第85話 輸送の護衛

 領政会議の翌日。

 今日からは冒険者として依頼をこなす必要がある。

 朝、装備を整えると、ルリ達は屋敷の前に集合していた。


 依頼を受けたまま、領内の他の街や村も見て回る予定の為、メンバーは勢揃いだ。

『ノブレス・エンジェルズ』の4人とラミアにセイレン、そしてメイド三姉妹。

 馬車に乗り込み、護衛依頼の集合場所である冒険者ギルドへと向かった。




 チロリン

 ドアを開け、中に入り、そのまま受付へと向かう。

 受付嬢のララが出迎えてくれた。


「おはようございます。こちらが、商業ギルドより物資の運搬をお願いされている、御者のダニエル様です。

 行先は、領都から西に2時間ほど進んだコームの村。途中から森の中を進みますので、気を付けて行ってきてくださいね」


「はい、わかりました。

 ダニエルさん、Cランクパーティ『ノブレス・エンジェルズ』です。本日はよろしくお願いします」


「ダニエルと申します。本日はよろしくお願いします」


 高貴な雰囲気の少女たちが護衛のパーティという事で驚いたようなダニエルではあるが、何とか挨拶を交わすと、すぐに出発する事になった。



「あの、ダニエルさん、私たち、依頼の足でそのまま旅に出ますので、私たちの馬車も同行させていただきます。依頼はしっかりこなしますので、お気になさらずに、よろしくお願いします」



