第117話 鼓舞

 帝国に包囲され、今日にも総攻撃が来ると予測されるゼリス城塞。

 まだ星空が広がる未明の時間、ルリ達は屋敷の入口に集まっていた。


「ついに決戦ね」

「うん、頑張らなきゃね」

「戦争、終わらせたいね」

「大丈夫、何とかなるわよ!」


 辺境伯が首尾よく砦を奪還できたとしても、ゼリス城塞が落とされたら意味がない。

 一騎当千の『ノブレス・エンジェルズ』ではあるが、表情は険しい。


 王国に侵攻している帝国軍は10000。城塞には5000の兵がいるが、倍の敵軍を相手にする必要があるのだ。

 容易な戦いでは無い事は、間違いない。




「ほらぁ、姉さん急いで~」

「あ、みんなも来てくれたんだぁ」

「うん、面白そうだもの~」


 場違いな明るい声に振り向くと、面倒そうな『蛇女』ラミアの手を引き、『アルラウネ』のアルラネが走ってくる。

 もちろん、『人魚』のセイレンも一緒だ。


「あれ? 妖精さんもいる!」

「こんなイベント見過ごせないもの」


 魔物三姉妹の周りには、妖精たちが舞い、金色の光を放っていた。

 アルラネが呼び寄せたらしい。


「妖精さん、こんにちは。ところでアルラネ、どうやって呼んだの?」

「木々に語り掛ければ、すぐに伝わるわよ。

 そう言えば、ラミア姉さんもセイレン姉さんも、この100年で何度も呼んだのよ、何で応えてくれなかったの?」


「我は寝とったからのう」

「私は海の中よ」


 一度話始めると止まらなくなるアルラネ。

 魔物三姉妹の会話が、戦地に向かう緊張感を和らげてくれる。



(通信手段……見つけた……)

 会話を聞きながら、ルリは別の事を考えていた。


 伝説になる様な魔物の能力は、常軌を逸している。

 妖精たちがいた里とは、ヒトの身ならば一週間はかかる距離だ。連絡が取れる事にも驚きだし、一瞬で到着している妖精にも驚きである。



 使えるのがアルラネだけなので実用性は低いが、異世界に来てずっと探していた通信手段。

 それが身近で行使され、好奇心が抑えられないルリ。


「木々に語り掛けるの? ねぇ、どうやって? どこにでも伝わるの?」

「森が続いていれば、どこでも伝わるよ。相手を思い浮かべて言葉を託せば、木々が届けてくれるの」


 電話と言うよりは、メールに近い。草木を操る『アルラウネ』ならではの能力ではあるが、戦争の事など忘れ、アルラネを質問攻めにしていた。


(言葉を魔力に乗せて伝えるのかぁ。う~ん……)


 しばらく考えた後、魔力を練ると、メアリーの耳元に飛ばしてみる。


「うわぁ!? 何? ルリ、何か言った?」

「お、もしかして出来た? もう一度!」


『大好き~』

「もう、急に、照れるわよ~」

 耳元で『大好き』と囁かれ、メアリーが顔を赤くしている。


「やったぁ、成功!! 通信の魔法よ!!」

「言葉を届ける魔法って事? 便利そうね、それ!!」

「うん、今は魔力が届く距離でしか使えないけど、離れていても会話が出来るようになるかもしれないわ!」

「「「教えて教えて!」」」



 決戦の場に向かう一団とは思えないような和やかなムードになる。

 少女たちは、白み始めた空の下、ゼリス城塞の正門へと、到着していた。


 まだ静かな薄暗い街に、兵士が集まってくる。

 物資の補給が届いたとはいえ、連日の戦闘に疲弊した兵士たち。


『この戦争、いつまで続くんだろうな』

『城壁、持ってくれるといいが……』


 陣形と整えようと整列する兵士の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 怪我が治っても、精神的な疲労や、包囲されているという恐怖が消える訳ではない。



