第84話 領政会議
今日は、朝から屋敷内があわただしい。
領都の有力者が一堂に集まる、『領政会議』の実施日だ。
商会や飲食店のオーナー。
大工の棟梁や職人たちの親玉。
農家や住民の中でまとめ役を担っている者。
政治とは切り離されている為に直接的に領政に関わる事はないのであるが、冒険者ギルド、商業ギルドの両ギルドマスターも参加する事になった。
当然、アメイズ領に居を構える貴族の代表者も、参加する。
また、領兵からも代表者が参加が決まっている。
「目ぼしい者、参加を希望する者、とりあえずかき集めました。
お眼鏡にかなう、目的に見合うメンバーか分からない部分はありますが、20名強の参加予定となります」
「マティアス、時間がない中ありがとうございます。後は私にお任せください。
会場は、広間になりますか?」
「はい。それで、席はどのように配置しましょうか……」
(参加者に上下は作りたくないし、私対全員みたいな構図にしたくもないわね。
かと言って、誰もが発言できるような環境にはしたいなぁ……)
「私の正面を囲むように、コの字にテーブルを配置してください。
貴族の方々は側面、平民……住民の方には正面に座っていただくイメージです。
私たち主催側は、私の斜め後ろくらいに席を作ってください」
教室のような状態だと、貴族と平民を同じ場所に! などと誰かが騒ぐ可能性がある。また、それぞれが発言するには、少し発言しにくい。
ロの字に机を並べる場合、かなりのスペースが必要となる上に、それぞれの距離が遠くなってしまう。
そこで、コの字の配置にして、ルリは中央寄りで話を行う事にした。
周囲を観客に囲まれたステージのような状態だ。
「私のすぐ横に、ミリアとセイラの席を準備してください。
一応、身分制度上では彼女たちが一番上になりますので」
「はい。すぐに準備いたします」
会場の準備をマティアスに指示し、参加者の来場を待つ。
貴族の参加者は、いったん応接室で待っていただき、平民の参加者はそのまま会場へと案内する段取りになった。
身分制度のハッキリしている世界なので、こういった段取りは手間だが重要だ。
平民の参加者が揃うと、貴族の参加者を広間に案内する。
最後にミリアやアメイズ領主と共に、ルリも会場入りした。
『なんだ? 小娘ばかりじゃねぇかよ』
『何を話そうってんだ?』
『未成年が領政を語ろうとは……』
主に平民側の席。小声で揶揄する声が聞こえる。
マティアスがキッと睨みつけると大人しくはなるが、明らかに愚弄した態度だ。
冒険者ギルドでこういった視線には慣れているルリ達ではあるが、会議が歓迎されている訳ではないことが分かる。
「皆さま、本日は、お忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございました。
領主である母サーシャに変わり、ご説明をさせていただきます、リフィーナ・フォン・アメイズと申します。よろしくお願いいたします」
それぞれが席についていることを確認すると、ルリが一歩前に出る。
ゆっくりとした口調で挨拶し、可憐にカーテシーを行った。
本来、貴族が平民に向けてカーテシーで挨拶する事はないのだが、ルリは迷わず、頭を下げるのだった。
「本日お集まりいただきましたのは、アメイズ領の発展に向けて、皆様にご協力をお願いするためです。
祖父と父の急死や、突然の領主交代。アメイズ領を治める子爵家として、多大なるご迷惑をお掛け致しましたこと、深くお詫び申し上げます。
そして改めて、領主サーシャへのご協力をお願いするとともに、今日を機会に、アメイズ領発展の為の領政の改革を、進めさせていただければと存じます」
まさか、娘の口から謝罪の言葉が出てくるとは思いもしなかったのであろう。
奥で愚痴っていた職人風の一団が、ポカンと口を開いている。
父の事件の真相は、一部の貴族を除いて伏せられている為、領主交代の舞台裏を知る者は少ない。
盗賊の襲撃で命を落とした祖父、そして盗賊に囚われたものの、盗賊団を壊滅させて脱出してきたリフィーナ。
