第9話

ベッドから降りて伸びをする。


さて、とりあえず着替えるか。昨晩ヒデヲがまだ使用してない自分のツナギ型の作業着を1着くれるってことで、昨晩のうちにチヨが部屋に置いといてくれたようだ。

おー言ってた通りピッタリだ。おっと、メガネは胸ポケに入れておこう。

あぁ替えの下着も欲しいところだが贅沢は言えない。


身体にも異常はなさそうだ。頭痛なども特にない。

昨日のような調子の悪さは全く感じなかった。


……ま、やっぱり相変わらずおっさん、だけどな。

確認するように自分の無精ひげをなぞる。


体格は筋骨隆々と言った感じで全体的に太く、

死ぬ直前の体より骨格が一回り恰幅がよくなっている。

体重は確実に増しているような気がしているがその割に身体が軽い気がする。


今までの荒れた生活を耐えてきた精神と身体が一変、今の肉体が絶妙にマッチしている気がした。なんというか解き放たれた感じだ。


部屋を出て階段を下り、居間へとたどり着く。


そこには既にチヨがいた。


「あら、おはようございます。昨夜はゆっくり眠れましたか?」

「おはようございます。おかげさまでぐっすり、体調も万全ですよ! 今日はヒデヲの手伝い頑張ってきます」

「それは頼もしいですね。大変かもしれませんが、よろしくお願いしますね」

「それはこちらこそですよ。改めてになりますが、しばらくお世話になります」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから。好きなだけいてください。」

俺は一言礼を言って頭を下げた。


顔を上げるとチヨと目が合った。改めて見るとそりゃもう美人だな。

チヨの整った顔立ちはやはりメアの母親だと感じさせる。あの子は成長するときっと美人になるぞと思わせる。

年齢的に心は20代の俺よりも一回りは違うだろうが歳を感じせないというのはこういうことだろう。大人の色気に俺もたまらず見惚れてしまいそうだ。

いや、身体的に老けた結果ストライク範囲が上がったのか?


・・・・なんか、むちゃくちゃ恥ずかしくなってきたぞ。

あと、ヒデヲ!こんな綺麗な奥さん捕まえやがってドチャクソ羨ましな!

俺なんて電車が一瞬で劣化で婚期が焦土で干魃だわ!


「それに昨日はケンジさんがいて、ヒデヲさんはとっても楽しそうでした。」


終始という訳ではなかったが、ヒデヲが昨日の晩酌で機嫌が良かったのは容易に見て取れた。亭主関白っぽい雰囲気はあるが実際は尻に敷かれた気さくなおっさんといった印象だ。


「ヒデヲさんは・・・・いえ、私もですね。最近寂しさを感じてしまって。昨夜の話覚えていますか?」


昨夜の話?どれのことだろうか?


「実は少し前から、息子が帰ってこなくなってしまって。いえ、帰ってこないなんてことは頻繁にあったのですが、息子がよく行っていた都市からいらした知人の方に消息がわからなくなったと言われました。」

「えっ、息子さん消息不明だったんですか!?」


昨日はそんなこと一言も触れずに陽気な話をしていたけどそんな事実があったとは。


「私もヒデヲさんもあの子の自由奔放さを尊重していましたらから、心配はすれどあの子を信じていましたからフラフラとしていても咎めたりはしていませんでした。いつも必ず帰ってきましたから。でもある時から帰ってこなくなってしまって・・・・。当然、私たちはあの子がどこかで元気にしていてそのうちひょっこり帰って来ると信じています。だから日頃は気丈に振舞えていますけど、やっぱり辛くなる時もあるのです。」


チヨは顔俯かせている。

返す言葉が見つからず気まずい空気が流れる。


「ごめんなさいね。昨日会ったばかりの方にこんな事聞かせてしまって。ケンジさんとはなんだか初めてあったとは思えなくてついつい話してしまったわ。」

「気にしないでください」


「・・・・でも、昨日はとっても笑っていて。楽しそうにしているヒデヲさんが久しぶりに見られて本当に良かったわ。だから、ありがとうございます。」


顔を上げて和かに微笑む。本当に笑顔の似合う女性だ。

仕事の形式上ではない本心からの感謝なんていつ以来だろうか。照れ臭いぜ。

しかし、借りてる部屋は息子さんのだ。

やっぱりずっと借りてるわけには行かないな。


「あっ、部屋のことは気にせず自由に使ってくださいね。空いてない方が寂しくないので」っと見透かされたように言われた。


チヨは体を半転させると笑顔でテーブルの中央を促した。


「朝食と、昼食用のお弁当を作ったのですが、朝食は食べていきますか?」

「昨晩たっぷり御馳走になったので朝は大丈夫そうです。その分お昼に食べようと思うので一緒に持って行けます?」

「わかりました。じゃあまとめて昼食用に用意しますね」


チヨはテーブルに用意されていたおにぎりやサンドイッチを手際よくまとめお弁当と一緒に風呂敷にまとめていくのだが、こうして見ると用意されている分量がかなりあるな。多く見積もってもふたり分という訳ではなさそうだ。


「はい、準備出来ましたよ。頑張ってきてください」


チヨは穏やかな笑みを浮かべる。


「えと…………あり、が、とぅ」


その笑みに思わず見とれてしまい、照れ臭くなって今回も言葉に詰まってしまった。尻すぼみだし。

一人暮らしが長くて面と向かって感謝を述べる事なんてのも無かったし。


チヨはそんな俺を見てクスクス笑うのであった

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