「補給物資を運んでくれた冒険者さんですね、ありがとうございます」

「聖女セイラ様、昨日はありがとうございました」


「皆さん、今日は私たちも戦います。一緒に頑張りましょう!」

「今日で決着をつけましょう!!」


 元気付けようと近づくルリ達。

 口々に礼を言われ照れる様子が可愛らしい。



 どごぉぉぉぉん

 どごぉぉぉぉん


 しかし、少女たちの笑顔に場が和んだのは、一瞬だけだった。

 門を突破しようとする轟音で、その日の戦闘が始まる。



 攻撃を止めさせようと、城壁の上から弓矢を放つ弓兵。

 万が一の突破に備え、正門の中で盾を構える歩兵。

 よく訓練された兵士達ではあるが、帝国の攻撃が止む気配はない。


 どごぉぉぉぉん

 どごぉぉぉぉん


 いつもよりも攻撃が激しいらしい。

 兵が怯えているのがわかる。




 敵の状況を見ようと、ルリ達も城壁に登った。


 無数の帝国兵が見える。

 巨大な象マンモスが、城壁や門に体当たりを加えている。


「いい景色よねぇ」

「今が戦争中で無ければねぇ……」


 小高い丘の上に造られたゼリス城塞。

 今は敵兵に覆いつくされているが、眼下には平原が広がり、大きな川が流れている。

 遠くには、砦が見えた。


 弓矢に注意しながら、絶景を楽しむルリ達。

 巨大な象マンモスの攻撃で門の守りが崩れかけている。堅固な城壁ではあるが、今日一日を耐えるのは難しそうだ。


(門が破られるのは時間の問題ね……。急がなきゃ。

 それにしても、あれが砦かぁ。辺境伯も、そろそろ作戦を始めた頃よね)


 砦奪還作戦として、500人の少数精鋭のみで砦に向かった辺境伯。

 メアリーの予想通りならば、砦はもぬけの殻となっているはずである。

 辺境伯の状況に、思いを馳せる。




 ----


「辺境伯様、予想通りです。補給のテントは残っておりますが、敵兵は数える程しかおりません」


「よし、砦を奪還し、敵の補給を断つ!! 突撃じゃぁ!!」


 夜間、闇に紛れて森の中を進み、砦の近くに到着していた辺境伯の軍は、夜明けと共に敵軍の状況を確認すると、残っていた敵補給部隊に奇襲をかけた。


『てっ敵襲!!』

『なんで王国兵がここに!!』


 焦る帝国兵をばったばったとなぎ倒す。

 補給部隊の雑兵など、精鋭部隊にとっては赤子をひねる様なものだ。


「がぁはっはっ!! 敵の補給拠点を落としたぞ!!

 狼煙を炊けぃ、帝国軍に一泡吹かせてやるのじゃぁ!!」


 砦とは言え、門は破壊されており、その機能を発揮できる状態ではない。

 しかし、砦を抑えられて補給が絶たれたとなれば、さすがの帝国兵も焦るであろう。




 ----


「見える? 砦で狼煙が上がったわ! 辺境伯様、砦を確保したようね!」


 ゼリスの城壁から様子を窺っていたルリ達。

 それに、他の兵士たちも、狼煙に気が付いたようだ。


『辺境伯様が砦を奪還なさったぞ! 俺たちも続けぇ!!』

 一気に兵たちの指揮が上がる。

 放つ弓矢に、力が籠るのを感じる。



「私たちも始めましょうか!」

「魔法でどーん、ってやっちゃう?」

「それも良いけど、作戦、聞いてくれる?」


 得意の魔法攻撃を始めたいミリアであるが、メアリーに作戦があるらしい。


「敵の退路を塞いだから、このまま籠城していれば、やがて帝国兵は疲弊するわ。

 でも、もし敵が全軍で砦に向かったりしたら、辺境伯様の500の兵じゃひとたまりも無い。

 だから、こちらも攻勢に出るべきだと思う。敵を一気に殲滅するの!」


「魔法でどーんだね! いいわよ、任せて!!」


「まぁそうなんだけど、それは少し待ってて。

 今、敵軍にとっての脅威は、街道の兵を全滅させた冒険者、つまり私たちよね。たぶん、ディフトの街道を進軍している部隊は、対魔術師に特化した部隊だと思うわ」


「だったら、その部隊がこっちに来る前に、魔法で敵を倒しちゃった方がいいんじゃない?」


「でも今は、私たちがここに居る事が敵にはバレていない。ミリアは、敵を一掃するための秘密兵器って訳。魔法での攻撃は、ギリギリまで隠しておきたいのよ」


「じゃぁどうするの?」


「ふふ、まずは兵士さんに頑張ってもらいましょ、ミリア、出番よ!!」


「「「?」」」


 不敵な笑みでミリアを見つめるメアリー。

 耳打ちで作戦を伝え、戦う兵士達へと向き直った。


「わかったわ。兵を鼓舞すればいいのね。あそこの見張り台がいいかしらね」


 門の近くにある一際大きな塔。その天辺を指差す。

 確かに、注目を集めるにはベストな場所だ。


「じゃぁ、始めるわよ」


『ゼリスの民よ、フロイデンの民よ、奮起せよ!!

 我はクローム王国第三王女ミリアーヌ!!』


 疲弊しながらも必死に戦っている兵士たちに向けて、ミリアが高らかに声を上げる。

 魔法で後光を差す演出付き。さらに、妖精たちが周囲を舞う。


『ゼリスの民よ、フロイデンの民よ、奮起せよ!!

 我はクローム王国第三王女ミリアーヌ!!

 これより、ゼリス解放の最終決戦を行う。ゼリスの民よ、私に続け!!』


 小さな身体からは想像できないような、大きな、良く通る声。

 繰り返されるミリアの鼓舞に、兵が湧き上がるのであった。


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