父については、ただの急死としか発表されていないが、何かしら盗賊団との絡みがあったのだろうと、裏を読んでいる人は少なくないだろう。
ルリは、あえて先代の名を出す事で、今から始まる話がアメイズ領全体の話であり、小娘の戯言ではない印象を与えようとしていた。
「この1年、アメイズ領では、悪政からの復興をテーマに、税率の引き下げを行い、減少した人口の回復に努めてまいりました。
何とか、人数としましては、回復の兆しが見えているかと思っています。いかがでしょうか?」
周囲、特に商人たちの方向を見渡す。
街の動きには、商売人が一番敏感だ。
「リフィーナ様、発言よろしいでしょうか。商会を営んでいるアードルフです。
街の様子、確かに人は戻ってきておりますが、誰もが幸福とは言い難い状態な事、ご存知でしょうか。
貧富の差は激しく、税率の引き下げで恩恵を受けたのは一部のみ。リフィーナ様は王都で様々な商売を成功されていると聞いておりますが、アメイズ領には恩恵がありません。
それが、現実です」
ハッキリとした物言いに少し驚いたルリではあるが、忖度のない発言をしてくれた事に感謝する。
あまりの物言いに同席する貴族が威圧感を放つのを抑え、ルリはニコッと微笑んだ。
「貧しい者と富める者、それぞれが存在してしまうのは、資本主義なこの世界では当然の結果です。仕事をしてお金を稼ぐ、そのお金を元にさらにお金を稼ぐ。それが、この世界で生きるための処世術なのですから」
「なっ、では……。中には、仕事を持たない者もいるのです。それらの者には死ねとおっしゃるので!?」
「いえいえ、心身の事情などで仕事ができない人もいらっしゃるでしょう。小さな子供も、その中に含まれます。まずは、そういった社会的な弱者が、生活できるための手段を、制度を整えることが重要ですよね。
それに、仕事がしたくても仕事の無い方。それらの方に、できる仕事を与えることも、私たち為政者の役割ではないでしょうか」
「それは理想論だろう。実際に、あなた方は何をしてくれるのか?」
「まず、孤児院を整えること。そこでは、しっかりとした教育を行い、未来の人材を育てます。その為に、現在、教育者を育てる活動を行っております。
また、公共事業、つまり領主が依頼する仕事の斡旋を進めております。街や道路の整備、空き家問題の解決などです。既に関わっている方も、皆様の中にいらっしゃいますね。
その中で、身体の弱い方、四肢欠損のある方、目や耳に不自由のある方、あらゆる方々に働き場を与えたいと思っています。
その実現の為に、現場で活躍されている皆様に、集まってもらったのです」
日本では当たり前に実施されている、教育制度、障がい者への支援、職業の斡旋など、ひとつひとつを説明するルリ。
理想だと声を荒げ野次を飛ばされる事もあるが、完成形を知っているルリにとって、説明は難しくない。
実際にどうやって実現するかなど細かい所は分からないものの、イメージの伝わる説明は、集まった者たちの心を揺さぶった。
「リフィーナ様、理想が、実現可能な理想である事は理解しました。
しかし、それらを実現するためには、具体的な計画、それに費用が必要なのではないでしょうか。
このままでは絵空事に思えてしまいます」
推移を見守っていた貴族から、現実的な指摘があがる。
事実、日本でさえ、日々国会であーだこーだと議論されている案件である。
簡単に実現できるようなものではない事は容易に推測できる。
「はい、実現は容易ではありません。おっしゃる通り、莫大な費用と時間が必要になります。住民の理解が進まなければただの押し付けになってしまいますし、対外的な調整、特にクローム王国の他の領土、何より王家との調整も必要です」
『やっぱり無理なんじゃないか?』
『莫大な費用と時間、それに王家と交渉だってよ……』
『俺たちに何が出来るっていうんだよ……』
現実的な問題の解決は、特に領政などに関わった事のない職人層にとっては、絶望的な案件に見えたようだ。
否定的な声が出始めたが……。
