第81話 天使担当

 冒険者ギルドへの顔出しを済ませ、アメイズ領の屋敷に戻ったルリ達。

 日はほとんど暮れており、約束の時間ギリギリになってしまった。


「すぐにお夕食になります。急いで着替えと入浴を済ませてくださいませ」


 屋敷につくなり、メイドに浴室に連れて行かれた。

 野営の度に簡単な入浴は行っていたし洗浄クリーンの魔法もあるので汚れている事はないが、まともな入浴は王都を出て初である。



「やっぱり、大きなお風呂っていいわよねぇ」

「うん、一緒に入るのは温泉以来?」


 時間がないと知りながらも、ついついゆったりとしてしまうルリ達。

 マリーナル領の温泉を思い出し、会話が弾むのであった。


(温泉……大きなお風呂……公衆浴場か)


「ねぇメアリー、家に大きなお風呂があるのって、貴族くらいなのよね?」


「そりゃそうよ。そもそもこのお風呂より小さい家に住んでいる人、多いのですから。それに、お風呂の無い家なんていっぱいあるのよ」


 庶民の入浴事情を説明しながら、メアリーが呆れたような顔をする。

 普通の家に、大きな浴室を作るスペースは無い。わかりきっている事ではある。


「誰でも使えるお風呂……。ほら、温泉街にもあったでしょ、お金を払って入る温泉、あぁ言うのって、作ったら喜ばれるかなぁ?」


「喜ぶだろうけど、ルリの視点は儲かるかよね? その答えはノーだわ。

 お風呂屋さんなら今でもあるから。アメイズ領は分からないけど、王都ならあちこちにあるわ」



 銭湯のような施設は、既にあるらしかった。

 井戸水で身体を洗う場面もあるが、毎日ではないにせよ、入浴で身体を清める風習は広まっている。


(なるほど。作るとしたらスパ・リゾートみたいな施設かな?)


 ルリが思い浮かべたのは、子供の頃に連れて行ってもらった温泉スパの施設。

 広いプールのような温泉に、マッサージなどのリラクゼーションとバイキング形式の食事、数々のイベント。

 さすがに、メアリーの頭の中に、そこまでのイメージはない。



 アメイズ領に足りないのは、人を呼べるような目玉施設だ。

 温泉や海があるマリーナル領と比べて、観光するような場所が、全くない。

 気軽に旅行に行くような世界ではないものの、娯楽の少なさは改善したいと思っていた。


(有力者が集まる時に相談してみよっかな)


