恋文
いちはじめ
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彼は、県内で名の知れた進学校に通っている高校生である。サッカー部のキャプテンでありながら、成績は常に学年十位以内という文武両道のイケメン。
当然女子生徒の熱い視線を集めていた。
一時は昼休みになると、彼の教室に詣でる女子生徒の群れで廊下が通行不能に陥るほどであった。無論ラブレターなぞ日常茶飯事。
一方彼はというと、好きでもない女の子の相手をするのが煩わしいのか、そっけない態度をとるのが常で、ラブレターも返事を書くどころかそのうち受け取らなくなり、彼のロッカーに舞い込む手紙も読まずに処分していた。
相手に反応がなければ熱も冷めていくのは道理。彼に平穏な日常が訪れていたある日、上履きをロッカーに戻そうとした時、隣のロッカーの扉がわずかに開いていることに気が付いた。しかも中に何かある。
そのロッカーは使用主が中途退学し、だいぶ前から空きなっていたはずだ。そんな空きロッカーを利用してたまにご禁制品を隠す不届き者がいて、そうであれば大事だ。彼は中を確かめようと思った。
何もなければそれだけのことだ。
開いてみると薄ピンク色の封筒があった。
ああ、またかと思い彼は封筒を手に取った。封筒には宛名も差出人の名前もなく、糊付けもされていなかった。
誰宛の手紙だろう。空きロッカーには名札はもう付いていない。自分宛のものではない可能性もある。
人様の手紙を読む趣味はないが彼の好奇心が勝った。彼は封筒から手紙を取り出した。
女の子のものと思しきかわいらしい筆跡だが、文面にも名前はなかった。
「あの楽しかった日々はもう過去ですか?あなたに身も心も全て捧げたのに、あなたを繋ぎ止めることはできなかったのですね。でも私の中には貴方からもらった命があります。御願いです、この命はこの世に繋ぎ止めてください。そうでなければ私はこの先、生きていけません。」
あまりの衝撃的な内容に、彼は慌ててそれをロッカーに戻し、足早に学校を出ていった。
寝付けず一夜を明かした彼は、朝一番に登校し再度手紙を確かめることにした。
ロッカーはまたもや少し開いていた。
彼が恐る恐る開けてみると、今度は白藍色の封筒が無造作に置いてあった。やはり名前はどこにもない。
昨日の手紙の返信に違いない。
「君が言う通りもう過去だ。俺たちは若い、将来の選択肢は無数だ。それをここで閉ざすことは賢明なこととは言えない。過去は過去として切り離すべきだ。君が最善を尽くすことを俺は信じている。」
労りのかけらもない冷徹な言葉が印字されていた。
彼女の思いは届いていなかった。
先生に相談すべきか。しかし二人が誰なのか分からないのにどう説明する。質の悪い悪戯かもしれない。そもそもこれは二人の問題で、赤の他人の自分がかかわるべきなのか。彼は逡巡の後、結局放置することにした。
その日の授業内容は全く彼の頭に入ってこなかった。
次の日も彼は朝一番に学校に入った。
果たしてこの日も、ロッカーの扉が少し開いていた。
そして一昨日と同じ薄ピンク色の封筒。
「今日でもうお別れです。貴方とも、新たな命とも、そして私の未来とも。」
更に手紙には、ここからそう遠くない岬の名前と時間が記してあった。
やばい、これは死ぬ気だ、まだ何とか間に合う、何としても止めなくては。彼は鍵のかかっていない自転車を見つけるや否や、それに跨り全力でこぎだした。岬の公園まで一気に走り抜けると自転車を乗り捨て、素早く周りを見回した。
居た、見慣れた制服、やはりうちの女子生徒だ。岬の断崖に面した手摺に体を預け、崖下を覗き込み今にも飛び降りそうだ。
「止めろ。」
まだ整わない息の下で彼は精一杯の声を上げた。
その声に彼女ははっと振り返り、そして喜色満面の笑みを浮かべた。
「来てくれてうれしいー。」
呆気にとられ立ち尽くす彼に歩み寄ると、彼女はぺこりと頭を下げた。
「騙してごめんなさい。でもこんな細工でもしないとあなたは私の手紙を読んでもくれないし、会ってもくれなかったでしょう。」
言い終わると両手を後ろ手に組んで、ふわりと体を回した。
折からの潮風に彼女の黒髪がきらきらと揺れていた。
恋文 いちはじめ @sub707inblue
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