第174話 お風呂

 王女救出の為、公聖教会の総本山に潜入。


 いろいろ作戦はあったのだが、ルリが治癒を思いっきり使ってしまった為、ルリが治癒師として捕まり、内部で王女を探すという作戦を発動させた。


 誤算だったのは、ルリが魔法を封じる機能のある修道服を着せられてしまった事。

 それにより、王女を探知できないばかりか、外からルリを見守っているセイラも、ルリを探知できなくなっていた。



 ルリの無事を信じ、いつでも救出できるようにと、教会への襲撃……侵入準備を整えるミリア、セイラ、メアリー。


「セイラ、少し休んだら?」

「うん、でも……」

「ルリがこんな時間まで起きてる訳ないしさ……」


 暗闇の中、教会の裏手の森の中に潜むセイラ達は、夜も遅くなったので、いったん休むことにした。



 一方ルリは、鉄格子のある個室に軟禁されていた。

 ベッドに横になってはいるが、寝ている訳ではなく、体内の魔力を活用できないかと思案中だ。


(体の表面より魔力を出さなければ魔法が使えるのね。だったら……)


 ゲホ、ゲホゲホ


(うわっ、ちょっと危なかった……)


 収納しているアイテムを、口の中になら出せるのではないかと思ったルリ。

 小さな豆を試しに取り出してみた所、少し場所がずれたのか、喉に詰まった……。


(まだ喉だからよかったけど、もう少しずれたら……脳とかに出てたら死んでたわね……)


 アイテムボックスからの取り出し場所は何度も練習しているので大きくずれる事はないはずだが、ちょっと危険すぎる……。



(やっぱり体内で使える魔法って言ったら、身体強化よね……。しかし、この修道服はどうなってるの……?)


 強化したチカラで修道服を引き裂こう……脱ごうとしても、なぜかびくともしない。

 魔道具として、かなり優秀な服だ。相当レアなアイテムなのだろう。


(別の方法考えるかぁ……。とりあえず、聖典見ときましょ。受験勉強、思い出すなぁ……)


 ベッドで腹ばいになると、魔道具の灯りを頼りに、渡された聖典を開く。


 はじめに女神は天と地を想像された。

 女神は「希望あれ」と言われた。すると、生命と自然が生まれた。

 そこは、木々が生い茂り、魔物が闊歩する大地であった。

 女神は「ヒトに愛あれ」と言われた。すると、ヒトに魔力が宿った。

 こうして、ヒトに、慈愛の精神と魔物を滅する力が宿った。


(……。何よこれ……。適当過ぎ……)


 聖典、いや、聖書と言うべきかもしれない。

 聖書の書き出しは、以前見聞きした、女神アイリスの天地創造の話を、適当に書き替えたものであった。


(ホント、胡散臭いわね、この教会……)


 無宗教として生きてきたルリではあるが、宗教観の知識くらいはある。

 どんな宗教であれ、少なからず、学ぶ……共感する部分はあるものだが、いくら読み進めても、「教え」にあたる部分が見えてこない。


(信じる者は救われるんだっけ……?)


 どんな「教え」があろうと、大事なのは自分の在り方である。

 聖書にどう書かれていようが、教会には教会の信念があり、それを信じる信者がいるのであれば、問題ない。

 勝手に納得すると、内容など対して頭に入らないまま、ルリは、いつの間にか眠りにつくのであった。





「お風呂です! お風呂に入らせてください!!」


 翌日、朝からルリは騒いでいた。

 結局昨夜は修道服の脱ぎ方が見当たらず、苦肉の策、入浴の時なら、服を脱げると考えたのだ。

 朝食が運ばれてくるタイミングで、シスターに泣きつくルリ。


「聖典は覚えましたか? 確かに、祈りの練習をする前に身を清める必要はありますが……」

「ですよね。だから、お風呂入りたいです!!」


 ごねにごねて、何とか入浴の許可をもらうルリ。

 シスターに連れられ、修道院の浴場に向かう。


(聴力強化……)


 昨夜練習した身体強化は、筋力などの増加だけではない

 五感、特に、聴力の強化を練習したら、……出来た。


 普段から発動していてはうるさくて敵わないが、今なら、ちょっと遠くの陰口でも聞き分けられる。


『新入りさんのようですわね。可愛らしい事……』

『昨夜いらしたそうですわ。早く一人前になってくださるといいですが……』

『どうせ大した事ないわよ!』


 遠くのシスターたちの話し声。

 多くの声を聞きながら歩いていると、聞くべき内容の会話が混じっていた。


『おい、朝から騒いだらしいぞ。薬が効いていないのではないか……』

『そうだな、少し量を増やしてみるか……』


(ほうほう、やっぱり薬が仕込んであったかぁ……。どうしてあげようかしら……?)


