第104話 勝どき

 アメイズ領都での軍事演習の終盤、現れたミノタウロスの群れにコテンパンにやられたルリ達。

 間一髪のタイミングで、ルリの女神チートが炸裂し、何とかピンチを切り抜けた。


 絶対防御バリアの輝きが収まると、ミノタウロスが必死に魔法の壁を叩いている。


「「ルリ!?」」

「「「リフィーナ様!?」」」


 仲間たちは、まだ状況が理解できていない。

 とにかく、助かった安堵と驚きの表情でルリを見る。


「ど……どうなってるの?」

「ルリの魔法? 透明な壁が出来てるけど……」


「防御魔法……かな。みんな無事ね、間に合ってよかった!」


 ルリとしても説明が難しい。

 女神様の特殊能力だなんて、説明しても理解されないだろう。



 コンコン


「説明は後でいいわ。

 ……で、この先はどうするの? 攻撃されないのはいいけど、私たちも出れないわよ。

 魔法を解除すれば袋叩き似合うし、この状態が長引けば、ミノタウロスが他の冒険者に突進するかもしれないわ」


 見た事も聞いた事もない魔法に驚いたミリアであるが、魔法の壁を叩きながら、冷静に状況を分析した。


(どうしよう……。リミットが解除されてる今ならミノタウロスを倒せる気がするけど、攻撃が出来ないんじゃ……)



「私が外に出て戦うわ!」

「だから、外に出れないんでしょ!」

「一瞬だけ絶対防御バリアを解いて、もう一度張りなおせば!」

「どっちにしろダメよ、一人で戦うとか認める訳ないでしょ!」


 現状の最良策として、単身での殲滅を提案するルリだが、ミリアに拒まれる。



「ルリ、張りなおしとか形を変えるとかはできる? それならやりようがあるわ」

「たぶん、出来ると思う」


 初めて使った魔法である。形を自由に出来るかなんてわからないが、策があるというならばやるしかない。

 メアリーの作戦に、乗る事にした。



絶対防御バリアを解くと同時に、音響閃光爆弾スタングレネードね、分かったわ」


「うん、それを合図に、全員東門までダッシュよ。

 それじゃ、作戦開始! 3、2,1、ゴー!!」


 ズドォォォォン


 激しい轟音と光が当たりを包み、ミノタウロスが怯む。

 その隙に、一目散に逃げだした。




「みんないる?」

「大丈夫、……あれ? ルリは?」


 全員で走り出したのだが、ルリだけは、ミノタウロスの近くで立ち止まっていた。

 みんなが安全な距離まで逃げ切ったのを見ると、ミノタウロスの群れに向かって叫んだ。


「領都は、この、リフィーナ・フォン・アメイズが守る!!」





「ちょっ、カッコつけてないでこっち来なさい!!」

「一人じゃ無理よ!」

「ルリ!? ダメよ、戻って!」

「リフィーナ様! おやめください!!」


「みんな、作戦無視しちゃってゴメン!! でも、今の私は無敵だから! 見てて!!」


 後方で騒ぎ立てる……心配するミリア達の前に、絶対防御バリアで壁を作る。

 これで、万が一ルリが取り逃がしても、ミノタウロスが門に近づくことはない。



 魔力を全身に纏わせる。

 リミットが外れている今、輝きは領都から見ている遠くの住民たちの目にすら分かるほど、神々しくルリの全身を照らしている。


「私の友達を傷つけようとした事、私の街を踏みにじろうとした事、万死に値します!!

 死に絶えなさい!!」



 音響閃光爆弾スタングレネードの影響から回復したミノタウロスが、ルリに向かって一斉に突進してくる。

 しかし、ルリは落ち着いて、冷たい声で魔法を唱えた。


絶対零度アブソリュート


 ぴきぃぃぃぃん


 3体のミノタウロスが、一瞬で氷漬けにされる。

 三つ首のドラゴン、ヒュドラでさえ瞬殺した魔法だ。ミノタウロス程度が耐えられる訳がない。




(全部氷漬けにしちゃう? でも怒りが収まらない……。それに、なんか面白くないわね……)



「ミリア、手伝ってくれる? 私が足止めするから、一緒に全力魔法で、倒そう!!」


 ミリアの全力魔法、それは、アイアンゴーレム戦、黒鳥カラス戦で使った炎の竜巻。周囲を焼き尽くす魔法だ。

 そこに、ルリも全力魔法を加えることで、憎きミノタウロスに鉄槌を加えるのが、ルリの考えだった。



絶対零度アブソリュート!!」


 残ったミノタウロスの足元が凍り付かせ、動きを止める。


「ミリア、お願い!!」


「分かったわ! 火炎旋風フレアストーム!!」


 上空で巻き起こった炎の竜巻が、ミノタウロスの群れに直撃。すさまじい熱風を起こしつつ、炎の柱が生まれる。

 そこに、ルリも続いた。


「これで終わりよ。獄炎の灼熱エクスプロージョン!!」


 ドゴォォォォォォォォン


 ルリの両手から放たれた魔力……圧縮された炎の塊が、ミノタウロスの群れに襲い掛かる。

 ミリアの竜巻と合わさり、大爆発を起こした。


(やばっ、ばっ絶対防御バリア!!)


