第139話 理想の学校

 アメイズ領都の冒険者ギルドを出ると、孤児院に向かうルリ達。

 街の南東にある孤児院で、お役所委員会のメンバーに、地図作成の勉強会を開く予定になっている。


 孤児院と言うと、身寄りのない子供を教会が引き取り、善意で活動している施設の印象が強いが、アメイズ領の孤児院は、宗教色はなく、どちらかと言うと、保育園や小学校の学童保育に近い。

 建物も教会と言う訳ではなく、スラムの端っこにある貧しいイメージともかけ離れていた。



 急速な発展を遂げているアメイズ領都ではあるが、1年前までは盗賊が蔓延る荒れた街並みであった。

 特に南東部はスラムと化しており、まだ貧しさから抜け出しきれてはいない。


 大通り沿いの賑やかさから一転、すこし暗い街並みに入ると、道も入り組んでくる。



「リフィーナ様、これ以上は馬車で行くのは難しそうです」

「そうね、歩いて行きましょう……」


 馬車を収納し、馬を後方の護衛騎士に預けると、まだ整備の行き届いていない道を、徒歩で移動する事にした。


「思ってた以上に、荒れているわね……」

「うん、場違い感が半端ないわ……」


 貴族オーラを隠せない少女たちの一行は、とにかく目立つ。

 遠巻きに見つめる住民の視線を痛いほど感じる。


 勉強会であれば、担当者を屋敷に集めて行っても良かったのであるが、孤児院を見たいというルリの達ての希望により、現地で行う事になったのだが、少し失敗したかなと思い直すルリであった。



 しかしすぐに、来て良かったと思う事になる。

 貧民街を抜けて見つけた孤児院。それは、想像以上に明るく、楽しそうな場所であった。


「こんにちは。勉強会に来ました!」


「リフィーナ様、わざわざお越しいただき、ありがとうございます」


 孤児院の前で出迎えてくれたのは、孤児院の院長だ。

 お役所委員会の代表でもある女性が、深く頭を下げている。

 人望が厚く、人格者とされる彼女。温厚そうな容姿は、見ていて安心感を覚える。



 早速中へと案内されると、元気な子供たちの姿が見えた。

 その様子は、完全に学校である。


「1年前までは、本当に食べるだけでも精一杯な、貧しい孤児院だったのです。

 リフィーナ様が戻られ、補助金をいただいた事で、何とか立て直す事が出来ました。

 それに、教育を行う機会をいただいた事で、この場所が学びの場に変われたのですよ」


 やっと歩き出した程度の小さな子から、ルリ達とそう変わらない年齢の子供までが、この孤児院で暮らし、学んでいるらしい。

 中には、学費を払って勉強だけしに来ている子供もいるそうだ。



「「「にさんがろく」」」

「「「にしがはち」」」

「「「にごじゅう」」」


 ある部屋の前を通った時に、驚きの声が聞こえてきた。


「え? 九九も勉強してるのですか?」

「はい。以前、王都のお屋敷で、アルナ様に教えてもらったのですよ。リフィーナ様はちょうど学園の授業でお会いできませんでしたね」


 実は、ルリの寺子屋計画の一環で、教育者を育てようと、何人かを王都に招いて勉強させた時に、参加していたらしいのだ。


(これよね。この、誰もが教育を受けられる、身分とか関係ない学校。この世界にはない、理想の学校の姿を、アメイズ領で実現してくれてたなんて……)


