第107話 竜宮城

 アメイズ領からフロイデン領に向かう道中、セイレンの発見した温泉で疲れを癒すルリ達。

 湯船につかりながら、絆を深めていた。


「ちょっとぉ、お礼の言い合いって……何しんみりしちゃってるのよ?」

「いやいや、言いだしたのルリでしょ?」

「だってぇ、友達……親友なんだから助けるのは当然じゃない!?」


 バタバタと、次から次へとトラブルに見舞われるせいで、ゆっくりと話す時間は意外と少ない。

 取り留めのない話をしながら寛いでいた。



 しかし、……そのゆったりとした時間は、長くは続かない。


「なっ!? 何か来る! すごい速さ!!」

 叫び声をあげたのはセイラだ。


「えっ? 魔物? どこから?」

 ルリ達が慌てて戦闘準備をしようとするが、セイラは答えず、裸のままジャンプして大盾を構える。


「まずい! 大盾!!」


 どごっ

 ざっぱぁぁぁぁん


「「「きゃぁぁぁぁ」」」


 飛び上がったセイラに何かがぶつかり、そのまま温泉に落ちてくる。

 思わず悲鳴を上げるルリ達。




 目を開け、周りを確認する。直ちに戦闘になるような様子はない。

 しかし、温泉には、美女が一人、……増えていた。


 緑色からピンクに変わる、幻想的なグラデーションの髪色。

 肌は透き通るような白色で、吸い込まれる様な美女。

 盾に激突した痛みなのか、悲痛な表情をしている。


「ひっ!? 誰? 妖精さん!?」


「いったぁぁい! 突然何なの? びっくりしたじゃない!?」

 妖精の様な美女が、早口に捲し立てる。

 セイラの大盾にぶつかった事にお怒りらしい。


「あーもー。それよりなにより!

 やっぱりだぁ! ラミア姉さん、セイレン姉さん、お久しぶりぃぃぃぃ!!!

 2人の気配がしたからすっ飛んできたのよ! ねぇねぇねぇ!!!」


「相変わらずうるさいわね。せっかくラミア姉さまとゆっくりしてたんだから、邪魔しないでくれる?」


「はぁぁぁぁ? ちょっとちょっと、セイレン姉さん、久しぶりに会った一言目がそれ?」


 ひたすらに早口で話し続けている妖精の様な美女。

 状況について行けないルリであるが、思い切って会話に加わってみる。


「ラミア? こちらの妖精さんは、お知り合いかしら?」


「んんん? 妖精じゃないわよ! 一緒にしないでくれる?

 それよりラミア姉さん、何でヒト族なんて連れてるの? しかも姉さんに話しかけたわよね。どういう事かしら?」


 ルリはラミアに話しかけたのだが、美女が話に割って入ってくる。

 しかも、ラミアがルリ達と一緒にいることが気に入らないらしく、すさまじい殺気を放つ。



「そか、姉さんのペットね。……違うの?

 あっ、わかった。食料ね、私に会うためのお土産を持って来てくれたのね!

 ヒト族は基本的に食べないのだけど、大切にするわ。ありがとう!!」


 恐ろしい事を言っているのであるが、ラミアはいつも通りにマイペースだ。


「うむ、食料……なのか? それにしても、久しぶりだのぅ。アルラネも元気そうだの」


「ちょっ、ラミア! 『……なのか?』じゃないわよ! 否定しなさいよ!」

「私たちは食料じゃなくて冒険の仲間よ!」

「落ち着いてないで、ちゃんと紹介してちょうだい!」

「アルラネって、木彫りで見たラミア達の友達の?」


 美女の口撃が止まらないが、ルリ達も負けてはいられない。

 ペットだ食料だと、とんでもない事になっているので、否定する必要がある。

 全員で言葉を並べる。


「なに? このヒト族うるさいわね。黙らせてもいい?」


「うるさいのはどっちよ!

