第45話 メイド三姉妹

 アメイズ子爵家の王都屋敷に到着したルリ。

 


「「「お嬢様、お帰りなさいませ」」」


 まさか王宮の馬車で到着するとは知らず驚いた様子ではあるが、使用人たちが冷静な様子で出迎える。


 屋敷内に案内されると、まずは大きな玄関ホールが目につく。

 左右に廊下が続き、正面には階段がある。

 清掃が行き届き、安心できる空間だった。



「リフィーナ様ね! 聞いていた通りに可愛いわ!」

「お荷物お持ちしま……あれ? 何もありませんね……」

「ほら、お嬢様に失礼でしょ!」


 目の前には、3人のメイド姿。

 成人しているだろうが、10代に見える女性たちだ。


「リフィーナですわ。よろしくお願いします」

 立ち止まって挨拶すると、メイド達は可愛らしく礼をした。



「長女のアルナです」

「次女のイルナよ」

「三女のウルナと申します」


「姉妹でいらっしゃるのね。よろしくお願いします!」



 メイド姿の三姉妹に案内されて、2階の一番奥の部屋に移動する。

「こちらがお嬢様のお部屋になります」


「ありがとう。ところで、何か家具が新しい気がするのですが……」


「はい。お嬢様をお迎えするにあたり、家具や調度品は新しく揃えさせていただきました」


「そうですか。ありがとうございます。

 でも、子爵家の資金は無駄遣いせずに、あまり無理はしないでくださいね」


 元は、父が使っていた部屋らしく、気を使ってくれたらしい。

 それよりも、女子っぽくない、が最大の理由だと聞かされ、笑わされた。




「他にも誰かいるのでしょうか。挨拶したいわ」


 リフィーナの質問に、メイド三姉妹が俯いてしまう。


「私達3人で全員となります……」


 ジョルジュの悪行が判明し、王都の屋敷の使用人も解雇になっていたのだ。


 理由は、共犯の疑い。

 先代である祖父ヴィルナーが死去した際に、ジョルジュは当時の使用人を全員解雇し、自分の息のかかった使用人を集めた。


 メイド三姉妹は、リフィーナが屋敷を受け継ぐにあたり、新たに雇われたメイドだった。



「人数はまだ増えるのでしょうか。もし不足するようでしたら、人を雇いますが……」


 心配するリフィーナに、長女のアルナが答える。

「お嬢様はしばらく学園の寮暮らしと聞いておりますし、当面は大丈夫です。

 それに……」


「それに?」


「はい、私たち姉妹は、昨年までこのお屋敷にお仕えしていました。

 先代のヴィルナー様にはどれだけのご恩がある事か……」


「お爺さまを知ってらっしゃるのですか?」


「はい。

 両親を亡くし、街でさ迷っていた私たちを救ってくれたのがヴィルナー様です。

 それから、10年近くお世話になっております。

 何とかご恩をお返ししようとしていた時にあんな事があって……。

 そんな中、お嬢様のお世話ができると聞いて……」


「お嬢様をしっかりとお護りしますわ!」


 次女のイルナが会話に割り込むと、サッと後ろに下がった。


 次の瞬間、腰を低くしゃがみ込んだと思ったら……。


 シャキン

 スカートから2本のナイフを取り出すと……。


 スタン

 シュ、シュシュ


 見事な剣舞を披露した。



「アメイズ流の剣舞……?」


 驚くリフィーナに、イルナが笑顔で答える。

「ヴィルナー様には、10年間、剣舞を教わりました!

 将来、お嬢様をお護りするようにと。

 ついに、その時が来たのです!」


「え? えと……?」


(お爺さまは王都で何をしていたのかしら……)


「……お嬢様……。

 イルナが申し訳ございません……」


「い、いえ、少し驚きましたが……。むしろ、私にも教えて欲しいです!」


 2本の剣を取り出して、剣舞を披露するリフィーナ。



「「「「ふふふ、あは、あはははは!」」」」

 終いには、4人で剣を交えながら笑い出すのであった。





「アルナさん、イルナさん、ウルナさん、お願いがあります」

「「「はい、何なりと」」」


「年齢も大きくは変わらない女同士。

 私と仲良くしてくださいませんか?