 慌てて爆風が来るのを防ぐルリ。

 後ろからは、ミリア達の悲鳴が聞こえる。




 ……残ったのは、巨大なクレーターと、焼け野原。

 ミノタウロスの姿も……跡形もなく消え去っている。


 振り返ると、仲間や街は、無事なようだ。

 ただ、目の前で起こった大爆発に、全員、唖然としていた。


(……。やりすぎちゃったかしらね? まぁいっか)



「みんなぁ、大丈夫ぅ? ミノタウロス、いなくなったよぉ!」


『リミットを設定しました』と言う声が頭の中で響くのを聞き、脅威が去った事に安心すると、ミリア達の元に駆け寄った。

 大魔法の事など忘れたかのように、明るい態度で声を掛けるルリ。


「だ、大丈夫よ……」

「ま、まぁ……いつもの事よね!」

「そうだよ、討伐完了!!」


 すぐにでも、ルリを問い詰めたいミリア達であるが、予想外の出来事には、十分な免疫がついているのだ。

 温かく迎えてくれる仲間たちと、抱き合って喜ぶ。




「ルリ、まだ終わってないわよ。街の人たちに、勝利宣言してあげなさい!」


 街の住民や衛兵、冒険者たちは、あまりの出来事に固まったままだ。

 領主の娘であるルリが、勝どきを上げてはどうかと、セイラが伝えてくれた。



 衛兵、冒険者、住民たちが集まる東門に向き直ると、ルリは大きな声を上げる。


「皆さん、ご安心ください! ミノタウロスは打ち取りました! 脅威は去ったのです!!」


「「「「「……」」」」」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」」」

「「「「「リフィーナ様ぁ」」」」」


 一瞬の静寂の後に起こる大歓声。

 ……こうして、軍事演習は、人的被害もなく、無事に? 幕を閉じるのであった。




「牛さん、どのくらい残った?」

「あなたがほとんど消滅させちゃったからね……。門の近くまで来てた20体くらいかな」

「そかぁ……」



(牛さんにも絶対防御バリアかけとくべきだったか……。全員で焼肉なんて思ってたけど、無理そうね……)


 ミノタウロスに気を取られて、食材……マッドブルを忘れていた事を悔しがる。

 戦闘が終われば、気楽なものである。



 カンカンカン


 軍事演習の終了を告げる鐘が鳴る。

 参加してくれた住民たちや冒険者、そして衛兵に礼を告げる。

 また、避難所に顔を出し、住民たちとの交流を図る。



『ミノタウロスが出てな、もうダメかと思ったんだ』

『ミリアーヌ様とリフィーナ様の大魔法で瞬殺だぞ』

『東門見て見ろ、戦いのすさまじさが分かるぞ』


 現場を目撃した冒険者が、しきりにルリ達の様子を話している。

 避難していた住民も、爆発音や天に昇る炎の竜巻などを見ており、臨場感のある会話が、あちらこちらでなされていた。


 噂は一瞬で広まる。

 結果、『ノブレス・エンジェルズ』には手を出すな、と言う冒険者の暗黙の了解が生まれる。


 また、訪れていた商人、あるいは、状況を見ていた貴族を通じ、アメイズ領には手を出すなと言う話が広まるのも、そう遠くない未来である。





「……。それで、説明してくれるのよね?」

 屋敷に戻ると、ミリア達がルリに詰め寄る。


(見逃してはくれないわよね……。どう説明しようかしら……)


「さっきの魔法は何? 見た事も聞いた事もないんだけど……」

「なんか、『女神様ぁ』とか叫んでたわよね、どういう事?」

「氷の魔法、盗賊団の討伐で使ったのと同じ魔法よね?」


「ははは……。気合い、かな……?」


 言ってみるものの、全員からジト目で睨まれる。


(さすがに誤魔化せないわよねぇ……)



「ルリ、また夢の中で見た魔法を、やってみたら出来た! とか言うつもりでしょ」


「ぅぅぅ」


 全てを見透かされ、逃げ場のなくなったルリであった。

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