第142話 主の居ない屋敷
メルダムの街に入り、主の居ない屋敷の状況を目の当たりにしたルリ達。
常駐する貴族の必要性を感じ、議論を始める。
「ルリ、ここに誰か、街を治める貴族を派遣するべきなんじゃない?」
「う~ん。だとしたら、新しく作る学園の学園長になる人がいいかなぁ。別に貴族にこだわるつもりもないけど……」
「それだと、すぐには決まらないわねぇ……」
「事件のことは王宮も把握してるだろうし、誰か寄こすのじゃないかしら?」
アメイズ子爵家がしっかり舵を取っているとは言え、街に治める者がいないというのは、ベストな状態とは言えない。
ルリとしては身分を気にするつもりは無いのであるが、誰か統治する人材が必要という事には同意する。
(王宮から誰か来る前に、学園の話を進める必要があるか……)
子爵家の傘下として入るので高官……高位の貴族が選出されるとは考えにくいが、厄介な人が派遣される前に、人材を決めておく必要があると、ルリは焦り始めるのであった。
実際、その頃、王宮では。
アメイズ領、メルダムの街に派遣する貴族を誰にするかと、論議を引き起こしていた。
「王族の男子を向かわせろ! 第2王子はどうだ!?」
「国王様、第2王子には婚約者がおります。さすがに……」
「公爵家の血筋や遠縁の者であれば何人か該当者がおりますぞ」
「他の貴族家が黙っておりますまい。
特にマリーナル伯爵が熱心なようで……」
「先日戦争の報告に来たフロイデン伯爵からも、嫡子か孫との縁談を望んでいると報告を受けております」
「リフィーナ嬢との縁談希望であれば、他にも無数に……」
アメイズ領の傘下に移る、それは、優良物件であるルリとの縁談を優位に進められる立場になる事に他ならない。
王族との血縁関係になる事を望む王宮と、貴族としての自分たちの陣営にアメイズ領を加えたいと願う貴族の重鎮たち。それに、ルリ達と交流があり、現状一歩前に出ていると考えているマリーナル伯爵やフロイデン伯爵も、このチャンスを逃すまいと、虎視眈々と狙っている。
「リフィーナ嬢との件もありますが、アメイズ子爵家には何かしらの処罰も必要でしょう。そこも踏まえた人選にしませんと、貴族たちの反発をくらいますぞ……」
婚約話も進めたいが、不正を起こした男爵家の監督責任として、何かしらの罰を与える事も、王宮としては考える必要があった。
「とにかく、候補者をリストアップしろ。人選を急ぐのだ!!」
様々な思惑が絡み紛糾する王宮。
メルダムの街の新しい統治者は、そう簡単に決まりそうにない。
それに、帝国との戦争に対する後処理の対応や、怪しい動きをするリバトー領の動向を調べる方が優先度は高いと言える。
焦るルリとは裏腹に、新しい貴族が派遣されてくるのは、まだ先の事になりそうである。
王宮の様子など知らないルリ達は、呑気にメルダムの屋敷を歩いていた。
「アメイズ領の貴族で、ここに住む適任者はいないの?」
「思いつかないなぁ……。いっそ、私がここに住めばいいのかしら?」
「また短絡的な。世界を巡れって言われたばかりじゃないの?」
「その前に、まだ学生でしょうが……」
分かっていた事ではあるが、さすがにルリがメルダムに留まる訳にはいかない。
アメイズ子爵家の傘下にも他の貴族がいない訳ではないが、基本王都に住んで貴族の堕落生活を謳歌するダメ貴族と言うのがルリの評価だ。
ルリとしても、また甘い汁を吸おうと考える人物に任せるつもりは無い。
まともな貴族もいるが騎士爵など武に秀でたタイプで、政治には向かず、元々アメイズ領に所属する貴族からの人選は、難しかった。
「領都に戻ったら、お母さまに相談してみるわ」
「それがいいわね。暫定でも、誰か置いた方がいいのは間違いなさそうだし」
それなりの広さがある屋敷。
数人の従者と兵士が残り、清掃や警備を行っているので、見事に整っている。
ルリ達の戦闘の跡も綺麗に無くなり、いつでも受け入れできる状態だ。
(このままにしておくのは良くないわね……)
屋敷を見て回ったルリ達は、従者たちに挨拶すると、もうしばらくの管理をお願いする。
そして、まだ見ぬ主を待つ屋敷を、後にするのであった。
