7

 母も姉もいたから、どちらかと言えば新海は、家族の中では父同様、世話を焼かれる側だった。

 付き合う女はどちらかと言わなくても自立していて手がかからないというタイプばかりで、こちらでも機会はなかった。自己分析したことはなかったが、多分、そういう女が好みなのだろう。

 だから、自分が案外世話焼きタイプなのは、柚木と知り合うまで知らなかった。柚木と、というか、柚木とその部下たちと、というべきか。

 子供みたいに手がかかる奴らの世話を何くれとなく焼くのは苦にならず、そもそも世話をしているという自覚すらほとんどない。これは案外発見だった。

 しかし、そういうことに気が付いたのが三十路も半ばになってからというのは情けないが、まあ、気づいただけよしとするしかない。

 その日も新海は、クリーンサービスの四人──柚木と岡本以外──に掃除をさせていた。

 面倒を見ているというより雑用をさせているみたいだが、実情は違う。仕事がなくて暇で死にそうだと駄々をこねる四人に、だったらビルの清掃でもしろと言ってみた。本当にやるとは思っていなかったし、奴らも笑っていただけだった。

 しかし、もう何でもいいから動きたいと渡邉が立ち上がったのを皮切りに、清掃が始まった。

 何せ奴らはプロである。最初は適当に遊んでいたくせに、やり始めたら目の色が変わってしまった。張り付いて適当でいいんだ、そんなところまで綺麗にしなくていいから、と言い聞かせていないと、すり減ったリノリウムの目地まで掃除しかねない勢いだ。

 しかも、一旦PCを閉じようと管理人室に戻ったら、堀田が管理人室も掃除すると言い出したので必死に止めた。見られて困るものもなんか持っていないが、新海が慌てたのは、この間穿いた直後にたっぷり汚して洗っておいた柚木の下着が放置してあるからで──眺めているわけではなくて、返そうと思っていたから──畳んだ下着、しかも男物の一枚くらい問題ないかもしれないが、一応余計な危険は回避してみた。

 まあそんなこんなで行きがかり上、清掃係の監督官みたいになっていたところに、奴らはまとめてやってきた。

「あれ、何やってんの、みんなで!」

「おー、お前ら感心だな、おい」

尚哉なおや、ちょっと時間ある?」

 順に、岡本、柚木、友里子。友里子は柚木と岡本に続いて階段を登ってきたが、当然奴らの連れではない。背後から突然かかった声に柚木と岡本が同時に振り返る。友里子は見知らぬ男たちにガン見されてちょっと驚いた顔はしたものの、彼らに構わず、まっすぐ新海に歩み寄ってきた。

「何でここが……」

 新海に笑みを見せ、友里子はちょっと首を傾げた。

「メッセージとか電話は尚哉もいつも応答できるわけじゃないだろうし、それなら会った方が早いでしょ。お姉さんに訊いたら教えてくれたから」

「ああ、そう」

「どこか話せるとこない? 外でもいいよ」

「今は──」

「新海さん、ここは大丈夫っすよ」

 渡邉が言って、他のやつらもこくこく頷く。柚木と岡本の二人は頷くも何もなくぼんやりこちらを見ていたが、それが新海を見ているのか、友里子の結構大きな胸を見ているのか、新海には分からなかった。


 ノックの音がしたので返事をすると、ドアが開いて、隙間から柚木の片目が覗いた。

「……お取込み中?」

「いや」

「そっか」

「隙間から覗くな、なんか怖えから」

 新海が言うとドアががばっと開いて柚木が入ってきた。さっき戻ってきたときは作業着だったが、今は私服に着替えている。少しだけ光沢のあるネイビーのシャツにスリムな黒のパンツ、パンツはノータックでセンタープレスだった。

 普段の柚木は大体デニムにTシャツかチェックシャツ、みたいなカジュアルな格好だが、たまにこういう服装で現れる。何か用事があるときだけかと思ったが、前に訊いたら単に気分だと言っていた。シャツの裾はきちんとパンツにたくし込まれていて、細い腰が普段よりさらに細く見えた。