 ラミア、こちらは、お友達のアルラネさんでいいのね? それで、私たちは食料じゃなくて仲間だって、ちゃんと伝えてくれる?」


「……仲間、だな」


 裸のまま言い合いをしているルリとアルラネを横目で見ながら、ラミアが面倒そうに一言口を開いた。

 仲間という単語を聞いて、一応、アルラネも大人しくなる。



「ふぅぅぅぅ。それで、姉さんは何でヒト族連れて温泉に入ってるの?」


「ふむ。こ奴らと居ると、退屈せんからかのぅ」


「えっと、説明するわ。私は冒険者……魔術師のルリ。

 ラミアとは半年前、セイレンとは3か月前に知り合って、今は一緒に旅をしているの。ちょうど温泉で休憩をしている時に、あなたが来たのよ」


 ラミアでは言葉足らずなので、慌てて補足するルリ。

 他のメンバーも紹介し、交流を図ろうとする。


「ふん。ヒト族が姉さんと旅ねぇ。まぁ困った時の食料という事ね。わかったわ」


「いやいや、食べないから! 食べないよね……?」

 心配になってラミアを見るが、特に反応は無い……。




「ねぇ、このまま裸で話するのも何だし、温泉から上がって、食事でもしませんか?」


 見兼ねたセイラが、食事の提案をした。

 確かに、外の温泉で、裸で立ち上がりながら言い合いをするのは、体裁が悪い。


「あら、それなら姉さん、私たちの里にいらして。歓迎するわ」


 近くにアルラネの住む集落……里があるらしく、そこで食事にしようという提案だ。


「ラミア? 私たちも一緒に行って大丈夫なの?」


「……」

「あなた達は姉さんのお土産なんでしょ。一緒に来なくてどうするのよ」


「「「「お土産じゃないわよ!」」」」


 お土産……食料として連れて行かれる危機に、警戒心を高めつつも、ついて行くしかない、ルリ達であった。




「ちょっ!? どうなってるの?」

 森の中を移動する。その道中は、信じられない光景になっていた。


「森が……木々が、避けてくれるわね……」

「……道が、勝手に出来ていく……」



「アルラネは、『アルラウネ』という森の種族でな、草木や花を自在に操るのじゃ」


 ラミアの説明の通りだった。

 アルラネについて歩くと、鬱蒼とした森の木々が、場所を譲るかのように、道が開けていく。



 しばらく進むと、ウッドハウスのような家が見えてきた。

 まさに、ファンタジー世界というイメージの森の家が並ぶ。


『アルラネ~、おかえり~』

『お姉さんに会えたんだねぇ~』

『あれ~、ヒト族がいるよ~』

『ヒト族が来るなんて何年ぶりかなぁ~』


 耳元で囁くような声に気付き、ふと振り向く……見上げると、想像を超える姿が目に入った。


『あれぇ、このヒト族、僕たちが見えるみたいだよ~』

『あたしたちの声が聞こえるみたいだねぇ~』


(よ……妖精だぁ!!!)


 大きさは20センチくらい。蝶々のような羽が、金色に輝いている。

 羽ばたく度に鱗粉のような光の粒が、舞い踊っている。


「みんな、見える?」

「うん……。なんて可憐なの!?」

「妖精……本当にいたんだぁ」

「か……かわいい……」


 ミリア達にも、妖精の姿が見えているらしい。

 感嘆の声を上げ、しばらく目を奪われる。



「あんた達、早くこっち来なさい!」

 妖精と戯れながらラミアとセイレンを案内しているアルラネ。

 相変わらずルリ達には冷たい。


「アルラウネの里にようこそ。ラミア姉さん、セイレン姉さん、歓迎するわ。

 妖精たちの舞、堪能なさって!!」


 ラミア達が用意された席に座ると、妖精たちがごちそうを運んでくる。

 どこからか音楽が流れ、草木が、花々が踊りを披露する。



「アラウネ、ルリ達にも食事を運んでくれ」


「あら? ラミア姉さんはお優しいのね。

 まぁ栄養とって美味しく育ってほしいものね。わかったわ」


 ラミアが気を使うが、アラウネはやはり、ルリ達の食料認定を取り下げる気はないらしい。

 それでも、席が準備され、料理が運ばれてきた。


「美味しい! 自然な味なのに、とても深いわね」

「これは何の実かしら? 一口だけで幸せになれるわ」


「ふ~ん、この味がわかるなんて、ヒト族にしては見上げたものね。まぁ、残さず食べなさい」


 勧められるがままに、森の味覚を味わい、妖精や草花の踊りを楽しむルリ達。


「姉さん、いつまでも、ここに居てくださいね」


(……。なんか、竜宮城みたいな場所ね。 あれ……、と言う事は、この後……)


 日本の昔話が、こんな異世界、しかも陸の上で再現される訳も無いのであるが、聞いた事のある展開に、ひとり心配するルリであった。

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