第131話 巨大蟹

『リミットの一部を解除します』


 辺境伯に案内されたフロイデン領都の屋敷の倉庫で、白銀の兜を見つけ、被ったルリ。

 リミットの一部が解除されたとの声を聞き、困惑する。


「ルリ!? どうかしたの?」

「ううん、何でもない。チカラが溢れてきて、驚いたの……」


 隠し事はしないつもりではあるが、状況が意味不明なので誤魔化す。

 一部とはどういう状態なのか、……考えても分からない。



「がぁはっはっ!! いいものを見たわぁ。リフィーナ嬢は、やはり面白いなぁ!!」


 白銀に輝くルリを見ながら感心する辺境伯。

 もちろん、リミットの事など知らないので、単純にルリのオーラに感動しているだけである。



「辺境伯様、ありがとうございます。

 お陰様で、祖父の探している装備一式を見つけることが出来ました」


「なんの。ここにあったとは申し訳ない。ヴェルナー殿の墓前にも持って行ってくれぃ」


「はい。祖父にも報告してまいりますわ」


 それぞれ、自分用のアイテムを入手し、宝物庫、改め倉庫を後にする。

 特にルリは、探し物が見つかった事から、念入りにお礼を伝えた。


 なお、兜を外すと、リミットが設定された。全身の女神装備を身に付けると、リミットの一部だけが解除される仕様らしい。

 一部の内容が気にはなるが、いざという時は、事前に準備できるので、今後立ち回りが有利になる事は間違いない。




 夕食は、今日も辺境伯のリクエストで餃子パーティになった。

 料理人の練習もかねて大量に作られた餃子を、今日も飽きずに口に運ぶ。

 現地のハーブなどが混ぜられており、昨日よりも工夫された味になっていた。


 翌朝は、護衛依頼で早い。

 歓談もそこそこに、部屋に戻ったルリ達。

 さっさと就寝し、備えるのであった。




「おはよう、準備はいい?」

「うん、ラミア達もいるわよね」

「食料やお着替えなどは準備してあります。ラミア様たちも、間もなくいらっしゃいますわ」


 メイド三姉妹が準備してくれた荷物をアイテムボックスに仕舞い、ラミア達を待つルリ。

 海に向かうので、『人魚』のセイレンも喜ぶだろうと、魔物三姉妹も同行する事になっている。


「では、行って参りますわ」

 屋敷の使用人に伝えて、馬車で出発したルリ達。

 約束通り、商会の倉庫に向かう。


「時間通りね。では、この荷物の輸送、お願いしますね」

 言われた荷物の目録を確認しながら、全て収納すると、商会は出発した。


 馬車の荷物も収納してしまえば早いのだが、それでは護衛任務が、いや、この世界の物流が崩壊してしまうので、馬車に積む荷物についてはそのまま馬車で運ぶのがお約束である。



 早朝に領都を出ているので、夕方前には漁師町に到着できるらしい。

 魔物に襲われた例もなく、盗賊なども居ないので、基本的に安全な道中だ。

 もちろん、少し襲われた程度で、危機になるとは思えない護衛の布陣ではある。


 途中、昼休憩を軽く取り、順調に進むと、漁師町が見えてきた。


「わかる? 潮のにおいがするわ」

「海が近づいて来てるわね!」

「あ! 水着持ってきた?」

「……。収納に入ってるけど、寒いわよ……」


 しまった! という顔をしているのはミリアだ。

 マリーナル領の海を思い出して泳ごうと思ったのであろうが、今は11月。泳ぐには寒すぎるのを忘れていたらしい。


「護衛、ありがとうございます。間もなく目的地に到着です。

 2日後の朝に出発しますので、それまで自由にお過ごしください」


 宿などない町なので、一応町長の家に泊まれる事にはなっているらしい。

 人数も多いので、食事の席などで同席する事は約束しつつも、宿泊は自分たちのテントで行う事にした。

 その方が、快適だったりする……。


「今日は、町の様子を見て、情報収集ね。明日は朝から動くから。忙しいわよ!」


 小さな漁師町ではあるが、やる事が盛りだくさんだ。

 漁師たちと交流を図り魚介類の仕入れ、それに、現地ならではの食事もとりたい。

 さらに、キングクラブとグルメクラブの討伐依頼も受けているので、狩りに行く必要もある。


「ねぇねぇ、まずはどこ行くの? 海よね、海、行くわよね!」

 セイレンが、待ちきれなくなったらしい。海に行こうとすごい剣幕で迫って来る。



(あはは、水を得た魚……?)