 表に出ると、とても冒険者が持つような馬車ではない、豪華な馬車とお付きのメイドが目に入り、驚きを隠せないダニエル。


「あ……あの……。森に入るまでは特に何も起こらないでしょうし、皆様も馬車で移動なさってください。歩かせるなんてとてもとても……」


「いえいえ、私たちは護衛の冒険者ですから……。そういう訳にはいきませんわ」


 明らかに高貴な身分の少女を歩かせて自分の護衛につかせるという事に恐縮してしまったダニエル。

 そんな事お構いなしに、護衛の任につこうとするミリア。


 何度かの押し問答の末、『ノブレス・エンジェルズ』が護衛する馬車の荷台に乗って移動するという事で、話がまとまった。




「ラミアとセイレンは、馬車でのんびりしていてくださいね。アルナ、一本道みたいですが、はぐれないように付いて来てください」


「リフィーナ様、承知しました」


「それでは、出発します」

「「「「おー!」」」」


 アルナ達に声を掛け、ダニエルの合図で出発する。

 後方には、隠密で付いて来ている護衛騎士の姿もある。


 王都を出た時に護衛騎士がルリ達を見失ったことを受け、護衛騎士には都度行先を伝えるようにした。

 これで、はぐれるような事はなくなるだろう。


「半径200メートルくらいで、探知を広げておきます。

 何かが近づいてきたら、お知らせしますね」


 セイラが探知しているので、護衛といっても楽なものだ。

 馬車に乗り込んだルリ達は、のんびりと揺られていた。

 ……乗り心地は、悪かった……。




「皆さん、そろそろ森に入ります。

 魔物と出くわす可能性もありますので、ご注意ください」


 1時間ほど進んだ所で、御者のダニエルから声がかかる。

 幌の隙間から外を見ると、木々が近くに迫っていた。


「遠くに魔物の反応があるわね。こっちには来なそうだから大丈夫」


 今は狩りをしている訳では無いので、襲ってこない魔物を相手にする必要はない。

 無視して通り過ぎていく。


「この森は初めて入る森よね。感じた事のない反応だから、他の森とは魔物の種類が違うかもしれないわ」


「そうなの? どう? 強そう?」


「う~ん、Cランク相当くらいはあるかも知れないわね。

 ゴブリンやオークと比べると、強そうよ」


「そかぁ。まぁそんなものよね……」


 新しい魔物と聞いてワクワクしたミリアであるが、一転ガッカリしている。

 人が住む集落の近くに、そうそう強い魔物など居るはずが無い。



 結局、魔物に襲われる事もなく、村が見えてきた。

 100人ほどが住む村らしく、柵などは簡易的なものしかないが、切り開いた場所に家が並んで見えた。


「皆様、間もなく到着です。無事に運搬が出来ました事、感謝いたします」


「こちらこそです。

 そう言えば、帰りはどうなさるのですか?」


「荷物を置いたら、すぐに引き返します」


「あ、それなら、森を出るまで一緒に行きましょう。私たちも、どちらにせよ引き返しますから」


「そうですか。依頼は行きだけでしたのに、ありがとうございます」


 護衛依頼は、物資を村に届ける馬車の護衛であり、帰りについては依頼されていなかった。

 とは言え、どちらにしても街道までは戻らなければならないのであるから、一緒に行ったとしても問題はない。




 村につくと、村の住民らしき若者が飛んできた。

 歓迎ムードというよりは、どこか怒っている様に見える。


「遅いじゃないか! 何をもたもたしていたんだよ!

 契約不履行だ! 金は払わねぇからな!」


「「「「へ?」」」」


「あの……ダニエルさん。すみません、私たちの出発が遅かったために、間に合わなかったという事でしょうか……。何か急ぎの物資だったのですか?」


 酷い剣幕でまくし立てている村の若者。

 申し訳なく思ったルリが、ダニエルに聞いてみる。


「いえ、お届けの期限まではまだ2日あるはずなのですが……。それに、積み荷も保存食ですので、お急ぎでは無いはずです……」


「おい、この村では食料が足りないんだよ!

 飢え死にしたら責任とれたのか? どうしてくれるんだ!」


「飢え死にって……!? 食料は余裕をもってのご注文をいただいているかと思われます。それに、期限まではまだ2日あるはずです」


 食料が足りないという若者に、ダニエルが言い返す。

 期限内に届けているのであれば、食料が足りなくなるのは注文した側の責任であり、契約不履行と言われる云われは無い。



(ん……? 状況が見えないけど……。ただのクレーマー?)


 若者の言い分が理解できないルリ。

 話が平行線になる前に、状況を聞いてみることにした。


「あの、よろしいでしょうか。食料が足りないという事なのですが、何か事情がおありだったのですか?」


「村の畑と倉庫が魔物に食い荒らされたんだよ。お前らがいつまで経っても来ないから、食料が尽きちまったんだ。お前らの責任だ、どうしてくれるんだ!」


「「「「……なっ」」」」


 どう考えても、御者に責任はない。

 責めるとすれば魔物であり、魔物の襲撃に対応できなかった村人である。


「お前ら冒険者なんだろ、それに、後ろにいるのは貴族様か?

 当然、村の為に魔物の退治をしてくれるんだよな!」


「「「「はぁ????」」」」


 もはや、若者が何を言っているのか分からない。

 確かに、民を守るのが貴族であり、魔物を退治するのは冒険者の役割ではあるが……。



「ちょっと! あなた何様なの? 勝手なことを次から次へと。

 村の食料危機は、御者さんには関係のない話。

 確かに、この場には貴族様と冒険者がいるけど、魔物の退治を依頼するのならば、それなりの報酬を用意してくれるのでしょうね」


 真っ先に切れたのは、メアリーだった。

 顔を真っ赤にして怒っている。


「なっ、貴族様がいるのに、魔物の討伐もせずに、しかも金をとるってのかよ!

 外れの村の住民など、助ける価値もないってのか!」


「はぁ。あなた、何を言っておりますの?

 まずは、御者さんに正規の輸送代金を支払うと約束してください。話はそれからですわ。

 魔物の討伐については、正式に討伐をご依頼いただけるのであれば、考えますわよ」


「てめぇ、何様だよ」


「護衛の冒険者、『ノブレス・エンジェルズ』ですわ。積み荷を引き渡すまでは、御者さんの護衛として、相手が魔物であろうが人であろうが、依頼主を守ることを仕事としておりますの」


 突っかかってくる若者を、ミリアが黙らせる。

 オーラを発したミリアの威圧に、庶民が耐えられるはずが無い。


 若者は恐縮してしまい、もはや交渉にもならない状態になってしまった。


(クレーマーを理論じゃなくて威圧だけで黙らせるか……。

 今までのやり取り、何だったのかしら……)


 問答無用なミリアの様子に、声を無くすルリであった。


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