外に出ると、商人のサジなど、復興委員会のメンバーが集まっていた。
「あら、皆様、お久しぶりです!」
「リフィーナ様、いらっしゃったと聞いて慌てて飛んできましたよ!」
事前連絡も無しの訪問で、さぞ焦ったのであろう。
息を切らし、汗をにじませた様子に、感謝を伝える。
「突然なのに、お集まりいただいてありがとうございます」
「驚きましたよ。それで、何かございましたか?」
「いえいえ、近くに来たので、ちょっと寄らせてもらっただけですわ」
強行日程にて馬車を走らせてきたのであるが、あくまで偶然立ち寄ったように振舞うルリ。
実際、顔を見に来ただけなので、これにて目的は達した事になる。
「そうでしたか。まずはお礼を言わせてください。屋敷に拘留されていた兵士たちも、寛大な処罰によって家族の元に戻れました。今は、裏で畑を耕してますよ」
処罰を決めたのは王都から来た役人なので、ルリ達のチカラが影響したのかどうかは分からないが、結果として、80人近い兵士が条件付きながらも解放されたのは間違いない。
しかも、この街の働き手として動いてくれているのは、最善とも言える状態だ。
「先程冒険者ギルドに立ち寄りましたの。あと1ヶ月くらいで冒険者が集まり始めるとのことでした。忙しくなると思いますが、頑張りましょう」
復興が始まったばかりの街で、課題は山のようにある。
立ち話もどうかという事で、再度屋敷の部屋に入り、状況確認を行った。
今は、一歩一歩、出来る事を行っていくしかない。
「リフィーナ様、戦争があったそうですが……」
戦争の話は、当然この街にも伝わっていた。
しかし、軍を出陣させるような余裕はなく、何も協力出来なかった事に申し訳なく思っていたそうだ。
「大丈夫ですよ。戦争は早期決着で、王国の勝利で終わっております。この街は、出兵できる人がいないですし、問題ありませんわ。それに……」
ルリが心配しているのは、隣のリバトー領だ。
アメイズ領が手薄になった際に、何か仕掛けてくる可能性だってある。
「ご存知の通り、隣のリバトーには悪い噂が絶えません。先日のコリダ男爵の件もあります。
もしまた帝国との戦争が起こったとしても、この街は出来るだけ防御に徹してください」
「そ、それは、リバトー領が攻めてくるという事でしょうか」
「まさかとは思いますよ。同じ王国ですから。でも、可能性はあります。
それで、もし本当に攻めてたとしてですが、もし危ないようであれば、迷わず逃げてください」
「逃げるのですか?」
「はい。住民全員を連れて、逃げ出すんです。街を捨てて……。
今の人数であれば、領都で受け入れることも可能です。土地や建物は作り直すことが出来ますが、命は一度きりですからね。生き残る事を優先してください」
少しずつ復興しているとは言え、まだまだ荒れ果てた街である。
正直な所、少しくらい荒らされたとて問題がないし、戦闘を行うよりも、綺麗な状態で明け渡した方が被害は少ない。
それに、もしどこかの軍隊、あるいは魔物の群れが襲ってきたとして、対抗できるような兵力はない。
だったら、街を捨てて逃げ出した方がまだいい。
命さえあれば、また立ち上がる事が出来るのだから……。
復興委員会のメンバーとの会談を終えると、既に夕方になっていた。
別れの挨拶を行い、領都に戻る事を伝える。
そのまま王都に戻る為、次にメルダムに来れるのがいつになるかが分からない。
生きる事を最優先に頑張って欲しいと、心からの言葉を伝えた。
「逃げ出せなんて……思い切った指示出したわね!」
「いろいろあったけど街に残った人達でしょ。何かあったら死に物狂いで街を守ろうとしそうじゃない? だから、心の逃げ道を作っておいてあげようと思ってね」
「優しいのね……」
「違うわ、街を捨てろなんて、彼らにとっては最も辛い事でしょうから……」
いい事言った? とドヤ顔のルリ。
まあまあね。と言った感じのミリア達。
無事に復興が進む事を祈りつつ、メルダムの街を出発する、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。
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