第172話 司祭
(ダメよ私……。ダメだけど……。
目の前で死を迎えようとしている男性に、たまらず治癒を施すルリ。
ここは公聖教会の総本山の目の前だ。
治癒師を拉致……探しているという公聖教会の目がある場所で、思いっきり治癒を行ってしまった。
男を包んだ光が収まる頃には、傷は嘘のように消えていた。
最近の傷だろうが、古傷だろうがお構いなしに完全に治療するルリの魔法。
男が目を開き、駆け寄ってきた娘も、目を丸くしている。
「こ、これは……」
「お父さん、怪我が治ってる!?」
「あなたは? ……教会の治癒師の方ですか? ありがとうございます……」
「驚いた。……これが治癒師の方の……」
死の崖っぷちからの、一瞬の生還。
実際の所、これだけの治癒魔法の使い手は、教会にもいないであろうが……。
「ルリ~!! やってくれたわね!! 浸ってる暇はないわよ、逃げるわ!!」
「あはは……。ゴメン、思わず……」
「いいわよ。それより急いで!!」
教会の兵士が近くにいるが、呆気にとられている。
逃げるなら今の内だ……。
『何だ? お前、治癒師か?』
『教会の者ではないな、話がある、こっちに来い!』
『おい、動くな!!』
我に返った兵士が近づいて来る。
当然、治癒を行ったルリが狙いだ。慌てて逃げ出すルリ。
『治癒師様、こちらも……』
『何卒ご慈悲を……』
走り出そうとすると、他の馬車からも治癒を嘆願する叫びが聞こえてくる。
(この際、いいわよね……。
誰がどんな怪我をしているのかがわからないので、付近一帯に治癒の魔力を流すルリ。
治癒力は劣るが、もし致命傷の人がいても、一命を取り留めるくらいは出来るだろう。
『な、何だ? 傷が治っていく!?』
『私の擦り傷まで……』
『膝が……動くぞぉぉぉぉ』
無詠唱で唱えているので、誰が何をしたのか、状況に戸惑うものの、重傷者、軽症者、古傷問わず、周囲の人々を癒すと、歓声が上がった。
「ルリ、急いで!」
「うん」
誰かが治癒を使う事は、一応想定の範囲内だ。
当然、その時の対策も、話し合ってある。
とりあえず、近くの林へと逃げ込むルリ達。
身体強化でダッシュすれば、ついて来れる人はいない。
そこで、準備を行い、作戦を実行する。
「当面の食料はこれで十分ね」
「何日かの野営なら耐えられるわ」
林に隠れると、ルリのアイテムボックスから、パンなどすぐ食べられる食料をセイラに渡す。
『ノブレス・エンジェルズ』の強みは、セイラも収納魔法が使える事だ。
しかも、ルリのそれは女神チートなのに比べ、セイラは純粋な魔法なので、容量や時間経過などで劣るが、数日分の生活物資を収納するくらいのチカラはある。
「じゃぁ、ルリが囮になっている間に、私たちは身を隠すわよ」
「気を付けてね。教会を崩壊させたりしないように……」
「大丈夫よ。少しでも早く王女を見つけてくるわ」
決めていた作戦。
誰かが治癒を使って追われるような事になる場合の、最終手段。
それは、わざと一人が捕まり、内部に侵入。
王女を発見した後、残った3人が救助に向かうというものだ。
教会に侵入する事にはなるのだが、仲間の救助という名目があるので、一応、何かがあってもいい訳にはなる。
突然の治癒の行使に驚いたものの、ルリ達を探そうと、兵士が大挙して向かって来ている。
ルリを残し、ミリアとセイラ、メアリーが奥へと走る。
探知の範囲から出なければ、ある程度遠くに居ても問題はない。
『いたぞ、さっきの娘だ!』
『取り囲め!!』
兵士に見つかると、両手を上げて無抵抗を伝える。
装備が没収される可能性もあると考え、服装は普段着に着替えていた。
『よし、そのまま抵抗するなよ』
『お前は誰だ、なぜ治癒魔法が使える』
ルリの周囲を取り囲み、質問を浴びせながら近づいて来る兵士。
回答があろうが無かろうが、捕らえることに変わりは無いのであろうが、出来れば乱暴はされたくないので、ルリも素直に答えた。
「冒険者のルリと申します。魔術師です。一応、回復魔法も使えます」
「あの場で何をしていた。そして、なぜ逃げた」
「捕まるかと思いまして……」
追われそうになったから逃げた。……子供の理屈である。
言い訳など聞く耳持たれず、あっさりとルリは拘束された。
『近くに仲間もいるはずだ。探せ!!』
ルリははぐれて行方がわからないと言ったが、兵士は、諦めはしないようだ。
セイラが探知で兵の動きも把握しているので捕まることはないが、少し心配になる。
もう少し時間を稼げば? などと考えもするが、今更暴れても碌な事が無さそうなので、素直に公聖教会の総本山へと連行されるルリであった。
「ここで、大人しくしてろ」
治癒師なので、いきなり牢屋行きという事はなかった。
しかし、汚くはないものの、窓に鉄格子がある小部屋に投げ込まれるルリ。
(とにかく、侵入成功ね。王女様探さなきゃ……)
周囲に魔力を広げ、付近の様子を探った。
ミリアのように強い魔力、そしてユニコーンのような不思議な感覚、それを纏う者がいれば、魔導王国の連れ去られた王女、ユニコーンの愛し子に間違いないであろう。
(探知、もっと練習しておけば良かったなぁ……)
セイラにいつも探知は任せっきりなので、純粋な探知はあまり得意ではない。
危機の感知に特化したルリには、人を見分けるのは難しかった。
(とりあえず、近くには居なそうね……)
周囲にも同じような小部屋がある様だった。
人はいるものの、独特な魔力の反応は感じられない。
同じように連れ去られた、治癒魔法が使える人が隔離されているだけのようだ。
しばらく待っていると、ドアの前に人が来た。
「冒険者ルリ、出ろ。お前は何者だ?