 そして、お嬢様ではなく、リフィーナと呼んでください!」


「「「はい、リフィーナ様」」」


 こうして、女4人の屋敷での生活が始まった。




 三姉妹は優秀だった。

 長女のアルナは屋敷全体の管理、主人の予定やお金の管理を取り仕切る。

 秘書のような存在だ。


 次女のイルナは元気いっぱいのムードメーカー。美的センスも高く、屋敷の家具や調度品の選定、主人の衣装選びを仕切っていた。


 三女のウルナは、性格は大人しいが家事全般をこなす。料理の腕も一流だ。




 顔合わせが終わり、夕食。

 本来の貴族家では有り得ないのだが、4人の時は一緒の席で食事をする事になった。

 1人での食事では美味しくない、そう言い続けて説得した。


「私たち、実はリフィーナ様をお見かけした事があるんです。

 それで、私にお料理を教えてくれませんか?」


 大人しいウルナにしては大きな声で、リフィーナに話しかけてきた。

 メルン亭に行った事があるようで、料理の味に感動したらしい。


「もちろん、いえ、こちらからお願いするわ。

 メルン亭でも出せないような、美味しい料理を作りましょう!」


 貴族家の食卓では、多少の香辛料を使う程度は、金銭的に余裕がある。

 自分の家の料理で、ルリに自重する理由は無い。

 知る限りのレシピを伝授し、メルン亭顔負けの食事が揃うようになった。




「さて、リフィーナ様。

 明日以降の予定をお伝えしますね」

 食事が終わりのんびりしていると、アルナが予定表のような物を見ながら話しかけてきた。


「明日の午前中は、イルナと一緒にメルヴィン商会に向かってください。

 午後は、公爵家のお屋敷でセイラ様がお待ちですので、そちらに……。

 2日後は、昼が侯爵家にてお茶会、夜は子爵家の晩餐会……」


「ちょ、ちょっと待って。今、何て……? 何の予定があるって……?」


「いえ、ですから、お茶会と晩餐会と、王宮の舞踏会と……」


「いやぁぁぁぁ、どうしてこうなったぁぁぁぁ」


 テーブルに突っ伏しながら、セイラのにやけた顔を思い浮かべ、悲嘆にくれるのであった。





 翌日。

 メルヴィン商会の貴族向け衣料店。


「メアリー、久しぶり~!!」

 友人との再会を喜ぶが、それもつかの間。

 次々とドレスを着せ替えらえていく。


「ちょっと、露出多すぎ、派手過ぎです!」

「子爵家ご令嬢のデビュタントですよ! これでも地味なくらいです!」


 輝くような乳白色、レースで胸元が透けるようなデザインのドレス。

 それに翡翠のアクセサリー。


(いやいや、ウェディングドレスでしょ、これ……)


 イルナが目を輝かせて、満足そうにリフィーナを見る。

 メアリーは、陰でお腹を押さえながら笑いをこらえていた。




 午後は、セイラのお屋敷に連れられて行く。

 御者はイルナだ。護衛も兼ねているらしい。


 そこで待っていたのは、マナー講座だった。

 お茶会での作法、晩餐会での作法、ダンスレッスン……。


 さらに、同席する貴族家の知識も詰め込まれた。


「セイラぁぁぁぁ、もう無理。

 私、冒険者に戻る……」


 貴族の娘として育てられてはいるが、アメイズ子爵家はどちらかと言うと武術の家系であった。

 さらに、日本人としての習慣が出てしまい、貴族のマナーは難しかった……。




 社交シーズンのお茶会は、数人の少女がテーブルを取り囲む程度の規模ではない。

 数十人、場合によっては百人を超える貴族が集まる。


 そして、リフィーナは目立っていた。

 12歳でデビューした子息、息女というだけならそうでもなかったのであろうが……。


「あれがアメイズ子爵家のご令嬢ね」

「本当に生きてましたのね……」

「たった一人で500人の盗賊を壊滅させたと聞きましたわ」

「大魔法をお使いになるそうですわ……」

「あんな細腕ですのに……」

「冒険者の中では『白銀の女神』と呼ばれてるそうですわ」



 貴族の噂は広まりやすい。

 学園での奇行、アメイズ領での活躍。何より、行方不明からの帰還。

 尾ひれはひれが盛大に付き、貴族たちの好奇の目はリフィーナに集まった。



 こうして、ルリのデビュタントは、本人の意思など関係なく、華々しく迎えられるのであった。

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