 文字通りの光景だった。海が見えるとサササッと走っていくと、『人魚』姿に戻って海に飛び込んだセイレン。

 あっという間に沖まで泳ぎ、跳ね回っている。


「ラミア姉さんもおいでよ~」

「……。面倒……」


 魔物でも寒いのかは不明だが、『蛇女』のラミアも『アルラウネ』のアルラネも、海に潜るのは拒否らしい。


「きゃぁ! 冷たい! でも気持ちいよ!!」

「ひっ! やめてよミリア~」


 ミリアが膝位まで海に入り、メアリーに水をかけている。

 時々見せる、少女らしい姿が微笑ましい。


 しばらく海辺で遊んでいると、空も夕焼けに染まってきた。


 遠く沖を見ると、セイレンが何か歌を歌っているようだ。

 人を惑わすという『人魚』の歌声ではあるが、元々そんな昨日は無いのか、違う歌なのか、そんな様子はない。


「毎日、綺麗な景色見てるわね……」

「うん、海岸って、最高だわ……」


 昨日の城砦に続き、今日も景色に見惚れる、ルリ達であった。




 夕食は、町長の家に集まりいただいた。

 目当ての魚介料理にあり付け、舌鼓を打つ。


「町長さん、キングクラブって、どんな味なのですか?」

「味か? 美味くはないなぁ。あれは、食えたものじゃない」


 冒険者ギルドの受付嬢同様に、美味しくないという回答にがっくりするルリ。

 味の事ばかり気にしているルリにミリア達は呆れているが、少し期待していただけに、一様に空気が沈む。


「皆さんはグルメクラブも探しているそうじゃな。生息域がキングクラブと同じで、滅多に見つからんが、あれは美味いぞ!! キングクラブを討伐すれば、安心して表に出てくるやもしれん。挑戦してみるとよかろう!!」


 空気を察したのか、町長がグルメクラブの美味しさを説明してくる。

 漁師町ですら中々手に入らないというレアな蟹。


「目標はグルメクラブの捕獲ですわ。その道に立ちはだかるキングクラブは、ついでに討伐、これで決まりね!!」

「「「おー!!!」」」


 海岸沿いに3キロほど進むと生息域があるという情報を聞き、感謝を伝える。

 行先も決まり、今日は寝るだけだ。



 セイレンが海にいるというので、海の近くでテントを張ったルリ達。

 砂浜に寝転がり星を眺める。

 満天の星空に、明日の成功を、そして未来の幸せを、祈るのであった。




 翌朝、早朝の漁から帰って来た漁師を見ようと、船着き場に向かう。


 ピチピチと跳ねる新鮮な魚。

 さっそく買い付けの交渉をするルリ。


「はい、商会へ販売してのあまり分だけでもいいですわ。全て買いたいです!」

「全部かい? そりゃ助かるが、食べきれるのか?」


 適当な理由をつけて、大事に持ち帰って食べる事を約束すると、漁師も魚を売ってくれた。


「昼過ぎには他の漁師も戻ってくるからよ。また来るといいぞ」


 沖まで出ている舟や、海底の貝などを集めている漁師は、まだ戻るまでに時間がかかるらしい。

 時間を見てまた来ることを伝え、ルリ達は蟹の狩場へと向かう事にした。




「セイラ、何か反応ある?」

「うん、この先に居そうね。あと10分くらい歩いたら、戦闘準備よろしくね」


 しばらく進むと、目視でも目標が見えるようになる。


「あれが、キングクラブかしら?」

「「「……」」」


「ねぇ、大きくない?」

「うん、大きいし……、すごく硬そう……」

「あれって倒せるの? 戦い方聞いてないの?」

「そう言えば、味の事しか聞いてないわね……」


 実物を目にして、ちょっとビビるミリア達。

 蟹と言う生き物を始めて見るミリア達にとっては、硬い甲羅と巨大なハサミは、脅威にしか見えない。


「ルリ、何か知ってる風だったけど、アレの倒し方知ってるんでしょ? 急所とか……」

「知らないわよ。蟹を食べた事はあるけど、蟹と戦ったことは無いわ!」

「「「……」」」


 役立たずと言わんばかりの目で睨まれるルリ。

 簡単に狩れそうな雰囲気をルリが醸し出していたので、敵の特徴など、誰も何も聞いていなかった。


(い、いや、蟹があんなにデカいとか、聞いてないのだけど……)


 甲羅だけで2メートル、ハサミや足を伸ばせば10メートルにもなりそうな巨大な蟹がうじゃうじゃ。

 さすがの想定外に、焦るルリであった。

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