司祭様がお会いになるそうだ。ありがたく思えよ」
司祭は、教会の中でも上位の身分にあたる人だ。
直接会う事は滅多に内容で、迎えに来た兵士も、不思議そうな顔をしている。
「これを着ていけ。失礼の内容にな」
修道服のような衣服を渡される。
既に、教会の一員になったかのような扱いだ。
修道服に魔力は感じないので、怪しむ事なく上から羽織ると、兵士と一緒に廊下に出た。
(あれ? 探知が反応しない……。結界でも張ってあるのかしら?)
廊下を歩きながら、周囲を探ろうと探知を広げようとするが、何故か魔力が広がらなかった。
「どうした? 何かおかしな事でもあるか?」
「い、いえ、ちょっと魔力の調子が悪くて……」
「心配いらん。その服には、魔力を抑える力が働いているからな。司祭様とお会いする間、気分が悪いのかも知れんが、我慢してくれ」
(へっ? それって、大ピンチ……!?)
修道服に、魔法を封印する仕掛けがあるらしい。
司祭と会うのだから当然だろうと言う兵士の気持ちは分かるが、ルリにとっては大問題だ。
(ぬ……、脱げない!?)
一種の拘束具なのだろうか。
修道服は、脱げなかった……。
(ヤバい。これじゃぁ、王女探せないじゃないの。それに、セイラ達が私を見つけられないわ……)
魔力の放出がなければ、さすがにセイラの探知でも、正確に位置を特定することが困難になる。つまり、救出にも来れないという事だ。
(体内の魔力は……そのままね。服の外に魔力を出せない……攻撃を封じられてるのか……)
先程探知した感じでは、全ての人の魔力が封じられている感覚はなかった。
それに、このままでは治癒も出来ないので、ずっと着たままという訳では無いのであろう。
本当に、司祭に会う時だけの衣装なのかもしれない……。
安易に期待しながらも、司祭の部屋の前まで来てしまったルリ。
何の対策もないまま、魔法を封じられた状態で、司祭の部屋に通された。
「冒険者ルリ、やはりお前か……」
「司祭様、私の事をご存知で?」
惚けて回答してみる。
公聖教会がルリ達を狙っている事は知っているし、当然、司祭クラスが情報を持っていない訳もない。
「白銀の女神、その正体は、子爵家の跡継ぎ……。探したぞ……」
「それはどうも。ところで、何か御用ですの?」
戦う気はないものの、友好的に接しようとも思っていない。
全ては相手の出方次第だ。
「何、有名人と一度話してみたかっただけさ。お友達の聖女様はご健在かね?」
「追われて、さぞ苦労しているのではないかしら? 今頃は……」
嫌味を交えて返答してみる。
ここは交渉の場。遅れをとる訳にはいかない。
それに、セイラを狙っている事もはっきりしたので、引く訳にいかない。
「丁重にお迎えしたいのだがなぁ。我々は、常に最高の治癒を提供している。聖女様にも、貴方にも、最高の舞台を用意しているのだが……」
「すでに十分、最高の舞台に立っておりますわ。ご助力は不要ですの」
「そうか。それは残念だ。ところで、貴方も素晴らしい治癒を行うのだとか。兵士の話だけでは信じられん。見せていただけるかな」
「あら。よろしいですけど、その為には、この服を脱がなければなりませんわ。何をするか分かりませんけど?」
「服の秘密にも気付いたか。魔法に長けているとみえる。怖いものだな」
服の秘密は兵士に教えてもらった事だが、そこは、まぁいいだろう。
気になるのは、ルリの魔法を解放しても余裕そうな事だ。
ルリ達の事を調べているのであれば、帝国との戦いで放った大魔法の事だって知っているはずである。
それでもなお余裕という事は、他にも対策があると考えるのが自然だ。
「御用はそれだけでございますか?」
「そうだな。話をしてみたかっただけだと言ったであろう。
ところで、なぜわざわざここに来た? 勧誘に応じてくれたのかと思ったのだが?」
「観光ですわ。ちょうど魔導王国に用がありましたので」
「そうか。ならば、案内させようかの。大事な客人だからな」
嫌らしい笑いを浮かべる司祭。
ルリはキッと睨みつけるが、今ここで仕掛けるのは得策ではない。
素直に案内を受ける事にして、司祭の部屋を後にする。
ルリと司祭の前哨戦は、お互いの腹の探り合いで、終わるのであった。
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