「なんかうちの奴らが駄々っ子だったみたいで」

「ああ」

 新海は思わず笑った。確かに駄々っ子だったが、お陰様でビルの中は一部だがやたらと綺麗になった。

「いや、全然。でも仕事ねえってぶつぶつ言ってたけど、お前らは仕事だったんだよな?」

 柚木と岡本が作業着だったことを思い返して言うと、新海は頷き、何故かソファの向こう端の一番遠いところに腰を下ろした。

「まあ、でも仕事っても大したもんじゃなかったからな。知り合いに呼ばれたんで顔見せに行ったくらいで。だから、別にあいつらも本気で拗ねてたわけじゃねえのよ」

「ふうん」

「そんで、今日あいつらと飲みに行くんだけど、あんたも誘えってさ。何か用事ある?」

 言われてみれば、何度も運転をしているし喫茶店でも割と一緒に過ごすが、柚木以外のクリーンサービスの面子と飲んだことはなかった。

「用事はねえから、俺はいいけど」

「じゃあ後で時間とか」

「ああ」

「うん」

「で?」

「え? 店とか? 直行する?」

「いや、その話じゃなくて」

「は?」

 柚木はソファの上に両脚を引き上げてシャツの胸ポケットから煙草のパッケージを取り出し、何故か吸わずにそのまま戻した。

「何だよ?」

「何でそんな離れて座ってんだ」

 必要以上に端っこに寄っている柚木を眺める。

「いや、ソファの上だし、別におかしくねえよな?」

 柚木はそう口にしたが、それと分からないくらい微かに強張った頬が気になって、新海は首を傾げた。

「まあ、そりゃそうだけど、そんな離れなくてもよくねえか?」

「いやいや、くっついてたら不自然だろ」

「別にくっついて座ってねえよな、いつも。つーかその離れっぷりのが不自然じゃねえか?」

「志麻が来るかもしれねえし」

「何で志麻? まあいいけど、で?」

「いや……だから──」

 苛立ったような顔をして前髪をかき上げた柚木は、そのまま頭のてっぺんをぐしゃぐしゃとかき回して溜息を吐いた。

「あー、悪い。ちょっとイライラしてて」

「仕事で?」

「……いや、ていうか……色々」

 もごもごと口の中で呟いた柚木は、結局自分の膝の上に顔を伏せてしまった。ぐしゃぐしゃになってしまった髪の毛がふわふわと揺れている。普段よりドレッシーな格好だけに、その落差がかわいらしくて新海は思わず笑った。

「なに」

 顔を伏せたままの柚木が不貞腐れた声を出すから、新海は一層笑った。

「いや──」

「なんだよ!」

「かわいいなと思って」

 うっかり口に出したら、柚木がぱっと顔を上げて新海を見た。びっくりした子供のような素の表情に、新海のほうが却って面食らう。唖然として見ていると、子供みたいな顔は見る見るうちに険しくなって、眉間に深い皺が刻まれた。

 明らかに機嫌を損ねたようだが、そこまで怒ることだろうか。新海は腰を上げ、柚木の脚に密着するくらいまで近づいた。

「──狭いじゃねえか」

「何怒ってんだよ」

「怒ってねえ」

「柚木」

 新海は柚木の脚を両腕で抱え込むようにして引っ張った。仰向けになった柚木の上に乗っかって顔を覗き込む。

「じゃあ何か言いたいことでもあんのか」

「何も──」

 柚木は途中で口を噤み、少し躊躇ってから口を開いた。

「俺には関係ねえって分かってるけど」

「うん?」

 乱れてしまった髪の毛を撫でつけてやったが、柚木は嫌そうに頭を振って新海を睨み、手を払いのけながら低い声で呟いた。

「……あんたのこと、名前で呼んだ」

「え?」

「あの女、誰?」

 表情としては、平素と特段変わることのない柚木の顔。それでも、瞬きするくらいの僅かな時間、目の上を過った色合いに新海の頭は一瞬で沸いた。

「──!!」

 体重をかけてソファに柚木を沈めるように押し付けた。噛みつくように口を塞いで舌を絡める。新海の背に回された柚木の掌が、引き剥がしたいのか縋りたいのか迷うように彷徨って、新海のシャツの布地を握り締めた。

 いいだけ貪って突然唇を解放したら、柚木は戸惑ったように小さく掠れた声を上げた。肩を掴んで身体をひっくり返し、ソファにうつ伏せに押し付ける。腰を引き寄せて乱暴にベルトを外し、下着ごとパンツを膝まで引きずり下ろした。