 ルリが思い描いている教育の理想形。

 孤児院という業態だが、子供が教育を受ける場所、学校のあるべき姿がそこにあった。

 しっかりと体現し、成果を出してくれている院長に、心から感謝を伝える。





「リフィーナ様、お願いがございます。

 せっかくの機会ですので、子供たちにも、地図の書き方を学ばせていただけますでしょうか……」


 会議室のような大きなテーブルのある部屋に案内されると、院長が申し訳なさそうにお願いをしてくる。

 元より、ルリはそのつもりで来ているので全く問題ない。

 待っていると、地図作り、つまり、領都の住民名簿作りに協力してくれるという子供たちが、部屋に集まってきた。



「それでは始めますね。準備はよろしいですか?」

「「「「「は~い」」」」」


 素直な声が返ってくる。

 両親を亡くしたりした、心に傷を持った子供たちの筈だが、そんな過去はみじんも感じさせないような明るい子供たち。

 ひとえに、院長の愛情のたまものであろう。


「まず、地図で重要なのは分かりやすい事。その為に注目したいのが、縮尺です」


 意味不明な地図が出来上がる理由は、細部にこだわり過ぎて、全体像が見えにくくなる事。

 あるいは逆に、大雑把過ぎて、目的を達しない事。世界地図を見ながら近くのお店を探すようなものだ。

 この世界の地図は後者で、雰囲気は伝わっても、近くの何かを探すには向いていない。


「近くから順に書いていくと収拾がつかなくなりますので、まずは範囲、枠を決めます。

 例えば、門と大通り、主要な道から描いていきましょう。

 手元にある定規を使うと、線を真っ直ぐ引けますので、挑戦してください!」


 街を囲む外壁を四角く描いたら、門と道を結び、主要な施設を書き入れる。それで、街の全体図が完成した。


「次に、分担を決めて、もっと細かい地図の作成を行います」


 縦横に罫線を引き、街を分割すると、子供たちに担当を割り振る。

 ポイントとなる目印や大きな道だけを描いて、あとは、現地で付け加えるように伝えた。


「道が綺麗な縦横ならばいいのですが、斜めだったり曲がっていたりしますよね。

 そんな時に、この分度器で方向を確認してください。

 少しくらい違っていてもいいです、今は、街の全体を把握する事が重要ですからね」


 最終的な目標は、領都の住民を把握する事である。

 住民台帳を管理するための前段階として、住所を作る、つまり地図を作って番地を割り当てる必要がある。

 最初から細かくやり過ぎると時間が掛かるので、今は細かい事は気にしない。


 定規や分度器の使い方を説明し、地図の作り方を教えたルリ。

 あとは、現地を見に行って完成させるようにお願いして、勉強会を終えた。



「まだ時間もありますし、外で遊びましょうか!!」

「「「「「やった~」」」」」


 広いとは言い難いものの、子供が遊ぶには十分な広場……校庭に出ると、早速走り出す子供たち。

 ルリ達が揃うと、周囲に集まってきた。


「ねぇ、何するの? 鬼ごっこ?」


「う~ん。どうしよっか。

 ねぇ、みんな魔法って使えるの?」


 鬼ごっこが嫌な訳ではないが、一度は高校生まで経験したルリとしては、出来れば鬼ごっこは避けたかった。

 少し話題を振ってみる。


「魔法? 使えないよ」

「平民は貴族様みたいに魔力は扱えないんだよ……」

「使ってみたい、教えてよ~」


 多い少ないは有れど、魔力は誰しもが持っているものである。

 ただ、魔法は貴族など上流階級でもないと教育されないので、平民、特に貧民層では、使える者はまず居ない。


「そうね。確かに、貴族の方が魔力が高い傾向にあるし、魔法の勉強もたくさんするから、扱いは上手だわ。だからと言って、諦めちゃダメよ。そこのメアリーお姉さんだって、平民出身で、魔法は不得意だったのよ」


 突然振られてキョトンとするメアリー。

 火の鳥フェニックスを実演するように無茶振りすると、ルリの意図を組み、メアリーは弓を構えた。


「いっぱい練習したからね。ただの商人の娘でも、今では魔法を使えるのよ!

 見てて、火の鳥フェニックス!!」


「「「すごぉ~い!」」」

「「「キレイ……」」」

「俺知ってるよ! 軍事演習で使ってた魔法だ!」


 センスの塊であるメアリーだからこその魔法ではあるが、魔力を見事に操る様子に、子供たちも心に響いたようだ。


「身体の中の魔力を感じて、操れるようになる事が、魔法を上手に使う為の第一歩なの。練習してみましょ」

「「「「「は~い」」」」」



 魔力を使った事などない子供たち。

 最初は苦労している様子であったが、ルリが手を繋いで魔力を流してあげると、だんだん要領がわかって来たようだ。


「なんか分かるよ、身体の中に温かいのがある」

「私も分かる! これが魔力なの?」


「最初からメアリーみたいな魔法は使えないけど、魔力を扱う訓練を続ければ、いつか使えるようになるわ。努力のみよ!!」


 当面は慣れるしかない。魔力の訓練を日々欠かさないようにと宿題を課して、魔法の練習は終了となった。


 変なこと教えるなよと心配そうな顔をしていたセイラも、無詠唱の上位魔法などを教える気が無い事を見て、ほっとしたようだ。



 いずれこの中から、アメイズ領を守る戦士……魔術師が生まれるかもしれない。

 そんな期待を込めながら、ルリ達は孤児院を後にするのであった。

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