎ、浮いたお金で娯楽と次回の動画のネタを探す日々を送っている。いつもならここに大学の講義に出席するという項目が挿入されるのだが、今は春休みで大学には用がない。加えて部活やサークルに入っていない彼は学校行事というものに縛られていなかった。縛られてはいなかったが、彼の行動を見守る視線が返って彼を苦しめていた。それは両親だ。

 両親は田舎に住んでいる。それゆえに時代の流れに疎いと思っている。動画投稿を始めたときも、これで億万長者になれる可能性があるのだという説明を理解してもらえなかったし、これが立派な職業なのだということも笑って聞いてくれなかった。大学生一年目は多めにみてもらえていたが、最近になって、いい加減現実味のない夢を追うのはやめて就職先についてもっと考えたら?と言いだした。我が子の全然注目されていない動画を視聴して耐えがたいと感じたのだろう。もしくは食用のタガメを涙目で食べている動画か?どちらにせよ恥ずかしいからあんまり観るなよって何度も言ってきたのに・・・・・・。きっと来年になれば親の子を心配する気持ちはさらに強くなるのだろう。僕がのんびりと動画を作っていられるのもせいぜいあと一年か。




「でも、汗水かかないと金が得られないシステムって僕はおかしいと思うんですよ」


「でた。田中のニート論」


 奥様方の昼食の材料買わなきゃラッシュが終わり、午後の夕飯の支度しないとラッシュが始まるまでの暇な時間。棚の整理をしながら、西山先輩と望む働き方について話していた。


「ニートにはなりません、ちゃんと働きますよ。でも、自分の体や心を病んでまで働かなくてもいいじゃないかっていつも思うんです。楽しく働いて、しっかりと生活ができるほどの給料もらう。家庭や結婚を後回しにして、ろくに休日も休まず、朝早くから夜遅くまで働いて一人前っていうこの日本のシステムを変えないとだめだと思うな~。現に、好きなゲームを実況するだけで生活成り立ってる人いるじゃないですか。絶対勝ち組ですって」


「じゃあ、田中。そういうお前にぴったりな就職先があるぞ」


「どこです?」


「ここの店長だよ。タバコ吸うっていう名目でさぼりまくれるし、給料も多めに取れるぞ」


「あっ確かに・・・・・・でも経済についてなんにも知らないから運営できるかな」


 ごっそりとカップ麺が無くなってしまったところに新しく商品を補充する。先輩は向かいのお菓子売り場に新作のカーール ハヤシライス味を並べていた。先輩を含めこのスーパーの従業員さんとは世間話ができる程度に仲が良いが、自分が動画を投稿しているということは秘密にしている。そりゃ、動画投稿がんばってるね!と日々応援されるより、あの有名配信者が実は彼だったなんて!というバレるひと時の方がうれしいだろう。うん、うれしい。きっと、うれしいんだろうな・・・・・・。西山先輩は僕より一歳年上で、このバイト先で一番最初に仲良くなった人だ。面白い話もしてくれるし、僕が言うことに対して何でも乗ってきてくれる。


「お肉に割引のシール貼るのを忘れさえしなければ大丈夫だよ。あと金の計算は機械がしてくれるから、計算が合わないってことも滅多にないだろうし、店長がやるのはシフトと給料を決めることとタバコを吸うだけだ」


 先輩はへへっとうすら笑いをしながら言う。だが、背後から近づく大柄の男性に気づいてはいなかった。


「店長の仕事はもう一つあるぞ」


「えっ、わっ!しゃちょっ!」


 先輩は後ろに立つ店長にやっと気づく。僕は知らんぷりをする。


「気に入らない店員をクビにすることだ!また、文句を言っていたな西山!」


「ごっごめんなさい!」


 西山先輩は首ではなく肩を掴まれ、揺さぶられる。僕はそれを眺め、冷や汗をかきながら笑っていた。



 

 最近、真剣に将来のことについて考えるようになってきた。親からのプレッシャーもあるが、動画投稿においてスランプ状態に陥ってしまったからだ。まぁ、スランプじゃないときはおもしろい動画を作れていたのかとコメントを書かれたら、マジレス乙しか言い返せないが・・・・・・。僕の言うスランプとは、おもしろくない動画を撮ってしまうという事ではなく、自分のやりたいことを動画にできていないということだ。つまり動画のネタ探しに困っている。

 ネタのストックが切れ始め、オリジナリティがあるネタが浮かんでこず、苦肉の策で商品紹介に手を付けるようになってしまった。はっきり言って新作の商品を紹介する動画なんてみんなやるし、よっぽどのことがなければ注目されることはない。他人がうまいだのまずいだの言っている動画なんて誰が観るんだ?加えて、ぱっとしないイケメンでも、筋肉モリモリマッチョマンでもない男がスナック菓子をぽりぽり食っている絵など誰が求めている?おっぱいが大きい美少女に生まれたかったと後悔しても遅かった。後悔したところで意味ないが。


「でも・・・・・・やるしかないよな」


 今日はコンビニで大好きなスパゲティ―と新商品として入荷された唐揚げを買ってきた。同じ商品で紹介動画をすでに上げている有名配信者もいるが仕方がない、これで動画を撮ろう。ゲーム実況もやりたいと思っていたが、機材をそろえると費用が高くつくことを知り、いまだに手をつけていない。ピアノや歌、作曲の知識もなければ、ダンスが飛びぬけてうまいわけでもない。ドッキリを仕掛ける相手も恋愛相談を聞いてやれるほどの経験もなかった。


 こんな平凡な男に何ができるのか。動画投稿を初めて、一年。画面に映る僕を見続けるほど、いかに自分がしょうも芸もない人間であるかを知らされてきた。自信を失い始め、将来のことを考えればここで無駄な労力を消費するのはやめるべきかもしれない。でも、あと一年。あと一年だけ頑張ってみよう。無理だったら、動画投稿を一旦やめて、普通の労働者としての道を歩もう。それがどうしてもきつくなったら、また動画投稿を始めよう。その思いだけが、今の僕をカメラの前へと動かす。少し値の張ったデジタルカメラの電源をつけ、自分の姿がどのように映っているかをまずチェックする。部屋のライトを調節して、しっかり手元が見えるように調節、服も着替える。ここまでしてやっと動画を撮る準備ができた。


「どもー皆さん!かじやんですっ。前回の動画を観て頂いた方はお久しぶりです。初めての方は初めまして!ゆっくり観て行ってね!さて、今日は・・・・・・」


 こんな、くだらない企画を続けていき、それなりに平凡な日常をこれからも送っていくものだと僕は思っていた。

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