「ちょ──新海っ! あんた何」

 高く掲げさせた腰を掴んで強引に捻じ込む。柚木は座面に頬を押し付け目を閉じて、歯を食いしばって呻きを漏らした。

「んっ──ん、う」

 誰が入ってくるか分からない。分かっていたが、誰が来たって構わなかった。

 へたった安物のオフィス家具。合皮のソファは掃除が楽でよかったと、頭の隅でどうでもいいことを考えた。


「あれぇ、新海さん顎んとこどうしたんすか。ちょっと青くなってますよ」

 渡邉がでかい声を出したので、その場にいる全員がこちらを向いた。

 とはいっても、ここにいるのはユズキクリーンサービス御一行様と新海、それに店の主人だという男一人だけだが。

「あっ! もしかして、アレ! アレっすか! 昼間の!」

「昼間って?」

 唯一その場に居合わせなかった男が無邪気に訊ねる。渡邉が席を立ち、カウンターの向こうの男が差し出した料理の皿を受け取りながら言った。

「それが聞いてくださいよ、丸田さん! 新海さんってば、すげえ可愛い彼女の存在、ずっと隠してたんっすよー」

「へえ? そうなんだ?」

「そうっすよ、なんか小さくて、こう細くてぇ、女子って感じの!」

「いやそんな小さくなかったよな?」

 石津が冷静に突っ込む。

「細くて可愛かったのは確かだけど、背は標準だったと思う」

「えっ、マジで!? えっ、あっそうか、新海さんがデカいから!? っていうか、や、それはいいんすけど」

「いいのか」

 新海の突っ込みは無視された。

「だから、あの後彼女さんと喧嘩でもしたんじゃねえっすか、っていうアレですよ!」

「いや、さすがに痣できるくらいの力で女に殴られたことはねえよ」

 新海が笑うと、渡邉は何でか知らないが残念がったが、痣の話は何となく立ち消えた。

 ユズキクリーンサービスの行きつけだというこの店は、飲み屋街の端っこ、裏通りの汚い雑居ビルの三階にあって、一見客がふらりと入ってくるような店ではなかった。

 一応創作イタリアンだか何だかという看板がかかっていたが、さっきから出てくる料理はエビチリだとか青椒肉絲だとか中華ばかりで、味はいいのだが訳が分からない。

 店は狭くて、小さなテーブルが三つとカウンターが数席しかない。野郎ばかり七人も入れば結構窮屈で、結局、離れたところに座った痣の原因とはほとんど口をきけなかった。

 新海のもので汚れた柚木の下半身を拭い──ちなみに、手近なものを掴んだら、それは畳んであった柚木の下着で、また預かる羽目になった──身づくろいを手伝ったが、終わった途端無言で顎をぶん殴られた。ただ、威力はそれほどでもなくて、腫れもない、内出血だけで済んでいた。

 打撃に腰が入っていなかったのは手加減してくれたからなのか、短時間だが酷使した腰が痛んだからなのかは分からない。

 柚木はそのまま何も言わずに出て行ったが、怒っているのかそうでもないのかは、それだけでは判断できない。無理矢理犯したようにも見えかねない状況で、それでもあれは合意だったと思うのは、自分に都合のいい解釈だろうか。

 新海も身体能力はそこそこ高い方だと思うが、柚木のそれは多分まったくレベルが違う。完全に体重をかけて抑え込んだとしても、多分柚木は新海を押し退ける──穏やかな言い方をすれば──ことができるだろう。

 だから許された、なんて。

 傲慢で無神経極まりない。分かってはいたが、普段どおり楽しそうに飲み食いする柚木を目の端に常に捉えていても、今は確かめる術がなかった。

 そうやって時間は過ぎて、飲み会としては当たり前に楽しんで、店はやっぱり創作イタリアン店だと主張する店主に首を捻りつつ、柚木の鶴の一声で宴会はお開きになった。

「新海」

「柚木?」

 店を出て少し歩いたところで、後ろから呼び止められた。

 自宅の方向はばらばらだったので、店の戸口で解散した。確か柚木は岡本と一緒の方向に歩いて行ったはずだ。

「忘れ物か?」

 柚木は新海から数歩離れたところで立ち止まった。それ以上は近づかず、声をかけたくせに黙って立っている。夕方管理人室で半分脱がせたスリムパンツは勿論きっちりベルトが締められて、シャツにも何の乱れもない。