 空想を巡らせていると、夕食に間に合わないからと浴室を追われ、慌てて着替えをさせられてしまうルリ。いったん考えるのをやめて、夕食に向かった。




「お母様、白銀装備について教えてください。実は……」


 夕食の席。冒険者ギルドでの依頼について話し、情報収集を図る。

 捜索の依頼が出ている事に驚く母サーシャであるが、そもそも母すらも見た事のない装備の話であり、有力な情報は得られなかった。


「私が子供の頃かしら、お爺さまが探していたのは覚えているわ。屋敷の中を見て回ったけど、結局見つからなかったのよね」


 女性用の鎧という事もあり、使い手が現れずに放置されてしまった白銀装備。

 アメイズ子爵家の先祖で、白銀の鎧を身につけていたと言う女性の伝説はあるのだが、その場に詳しい事がわかる者はいなかった。


 それに、母の代では既に白銀装備の行方が分からなくなっていたらしく、その頃に捜索の依頼が出されていた事がわかった。

 当時としては紛失が騒ぎになっていたのであるが、子供であった母は、詳しく知らされていなかったらしい。


 屋敷に無い事から盗難などを疑い、ギルドに捜索を依頼したのでは? と言うのがその場での結論だ。

 それがわかった所で、兜の行方……そもそも兜が存在するのかどうか……は分からないまま。明日、屋敷の宝物庫を見て見る事になった。



 翌日、朝食を済ますと、さっそく宝物庫へ向かう。

 宝物庫と言っても、他よりも厳重に施錠されている程度で、普通の部屋だ。子爵家程度では、所有する宝物はたいして多くはない。


「これ、フレエグルさんの作品かしらね? 仕立てが他と違うのがわかるわ」


 セイラが目をつけたのは、大きな盾。

 輝きから、逸品である事がすぐに分かる。


「名品である事は間違いないわね。フレエグルさん、アメイズ領のお抱え鍛冶師だったんでしょ? 作品は多く残っている可能性が高いわ」


 公爵家の依頼ですら、今は断っているという鍛冶師のフレエグル。

 その作品が、ここに眠っている。

 伝説級の武具が並ぶ様子に、セイラは目を輝かせていた。




「リフィーナ、必要なものがあったら持っていきなさい。ミリアーヌ様やセイラ様、それにメアリーさんも。武具は使わないともったいないでしょ」


 家宝として眠らせておく事もひとつの道ではあるが、名品ならば名品らしく、表舞台に出してあげる事も必要だ。

 相応しい使い手がいるのであれば、使ってもらった方が良い。

 いざという際は現金化という用途はあるのだが、名が売れている方が値も高くなる。



「サーシャ様、ありがとうございます。ゆっくり見学させていただいてもよろしいでしょうか。

 公爵家が喉から手が出るほど欲しがっているフレエグル様の作品。もしお譲りいただく場合は、相応のお礼をお約束しますわ」


 セイラがサーシャに礼を言う。

 既に大盾と片手剣を握りしめながら……。



 魔術師であるミリアと魔法の弓を扱う……魔弓師とでも言うべきか……のメアリーは、剣や鎧にそこまでこだわりはない。そこまで欲する武具が見当たらないのか、ボーっと眺めている。


 ルリはと言えば、既に伝説級の武具を身につけている為、あらためて欲しいものが思い付かなかった。




「こちらへ来てください。お爺さまが集めていた武具もありますの」


 サーシャに連れられて行くと、雰囲気の違う様々な武具が並んでいるコーナーがあった。

 武に長けた祖父ヴィルナーは、様々な武具を献上される事も多かったらしい。


「わぁ、かわいい!」

「ホントだ、メアリーに似合いそう!」


 メアリーが見つけたのは、軽鎧とガウンのようなローブが組み合わさった防具だ。

 白と黄色を中心にしたデザインで、オレンジ色の髪の毛とも相まって、まさに天使のように見える。


「……いいかなぁ」


 メアリーが心配そうにつぶやく。セイラのように豪華なお礼品を用意できるとは思えないので、遠慮しているようだ。

 もちろん、お礼を求めての好意では無いので、問題ない。



「メアリーさん、良くお似合いです。たぶん、あなたに着てもらう為にここに眠っていたのですわ」


「そうよ、素材とか分からないけど、いい品なのは間違いないわ。使ってよ」


 サーシャとルリが後押しして、メアリーが貰い受ける事に決まった。

 防具としての性能は、後で確認すればいいし、必要ならメンテナンスすればいい。

 まずは見た目で気に入った事、それで十分だ。



「リフィーナには、この辺の宝石を預けておくわね。社交では目立ってもらって、素敵な旦那さんを見つけてもらわなきゃね」


「はい……」


 サーシャから宝飾類を渡される。

 エメラルドのネックレス、ルビーの指輪、腕飾り。王冠のような飾り……。


(うれしいのだけどね……)


 着飾りたい年ごろの女性である。宝石を手にする事は心から嬉しいのだが、目的が旦那探しと言われて肩を落とす。

 楽しそうな母サーシャから、しぶしぶ受け取るルリだった。


 残ったミリアは……。既に最高級の武具を身につけ、宝飾類にも困っていない。

 屋敷に保管されている、魔法の書籍などを借りる事になった。

 子爵家にて保管されている蔵書、魔法好きなミリアにとっては、何よりのお宝である。




「何か欲しいものを思い出したら、いつでも言ってね」

 そう言うサーシャと共に、宝物庫を出る。


 残念ながら、いや、当然ではあるのだが、白銀装備の兜は見つからないが、そろそろ、領兵たちと、軍事演習の打ち合わせの時間なので、捜索は諦めた。



 新しいローブを手に入れて、ますます天使のような雰囲気になったメアリー。


(((天使の担当はメアリーで決まりね)))


 暗黙の了解でメアリーを見る、ミリアとセイラ、ルリであった。

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