第106話 寄り道

 異世界転移や女神チートの話を、『ノブレス・エンジェルズ』に共有したルリ。


 転移の話は正確に伝わらず、夢の世界として解釈されるものの、女神の話は全員が納得した。


 ミリアとセイラの中では、想像の範囲だったようで、『愛し子』と分かった事を喜んでいる。

 メアリーはと言うと、神を見るかのような顔で、ルリを見つめていた。……理解を超えたらしい。



「ルリは『女神の愛し子』なのよね。今でも女神様には会ったりするの?」

「ううん、会ったのは一度きりよ」

「リンドスの街の森に行けば、会えるのかな?」

「どうだろね。『自由に生きなさい』って放置されたからなぁ……」


 ふと、森の泉の出来事を思い出す。

 いきなり魔物に囲まれ、『女神この野郎!』と思っていたのだ。次、もし女神に会う事があったら、一言言ってやりたいと思う。


「いつか時間が出来た時に、リンドスの街に行ってみようか!」

「「「うん!!!」」」



 期待のまなざしで見つめるミリア達に、リンドス行きを約束する。

 もちろん、女神に会えるかどうかは不明だが……。





「それで、『愛し子』さん。明日からの予定は?」

「ちょっと、その呼び方止めてよ!」


 セイラが、にやけ顔でルリをからかいながら、今後の予定を確認する。


 アメイズ領都に来た目的は、冒険者としての研修の旅である。

 依頼は既に達成済み。

 それに、ルリの予定である、街の代表者との会談や軍事演習、領内の見回りなども終わっている。


「アメイズ領でやりたい事は、一応完了かな。スケジュールも押しちゃってるし、フロイデン領に向かいましょうか!」


「了解。私たちはいつでも行けるから、ルリの準備ができ次第で出発しましょう!」


 すぐにでも出発したい所であるが、母や領の主要メンバーに話をする必要がある。

 半日程度、準備に時間を貰う事にして、翌日午後の出発で決まった。




 翌朝、母サーシャや大臣のマティアスに挨拶をする。

 軍事演習の反省、領政の進捗管理など、本来であればルリも参加するべき案件が大量にあるのであるが、本業……学生としての研修中なので、課題となっているフロイデン領の冒険者ギルド訪問をしない訳にはいかない。