 少しだけ酔っ払った顔で、それでも服装と同じくらい、柚木はしゃんとして見えた。

「どうした」

 重ねて問うと、柚木は僅かにたじろいで、そんな自分を断ち切るように一歩だけ新海に近づいた。

「あんた、これから用事ある?」

「これから? ねえよ」

「──じゃあ、俺んち来る?」

 柚木はシャツの胸ポケットから煙草を取り出した。銜えて火を点け、煙を吐き出す。深夜に近い時間帯でも、都会の繁華街に暗闇なんて存在しない。薄く白くたなびく煙が尾を引いて、星も何も見えない空に流れて行った。


 柚木の部屋は店から歩いてすぐだった。新海が管理人をしていて、且つ今は住まいにしているビルからはのんびり歩いて徒歩十五分くらいだろうか。こんな近くに住んでいたのか、と思ったが、意外というわけでもない。

 マンションはそれなりに築年数が経っていそうだったが、みすぼらしくはなかった。最新のセキュリティ設備なんかを重視しないなら、結構上等な部類に入るだろう。

 ドアを開けて柚木が先に部屋に上がる。鍵をかけて部屋に入ったら照明が点いて、新海は思わず三和土で棒立ちになった。

「……何やってんの? 上がんねえの」

 柚木がブラインドを下ろしながら振り返り、怪訝そうに眉を寄せた。

「いや──」

 部屋は広くて綺麗だった。それは別に驚くことでもないが、新海が驚いたのは、部屋の状態というか、内装というか、とにかく諸々すべてにだった。

「何?」

 リビングの入り口で突っ立ったままの新海に目を向け、柚木は片頬を歪めて笑った。

「……あんた、もっと何もねえミニマリストの部屋みてえの想像してたんだろ」

「ああ──」

 自分は空っぽだという柚木。サボテンすら枯れる、ほとんど戻らない部屋。

 そう聞けば誰だって、殺風景で何もない部屋を想像するものではないのだろうか。

 勿論散らかってはいないし、ごちゃごちゃと物が多いわけでもない。だが、柚木の部屋はちゃんと生活感があり、居心地が良さそうだった。インテリアのセンスは──柚木自身が設えたかどうかは知らないが──いい。あちらでの生活の影響なのか、植物こそないが、海外ドラマの登場人物が暮らす洒落た部屋を思わせた。

 一人掛けの革のソファが二つ。床に敷かれた厚みのある数枚のラグ、目に痛くはないが、アクセントになる色とりどりのクッション。モノクロの写真やシンプルなアートが入った大小の額があちこちにかけてある。

「中身と同じく部屋も空っぽだって? あんた案外想像力貧困だな。そんなんじゃ駄目じゃねえの、サラリーマン」

「今は違うけど──まあ、返す言葉もねえな」

 にやりと笑った柚木は、不意に笑みを消して苦笑する新海の前に立った。さっき路上で煙を吐きながら見せたのと同じ顔。何かをどこかに置き忘れたか──そうでなければ持ちきれなくて置き場がない荷物をどうしたらいいか分からないという顔で。

 手首を掴んだら振り払われたが、拒絶ではなかった。その証拠に、柚木の手が伸び、足が前に出て、気が付いたら柚木に胸倉を掴まれ引き寄せられていた。

 激しく舌を絡ませ、噛みつき合いながらよろけるように廊下に出た。柚木が進む方へ、服を剥ぎ取りながら歩を進める。寝室らしきドアを後ろ手に柚木が開けて、二人して縺れるように部屋に踏み込んだ。

 インテリアを見ている余裕はなかったが、ベッドがやたら綺麗に整えられていることくらいは認識できた。家事をする人間でも雇っているのか──それとも、昨日はここで寝なかったのか。

 そう考えた途端腹の奥底から湧き上がる何かに喉の奥から低く唸り声が漏れる。

 ベッドの上に押し倒し、脚を押し広げて屈み込んで、柚木を掴んで頭から食らいついた。口蓋で先端を擦りながら舌を這わせると、柚木の背が撓って口中のものがひくりと跳ねた。