「何も、私の夢物語を聞いていただくために、貴重なお時間をいただいたのではありません。
ご紹介しますわ。クローム王国第三王女、ミリアーヌ様です。
王家との橋渡しの為、この場に参加していただいております」
ミリアーヌをチラッと見るルリ。
気付いたミリアが、立ち上がって一歩前に出る。
参加している貴族衆はさすがに最初から気付いているが、平民の代表者の中には知らなかった者もいたようだ。『第三王女だと?』などと聞こえてくる。
「王家、そして貴族間での調整は、私たち貴族が行いますわ。ご安心ください」
「資金はどうするのですか? まさか王家に借りるおつもりですか?」
「いえいえ、借金はするつもりはありません。領の経済を回していきます。
仕事がある、治安のいい街には、人が集まります。人が集まれば、商売が繁盛し、同時に職人さんの仕事が増えます。その結果、街の税収が増え、領地がうるおい、貴族や住民に還元されるのです」
もっともらしく力説するルリ。
実際に経済を回している張本人を前におこがましいのではあるのだが、概念が新しいため新鮮に聞こえ、みんな大人しく聞いてくれている。
「実際に、街の経済を回している、皆さんのご協力をいただくことで、街が発展できると思います。
その為に、ご協力をお願いしたいという事です」
「分かったけど、俺たちは何をすればいい。指示を貰えれば、やってみせるぜ!」
少し自信がついたのか、乗り気になってくれている。
そこに、ルリが水を差す。
「そこなのですが……。私から、私たち貴族から、一方的に指示を出すような形は、止めたいと思います」
「な、それじゃぁどうやって……」
「はい、皆さんにも、領政に参加していただくつもりです。
ここのメンバーを中心に、領政を担当する委員会として、活動を始めたいのです」
「委員会とは、何でしょう……」
貴族からもツッコミが入る。
平民の代表を領政に加わらせるという事は、至る所に高いハードルがある。
「委員会とは、専門家、担当者の集まりです。
例えば、街の環境を整えるための委員会。整備すべき道の場所、公園の場所、治安が悪くなりそうな行き止まりの解消、それらを、貴族の視点、平民の視点、様々な視点を持って検討し、改善のための策を提案、さらに実施してもらいます。
ある程度の予算を与えますので、その範囲の中であれば、自由に決定していただいてかまいません。裁量のあるチームの代表に、皆さんにはなっていただきたいのです」
生徒会の組織図を思い浮かべながら、委員会という組織について熱心に語るルリ。
子爵家から予算を与えられて、平民が自由な街づくりを出来るなど、この世界では異端な発想でしかない。
「街の声を反映した、住民のための街づくり。その為には、この街に住む皆さんの意見が重要になるのです。
ご納得しにくい部分もあるかと思います。変革には、時間がかかるとも思います。
それでも、いい街づくりのためには、貴族と平民が一緒に協力し合う事が欠かせないと、私は考えております。
どうか、よろしくお願いいたします」
委員長のマティアスを紹介し、委員会の正式な発足に向けて、定期的な打ち合わせを行うようにお願いする。
各委員会での役割分担、横のつながりの作り方、発足前に決めるべき調整事も多くある。
次回の打ち合わせを10日後に行う事を決め、今日の所は解散となった。
熱弁を終えて、満足げなルリ。
「ねぇ、結論としては、街の皆さんの意見を聞きながら街づくりをしたいので、協力してくれって言いたかったのよね。
委員会の制度とかで複雑にしなくても、そうお願いすれば終わる話だったんじゃない?」
ざっくりと一言でまとめたミリアの言葉に、その通り……と思いつつも、頷けないルリ。
(大丈夫。
学校に入学して最初に選ぶのが委員なのだから、委員会は絶対に必要なはずよね。
委員会を作る事は間違ってないはずよ……)
生徒会や各委員の存在意義を考えながら、自分自身を納得させようと思いを巡らす、ルリであった。
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