「1ヶ月も立たない内にまた戻ってくるわ。それまでの間に、進められる事はどんどん進めてください。

 メルダムの街の事も、気にかけてくださいね。それから……」


 メルダムの街といえば、まだ男爵を拘束したままだ。

 近いうちに王都から騎士団が到着するだろうからと、対応をお願いする。


 他にも、農村のバーモの村など、立ち寄った村からお願い事が来るかもしれない。

 山ほどのお願いを、マティアスに依頼した。


「お母様は無理をなさらずに。それでは、行って参ります!」

「リフィーナこそ、行く先々でトラブルを起こさないように、気を付けるのですよ」

 最後に母に出立を告げ、屋敷を出た。





 馬車の窓を開け、アメイズ領都の大通りを進む。

 目立つ豪華な馬車。ミリアやルリの姿を見つけた住民たちが、手を振って見送ってくれる。


「なんか、住民の人たち、フレンドリーよね」

「街の英雄のはずなんだけど、……あれだからねぇ」


 セイラの視線の先には、へらへらと笑うルリ。


「みんなぁ、ちょっと行ってくるねぇ!」

『リフィーナ様ぁ、お気をつけてぇ~』


「あなたねぇ、もう少し、貴族の威厳を持ちなさい!」


 無駄だと分かりつつも、ルリを叱りつけるセイラであった。





 フロイデン領都は、アメイズ領都から南西に進み、馬車で10日ほどの距離にある。

 途中、タイミングが合えば宿場の街や村に立ち寄り、そうでなければ野営。

 いつも通りの計画で、馬車を走らせた。


「フロイデン伯爵って、辺境伯と呼ばれている御方よね。どんな人なの?」


「そっか。社交シーズンにも滅多に王都に出てこないから、ルリもお会いした事ないかもね。

 フロイデン領がエスタール帝国との防衛線になってる事は知ってるでしょ? それを守る事に命を懸けてる人。武闘派の貴族ね」


 ミリアやセイラは、何度か辺境伯に会っているらしく、その身なりや性格など、知っている限り教えてくれた。


「正式な訪問じゃないから、辺境伯のお屋敷には寄る必要ないけど、何と言うか、豪快な人だから、会う時は注意してね。ペース、持ってかれちゃうから」


 セイラが警戒するとは余程の人物であろうと、ルリとメアリーは警戒感を強める。

 もちろん、会わないで済めば、それに越した事は無い。



「エスタール帝国との戦争は、何か情報ある?」


「変わらずよ。もう何年も大きな戦闘は無し。陸路で軍隊を進められる唯一の国境は、砦があるから安泰。森を越えて攻めてきたと言う話も聞かないわ」


「でも、盗賊の関係から考えると、裏では動いてそうよね。何で、エスタール帝国とは戦争になってるの?」


「クローム王国としては、戦争するつもりは全くないのよ。攻めてくるから守る、それだけ」


 ルリの単純な疑問に、ミリアが答える。

 そこに、セイラが補足した。


「エスタール帝国は、作物が育ちにくい土地らしいわ。砂漠と岩場が国土の大半で、森が豊かなクローム王国が羨ましいみたい」


 目の前の森の状態からは想像もつかないが、国境を越えて少しは入れば、砂漠地帯になるらしい。



「ねぇ、エスタール帝国で、黒い沼とか死の沼なんて話を聞いた事は無い?」


「は? 何それ。聞いたこと無いわ」


「あ、何でもないんだけどね。私の元居た世界、夢の世界だと、砂漠の下には資源が眠ってる……事があるのよ」


「よくわかんないけど、帝国と行き来する商人さんとかいるかもしれないし、聞いてみましょ!」


「うん、よろしくね……」


 砂漠地帯かぁ。石油とか出るんじゃないかなぁ? 等と思ったルリであるが、仮にあったとしても石油採掘場とか作れるはずも無いので、適当に会話を打ち切った。




 フロイデン領へと続く街道を、情報交換という名目の、どうでもいい会話をしながら進む。

 やがて、森が近づき、街道も道が細くなってきている。


「ねぇルリ? 少し、東の森に寄り道しなさい」

 珍しく、『人魚』のセイレンが口を開いた。


「どうしたの? 何かあったの?」

「いいから。こっちよ」


 セイレンが、森の一方を指差した。

 多くを語らないが、何かを見つけたという事で間違いないだろう。




「行ってみましょうよ!」

「何があるのかな? 寄り道、楽しみね」


 ミリア、メアリーが乗り気で馬車から降りた。

 ルリ達も続くと、森の移動は歩きになるので馬車をアイテムボックスに収納する。


「セイラ、魔物の気配はある?」

「この辺は大丈夫みたい」


 安全を確認しつつ30分ほど歩くと、小さな川が見えてくる。


「何? セイレン川に入りたかったの?」

「違うわよ。こっち来なさい!」


 言われるがままに、川を少しさかのぼる。すると、ルリ達も、目的地に感づいた。


「あぁぁ、このニオイ!!」

「もしかして、温泉!?」


 そこには、天然の温泉が湧き出ていた。

 小さな池のような場所がちょうど浴槽のようになっている。川の水と混じり合い、水温もいい感じだ。


「セイレン、すごいわ! 温泉発見ね!」

「まぁね。この位は余裕よ」


 ルリ達に褒められると、ツンデレらしく、強がりながらラミアの背後に隠れるセイレン。

 まるで少女のようで可愛らしい。



 ざっぱぁぁぁぁん


 女しかいないパーティである。

 スポンと服を脱ぎ捨てると、温泉にダイブする少女たち。


「リ、リフィーナ様、もう少しおしとやかに……」

「いいの。アルナ達も早く入りなさい! あったかいわよ」


「主ら、静かにせんか。こら、セイレンも泳ぐで無い!!」


 フロイデン領への道すがら、元気にはしゃぐルリ達。

 幸先のいい出発を遂げることが出来た。



「……。セイレン、軍事演習、盛り上げてくれてありがとうね」

「な、何よ。礼を言われるような事はしてないわよ」

「ふふふ。でも、先に言って欲しかったな。川の魔物を見た時、本気で焦ったんだから」

「ふん。知らないわよ」


 ふと、セイレンに礼を言うルリ。

 そこに、ミリアが言葉を繋ぐ。


「ルリもね。助けてくれてありがとう。

 ……今回ばかりは無理かと思ったわ」

「「私も……」」



 夕焼けの温泉で、絆を深める少女たち。

 この先に待ち構える戦乱を、当然……知るはずもない。

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