 舌に感じる苦みは体液の味なのか、それとも腹の底で燻る何かの味なのか。夕方の柚木を思い出して腑に落ちる。あの女は誰だと訊ねた柚木の目を一瞬過ったものも同じだろう。

 単に嫉妬と呼んでいいのか、自分勝手な独占欲か、それとももっと違うものなのかは分からないが。

「昼間来てた彼女は、友里子って言って」

 身体をずり上げ、こちらを向いた柚木の顔を覗き込んだ。

「結婚するはずだった」

「あ──」

 勃ち上がって雫を垂らすものを掌で包んで擦る。同時に指を中に挿し入れた。

「姉貴のことで会社辞めることになって、色々話して結局結婚も止めた」

「んっ、あ、待……新、海──っ」

 柚木が新海の腕を押さえ、逃れようと身を捩る。だが、構わず指を増やして掻き回すように動かし、柚木が何か言いかけるのに言葉にできず身悶えるのを見下ろした。胸から肩にかけて広がる猛禽の翼が、薄暗い中でざわざわと羽ばたいたように錯覚する。

 柚木の唇に、本人の体液で濡れた指を滑らせる。唇の隙間から歯列を割って口腔内に指を突っ込む。舌を撫で、もう片方の指と同じように動かした。

「式場の予約とか、新居の契約とかも色々済んでたからな」

 喘ぐ柚木の目が眇められ、そうしてまた、何かがそこに閃いた。

「友里子とは」

 指を引き抜き、また尻に押し込みながら友里子の名前を口にしたら、それは尚一層強くなった。

「入籍直前だった」

 口に突っ込んだ指に思い切り歯を立てられて思わず頬が弛む。

「金の事とかでも結構周りに世話になって、今日はそれが全部片付いたって話をしにきてた──」

「もういい」

 もう一度新海の指に噛みついた柚木は言って、眉間を寄せて新海を睨みつけた。滲んだ生理的な涙に濡れた睫毛が重たげに上下する。

「知りたくねえのか?」

「知りたくねえよ」

 柚木はそう吐き捨て、笑う新海を忌々し気にねめつけて舌打ちした。

「あんた、まだ……」

「いや」

 柚木は最後まで言わなかったが意味は分かった。

 結婚まで考えた女だ。勿論今でも好意はあるし、愛情もあるが、それはもうかつてのそれと同じではない。

「もう会わねえ。会う理由がねえから。なあ、柚木」

 耳に噛みつきながら囁く。

「入れていいか」

 部屋に入れてもらえたのは、柚木の奥まで踏み込んでいいという意味だろうか。もしその通りではないとしても、多分そんなに遠くかけ離れてはいないはずだ。

 返事を待たず先端をあてがう。柚木はじわじわと押し広げられるのに耐え兼ねたのか、喉を反らして身体を震わせ、早く、と甘く掠れた声を上げた。


 一番深いところまで入れてくれと懇願され、そうしないわけがない。

 望み通り奥を突かれて箍が外れたように乱れた柚木と散々絡み合って、せっかくのベッドメイクも台無しになった。シーツは皺と体液でもはや再生不可能なんじゃないかというくらいくしゃくしゃになったが、まあ結局は自分のシーツではないから、柚木の好きにすればいいだろう。

 柚木がシャワーを浴びている水音を聞きながら吸い終えた煙草を捨てようと起き上がり、ベッドサイトのナイトテーブルに置いてあったライトを点けた。

 ライトの下には灰皿と、ここにも海外ドラマ風に、写真立てがいくつかあった。

 詮索するつもりはなかったが、隠されてもいないから、見てはいけないということもないだろう。

 たまたま手近にあった写真立てをひとつ取り上げて一瞥し、戻しかけ、もう一度見直して新海は固まった。

 青年が数人、カメラを見て笑っている。柚木以外はみな外国人──というか、アジア人ではない。数年前のものなのだろう、柚木の顔は大写しではないが今より若々しく、屈託なく見えた。

 刈り込んであると言っていい短髪。カーキ色の服、ブーツ、ヘルメット。

 抱えたライフル。

「何見て──ああ」

 素っ裸の柚木がタオルで少し長めに伸ばしている髪をがしがし拭きながら現れた。

 限界まで絞られ引き締まった痩身は、見せる筋肉も、無駄な筋肉もどこにもない。

「それ、マリーンにいたときの」

 USマリーンは所謂アメリカ海兵隊。

 それこそ海外ドラマかよ、と新海は思わず胸の内で突っ込んだ。

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