 予想通り、食事には薬品が混ぜられていたようだ。

 もちろん、念入りに解呪かいじゅ解毒キュアを行っていたので効いてはいない。

 食事をしても騒ぐ事が問題になるとすれば、何か反抗しない……隷属させる効果があるのであろう。


(女優ルリ、一肌脱ぎますかね、ふふふ……)


 今の目標、その一。

 修道服を脱いで、セイラと連絡を取る事。

 目標その二。

 修道院で王女を探す事。


 仕掛けが分かれば、対応は難しくない。

 目標その一は、もうすぐ入浴時に達成できる……はず。となれば、薬が効いた演技をして、従順な信徒として修道院に入り込む事が、第二の目標になる。


 あちこち聞き耳を立てながら修道院につくと、浴場に案内された。

 貸し切り、……正確には、入浴者がルリだけであり、全力で監視されながらの入浴であった……。


「決して、余計な行動はしないように。少しでも妙な動きがあったら、躊躇なく攻撃します。よろしいですね」


 魔術、あるいは近接戦闘に長けたシスターなのであろう。

 完全に戦闘態勢。武器を持ってルリを囲んでいる。


「あの、……この状況で脱ぐのは、さすがに恥ずかしいのですが……」

「新入りの貴方が入浴を認められただけありがたく思いなさい。修道服を取ります。いいですね」


 何か魔道具を当てながら、修道服を脱がせるシスター。

 魔封じの修道服と、解除する魔道具。対になる存在のようだ。

 専用の魔道具が必要だとしたら、確かにどう頑張っても脱げなかったのも納得だ。



(少しだけ身体強化……)


 修道服を脱がされ、魔力の流れを感じる。

 王女が見つかっているのであれば、全力で周囲を黙らせ脱出するのであるが、今は、まだ従順なフリをしていたい。

 身体の外側に魔力を放出できるかを確かめる為、小さく身体強化を行って、感触を確かめた。


(魔力の上昇には気づいていないようね。これなら、いける! 発射!!)


 自分の魔力を込めた魔力弾。

 セイラに届けとの祈りを込めて、上空に放つ。





「見つけた~!!!」

「ルリ!? いたの!?」


 教会の外でソワソワしながら待機していたセイラが、ルリの反応を捉えた。


「何か合図のようなのを送ってきたわ!」

「じゃぁ、突入ですわね!」

「待って、会話を、してみましょう」


 お互いの魔力を捉えていれば、『アルラウネ』のアルラネに教えてもらったテレパシーが使えるはずだ。

 距離は少し遠いが、試みてみようとメアリーが提案する。




『ルリ、聞こえる? 聞こえたら、メッセージ返して』


 魔力弾を上げ、シスターの前で全裸にさせられ、身体を洗っていると、ルリの頭にセイラの声が響く。


(届いた。よかった……)


『聞こえたよ~。みんなは無事?』


『無事よ、それで、今、何してるの?』


『今? 今はお風呂だよ~』


『はぁぁぁぁ? 人が心配してる時に、何考えてるのよ』


 正直に答えただけのルリだが、セイラからは怒りのメッセージが返ってくる。

 少し時差のあるような、通信時間のある会話なので、よりのんびりしている印象を持たれたのであろう。


『ご、ごめん。魔法が封じられたりして、大変だったんだよ~』


『まぁいいわ。それで王女は?』


『まだ見つかってない。今いる場所……修道院にいると思うから、もう少し探してみるわ』




 周囲の厳しい視線もあるので、最小限の会話で済ませるが、お互いの近況は概ね通信できた。

 無事ならば、問題ない。少しの会話でも……通じ合える。

 お互いの信頼。それが、『ノブレス・エンジェルズ』の強みなのだから。

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